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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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馬車の中で

 翌朝、目を覚ましたリンは、自分がベッドで寝ていることに気がつき、昨晩の状況を思い出して悶絶する。


(え? 俺どうやって戻ってきた? あそこで寝ちゃったんだよな? まさかアリスさんに運んでもらった!?)


 あの場所には自分とアリスしかいなかった。それ以外の選択肢が思い浮かばない。

 アリスは華奢ではあるが、意外と力仕事もこなせる。流石に男1人担げるかは分からないが、この状況では1番あり得ると思えた。


 いくらなんでも、思春期を超えた男が女性に、しかも外から寝た状態でベッドまで運ばれるのは男の沽券に関わる問題だ。


 一応、リンが寝ている間に、ライル達が気づいて運んでくれた可能性もあるためなんとも言えないが、当の本人はまだ寝ているので話も聞けない。


 悶々とした時間を過ごしていると、不意に扉がノックされ、アリスが入ってきた。


「あら、リンくん起きてたのね。おはよう」


 普段と変わらない優しい声で接してくれるが、それで安心できないのは何故だろうか。

 基本しっかりしているアリスだが、稀にとんでもなく抜けてる時がある。


「お、おはよう、アリスさん。………そ、その、昨日ってライ達……」


 しどろもどろになりながら話を聞こうとすると、リンの意図を察したのかアリスが笑顔で説明する。


「あぁ、昨日? それなら、ライルくん達が様子を見に来たんだけどね」


「っっ! そ、それじゃあ……」


「ええ。私がリンくんをおんぶするの手伝ってくれたのよ? 後でお礼言っておいてね」
























「あれ、リンは?」


 すでに席についていた女性陣は、部屋から降りてきたのがアリスとライルだけなのに対して怪訝な顔をする。


「さあ〜? なんか少し一人にしてくれだって」


「おかしいわね。昨日は普通だったのに。変な夢でも見たのかしら?」


 起き抜けに哀愁漂う姿でそんなことを言われたライルはもちろん。元凶のアリスも困ったように話すのだった。




                 ********




「よし、こんなもんかな」


 馬車に荷物を積み終わり、最後の確認を終わらせたリンが振り返ると、アリスが見送りに家を出てくるところだった。

 リンがキャビンに乗る直前、アリスはリンと向かい合い、ふと思い出したように問いかける。


「そう言えば、今回はどこに行くの?」


「ああ、ルジャっていう、結構でかい都市なんだよね」


「…………そう」


 ルジャの名前を告げた時、アリスの顔が一瞬曇ったように感じた。一瞬気になったが、次に目があった時にはいつもの笑顔に戻っていたため、見間違いだったのかもしれないと結論付ける。

 全員が乗ったことを確認して、次の運転手であるシオンが手綱を握ったのを見たリン達は、もう一度アリスに視線を向けた。


「じゃあ、行ってくる」


「またね、アリスさん!」


「帰りにまた寄ります」


「お土産買ってくんねー」


「ええ、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 馬が走り出すと同時に、思い思いの言葉を残してその場を後にする。


 最後にライルが言った土産の話は、リン達全員が認識し、そして全員がそれに賛同した。ルジャは何か特産品があったかだとか、食べ物がいいかなどの相談をしながら、一行は道中を進む。

 和気藹々と話されるその話題はしばらく続けられ、アリスへ贈るものの選定もその日のうちに結論が出た。




 だが、





「ルジャ………か」





 その約束は、果たされなかった。






                 ********





 アリスの家を出発後、今一度ルートの確認をする。

 竜がいるのは山奥の巣だが、その前に近くの街、今回でいえば、依頼を出したルジャで、一度食糧の調達や武器のメンテナンスを行うのが基本だ。

 竜の巣まではルジャから一日あれば着くのだが、巣にいない時はそこで帰りを待つか、その付近を捜索することになるので時間がかかる。まずは数日山にこもれるくらいの準備をしてから行くのが冒険者のやり方だ。


 道中、昨日までよりも浮かれ気味な仲間達に違和感を覚えながらも、馬車は順調に進んでいく。


「リンにぃ〜」


「うん? どうした?」


「うへへ〜、呼んでみただけ〜」


「彼女?」


 というより、サイズで言えば大型犬が懐いているようだ。慕ってもらえるのは嬉しいが、それにしても、



(……浮かれすぎじゃないか?)



