表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/48

責務


「………決裂、ということでいいんだな?」


 感情を抑え、そう最後の通告をするテラストの正面。サラはその形のいい口元を緩め、挑発的に笑う。


「あんたらが引くなら、今回は見逃してやる」


「……正気ではない。貴様ら、世界を敵に回して、生き残れるとでも思っているのか?」


 敵に情けをかけられ、余計に感情の落とし所を見失ったテラストの言葉。それに最も反応を示したのは、直接向けられたサラではなく、その後ろで話を聞いていたリンだった。


 感情と立場を抜きにすれば、テラストの方がずっと正しいのだと思う。それは、自身が巻き込んでしまったこの三人への罪悪感もあり、加速度的に不安を大きくしていった。


 それでも、サラはブレない。


「生き残れるかなんて、大した問題じゃない。死ぬほどの後悔引きずってその先を生きるより、後悔しない生き方の先で死ぬ。そう、決めてんだよ」


「っっ! 何を分かった気になっている! まだ童の貴様らが、後悔しない選択だと!? 知ったような事を言うな!」


 あまりにも幼い宣言に、感情の蓋が開かれる。テラストからしてみれば、自身の半分しか生きていない子供の戯言として映るだろう。


 命を顧みない生き方と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実は自殺と何が違う。たった三人で挑むには、世界という波はあまりにも大きい。


 だが、



「分かるよ。………分かる。うちは、もう知ってる」


 サラの言葉の、重みが増した。


 途端に神妙な顔になったシオンとライルも、その記憶の中で実体験をなぞっているのだろう。それは自棄になっているわけではないと、あくまで落ち着いた様子から見て取れる。

 リンですらその変化に気付いたのだから、テラストが気付かないとは考えずらい。それを見たテラストは、その場で一度目を閉じ、気持ちを整える時間を置いてから、


「今日のことは、正式に国に報告させてもらう。それまでの時間は、その選択を悔い改めることに使え」


「ああ、覚悟はできてる」


 真っ直ぐ、迷いなくサラがそう応え、この場での話し合いは完全に決裂する。


 今でも、テラストの考えは変わっていないだろう。どれだけ言葉を並べようと、間違いなく常軌を逸した決断だ。

 それでも、その中にサラ・ローレンの譲れない理性を感じ取ったのか、それから先、テラストは説得の言葉を口にはしなかった。


「………そうか、残念だ」


 だが、それで終わると思っていたテラストとの睨み合いは、別の形に変貌する。


「っっ! おいおい、お前の方こそ正気か?」


 目の前で膨らんだ魔力と敵意に、ライルが戦慄。テラストの握った雷槍から膨大な魔力が放出され、稲妻が地を暴れ回る。


 ライル達へと向けられた雷鳴は、明らかな戦いへの前奏曲だ。それを予知していた者は、その矛先にいる五人の中にはいなかった。


 テラストの実力を疑う余地はないが、今回は《天名会》三人が敵として相対している。付け加えるなら、彼等は一つのパーティーであり、その場限りでの共闘とは訳が違う。

 世界への抵抗を無謀と切り捨てたテラストだが、この戦力差で挑む事もまた、無謀と断ずる他ない。


「俺らのこと散々言っときながら、随分と矛盾してんじゃねえの?」


「貴様らと同列にするな。私のこれは――責務だ」


 ライルからの揶揄を切り捨て、テラストは自身の立場を明確にする。


 勝ち目の薄い事は否定せずとも、"リガレア王国騎士団 副団長"として、《天名会》として行動するその姿勢に、一切の迷いは感じられない。上に立つ者としての、引く事を許されない責任を全うしようとする気概が感じられた。


「私が出ます。手は出さないで下さい」


 その気概を汲んでか、シオンが前に出て刀を構える。雷に負けない光を圧縮させ、晴れ渡る青天すら照らすほどの輝きが広場に迸った。


 互いに魔導士としての最高峰。溢れる魔力がぶつかった場所は、光と雷が主導権を奪い合い、激しい押し合いは空気に乱気流のような乱れを生んだ。




『――――――――』




 勝負は一瞬。それを悟った二人は同時に地面を蹴り、



 そして――








                 ********






「…………おい、結局、今どうなってんだ?」


「分かんねえよ。ずっとお前とここにいたじゃねえか!」


 ルジャの門番を任された騎士の言葉が、門を挟んで反対側にいるもう一人の騎士に届く。

 事態の重さは、この都市にいる騎士団員に共有されている。


 《終焉の十三人》の討伐。それは比喩でも何でもなく、国家の存亡を懸けた戦いと呼べる規模の大事件だ。

 実際に、リガレア王国と同じような規模の、かつて列強と呼ばれた国々がその組織によって崩壊の憂き目に遭ってきた。


 そのうちの一人。『アリシア・センテンス』の存在を確認した王国は、その討伐のため、この国が誇る最高戦力、《天名会》の四人をこの地に招集した。リガレア王国が始まって以来、有数の内戦として歴史に名を刻むことは間違いないと、そう覚悟はしていたが、


