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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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裏切れない理由


 街行く人々を見ていた。


 友人と戯れる人がいて、恋人と手を繋ぐ人がいて、子供を抱いている人がいて、親を見ている人がいる。


 色んな繋がりが、目の前に広がっていた。



「――――――――」



 その意識の中に、俺はいない。



 誰も、俺を見てくれない。



「――――――――」



 怖かった。どうしようもなく。



 このままずっと、誰とも関わらないことが。



 一人で死んでしまうことが、怖くて仕方なかったんだ。











                 ********













 その瞬間、この場の全てが止まった。


 静まり返る、数千もの魔導士。決死の覚悟で臨んでいる彼らの意思と、正反対の観念したような心持ちで、リンはそれらに向き合う。


 本来なら味方であるはずの騎士団が、敵になったことで改めてその頼もしさを実感する皮肉など笑えもしない。


「……リ、リン兄、何言ってんだよ? 王命だぞ!?」


 ライルが狼狽えながら、リンにそう問いかける。状況的にも立場的にも、ライルの立ち位置は間違っていない。百人いたら百人が、ライルと同じ選択をする。

 事実、目の前の全員がそれを正しいというのなら、リンの方が異端なのだろう。


 だから、ライル達にどうこう言うつもりはない。理解して欲しいというのも、虫のいい話だ。


「………ごめんな。ライ、サラ」


「…………リン」


 ライルと同じく、困惑するサラの顔には悲痛がある。"あの時"以来の敵対だが、悪い意味で今回が最後になるだろう。


 きっと、リンはここで死ぬ。王命に背いておいて、無事に済むだなんて思っていない。


 腕が震えそうになるのを、膝が笑いそうになるのを、下を向きそうになるのを堪える。自身の小物ぶりを再実感しながら、それでも折れない意思は、リンにとって紛れもない本心なのだろう。


