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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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 整備などされていない獣道を、一台の馬車がゆっくり走る。木の根が車輪を揺らし、深い緑と茶色に彩られた視界は、障害物の多さから閉鎖的な印象を受けた。


 普通の馬なら歩くことすらままならないであろう悪路だが、馬車を引くこの馬は『サンダーホース』という馬の中でトップクラスの性能を誇る二頭だ。


 その分値段も張るのだが、シオン達は今回の旅のためにわざわざカルマーナでこの二頭を購入していた。値段を尋ねたが、やんわりと誤魔化された点を鑑みると、リンにとっては目玉が飛び出るような額だったことは想像がつく。


「サラー、この森って今日中に抜けれそう?」


 手綱を握りながら、リンは背後のサラに確認を取った。綺麗な景色ばかりが冒険ではないが、あまりにも変わり映えのない光景では気が滅入る。


「もうそろそろ抜けれるよ。んで、この方向を真っ直ぐ行ったところに、『カシバ』って都市がある。と言っても、今のうちらじゃ入れないだろうけど」


「そりゃあ、俺たちもうお尋ね者だもんなぁ」


 情報に現状を混ぜ込んだサラの言葉に、ライルが補足する。

 リガレア王国にある人の集落には、そのほとんどに騎士団の駐屯所がある。人が少ない村などはその限りではないが、カシバはルジャほどではなくとも栄えた場所だ。当然、騎士団もそれなりの人数で守りを固めている。


「それでも、多少は保存食を買い込めれば嬉しいのですが……」


「まあ、カシバを越えたら、いよいよレストピア山脈もすぐだもんなー。ルジャを出る時はバタバタだったし、ガリバーに入る前に一回諸々整理したいってのはあるんだけど」


「そんな余裕ないでしょ。うちらがこんな場所で顔見られたら、それこそ高飛びしようって魂胆がバレる」


 シオンとライルの言い分も分かるが、この場はサラの言うように、カシバには入らない方が賢明だろう。御者席から後ろへ、リンがサラの擁護をしようとした、その時――


「おっ」


 視界に映ったのは、鬱蒼とした木々からの出口であり、日光が遮られ、明かりが限定されていた場所から見える、光に包まれた場所への入り口だ。


「っっあ〜〜〜、やっと抜けたぁ」


 開放感に満ちた声を上げるリンの眼前には、膝の高さほどもないような草しか生えていない野原が広がっていた。

 横を見れば大地が広がり、上を見れば空が広がる。そんな当たり前のことに感謝したくなる世界の、少し先を見て――


「サラ! シーナをキャビンの上に上げてくれる?」


「ん? ――ああ、そーゆうことね」


「え? あえっ? ええええ!?」


 一瞬、怪訝な声をあげたサラだが、リンの意図を察した時には風の魔纒を展開。した直後には、シーナの身体を風が包み、ゆっくりと木造りの箱の上へと押し上げていた。


 突然のことに目をぱちくりとさせるシーナは、しかし、その視線をリンと同じ方向に向けた時には、その景色に目を奪われた。


「――――――」


 いつの間にか川辺を走っていた馬車の、その川を挟んだ向かい側に広がっていたのは、連なる山々を背景にして、ピンクに色付いた花木が並んでいる様だ。


 それも、一本や二本ではない。見える範囲全てに色鮮やかな花が咲き誇り、その景観は最高級の生地で編んだ絨毯が宙に浮いているかのよう。

 だが、散りゆく花弁が舞っている様子が、その美しさが刹那の命であることを物語っていた。


 その儚さにすら趣を感じるような、言葉にし難いものが胸に去来するのを感じながら、リンはその花を眺め、自然と眉を下げる。


「綺麗だろ? 桜って言うんだよ」


「さくら?」


「そう。毎年、この季節にだけ咲く花でさ。桃色の花って幾つか種類があるんだけど、俺はこの花が一番好きだなぁ」


 馬車を走らせながら、リンも流れる桜の並木に視線を向けると、桜を教えてくれた母との思い出も記憶の風景と共に掘り起こされた。


 感傷に浸りそうになる自身を律し、少し現実的な情報に目を向ける。

 川の先に見える桜の木々。その向こうに見えるのが、リン達が目指すレストピア山脈だ。温かくなってきたこの頃であるが、山の高い所にはまだ残雪があり、遠近法で小さく見えたその山が、どれだけ高いかの指標にもなる。


 これからそれを越えなければいけないと、その気構えが必要であることを伝えようとして、


「――――――」


 横目にシーナの顔を見たリンは、何も口に出すことなく前を向く。


 恐らく、シーナにとって初めて見る桜の花。それを見つめる彼女は、昨夜見た星々よりもずっと強い輝きを瞳に宿していた。


 今は、その光に水を差すべきじゃないと、胸に嬉々とした想いを抱きながら、高揚を抑えつけるように手綱に力を入れる。


 自身が勝手に設定した、シーナの生きる理由の一つにこの景色が入ってくれればいいと思いながら、リンは口元に弧を描いた。



                 ********




 砂利道を走り、川を越えてからしばらくして、小高い丘の上を走るリンは遠方に石造りの壁を視界に捉える。


 この辺りにある人の集落は一つだけであり、カシバはルジャと同じく城塞都市だ。ルジャと比べると幾分か小さな外壁だが、それはルジャが異常なだけであって、対害獣対策としては十分すぎる高さ。少なくとも、この丘からカシバの中を目視することはできなかった。


