【9】フランス製ハンドクリームの罠。婚約者を慈しむための演出
明治十六年の京都。その空は、二つの色に分断されていた。
東の山々を背にした鴨川の河川敷は、黒い煤煙に覆われている。
財前家が主導する「琵琶湖疏水」の建設現場だ。
英国から輸入されたばかりの巨大な蒸気ボイラーが、怪物の咆哮のような音を立てて鎮座している。
その轟音は、古い都の静寂を食い破る文明の産声だった。
「……予定より四十秒遅れている」
財前征一郎は、現場の泥に革靴を汚すことを厭わず、懐中時計の秒針を睨みつけていた。
「も、申し訳ありません財前様!すぐに作業員を急がせ……」
「馬鹿者が」
財前の冷徹な声が、現場監督の言葉を遮った。
「誰が『急がせろ』と言った? 逆だ。『交代』させろ」
「は……?」
「この四十秒の遅れを取り戻そうとして、作業員が焦れば事故が起きる。……この区画の班は、すでに規定の労働時間を超えそうだ。集中力が切れる時間だぞ」
財前は、煤まみれで働く作業員たちを、鋭い眼光で見回した。
「代わりの班を投入しろ。疲弊した人間を現場に置くな。……それは非効率であり、命の浪費だ」
現場監督がハッとして頭を下げる。
「は、はいっ! すぐに休憩させます!」
「急げ。僕の計画では『過労死や事故死』を最小限に防ぐことになっている。……作業員の命もまた、国家の貴重なリソース(資源)だ」
財前は懐中時計をパチンと閉じた。
「金と鉄と蒸気。……これこそが『力』だ」
財前は巻き上がる黒煙を見上げながら冷徹に呟いた。
「飛鳥のような血筋だけの貧乏人が入り込む隙間など、一ミリもない」
その言葉は、確信というよりは物理法則のように、重く響いた。
対照的に静まり返った路地裏。
湿った苔の匂いがする石畳の上で、飛鳥京吾と入江紗夜は一枚の地図を広げていた。
京都市街図。その四箇所 ――「嵐山」「賀茂川堤防」「琵琶湖疏水」「円山公園」に、赤い丸印がつけられている。
「いいか、紗夜。闇雲に植えても勝てない」
京吾は地図上の赤丸を指でなぞった。
「この四箇所の『急所』を桜で埋め尽くし、京都を『桜の回廊』で繋ぐんだ!」
「すごい……! 壮大な計画だね」
紗夜が目を輝かせる。
「これなら、きっと京都にも全国から人が集まるよ」
「そうだ。京都の街を全国有数の桜の名所にする」
二人の脳裏には、灰色の街が薄紅色に染まる未来図が描かれていた。
だが現実は足元にある。
京吾は懐から、使い古した「がま口財布」を取り出し、逆さまに振った。
チャリン……。
落ちてきたのは、銅貨が数枚だけ。虚しい音が路地に吸い込まれる。
「……で、問題はこれだ」
京吾の声が沈む。
「苗木を買う金が一銭もねえ」
「あ……」
「桜の苗木は一本五銭。一万本植えるとして……五百円(現在の価値で約一千万円)は必要だ」
五百円。
今の二人にとっては、天文学的な数字だった。
日々の米を買うのさえ苦労しているのに、家一軒が建つほどの金など、逆立ちしても出てこない。
「俺たちの全財産じゃ、三本買って終わりだ」
「うぅ……。世知辛いね……」
紗夜が肩を落とす。
アイデアはある。場所も決めた。紗夜の『星霜の手のひら』を使えば、時間も短縮できる。
揃わないのは「金」だけだ。