「俺は、シーナを守るよ。最後まで」


 強く口に出した言葉は、後ろの少女へのメッセージであり、一人にはしないと、そう言った自分への覚悟の証。


 リン・アルテミスという存在でもって、それだけは違えないという宣言だ。


「………理解できんな。なぜそこまでする? 貴様が今背に庇っているのは、世界の敵だぞ?」


 一歩も引く気を見せないリンの態度に、疑問と怒りを持ったテラストがそう問いかける。それは、周りとリンが持つ認識の最大のズレだった。


「子供を殺すことが正義なら、間違ってんのは世界の方だ。……それに、あなたからどう見えてるのかは知らないけど、俺は、この子がそんな存在じゃないって分かってるから」



 誰に信じられずとも、リンはそれを知っている。



 少し特別な魔力を持っていて、お洒落に興味があって、食べることが好きで、よく笑う。


 ただ、それだけの、どこにでもいる女の子だと知っている。



 だから、例えエゴだとしても、リンはどうしてもこの子に敵意は持てない。痺れを切らしたテラストは、手に持つ槍を握り締め、怒号を飛ばす。


「自分を正当化する気か!? 貴様がしていることは、この国の国民にあるまじき大罪だ! 誰も、貴様に賛同などしない!!」


 力強く、自身の主張を絶対のものだとするテラスト。それに対し、リンは自分の意見をそこまで肯定できていない。


「………そう、なんでしょうね。けど、もう決めたんだよ。だって――」



 間違ったことを正したいだなんて、そんな英雄のようなことは言えない。


 それでも、リンがシーナを守ろうと、守りたいと思ったのは、どこまでも曖昧な理由からだ。



『…………一緒に………いて、くれる?』



 そう、シーナがリンに紡いだ時から、リンの心は決まっていた。


 言葉がまとまらない。上手く伝えようとはするものの、頭に浮かぶ言葉は、きっと自分以外には意味のわからないものだろう。


 不器用ながらも、曖昧ながらも、適切な言葉が見つからないながらも、これが、リン・アルテミスの本心だ。


「この子の声が、とっくに俺に届いてんだよ!」


 前を向き、はっきりとそう宣言した時、シーナを抑えていたリンの手に、雫が落ちる。


 その理由を確認できるほど余裕はないが、背後から聞こえる嗚咽が、そこに添えられた手の震えが、少女の心の機微を教えてくれる。


 そんなこの子を、嘘がつけないほどに強く、守りたいと思ってしまった。同時に、過去の自分が、何も出来ない無力を知ったリンの姿が、記憶の隅に写る。



 シーナと同じような背格好のリンが、泣いていた。



 誰かと繋がりたいと、



 誰かに見てほしいと、



 誰かと話がしたいと、



 誰かに、側にいてほしいと、泣いていた。



 あの時、リンが何よりも望んだ"誰か"に、今の自分がなれているなら――



(ああ、そうだよな)



 ――そんな人になりたくて、俺は







「どうやら、手遅れな程に血迷ったようだな。酔狂に殉じれば満足か? ――望み通りにしてやろう」


 テラストが槍を構え、それを媒体にして魔力を世界に可視化する。


「『魔纒器合 雷槍(らいそう)』」


 地上から雷鳴が轟き、天に万雷が昇る。


 ただ魔力を解放しただけで空気が震え、電流がリンの皮膚を刺激した。急激に背筋を駆け上がる死の予感に、リンの額を冷や汗が伝う。


「っっ!」


 圧倒される魔力の膨張は、戦う前に諦める理由としては十分な絶望だ。それでなくとも、テラストの後ろには数千人規模の騎士団員がいる。

 その団員達も一斉に魔纒を展開し、広場を様々な魔力の奔流が埋め尽くす。それを向けられる圧を一身に背負い、リンは体の自由すら奪われた。



 ――だから、その均衡が破られたのは、リンの行動からではない。



「――――っっ!」



 視界の端に漆黒が映ったかと思えば、次の瞬間にはリンとテラストの間に、一人の少女が着地する。

 長い黒髪をたなびかせ、まだ幼さの残る面立ちを上げた少女は、誰もが頭の隅に存在を描きながら、この場にいなかった唯一の人物だ。その姿に、リンは直前の経験から警戒感を強めた。




 だが、その警戒は、良くも悪くも裏切られることになる。





「私の兄に、何をしているんですか?」





 真っ向から対立した、騎士団と騎士団員の戦場に降り立った《剣聖》。それは、誰もが無視できない存在感を放ち、たった一人の騎士団員を守るために、王国の守護者達に刃を向けた。





                 ********




「――シオン」



 名を呼んだのは、自分の認識への確認のためだった。


 この都市で、自身が最も信頼している三人。その内の二人であるサラとライルは、今リンとは違う勢力の側についている。

 そんな現実を突きつけられた直後、同じように信頼するシオンの存在を、リンはどう扱うべきか決めかねていた。


「…………なるほど。状況は分かりました」


 周りを見渡し、一つ納得したように頷いたシオンの言葉に、リンは身を固くする。


 だが、それでもその視線と刃が、リンに向くことはなかった。


「……シオン・アルテミス。その姿勢がどういった意味を持つのか、知らなかったでは済まぬぞ」


 魔纒を展開したまま、テラストはシオンが向け続ける刀に顔を歪める。感情の昂りは魔力に表れ、一瞬の後に雷光が広場全域へと張り巡らされた。


 それを受けて微動だにしなかったのは、同じ《天名会》の称号を持つ三人だけ。その中で唯一、雷と敵対する少女は、臆する様子もなく、悪びれることもなく言い放つ。


「知ってますよ。――知った上で、私はここにいるんです」


 威風堂々。それを体現するシオンの声に迷いはなく、掲げる刀を力強く握り直す。だが、それが余計に、背後にいるリンに決断を迫らせた。


 シオンの強さは知っている。だが、相手にはそのシオンと同列に扱われる魔導士が三人。そして、数千人の騎士団がその背後に控えている。


 圧倒的な戦力差を前に、リンは自身の無駄死にを覚悟した。だが、大切な妹をその心中に付き合わせることを良しとするほど、自暴自棄になっているわけじゃない。



『シオン達のこと、お願いね』



 失われた声が、リンの心に響く。



 その声に従う機会を、自身の選択によって何年も無碍にしてしまった。後悔に蝕まれ、二度と同じ過ちは繰り返さないと何度も決意したリンは、その気持ちを伝えようと重い口を開く。