「ったく、冗談じゃねえぞ。どんだけだよ。《天名会》ってのは」


 この場所から戦いの様子は見えていないが、その規模は団員達の想像をはるかに超えたものだった。


 轟音と共に、大地の震えはルジャ全体に広がっていた。魔力の衝突は大気を破壊し、空すら照らし、焦がし、引き裂いた規格外の攻防。肌で感じるだけで、悪寒に身が震え出す。


 数キロは離れたこの場所まで巻き込まれるかと本気で心配する団員達だったが、それは一際大きな輝きを最後に突如として終わりを迎え、静寂に耳を傾けるようになってからしばらく経つ。


 その後の指令も未だに通達されていない。勝報であったとしても、今回動員された騎士の中には死者も出たことだろう。

 焦れる心は精神を磨耗させ、その場の守護を任されている彼等は、知らないと分かっていても誰かに情報を求める。


「…………ん? 何だあれ?」


 その時、一人の騎士が、前方を指差しながらそう言った。示された先には、何の変哲のない馬車が猛スピードで向かってくる様子が見える。


「っっ!? そこの馬車! 止まれ! ここは現在出入り禁止だ!!」


 ただならぬものを感じ、そこを守る騎士が大声で制止するが、馬車が勢いを緩める気配はない。


 危機感を抱いたものから、各々の魔纒を展開し始めたところで、その馬車を視認できるようになった彼等はそこに乗っている人物に瞠目する。


 御者は黒髪の少年。だが、最も注目されるはずのその場所よりも人目を集めたのは、箱型のキャビンの上で燃えるような赤髪の男と、流れる水流のように髪を靡かせる女が整った顔を最大限に凶悪にした笑みを浮かべていたからだ。



「どけどけぇ!!」



「銀輪盗賊団のお通りじゃああああ!!」



「お前ら楽しんでない!?」



 犯罪者と見紛うほどの――いや、騎士団の警告を無視している時点で、彼等の行為は犯罪に当たる。狂気すら感じる風貌も、その認識を覆すものではない。

 だが、騎士団員が驚愕したのは、悪逆の徒にしか見えない二人に見覚えがあったからだ。


「サ、サラ・ローレンに、ライル・ローレン!?」


 味方の中で最も信頼できるはずの二人の様子は、事情も知らぬ騎士団の面々から見れば乱心の一言。いくら天名会とはいえ、許可も説明もなしに馬車で暴走するなど許されることではない。


「か、構えろぉ!」


 門番に配属されたとはいえ、この異常事態に招集された精鋭には違いない。全く想定外の状況の中、即座に陣形を組み、魔法を放とうとする騎士団員達。それより早く、


「『水魔法 蒼波(そうは)』」


 サラの水魔法が、全てを押し流す。


 前衛と後衛に分かれた直後、その陣形ごと破壊して方々に流された騎士団員。そのついでとでもいうように、そのまま彼等が護っていた門を開き、その外にいる団員すら彼方へと追いやった。


 銀輪盗賊団を名乗った一向が乗った馬車は、一度も速度を緩めることなく門を潜り、そのまま呆然とする騎士団を置き去りにしてグングンとルジャから離れていく。


 息をもつかせぬ逃走劇。瞬く間に騎士団の包囲網を突破した彼等のうち、顔の見える三人はそれぞれ別の感情を浮かべていた。


「よーし! とりあえず関門は突破したな!」


「まだ安心すんな。こんな普通の馬車じゃすぐに追いついてくるよ」


 ライルの余裕を、サラは即座に否定。随分と距離はできているが、まだ射程圏内だ。馬車より遠距離魔法の方が速い事実を考慮すれば、十分以上に警戒するべきところ。

 だが、ルジャとは違い、周りに何もない今の状況は、自分たちを隠せない反面奇襲はされにくい。周囲に敵の影が見えないことを確認したリンは、荷台に隠れているもう一人の人物に声をかけた。