だが、その「金」こそが、財前たちが持っていて自分たちが持っていない、決定的な力だった。
「……一度、家に帰るぞ」
しばらく考え込んだ後、京吾が顔を上げた。その目に決死の光が宿る。
「え? お金を取りに?」
「いや。……『飛鳥家の誇り』を取りにな」
飛鳥家が住む、ボロボロの長屋。
カビ臭い押し入れの奥から、京吾は一つの桐箱を取り出した。
蓋を開けると、防虫香の香りとともに、漆黒の羽織が現れた。
黒紋付の羽織。背中には、飛鳥家の家紋が金糸で刺繍されている。
古びてはいるが、そこだけ異様な品格を放っていた。
「親父が残した、唯一の遺産だ」
「うわ~、綺麗な着物ね……」
紗夜が感嘆の声を漏らす。
「質に入れようか何度も迷ったが……とっておいて良かったぜ」
京吾は羽織に袖を通した。
袴の紐をギュッと結び直す。その瞬間、彼の顔から、いつもの「道化」の表情が消えた。
背筋が伸び、顎が上がり、かつて名門士族の嫡男として育てられた頃の――若き当主の顔になる。
(……震えるな。俺は飛鳥京吾だ)
内心の恐怖を押し殺し、京吾は振り返った。
「行くぞ、紗夜。……俺たちの『血筋』を金に換える」
「……うん! 京吾くん、かっこいいよ」
紗夜が頼もしげに頷く。
その言葉を鎧にして、京吾は戦場へと向かった。
戦場の名は、豪商・大黒屋
成金の象徴とも言える、大黒屋剛山の屋敷だ。門の前で、番頭が立ちはだかった。
「帰れ帰れ!旦那様は忙しいんだ!学生風情が会える方じゃない!」
「……おや」
京吾は冷ややかに目を細めた。学生の目ではない、名門華族の目だ。
「飛鳥家の当主を門前払いとは。大黒屋さんともあろうお方が、随分と礼儀を知らぬ使用人を飼っておられる」
パチン、と扇子を閉じる音が響く。
その堂々たる威圧感と、羽織の家紋を見て、番頭がたじろいだ。
「あ、飛鳥……?まさか数年前までは隆盛を誇っていた……あの一族?」
「腐っても鯛、枯れても飛鳥だ。……通してくれ」
ハッタリは通じた。だが本丸は甘くなかった。
通された応接間は、悪趣味なほど豪華だった。
虎の敷物、金箔の屏風、巨大な壺。和と洋が喧嘩をしているような空間だ。
その中央、革張りのソファにふんぞり返っているのが、大黒屋剛山だった。太い指で葉巻を弄んでいる。
「お目通りいただき、ありがとうございます」
京吾が頭を下げた。
「フン。飛鳥の若造か」
剛山は京吾を一瞥しただけで、興味なさそうに煙を吐いた。
「何の用だ?金の無心なら、他を当たれ」
「単刀直入に言います。……一万本の桜を京の街に植えるための出資をお願いしたい」
「はっ! 桜だと?」
剛山が鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。そんなもん、一銭の得にもならんわ!」
「剛山様、話だけでも最後まで聞いていただけませんか?」
紗夜も懸命に頼み込むが、剛山の手は止まらない。
「わしは忙しいんじゃ。財前様との商談も控えておる。帰れ!」
剛山が手を振ると、控えていた屈強な用心棒たちが京吾の腕を掴んだ。
「旦那様が帰れと言ってるんだ。出ろ!」
「離せ!まだ話は……!」
問答無用で引きずり出されそうになる京吾。
(くそっ……! やはり「血筋」だけじゃ、もう通用しないのか!)