 たとえ自分が終わるとしても、彼女には、これからも光り輝く人生を歩んでもらいたいから。


「………シオン。お前は――」


「兄さん」


 だが、リンの言葉を遮り、シオンはリンに語りかける。振り返ったシオンの瞳は、まるでリンが何を話すかを分かっているかのように寂寥を訴えていた。


「野暮なことは、言いっこなしですよ? ――たった二人の、家族じゃないですか」


 儚く笑い、感情を堪えるように話すシオンは、恐らくリンと同じだけの覚悟を持ってこの場にいる。そう思わせるには十分なほど、はっきりとリンの味方を表明した。



「――――――」



 "無駄死にだ"


 "勝てるわけがない"


 "俺なんかいいから、シオンは生きろ"



 そんな言葉が、頭に浮かんでは消える。



 "そんな言葉で説得できるとは思えない"などと、そんな言い訳と共に消える。


 シオンには生きてほしい。自分のせいで、妹を死なせるだなんてあってはならない。そんな当たり前の感情だって持っている。だが、それでも、リンは自覚していた。



 自分が死ぬ時、シオンが一緒にいてくれることを、喜んでしまった本心に。



 "もう、寂しいのは嫌だ"。



 他のすぐ消えたものとは違い、その言葉が自分の中に残り続けていると分かった瞬間、リンは、シオンを拒む言葉が自分の中に残っていないのだと、そう自覚してしまっていた。


「――――っ、シオン、ごめんな」


「いいえ」


 リンの理性が、リンを責め立てる。罵詈雑言を自身に浴びせ、あまりの人でなしぶりに反吐が出る。

 だが、そんなリンの謝罪に、シオンは恨み言一つ言わずに応えた。リンとは違い、その胸の内すらお見通しであるかのような晴れやかな、一分の迷いもない声で。


 やり取りが終わり、もう一度シオンは前を向いた。それに倣い、リンも最後に一度シーナの頭を撫でつけてから手を離し、シオンの隣へと歩を進める。


 横並びになり、シオンと同じ景色を目に映したリンは、改めて相手の先頭に立つ三人に向き合った。


 憤怒に染まるテラストと、悲観に暮れるライル。その中で、最も冷静に見えるサラが、シオンの立ち位置に眉を顰めた。


「…………シオン。あんたまで王命に背くとはね。うちらの中じゃ、そういうの一番真面目そうなくせに」


「無駄な言い訳をしないで下さいよ。『四人でいたい』だなんて言っておきながら、所詮、兄さんへの想いなんてその程度だったんでしょう?」


「っっ!! そんな訳ねーだろ! けどっ、今のうちには、立場だって――」


「だから、あなたの言い訳には興味がないんですよ」


「…………あんたの、そういうところが嫌いだったんだよ」


 サラとシオンが交わした会話は、決定的な溝を生んで決裂する。今までの喧嘩とは違い、殺気をぶつけ合う二人の空気は相容れない水と油のようだ。この状況を作り出した元凶とも言えるリンは胸に大きな影を落とすが、落ち込んでいる暇などない。



「『魔纒体合 炎腕』」



 顕現する豪炎が辺りの気温にまで影響を与え、関係のないところで負った右腕の火傷が刺激されたように痛む。

 受けた炎魔法とは比べ物にならないほどの熱気に脅かされ、今度は腕の一本では済まないと本能が告げる。


 だが、当のライル本人に、その熱は伝播していなかった。



「リン兄。恨んでいいよ」


 底冷えするような眼と声が、リンに向けられる。記憶の中では、リンの背中に隠れている時の方が多かった一つ年下の男の子。

 それが、今や国を代表する十二人のうちの一人となり、リンへと拳を向けている現状を見て、ある種の感慨を胸に抱いたリンは、ライルに笑った。


「恨まないよ、絶対」


 紛れもない本音を伝え、リンは腰の剣に手をかける。


 正直、リンがライルとサラを殺せるかと問われれば、それは断じて否だ。出来る出来ないは別にして、例えこの場で彼等がリンを殺そうと動いたとしても、その切先を相手に向けることは叶わないだろう。


