凶報
人の流れが慌ただしく入れ替わる、王城で最も格式の高い一室。そこで最新の情報を聞きながら、アルザック・レイダル・リガレアは一つため息を吐いた。
アリシア・センテンスの話を聞いてから、アルザックは休む暇もなく業務にあたっている。国が沈むかもしれない可能性を前に休んでいる場合ではない。だが、アルザックも人間である以上、出来る業務には限りもある。
「陛下、一度お休みになられた方がよろしいかと。流石に、お体に障ります」
「ラーバス」
宰相のラーバスが、見かねたようにアルザックにそう進言する。この忠臣の言葉に他意はないであろうことは、長年の付き合いで分かる。アルザックが謀とは完全に切り離して接することができるのは、このラーバスだけだ。
だが、
「今の状況で休めるわけがなかろう。現状、九鬼の目的も、アリシア・センテンスの意図も分かっていない。今この瞬間にも、この国に甚大な被害が出るかもしれんのだぞ。――そのうえ、まさか《天名会》が裏切るとは……」
アルザックが抱える憂慮の羅列。どれか一つでも国がひっくり返る出来事ではあるのだが、とりわけ《月華の銀輪》が謀反を起こしたことは、アルザックの心労を一気に限界まで上げることになった。
アリシア・センテンスを討伐するため、ルジャに送り込んだ騎士団を壊滅させて逃亡した。それしか情報がないアルザックにはどうしてそんな状況になったのか見当もつかないが、それが事実ならどんな理由があろうと許せるものではない。
だが、今の問題全てに対応するには、流石に戦力が足りない。
「例え三人だけのパーティーとはいえ、その全員が天名会だ。グループリスクは『S級』――いや、『SS級』にもなるだろう」
「ええ。重々承知しております。ですが、既にルジャへと向かったのはテラスト殿のみ。他の天名会も向かっているそうですが、全員が集まるにはまだしばらくかかります」
ラーバスの指摘に、アルザックが顔を顰める。どれだけ戦力が必要でも、広大なリガレア王国の中で、各地に割り振られている戦力を集結させるならどうしても時間がかかってしまう。
「しっ、失礼します!」
逸る気持ちを抑え、時に身を任せるしかないと思われたその時、騎士の一人が、王の御前に走り込んできた。
額に流れる汗と、見開かれた瞳。荒い呼吸と、緊急性を訴えるそれらは恐らく無視できない話だ。
「た、たった今、《天名会》【マルサ・ノーゼン】様が――」
「失礼するよ」
その報告が終わる前に、一人の女がその扉を潜る。
顔には加齢によるシワと共に歴戦の傷痕が刻まれており、ダボッとしたローブから覗く手足にも同様のものが見える。
只者ではないと一目で分かる人相だが、問題はそこではない。
歩く姿勢は堂々としており、周りに控える騎士とは違い何の礼節も感じない。だが、それがどれだけの不敬かを問えるものが、王を含めてこの場にはいなかった。
その身から溢れる魔力の波動は、歴戦の騎士団が体を動かすことすら躊躇うほどの圧力を周りに与える。たった一歩進むたびに、竜の魔獣が魔力を自身に向けているかのような威圧感と同等のものが周りに撒き散らされた。
「………何の用ですかな? ローゼン殿。貴女に出した命令は、ルジャに向かうことだった筈ですが」
そんな状況の中、ラーバスの落ち着いた声だけが、女の足音以外で唯一この場に響く。それを聞いた女も、その口と瞳を獰猛に歪め、ラーバスに向けた。
「いや、どうも私のバカ弟子共がやらかしたようだからねぇ。こうして態々足を運んできてやったのさ」
「頼んでおりませんが」
「つれないことを言いなさんな。奴らはバカ弟子だが、馬鹿じゃない筈さ。謀反にも理由があるんだろう」
「………その理由までは、こちらも分かりかねます。ですが、彼らがこの国を裏切ったのは紛れもない事実です。例え貴女の弟子であったとしても、それは免罪符になり得ません」
「あいっかわらず、頭の固い奴さね」
一方は力を前に、もう一方は権力を前に、あまりにも言葉を選ばない言い合いを、周りの騎士は背筋が凍る思いで見守っていた。
そこで、突然部屋に入ってきた女。ローゼンは、ラーバスから視線を切り、更にその上に君臨する国王に向けて、
「まぁ、どちらかと言えば、私はあんたに用がある。悪い話だがね」
そう、この上でアルザックの精神を削ることを宣言する。
「………聞こう」
思わず目頭を抑えそうになるアルザックだが、拒絶の意思を王としての威厳で抑え込む。わざわざローゼンが話に来たことなら、いずれ聞くことになるのだ。情報は早い方がいい。
そして、それを見届けたローゼンは、その王の覚悟を容赦なくへし折る言葉を言い放った。
「冒険者クラン、『一人の大軍』並びに、そこのクランマスターでもある、《天名会》【ハルジオン・トーライト】に謀反の恐れがある。奴らが反乱を起こせば、この国は内乱で崩壊するかもしれないねぇ」