絶望がよぎったその時。 紗夜が、部屋の隅にある「異質なもの」に気づいた。
「……?」
(……変だわ)
紗夜の観察眼が、豪華な調度品の中に混じった違和感を捉える。
一つは、壁に飾られた「巨大な剛山の肖像画」。
もう一つは、部屋の片隅にある「立派すぎる仏壇」とその横に広げられた「家系図」だ。
(こんな洋風の応接間に、仏壇?それにあの家系図……紙が真っ白。新しく作り直したみたいにピカピカ)
(旦那さん、さっきから話してる間も……チラチラと自分の肖像画を気にしてる)
紗夜の脳内で、点と点が繋がった。
それは、剛山という男の心の鎧の隙間だった。
紗夜は用心棒に掴まれながら、京吾に囁いた。
「(小声)……京吾くん。一度、出直しましょう」
「えっ」
「お時間いただき、ありがとうございました。また改めて伺います」
紗夜は京吾の腕を強く引き、自ら出口へと向かった。
「二度と来るな!血筋だけの貧乏人が!」
剛山の罵声を背に、二人は屋敷を追い出された。
夕暮れの鴨川沿い。
茜色の空の下、二人はとぼとぼと歩いていた。
「……はぁ。参ったな」
京吾が大きく息を吐き、苛立ち紛れに小石を蹴った。
「まさか、あそこまで聞く耳持たないとは。金持ちってのは、もっと地元に貢献しそうなもんだけどな……」
「……京吾くん」
少し後ろを歩いていた紗夜が、声をかけた。
「ん?」
「あのおじさん……死んで忘れられるのが怖いんだと思う」
京吾は足を止めて振り返った。
「は?死ぬのが怖い?それって誰でもそうじゃないか」
「うん。……だけど……部屋、見たでしょ?」
紗夜は静かに、けれど確信を持って語り始めた。
「壁には自分の大きな肖像画。隅には立派すぎる仏壇。それに、新しく作り直したピカピカの家系図」
「……言われてみれば。成金にしちゃあ、妙に先祖とか気にしてたな」 「私には……あれが全部『悲鳴』に見えたの」
紗夜の瞳が、夕日を反射して鋭く光る。
「お金持ちになって、何でも手に入れたけど……『死んだら忘れ去られる』ってことが、一番の恐怖なんじゃないかな。だから、必死に『自分が生きた証』を残そうとしてる」
その分析を聞いた瞬間、京吾はハッとして数秒間、虚空を見つめた。
策士の脳細胞が、高速で回転を始める。
「……なるほど」
金で買えるものは全部買った男。次は何が欲しい?あいつが喉から手が出るほど欲しいのは……『金』じゃなくて……。
「名誉か!生きた証」
カチッ。京吾の脳内で、歯車が噛み合う音がした。
彼の顔に、ニヤリと、悪巧みをする子供のような笑みが浮かぶ。
いや、それは獲物を見つけた狩人の笑みだった。
「……いけるぞ、紗夜」
「え?」
「あいつの『願望』を、俺たちの『商品』に変えるんだ」
京吾は懐から手帳を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。
「次は『寄付』の話はやめる。こう提案するんだ。『あなたの名前を、永遠に残しませんか』ってな」
「名前を……?」
「ああ。桜の木の根元に、出資者の名前を彫った『石碑』を建てる」
京吾はバチンと手帳を閉じた。
「桜が咲くたびに、人々はその名前を見る。孫の代、そのまた孫の代まで……『京都を救った英雄』として語り継がれる」
「金じゃ買えない『名誉』と『永遠』。……それを俺たちが売ってやるんだ」
紗夜は目を丸くし、そしてクスッと笑った。
「……ふふ。すごい。そんなこと思いつくなんて……やっぱり京吾くんのハッタリは超一流だね」
「人聞きが悪いな。『仕掛人』と言え」
京吾は照れ隠しに、紗夜の頭をガシガシと撫でた。
「ナイスだ、紗夜。お前の『観察眼』がなきゃ、気付けなかった。……ありがとな」
「……うん」
二人は顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべた。
今、二人は最強のパートナーだ。言葉にしなくとも、互いの役割を完璧に理解している。
「よし、作戦変更だ。あの大狸(剛山)から……『永遠』を担保に、金をごっそり引き出してやる!」
夜。ガス灯が灯された大黒屋の応接間。
再び訪れた二人を前に、剛山はさらに不機嫌そうに貧乏ゆすりをしていた。
「しつこいな! 来るなと言うたじゃろうが!金の話なら聞かんぞ。わしは忙しいんじゃ」
「……いや。金より、大事なものです」
京吾は礼儀正しく、深く一礼した。
その態度は、先ほどまでの「頼み込む学生」ではない。
「対等な取引相手」いや、彼に救済をもたらす「上位者」の風格すら漂わせていた。
「……まあまあ、そう邪険になさらずに」
京吾は優雅に微笑むと、ソファに浅く腰掛けた紗夜の手を取り、その場に跪いた。
まるで、舞踏会の手を取る王子のように。
「あ、あの……京吾……くん?」
紗夜が目を白黒させる。
京吾は彼女の耳元で「(合わせろ)」とだけ囁くと、懐から小さな硝子の小瓶を取り出した。
蓋を開けると、ふわりと薔薇の香りが漂う。
一般庶民には手の届かない、フランス製の高級ハンドクリームだ。
「いけないよ、紗夜。手が少し荒れているじゃないか」
「えっ……?」
「未来の飛鳥家当主の妻となる手が、これでは可哀想だ。……じっとして」
京吾は小指の先ほどのクリームをすくい、紗夜の手の甲に落とした。
そして、自分の温かい掌で、ゆっくりと、愛おしげに塗り込んでいく。
「……っ!」
紗夜が息を呑む。
京吾の指が、紗夜の指一本一本に絡まり、滑るように撫でていく。
その手つきは妙に手慣れていて、艶めかしく、紗夜の心臓を早鐘のように叩いた。
(ちょ、ちょっと! 何してるの!?)
