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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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高飛び


「………たか、飛び?」


 考えてすらいなかった、唐突に出てきたその言葉を口に出した時、リンはそれが途端に現実味を帯びていくのを感じた。


 リガレア王国は世界でも有数の大国だ。人口は多く、資源は豊富。経済的に繁栄しているし、何よりリガレアは軍事力が他を圧倒している。


 《月華の銀輪》がこの国を牽引する存在であることは疑いようがないが、それでもリガレアと正面切って対立すればひとたまりもない。


 だが、リガレアの影響が薄い他国ならどうか。


 《ガリバー帝国》はお世辞にも治安がいいとは言えないうえに、軍事力はリガレアの足元にも及ばない。月華の銀輪がいれば潜入は容易いだろうし、仮にリン達が帝国にいることが露見したとしても、リガレアと国境を隔てていることには違いないのだから、リガレアとて無闇に手は出せない。


「リガレアにいるより、捕まる可能性は大分低くなる、か」


 結論に至り、法や倫理に目を瞑ることを選択した自分に苦笑しつつも、それを最善と割り切って話を進める。


「とはいえ、それでも安心はできません。《終焉の十三人》の情報は、恐らく既に帝国にも届いているはずです。帝国側も、シーナの存在を警戒しているでしょうから」


「いやっ、けど、シーナは本当に――」


「リン、分かってる。そもそも、うちは病室からずっとあんたらの存在は確認してたよ。シーナがずっとルジャにいたってのは、うちも証人になれる。……ただ、それでも王命は覆せないだろうけどね」


 サラの頼もしい証言を受け、リンの心が幾分か楽になる。自身を信じてくれるのは有り難いが、サラが確証を持ってそう言えるのなら自分のことより信用できた。


 となると、


「俺はリン兄と姉ちゃんを信じるけど、――じゃあ、テラストの奴が言ってたのって何だったんだろ?」


 首を傾げたライルが、根本の疑問に言及する。


 騎士団が調べ、実際に一致した『シーナ』と『アリシア・センテンス』の魔証紋。それは指紋や遺伝子のように、その人物のみが持つ魔力の形であり、同一人物であるというこの上ない証明だ。


