最悪の魔力
想定の数十倍、事態は深刻だ。
地図に描かれた集落の位置と、杖が置かれていた場所。そして、竜が飛んできた方角。それが、サラの脳内で具体的な脅威となって映し出され、その額に冷や汗を流した。
「どうゆうこと?」
そんなサラを心配しつつ、リンが話の先を促す。事態の逼迫を感じたのか、サラを見つめる三つの視線が焦燥感を孕んでいた。
一度心拍を整えるため、意識して呼吸を肺に入れる。まだ手遅れじゃないはずだし、シーナさえ守れれば最悪は回避できる。
それを念頭に、サラは今自身が導き出した結論を伝えるべく、もう一度地面の絵に視線を落とした。
「……まず、これを見て。この中心がルジャで、ここがカシバ。それで、こっちの線が竜の飛んできた方角」
真ん中の丸をルジャ。斜めの丸をカシバ。真横の線を竜の飛行経路と説明して、図の意図を伝える。だが、それを聞いた他の三人は、まだサラの言いたいことを理解していない様子だった。
「えっと、それがどうしたんだよ? こんなもんじゃ何もわかんねえだろ」
ライルの言葉に、態度には出さずともリンとシオンも同意しているのがわかる。だが、サラにとっては、今この絵の中にある情報がとてつもなく重要な意味を持つ。
「わかるんだよ。この角度は、『流転魔法陣』の一部と似てる」
「流転魔法陣?」
聞き慣れない言葉を復唱し、その意味を暗に問うたライルとは対象的に、シオンはその表情を少しずつ険しくしていった。
「…………まさか、それをこの規模で?」
戦慄に慄くシオンの言葉に、サラは一度顎を引き、ルジャに平行に描かれた線の端を指差した。
「多分、リンが言ってたことは正しい。あの竜は、九鬼から逃げてきたんだと思う。だから、あの時ここに九鬼がいたと仮定すると、あの杖だって置かれてるだろうね」
「だーかーら、何の話をしてんだよ?」
徐々に輪郭を帯びていく、九鬼の計画。それを感じている女性陣と、話に置いていかれている男性陣とで綺麗に分かれたが、理性的に待つリンとは違い、ライルは焦れたように説明を求めた。
「まず、『流転魔法陣』ってゆうのは、その魔法陣を引いた魔力の元の素材を中心部に集めて、魔法に組み込めるってものなの」
「………………んん??」
「………ああ、なるほど」
だが、サラから受けた説明に、ライルは頭に疑問符を浮かべ、リンは得心が言ったと頷いた。
「んえ? リン兄分かったの?」
「何となくだけど。例えば、この焚き火の下に、ライが炎の魔力で流転魔法陣を作ったとしたら、その内側にある焚き火を魔力に変えてライの魔法に使えるってことだと思う」
リンが焚き火の周りに木の棒で円を作り、それを魔法陣に見立てた説明をすると、ようやく合点がいったライルが嬉しそうに手を叩く。
「おお、流石だぜリン兄! 姉ちゃんより分かりやすい!」
興奮気味に叫ぶライルの賞賛に、それを受けたリンは喜ぶ前に顔を青くする。それはおそらく、ライルの背後にいるサラの形相が、実の弟に対するものではなくなっていったからだ。
「け、けど、こんな広い範囲に魔力を巡らせるなんてことできるの?」
「………まぁ、ライのことは後でシバくとして、――魔法陣のメリットは、発動するのに最小限の魔力しか使わないこと。点と点を魔力の線で結ぶだけだし、この規模のものでも、発動する魔力量だけなら大したものにはならないよ」
その範囲全てに魔力を行き渡らせる必要はなく、あくまで魔力の線を引ければ、魔法陣の効力は発揮される。
そもそも、『魔法陣』というものの存在自体は一般的にも知られていた。最も有名なのが、内側にいる魔導士の魔力を爆発的に上げる『気転魔法陣』と呼ばれるものだ。
内側に描かれる模様次第で効果の変わる魔法陣には数百もの種類がある。実用的であればあるほど、その認知度も高い。
であればこそ、次のライルの疑問は至極当然のものだった。
「けどさあ、俺この魔法陣のことなんか知らねーぞ? 誰かが使ったっつー話も聞かねーし」
「単純に、生成するのに時間が掛かるのと、効率が悪い。こんなものを戦場で描いてる時間なんてそうそう取れないし、作れたとしても、その属性の元となる素材がその場に必要になる。海で水魔法を使うだとか、そんなピンポイントの状況じゃないと使い用がないんだよ」
「……そうなのか」
一つ疑問が解消されたというのに、リンの表情には達成感も安心感もない。より一層眉間の皺を深めた想い人の苦しそうな顔を見ていられず、サラはそこから、何かを言いたそうにタイミングを見計らっているシオンに目を向けた。
「でしたら、一体九鬼は何の魔力を流すつもりなのでしょう? いくら広いとはいえ、もちろん海や湖なんてありませんし、炎の量なんてたかが知れています。風や土なら多少集まるかも知れませんが、それもどこかを攻撃するための魔力としては適正ではないのでは?」
シオンの指摘を聞いて、リンが少しだけ希望を見出したように目を見開く。その気持ちを打ち砕くのは忍びないが、サラは今までの話で最も脅威を感じた部分を話す。
「あるでしょ。範囲内全部に存在するものが」
そう言って、地図の杖があるであろう範囲。それを円で囲み、そこに確かにあるものを強調する。
そこに写るのはただの地図であり、実際にその場にあるものなんて勿論見えない。だが、サラの言葉は、今それを見れば分かると、言外にそう語っていた。
シオン、ライルが解さない様子で顔を歪める中、リンだけがその意図を察したのか、顔色を青くして唖然とサラが囲った円を見つめる。
「…………空間」
ぽつりと呟かれたリンの言葉に、あとの二人が遅れながらに戦慄する。
それに頷き、サラは目の前の三人に、――そして、自分自身に言い聞かせるように話した。
「九鬼の狙いは、シーナの魔力を使って流転魔法陣を発動すること。それでもって、その空間そのものを魔力に変えたら、ルジャに魔力を集めて一気に爆発させるつもりなんだ」




