『打ち出の小槌と速記競技会』
あるところに、年老いたばあさまと、孫がいた。孫は、ばあさまの息子の息子であったが、息子夫婦ははやり病で死んでしまい、ばあさまが孫を育ててきたのだった。
孫が嫁を取ることになった。ばあさまと孫には、畑と家があるだけで、大層な財産もなかったが、嫁の目からは、それで十分だった。
嫁に来てからしばらくは、おとなしいいい嫁を演じていたが、次第にばあさまをじゃまにするようになった。やれ、お前様が留守にしている間、ばあさまがいじめるだの、ばあさまが盗み食いをするだの、ばあさまが先物で大損しただの、ないことないこと毎日毎日吹き込んだ。
すると、孫のほうとしても、ばあさまがそんな人のような気になってしまい、嫁が言うままに、ばあさまを山に捨てに行くことにした。嫁の言うとおり、ばあさまを捨てるための小屋を建て、小屋に火をつけて、山を下りてきた。
ばあさまは、一人で山を下りるほどの元気はなかったが、火がついた小屋から出るくらいの力はあったので、小屋から出て、せっかくだから火に当たっていた。すると、山に住む子鬼が集まってきて、一緒に火に当たった。
子鬼たちは、ばあさまという生き物を見たことがなかったので、どうして口がそんなに大きく開くのかと尋ねた。ばあさまは、単に歯がないだけであったが、子鬼から見るとそう見えるのかと思い、子鬼を丸飲みするためだよ、と言うと、子鬼たちはぶるぶる震えて、お願いだから食わないでくれろと、ばあさまを拝んだ。ばあさまが、かわりに何かよこせ、と言ってみると、打ち出の小槌をくれるという。ばあさまは、子鬼と打ち出の小槌では、不足だが、子供の言うことだから許してやろう、と言うと、子鬼たちは、ばあさまに何度もおじぎして、山の奥へ帰っていった。
さて、打ち出の小槌を手に入れたばあさまは、屋敷と町と、下男下女とを出してみた。あっという間ににぎやかになったが、腹が減ったので、ごちそうを出し、腰が痛かったので、蓬莱の国の薬を出したところ、みるみる若返って、ばあさまとは呼べないほどになった。ひざも痛くなくなったので、山を下りることもできると思われたが、山の中で不自由はなかったので、このままここで暮らすことにした。
ばあさまを山に捨てた孫は、その後、嫁の言うなりになったが、嫁も、別に考えがあって、ばあさまを捨てさせたわけではなく、夫の能力がそれほど高くない以上、暮らしはそれほどよくならなかった。
そんな若夫婦の耳に、山の中ににぎやかな町ができたといううわさが聞こえてきた。手に入らないものはないほどの、市が立っているという。若夫婦は、見に行ってみることにした。
行ってみて、孫は驚いた。ここは、この間ばあさまを捨てに来た、まさにその場所ではないか。なぜ、この場所に、こんな短期間に、こんな町ができたのか。
嫁も驚いた。町の真ん中にある屋敷で、きれいな着物を着て、山のような賞品を積み上げて、速記競技会を開催しているのは、あのばあさまではないのか。ちょっと若返っていないか。嫁は、孫をせっつきます。あれはばあさまだ。どうやってあんなお屋敷を手に入れたのか、どうやって若返ったのか、聞いてきてちょうだい。
ばあさまは、孫のことを恨んでいませんでした。こんな頭の悪い子に育ってしまったのは、自分が甘やかして育ててしまったせいだ。つまり、嫁が悪いやつだということがわかっていたということですね。ばあさまは、孫に教えてやります。お前は私を小屋に入れて火をつけたね。ああすると、年齢が燃えて若返るんだよ。お屋敷は、砂鉄を燃やすと鉄が残るように、小屋が燃えるとお屋敷が残るんだよ。
何を言っているのかわかりませんが、甘やかして育てて正解でした。孫は全く疑いません。いわんや嫁をや。
若夫婦は、家に帰りました。嫁は、自分は家にいるから、外から火をつけてほしいと頼みます。孫も、全く疑っていないので、言われたとおりにします。放火殺人は重罪ですが、ばあさまは、証拠隠滅できる道具を持っているのでした。
教訓:先に手を出したのは嫁であるから、同情するには当たらない。