 そしてテラストからの情報により、リンとシーナが共にいた時間、離れた場所で『アリシア・センテンス』の魔力が確認されたという。


 明らかな矛盾を孕んだそれらの情報には騎士団の過ちを疑いそうにもなるが、確信が持てないようなことが王命にまで繋がるとは思えない。


「考えられる可能性としては、九鬼が何か細工をしたとかでしょうか」


「何でだよ? あいつらの計画ってやつにも、ガキンチョは必要なんだろ? 今回は俺らが守ったけど、下手したら殺されてたぜ? それはちょっとリスク高いだろ」


「そこまでは分かりませんが、結果として、今の状況は九鬼に利するものとなっています。偶々だと切り捨てるには、敵の脅威が大きすぎる」


 神妙な顔をして、シオンが九鬼をそう評する。それほど、グループリスクが《SS級》というのは侮れない。警戒しすぎということにはならないだろう。

 だが、ライルが言うように、これが九鬼による陰謀であるなら何処かチグハグな違和感を感じるのも事実だ。


 得体の知れない気持ち悪さがあるが、それを言語化するには情報が足りない。


 九鬼の『計画』にシーナの生死が関係ないのか、それとも――



「――――ん?」



 その時、場に似つかわしくない音が響き、反射的にそちらに目を向けたリン、シオン、ライルの三人は、顔を真っ赤に染めているサラを視界に入れる。



「………………いや……最近………病院食しか食べてないからさ…………」



 そう言って、腹の虫を誤魔化すサラの様子に、直前までの緊張感を弛緩させたリン達は、一斉に食事の準備を進めるのだった。




                 ********



「ん〜〜〜!! うまあ!」


 リンが作ったスープを頬張り、サラが感嘆の声をあげる。口元を綻ばせながら具材を噛み締める様子は、普段の苛烈なものとは違う小動物のような愛くるしさを感じさせた。


「レンコダケってこんなに美味しいんですね。初めて食べました」


「騎士団って遠征の時、害獣よりも山菜とかの方が食べるからな。そーゆう知識は、冒険者の時よりついたよ」


 すっかり陽の落ちた空の下で、焚き火と鉄鍋を囲む。如何にも冒険者といった構図ではあるが、リンにとっては騎士団に入ってからの方が野宿の経験は多い。


「あー、やっぱリン兄の飯って落ち着くわー。俺の嫁に来てくれー」


「やだよ。ライの嫁さんって大変そーだし」


「どーゆー意味だよー」


 ライルの軽口に冗談で返し、スープを口に運ぼうとしたリンは、その瞬間、背筋にヒヤリと冷たいものが駆け上ってくるのを感じ、反射的にシオンとサラを見る。そこで、痛いほどの視線が二つ突き刺さった。


「…………え? な、何だよ?」


「べっつにぃ」


「何でもありませんけど」


 途端に不機嫌になった二人が理解できず、リンはライルに助けを求めようとするが、ライルは少し申し訳なさそうにしながらも首を振る。

 どうやら、ライルの力ではどうにもならないことらしい。そんなものをリンに解決できるわけがないと、視線を彼方に彷徨わせることで凌ごうとするが、


「――――」


「――――」


「…………あの、やっぱり何か――」


「何でも」


「ないです」


「……そ、そうですか…………」


 それでも無言の圧を送られ続け、耐えきれなくなったリンが打った逃げの一手は、同じように二人に叩き潰された。訳も分からず心を折られたリンは、震える手で黙々とスープを口に運ぶ地獄の時間を過ごす。


「……えっと、そういやガキンチョは? まだ寝てんの?」


 見かねたライルが助け舟を出し、話の転換を試みる。変わらず不機嫌なサラだが、その問いに馬車の荷台を見た眼差しには憂慮が浮かんでいた。


「……まあ、結構な無茶したんだろうね。中央広場でもそうだけど、異空間を作り出す魔法は、あの子自身への反動が大き過ぎる。無茶はさせないようにしないと、簡単に体壊しちゃうよ」


 こと、魔法という分野において、サラの見解は専門家すら凌駕するほどの信憑性がある。サラがこうして口にするということは、シーナにとってあの魔法は相当負担になるのだろう。