「シオン! 大丈夫か?」


「はい。もう大分痺れも取れてきました」


 テラストとの一騎打ちで負傷したシオンの声が屋形の中から聞こえ、力の入らない右腕を抑えながらリンの心配にそう答えた。


 至近距離で雷の魔力を受けた結果の痺れらしい。初めて見るシオンの負傷だが、サラ曰く、普通の魔導士なら腕を持っていかれるほどの密度だったという。

 それを受けてこの程度ならば、むしろシオンの耐久力を称賛するべきだろう。欲を言えば、早めに治療を施してやりたいが、


「とにかく、今は早くルジャから離れることが先です。きっと私達の情報は、すぐにこの国に知れ渡りますから」


 この国の象徴とも言える《天名会》。そこに所属する十二人のうちの、三名で構成された《月華の銀輪》は、良くも悪くも注目を集める存在だ。


 それが、よりにもよって『王命』に背いたのだから、前代未聞の大事件として位置付けられるのは疑いようもない。黙っていても、近いうちにその情報はリガレア王国を揺るがすことになるだろう。


「そうなってくると、『天将』が動いてくるかもな」


 ライルの言葉に、月華の銀輪にリンを含めた四人が身を固くする。『天将』という言葉にある人物を思い浮かべたリンだったが、それを振り払うように手綱に力を込めた。


「まあ、先のこと気にしてもしょうがない。――今は、目の前のことに集中しよう」


 サラの声が、言葉の途中から鋭さを増す。見据える先には、馬車が走ってきた後方。つまり、ルジャの外壁の上にいる大勢の魔導士がいた。


「来るよ!」


 サラが叫び、杖を構える。既にルジャからは相当離れており、少なくともリンにはルジャの外壁は見えても、その上にいる人までは視認できない程度には距離があった。


 だが、そこから放たれた魔法は空に弧を描き、リンが走らせる馬車に雨のように降り注ぐ。ルジャに集められたのが騎士団の中でも精鋭達であったことは理解しているが、それでもこの距離で的確な攻撃ができるのは、少なくとも小隊長以上の実力者だけだろう。


「『炎魔法 乱炎火』」


 そんな攻撃の悉くを、ライルが打ち出した無数の火球が撃ち落とす。だが、空を綺麗とは言えない花火が覆い、爆炎と共に脅威が消え去ったのを確認した瞬間には、騎士団が間を開けず第二波を撃ち込んできた。