 リンの脳裏に、今まで共に歩んできた時間が過ぎていく。


 色々なことがあったが、その日々は紛れもなく、リンにとっての宝物だ。――だから、自分が死んだ時、少しでもサラとライルの心に、傷が残らないように、



「今までありがとう。楽しかった。……けど、全部忘れてくれ。俺は、今からこの国の――お前らの、敵だ」



 あえて、はっきりとそう告げた。


 その言葉に、サラとライルは明らかに傷付いた顔をして目を伏せる。意図とは違う反応に胸が痛むが、リンが次の言葉を探す前に、サラの顔が上げられた。


「――そう。分かった」


 今まで向けられたことのない、感情を感じさせない絶対零度の瞳。だが、それとは裏腹に、今にも泣き出してしまいそうな危うさも同時に感じられた。

 きっとそれは、サラ・ローレンが覚悟を決めた証明なのだろう。《天名会》という重責の中には、リンの知らない葛藤や苦しみもあるはずだ。

 それら全てを背負い、サラが魔力を纏わせていない杖を前に構える。だが、それはサラが手を抜いているわけではなく、むしろ逆。


 状況に応じて四つの魔力を使い分けるサラの唯一の欠点は、魔力の属性を変える時、一瞬何の魔法も使えない時間を作ってしまうことだ。格下が相手ならまだしも、同格の相手ではその無防備が命取りになる。

 だから、サラにとって最も得意な形が、敵の出方を見てから魔力を決める返し技だ。《万能》の魔導士にのみ許された傲慢極まりない戦い方は、味方のいるパーティー戦での方がその力を存分に発揮できる。


 この状況で、サラが油断すらしていないことを感じ取ったリンは、身を震わすほどの寒気とは裏腹に、安堵もしていた。


 少なくともサラのことを、リンのエゴに巻き込まないで済むことを。


「……何を勝った気でいるんですか? 私は《名者》の第一席。つまり、この場にいる誰よりも、私は強い」


 だが、リンが巻き込んでしまったシオンは一人気を吐き、眼光を鋭くする。害獣すら怯んだ圧倒的な魔力の圧に、テラストは冷静な態度を変えることなく答えた。


「ああ、十分承知している――だが、貴様は《天将》ではない。格は私と同じ。そしてこの戦力差だ。万に一つも、勝ち目があると思うな」


 同じように、高濃度の魔力を豪雷に変えたテラストが、真っ向からシオンを見据える。どちらも規格外すぎてリンではどちらが優れているのか測りかねるが、テラストの言うようにその差は騎士団の存在を覆せるほどではないだろう。


「『魔纒器合 光刀(こうとう)』」


 それでも、シオンが展開した魔纒の引力は、その場の全員が意識を向けるのに十分な効力を持っていた。

閃光が刀を包み、見惚れる神々しさと、死を形作るような禍々しさを混在させた聖剣となる。


「っっ! 総員! 攻撃態勢!!」


 直後、テラストが号令をかけ、背後の騎士団員達が阿吽の呼吸で魔力を増幅させる。シオンとテラストの差を理解できなかったリンだが、この全てが合わさればシオンの魔力すら凌駕するであろうことは理解出来た。



「っっ!」



 それでも、リンが何もしないわけにはいかない。絶対に敵わないと分かっていても、シーナを守るために抗うと決め、それにシオンを付き合わせている今のリンに、諦める選択などどうして取れようか。


 せめて最後まで、シーナの味方で、シオンの側で戦おうと、腰に携えた剣に火傷で爛れた手を掛ける。


 激痛が走る中、それを引き抜こうとした、その時だ。






 シオンの手に、リンの抜剣を阻止されたのは。





「――――え?」





 突然の行動に理解が追いつかない中、向かい合う騎士団の背後から、無数の水の塊が襲いかかった。



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