「………あのさ」


 そこで、リンは自身の食器を横に置き、サラ達と向き合う形で声をかける。三人の注目が集まったタイミングで、リンは頭を下げた。


「改めて、ありがとう。俺一人じゃ、シーナを守れなかった」


 深く、感謝の意を示すリンに、三人は驚いたように眉をあげ、次いでそれぞれ照れくさそうな仕草をする。


「な、何だよ改まって………別に、リン兄がそこまでするようなことじゃねえよ」


「うちらだって、好きでやってんだから。あんただけの問題じゃないし」


「それでも、ありがとう」


 地面を見つめながら、リンは自身を見つめ直す。


 害獣の討伐も、九鬼との戦いも、騎士団との衝突でも、リンは思うような戦果を挙げていない。そんな自分のままで、シーナを守りたいだなんて口にするのも憚られる。


 もっと、胸を張って彼らと並べるように、リンは目線を上げた先にいる幼馴染達に誓いを立てようと言葉を繋いだ。


「いつまでもおんぶに抱っこじゃしょうがないよな。今度は俺もちゃんと戦闘に――」


「だめ」

「だめだよ」

「だめです」


 決意を新たにしたリンの気持ちを込めた宣言は、直後に問答無用で却下される。

 出鼻を挫かれ、握りしめた拳を下げそうになるのを何とか堪える。リンでは戦力にならないのは事実だが、いつまでも過保護な環境下に甘えているのは違うだろう。


「………いや、でも――」


「でもじゃねーよ、リン。あんたに魔法を使わせないために、うちらは強くなったんだって言ったろ?」


 リンに無茶をさせない理由を、サラが語る。ただ、当たり前のように向けられたそれにリンは目を丸くし、その反応を訝しんだサラに向けて、


「………いや、初耳なんだけど」


「………あれ?」


 サラが言った強さを求めた理由を、リンはその耳で聞いた覚えがない。そう伝えた途端、サラは顔を紅潮させ、羞恥を誤魔化すようにシオン達に振り返った。


「誰も言ってないの!?」


「いえ、ルジャについた時、私は一度言おうとしたのですが、兄さんに遮られて……」


「ルジャに着いた時?」


「はい。兄さんの背中を流そうとした時、私達と離れた時より傷が…………あ」


 言い終える前に、シオンは自身の失言に気付く。だが、途中で途切れた情報だけで、サラとライルはおおよその話の流れを掴んだらしい。


 その瞬間、サラとライルの空気が変わった。


 ルジャで対峙した時とは違い、今度は本気の赫怒を瞳に宿した二人は、リンに詰め寄ってシオンの言葉の先を追及する。


「……ねえ、リン。あんたまさか、まだあんなことしてんじゃないでしょうね?」


「リン兄さあ、流石にねーよな? 俺らが何のためにあれだけ釘刺したと思ってんの?」


「ぁっ…………ぇ?」


 あまりの急激な変化に、リンは全身が逆毛立つのを感じた。

 両脇は二人の脚で逃げ場を塞がれ、リンを覆うように上から見下ろすサラとライルの紫眼が怯え切った顔を写す。

 竜に睨まれた小動物のように、その沙汰は相手の気紛れによって下される。一つの返答が命取りになるかのような状況で、


「いやっ…………し、して、ない……よ?」


 リンは恐怖に負け、"誤魔化し"という最悪の回答をしてしまった。


「あ、そう? じゃあ、一回その服脱いで?」


 そんなもので切り抜けられるほど、優しい相手ではないというのに。


「――っ!」


 有無を言わせぬ物言いは、あの時のシオンと同じだ。だから、ここで脱いだ先の未来を経験則から予見したリンは、後ろを向いて全速力で走り出す。


 月光すら木々が遮り、完全なる暗闇が広がる森林の夜。その漆黒すら救いになるかのような恐怖に支配されたリンはそこを目指すが、当然、獲物を逃すような二人じゃない。


「リ〜〜ン〜〜?」


「どこ行くのぉ?」


「ぐわぁ!」


 案の定、地面に押さえつけられたリンは、その万力を相手に身動きすら封じられる。背筋が凍り、脚が震える中、仰向けにされたリンが気づいた時には、ローレン姉弟がリンの騎士服を剥ぎ取ろうとしているところだった。


「ちょっと! は、話を聞いてくれ!」


「たった今聞いただろーが!」


「話したって解決しねえよ! 無駄な抵抗すんな!」


 側から見たら盗賊にでも襲われているようにも見える光景。その被害者は、唯一この場で我関せずを貫いている少女を見る。

 いつもなら真っ先に助けてくれるはずだ。それなのに、今回は視線を明後日の方に逸らし、リンの危機を見て見ぬふりをしていた。


「………すみません、兄さん。こればっかりは、私には何も言えません」


「!?」


 シオンの生真面目さが裏目に出た。確かに、あの時同じような行動をしたシオンが口を出したところで、棚上げになるのはその通り。

 とことん悪くなる状況に感じる恐怖は、もう肌を見られることだけには留まらない。暗闇の中、焚き火の光が照らすサラとライルの顔はどんな犯罪者よりも凶悪で、どんな怪異よりも禍々しいものだった。


「観念しろよリン兄」


「オメーに逃げ場はねえんだよ」


「やっ、やめっ! やめろおおおお!!!」


 ライルとサラに腕を一本ずつ固定され、服に手をかけられる。抵抗の甲斐もなく、リンの肌が外気に晒されようとした、その瞬間


「………な、何を…………して、るの?」



 リンにとって、喜んでいいのか分からない声が、馬車の荷台から掛けられた。


「………シ、シーナ?」


 早く目覚めてほしいと思っていたリン達だが、あんまりなタイミングに言葉を失う。その体勢のまま固まってしまった三人を見つめ、シーナの感情が困惑から羞恥に移り変わる。


 少なくとも、子供に見せていい場面じゃない。それを共有したリン、サラ、ライルが体を離し、シーナへの弁明を考えるが、それを話す前に、シーナから指摘されたことは――


「その………えっちなことは、ダメだと思う」


「えっちなことしようとしてたの!?」


「えっちなことじゃないし!」


 両腕で自身を抱いて警戒するリンに対し、サラが顔を真っ赤にしながら反論する声が、深夜の森に響いた。



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