「やるなあ、まだこんな芸当できる奴らが残ってたか」


 相手の力量を素直に称賛し、リガレア王国騎士団のレベルの高さを認めたサラは、最も防御力の高い土の魔纒を展開する。


 魔力を込め、それを放出する、その直前に――



「サラ、大丈夫だよ」



 五人目の声が、それを制止した。



「――は? シーナ?」


 困惑したサラが、声の主を呼ぶ。今まで沈黙を貫いていたその少女。普段は大人しく、自己主張をするタイプではないシーナが、両手を前に突き出した姿勢をとりながら告げた。


「今なら、私の魔法が使える」


 直後、馬車を囲うように空間が円形に歪み、そこに数多の魔法が直撃――するはずだった。

 だが、歪んだ空間は確かに視認できるのに、その歪みはこの世界に顕現したあらゆる物理法則を無視して様々な属性の魔法を全て透過させる。


 炎も、水も、土も、風も、ただ走る馬車を捉えることができない。当たるはずだった魔法は、全てその空間の中で見失い、誰も気が付かぬ間に地を抉っていく。


「なっ、なんじゃこりゃあ!?」


 ライルの叫びがその場に響くが、それは音に出したのがライルであるだけで、他の三人も同じような心境だ。


 その時、リンとサラは同時に、目の前で起こる光景に脳裏を掘り起こされる。中央広場でゴズがサラの不意を突き、リンに迫った瞬間の、あの不可思議な記憶の追体験。


 あの後、シーナが倒れたことで有耶無耶になっていたが、改めてこの状況で使われるとその異質さがより鮮明になった。


「異空間を創り出す魔法」


 戦場で教えてくれたサラの考察が、もう一度その口から語られる。任意の場所に違う空間を作り出し、世界と干渉出来なくなるという、概念を捻じ曲げる法則を創る魔法。


 そうして、第二波の攻撃を悉く透過した直後。異空間を作り出す魔法を解除したシーナが、馬車に手をついて魔力を流した。


「いくよ。掴まってて」


「え? 何が――」


 シーナがそう言った直後、空間の歪みがより濃くなったかと思えば――








 ――瞬きの合間に、目の前の景色が一変していた。






「……………へ?」



 間の抜けた声を上げ、手綱を無意識に緩めるリンの目に映るのは、今まで見ていた地平線ではなく、青々と生い茂る木々に囲まれた森林のど真ん中だった。

 右を見ても左を見ても、走ってきた後ろを振り返っても同じような光景が広がる。


「これは……あの時の?」


 理解が追いつかないリンに変わり、サラが真っ先にこの現象を理解する。その言葉で、遅れながらリンもその可能性に思い当たった。


 シーナが初めてリン達の前に現れた時、彼女は荒野になんの前触れもなく現れた。それを使用者側から見た視点が、この違和感に塗れた瞬間移動の正体だ。


「シーナ、ここって―――おい、シーナ!?」


 そこまで思考が回ってから、その魔法の使用者に目を向けたリンは、その先で倒れ込んでいる少女の存在を確認する。呼吸は荒く、顔は青く、震えは強い。尋常じゃない様子のシーナを、シオンが支えていた。


「魔力欠乏症の症状ですね。周りに人の気配もありませんし、ルジャからは大分離れたと思います。きっと、無理をしてここまで飛んだのでしょう」


 駆け寄るリンに、シオンが冷静に分析する。それは、ルジャの中央広場で起こったものと同じ症状だった。その小さな体に掛けてはいけない負担なのだと、シーナの様子を見れば明白だ。


「シーナは、大丈夫なの?」


「はい。魔力欠乏症は、体内の魔力量が急激に減少することで起こるものですから。一日安静にしていれば治ると思います」


「………そっか」


 望んだ答えを受けたリンだが、その表情は晴れない。シーナを見つめるリンを他所に、ライル達は次のことへと思考を進めていた。


「まあ、この辺は安全そうだし、姉ちゃんがいれば不意打ちとかも出来ねえだろ。とりあえず明日まではここで野宿すればいいんじゃね?」


「ライ、あんたも警戒はしてろよ。あと、食糧の確保はしとかないとか」


「ざっと見た感じですが、食べられる山菜があります。害獣も多いですし、ここなら非常食を減らさずに済みそうですね」


 慣れた様子で状況を整理する月華の銀輪。普通なら忌避する害獣の存在すら、食用として歓迎するその精神には戦慄すら覚えるが、今はそれが頼もしい限りだ。



                 ********



「……よし、とりあえず、この後のことを決めないとな」


 少し余裕ができたところで、リンも話に加わる。食糧の問題が解決できても、リン達にはそれより余程重大な問題がある。


 今まで考えることを後回しにしてきたが、今のリン達の立場は、まごうことなき犯罪者だ。隠れるにしても人の多い場所は選べないが、いつまでもこの森で暮らすというのも現実的じゃない。


「ああ、そうですね。まずは、ここの正確な位置を知らないと。サラ」


「はいよ。『風魔法 天網(てんもう)』」


 サラの持つ杖が風を纏い、周囲の空気を掌握する。その範囲は瞬く間にリン達のいる森林を超え、その見えない眼を途方もない広さまで拡大する。


 魔法を使わずともルジャのような大都市を丸々意識下に置けるサラが、周囲の状況を知るための魔法を使用するというのだから、その効力は推して知るべしだ。


「あー、結構北東部まで来てるな。ここだと、《ガリバー帝国》が近いかも」


「《ガリバー帝国》、ですか。丁度いいですね」


「ん? 丁度いいって、どうゆうこと?」


 サラの報告に、シオンが頷く。その言葉に違和感を持ったリンが、シオンに問いかけた。


「いえ、その国は特にリガレアと仲が悪く、皇帝も相当な暗君と有名です。リガレアから何かしらの要請を受けても、素直に応じるとは思えません」


「ああ、なるほど。他国からの援軍が来ないなら、多少は見つかりにくいか」


「いえ、そうではなく」


 リンの納得を否定したシオンは、特に重たい空気を出さず、



「高飛びするなら、ガリバー帝国が一番都合がいいと思っただけです」



 あっさりと、とんでもなく重大な話をし始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