(このクリーム……昨日の晩御飯を我慢して買ったやつ!? こんな演出のために!?)
紗夜の内心の悲鳴などお構いなしに、京吾はうっとりとした瞳で見つめる。
「ああ、美しい。やはり君の肌は白絹のようだ。……剛山様の前だ、一番綺麗な君でいてくれないとね」
「は、はい……うれしゅうございます、あなた……」
紗夜は顔から火が出るのを必死に堪え、震える声で精一杯の「令嬢」を演じた。
指先から伝わる京吾の体温だけは、嘘みたいに熱い。
剛山が、あんぐりと口を開けて葉巻を取り落とした。
「き、貴様ら……人の家で何を始めておるんじゃ……」
「おや、失礼。愛する婚約者を労るのも、紳士の嗜みですので」
京吾は涼しい顔でハンカチを取り出し、指を拭いた。
その態度は、借金を頼みに来た学生のそれではない。
余裕綽々の「名家の当主」そのものだ。
(……こいつら、肝が座っておるわ)
剛山は毒気を抜かれ、呆れを通り越して感心すら覚えた。
金に困っているはずなのに、このふてぶてしさ。そして、互いを慈しむような空気感。
これが「腐っても飛鳥家」というやつか。
京吾はニヤリと笑った。掴みはオッケーだ。場の空気は支配した。
彼は表情を一変させ、鋭い眼光で剛山を見据えた。
「さて、剛山様。……あなたに、クリームよりも甘い『永遠』の話をお持ちしました」
「剛山様。……あなたは百年後、誰に思い出してもらえますか?」
剛山がピクリと眉を動かした。葉巻を持つ手が止まる。
「金は、使えばなくなる。屋敷も、いつかは朽ちる。あなたが死んだ後……誰があなたの偉業を語り継いでくれますか?」
「……貴様、何を……」
京吾は、剛山の背後にある「肖像画」をチラリと見た。
視線だけで殺すように。
「その肖像画も、あなたの孫の代には……蔵の奥で埃を被っているかもしれませんね」
剛山の顔色が変わった。図星だ。それはまさに、彼が毎晩、悪夢に見ている光景だったからだ。
京吾は畳み掛ける。相手の逃げ道を塞ぎ、最後に唯一の出口を示す。
「俺たちがあなたに提供できるのは『永遠の名誉』です」
京吾は懐から一枚の図面を広げた。桜並木の完成予想図とその根元に描かれた石碑のデザインだ。
「寄付していただいた桜の根元に、あなたの名前を深く刻んだ石碑を建てます。『この桜は、大黒屋剛山氏が植えた』……と」
「石碑……?」 「桜は毎年咲きます。百年先も、二百年先も。
春が来るたび、人々は満開の花を見上げ、そしてあなたの名前を見る。
何世代にもわたって……あなたの名前は『京都を美しくした英雄』として、語り継がれるんです」
京吾は、剛山の目を真っ直ぐに見据えた。
その熱気にあてられた剛山の心が揺らいだ瞬間、紗夜が静かに、けれど確信に満ちた声を重ねた。
彼女の澄んだ瞳には、薄紅色に染まった未来の京の都と、そこを埋め尽くす人々の喜びが、すでにありありと視えているようだった。
「剛山さんの寄付で、街中が桜で埋め尽くされれば、京都の街には、全国から観光客が押し寄せます」
紗夜の言葉が、剛山の脳裏に「自分を称える群衆」の映像を焼き付ける。
京吾が、決定的な一言を放った。
「金で買えない『永遠と名誉』へご寄付いただけませんか?」
剛山は言葉を失った。視線が泳ぎ、自分の肖像画と仏壇を見る。
巨万の富を築いても埋まらなかった心の穴。