 街道も綺麗に整備されていて、人の往来に気を使っているのがわかる。普段であればそこで何日か体を休め、荷物を整えてから次の場所へと向かうのが常識だが、逃亡中の身でそんなことができるわけもない。


「それでも、ここまでは順調すぎるくらい順調だよな………順調すぎて、逆に気味が悪いけど」


 《終焉の十三人》の構成員が見つかり、王命が下された。これだけでも世紀の大事件だが、これに『《月華の銀輪》が騎士団を壊滅させて逃走』だなんてとんでもない出来事まであったのだから、今頃は国全体に厳戒態勢を敷かれていることだろう。


 それでも、ここに至るまでの道中、人の気配には三人が神経を尖らせてくれていたのだが、未だに騎士団との遭遇は一度もなかった。


 いざとなったら、サンダーホースの脚力に物を言わせてぶっちぎろうとしていたリンからすれば、肩透かしもいいところだ。


「リン兄は気にしすぎじゃねえの? 昨日の今日で、まだ情報が回ってないだけかも知んねーし」


 リンの複雑な心境は、ライルの一言で否定される。違和感はあれど、現在まで騎士団に出合っていないということは、国がリン達の動向を見失っているという何よりの証左でもある。今が国境を越える絶好の機会だと、そう前向きに捉えるライルの意見も間違ってはいない。


「そう、かもな。今のうちに、できるだけ国境の近くまで走れれば」


 一抹の不安を振り払い、リンは一度前を向く。そこには青々とした木々が並び、先程抜けたばかりの鬱蒼とした景色が再現されているようだった。

 またしても陰鬱な景色の中を走ることにげんなりしながらも、朝よりもその気分が幾分か軽いのは、ゴールが見えてきているが故の精神的な余裕があるからだ。


 この丘を下れば、レストピア山脈の麓に広がる平原があり、そこを真っ直ぐに進み続ければいよいよ国境が見えてくる。


 近くに人や害獣がいれば、リンが目視する前にサラ達が教えてくれる。何も言われないと言うことは、少なくとも今の段階で周りに危険はないのだろう。


 何事もなくここまで来れたことにどこか気の緩みを感じさせた、






その時




「――――っ!?」


「うおっ!? ……ど、どうしたんだよ姉ちゃん?」


 直前までリラックスしていたサラが突然立ち上がり、その瞳を動揺で揺らしていた。その右手には愛用の杖がしっかり握られており、側から見ればルジャで見たような戦闘体勢。


「サラ? どうかしたの?」


 ただならぬ様子のサラにそう声をかけたリンに対し、サラは一度口を開き、しかし、視界の端にシーナを見たことで、その先の言葉を躊躇する。


「…………リン、ちょっと先行っててくれる? すぐに追いつくから」


 そう言うと、サラは自身の杖に風の魔力を纏わせ、それに乗って馬車の外へと飛行。去り際、一度振り返ったその表情は、切羽詰まっているような印象を受けるものだった。


「ライ、シオン。こっちのことは頼んだ」


 簡潔なその言葉の中に、その二人も何かを感じ取ったのだろう。全てを理解しているわけではないだろうが、何かを聞き返すこともなく頷いた。


 瞬間、サラはその杖に足を掛け、瞬く間に木々の向こうまで飛んでいく。


「サ、サラは、どこに行っちゃったの?」


「…………いや、俺にも分かんないけど、まあ、きっとすぐに戻ってくるよ」


 不安げに呟くシーナをなだめ、何でもないように運転に戻るリン。――だが、ここでリンは一つ嘘をついた。


 サラがどこに行ったのかという質問に分からないと答えたが、サラの飛んで行った方向を視認した時から、リンは全身が震えそうなほどの嫌な予感をヒシヒシと全身に感じている。


 杞憂であって欲しいと、そう願うリンの目は、自然とサラが向かった、『カシバ』がある方角を見ていた。




                 ********





「なんっ、だよ……これ」


 眼下に広がる光景に、サラは呆然と立ち尽くすしかなかった。


 突然《九鬼》の構成員と対峙したときや、犯罪者になると分かっていて騎士団を攻撃したとき。天災級と呼べる、ルジャで経験した数多の出来事ですら、闘争心故の歪みはあれど、その顔には常に余裕があった。サラが演技を抜いて本気で顔を歪めたのが、ゴズの一撃を喰らった時と、リンがサラを敵として認めた時だけだ。


 その胆力は既に少女の域に在らず、並大抵のことでは崩されることはないだろう。






「……………………」





 今のサラは、その強力な精神を総動員して、膝を地につかせずにいるのでやっとだった。




 時間にしてどれほどだったか。本人からすれば随分と長い間続いた絶句の後、サラは杖を握り締め、その形のいい眉間に憤怒の証を刻む。


 地上最大の生物である地龍ですら顔を出せないほどに高いカシバの外壁。その上にすら漂ってくるほどの強烈な悪臭に――――ではなく、



「ふざけやがって………」



 老若男女問わず鏖殺された、カシバの惨状に対して。


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