昨日までより更に緩んだ空気感が、リンのペースを乱す。何か心境の変化でもあったのか、ライルの態度は十年近く前の出会った頃を思わせるものにまで退化していた。


「ちょっとライ、あんたいつまでリンにもたれてんの?」


「ん〜、着くまで?」


「なげーよ、バカ。リンもちょっとライに甘すぎるんじゃないの?」


「いや、前はこんなもんだったろ」


「もう子供じゃないでしょ。あんまり甘やかすとそいつつけ上がるじゃん」


 今はシオンが外で馬車の運転と外の警戒をしているため、室内にはローレン姉弟とリンしかいないのだが、上機嫌のライルに反比例するように、サラの機嫌が頗る悪くなっていく。


「いいじゃーん。リン兄いる時しか気ぃ抜かないしー」


「へぇ? うちが相手だと気が休まらないって言ってんの?」


「普段の行い考えてみ?」


「……リン、ちょっとどいて。そいつ殺るわ」


「うええ、そーゆうところだろぉ?」


 ライルがリンの後ろに隠れたことで、サラの機嫌が最高潮に悪化した。魔導士としての武器である杖ではなく、手っ取り早い手で拳を作る。


「サラ、ちょっと落ち着けって。馬車が壊れる」


 危機感を感じたリンは、そう言ってサラの頭を撫でて説得する。

 この姉弟は普段から特別仲が悪いわけではないが、喧嘩の理由の八割がリンの取り合いによるものだ。そのせいもあって、リンにとって二人の喧嘩は日常茶飯事のように感じられ、仲介役が身に染みてきている。

 昔からこうすると大人しくなるのでよくやるのだが、サラに対してこれで効果があるのは、世界中でただ一人であることをリンだけは知らない。


 しばらくして手を離そうとすると、サラがその腕をガシッと掴んだ。何事かと思い目を向けると、目の前の幼馴染は顔を真っ赤にして俯いている。


「……」


「サ、サラ?どうした?具合悪いか?」


「……そ、その……」


「?」


「……も、もうすこ――」



 その時、馬車が停止し、リンから見て前方に力がかかる。

 タイミングが悪かった。普段ならば何の問題もないのだが、今のリンは中腰になり、後ろではライルが軽くとはいえ、体重をかけてきている。そしてサラの声を聞こうと前傾姿勢になった瞬間に馬車が止まった。


 様々な悪い要因が重なった結果、リンは慣性の法則に抗えず、体勢を崩して前に身体を投げ出してしまう。

 結果、サラを巻き込んで倒れたリンが、覆い被さるように皿の横に手を付くと、お互いの息遣いが伝わるほどの近距離で見つめ合う形になった。


「―――――」


 恐らく、まだ男女の違いさえ分からなかった頃以来であろう距離感にお互い固まってしまい、時が止まったような錯覚さえ起きる。

 一秒が数倍に引き伸ばされた世界で、体は動かないのに思考は鮮明なリンの視線は、数々の冒険者達の憧れの的である目の前の美少女に釘付けになった。

 見慣れたはずなのに、近づくことで瑞々しい唇や、意外と長いまつ毛など、気にしたことのなかった女性の魅力に目が離せなくなる。

 心臓が早鐘を打ち、血の流れが顔に集中するのを感じた。



「あっ! あ……あふっ」


「あ、ご、ごめ――」



 サラの声に体の硬直が溶け、慌てて動こうとしたリンだが、これも少しだけ遅かった。



「サラ、休憩場所に到着したので運転を代わってもらえ何をしてるんですかぁ!!」






                 ********






「なるほど、状況は分かりました」


 あの後、シオンはリンを抱き上げてから寝ているサラを馬車の外まで蹴り飛ばした。

 見た目は可憐な少女とは言え、その階級はS級。蹴られた方の少女はとんでもない勢いで吹っ飛んでいく。

 普段ならそこでブチギレたサラと周りを更地にするほどの大喧嘩を繰り広げるのだが、飛んでいった先で横になったまま、意外なほど大人しいサラに少し困惑するシオンと本気で心配するリン。


 ライルから事情を説明され、状況を理解したシオンは不機嫌そうに顔を顰めたが、一方で蹴り飛ばされたサラは未だに顔を赤らめながらも機嫌がよかった。


「まったく。二人とも気を緩めすぎです。もうそろそろ目的地なんですから」


 リンは馬車の中にいたので気付かなかったが、今は既に森を抜け、前後左右を広大な更地が広がる見晴らしの良い場所で止まっていた。


「分かってるよ〜。それに、ここってルジャより巣がある山の方が近いくらいだし」


 そう緊張感の欠片も感じさせないライルの言葉を聞き、顔を顰めるシオンから意図的に視線を外したライルは、遠くに目を向け、次の瞬間にその表情が固まった。

 同じ方角に目を向けたが、リンには地平線が広がっているようにしか見えない。しかし、後の二人もライルと似たような顔をしていた。

 驚いているような、どこか嬉しそうにしてる顔だ。


「どうした? ライ」


「いや〜、こうくるか〜」


「まぁ、こちらの方が都合がいいかも知れませんね」


「え? 何のこと?」


 本気で何を言っているのかわからないリンは、次のライルが放った言葉に凍りついた。


「ドラゴンがこっちに近づいて来てる」



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