死への恐怖と、忘れ去られることへの不安。
それを、この若造は「桜」で埋めると言っている。
「……英雄か。わしの名前が……二百年先も……?」
剛山の心が揺らいだ、その一瞬の隙を見逃さず、紗夜が一歩進み出た。
「はい。私が保証します」
凛とした声。それは京吾の言葉に絶対的な信頼の印を押すものだった。
「あなたの名前が刻まれた桜は、私が責任を持って、誰よりも美しく咲かせてみせます。あなたの桜を植えた場所は、京都で一番の名所になります」
剛山の震える手が、葉巻を灰皿に押し付けた。
火が消え、紫煙が途絶える。ゴクリ、と唾を飲み込む音が室内に響く。
「日本中、いや世界中から観光客が押し寄せますよ」
「……分かった」
剛山が身を乗り出した。
「いくらだ?百本か?千本か?」
「では千本分、苗木千本×五銭=五十円です」
「よかろう。出してやろう!」
剛山が叫んだ。もはや金など紙切れ同然だと言わんばかりに。
「一番目立つ場所に植えろ!石碑の字は、特大サイズじゃ!」
「桜が咲いたら報告しますね。ぜひ観に行ってください」
「金ならいくらでも出す!わしの名を……京都の歴史に刻め!!」
「……毎度あり」
京吾はニヤリと、悪党のような笑みを浮かべた。
それからの京吾の動きは早かった。
三日後、別の豪商の屋敷。京吾は、大黒屋の署名が入った契約書をヒラヒラと見せびらかしていた。
「あの大黒屋様が『京都の英雄』になると出資されました。おや?あなたは参加されなくてよろしいのですか?」
「な、なに?」
「このままだと、後世に残る名前は……大黒屋さんだけになりますが?」
「な、なんじゃと!?あのタヌキ爺だけ目立たせてたまるか!わしも出す!倍出すぞ!わしの石碑をもっと大きくしろ!」
翌日、また別の屋敷。
「今なら『英雄枠』残りわずかですが、出資できますよ」
「出そう!言い値でいい!大黒屋に負けるわけにはいかん!」
次々と契約書に判が押されていく。
成金たちのプライドと競争心を利用した、見事なドミノ倒しだった。
京吾は彼らの欲望を薪にして、復興という炎を燃え上がらせたのだ。
夕暮れの帰り道。京吾の手には、分厚い札束が入った封筒があった。
ずっしりと重い。それはただの紙切れではなく、一万本の命(桜)の重さだ。
「へっ。チョロいもんだぜ。これで一万本の苗木も肥料も、買い放題だ」
京吾は封筒をポンと投げてキャッチした。 紗夜は、少し呆れたように、でも誇らしげに京吾を見た。
「すごいね、京吾くん。……本当に『口八丁』だけでお城が建ちそう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
京吾は照れ隠しに紗夜の頭を撫でた。
「ナイスだ、紗夜。お前の『観察眼』がなきゃ、門前払いだった」
「えへへ……。役に立ててよかった」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「資金」という最初の壁を、二人は知恵と共犯関係で突破したのだ。
その笑顔は、かつての「諦め」を含んだものではなく、未来を掴み取った者の輝きに満ちていた。
「よし。金は確保した」
京吾が遠くを見つめる。
その瞳は、すでに次なる戦場を見据えていた。
「行くぞ、紗夜。……次の課題は技術・職人だ」
『第一の壁・資金。――突破』




