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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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追憶の夜空

 その夜はアリスの家に泊まることになった。


 リビングを除けば寝れるところは三部屋しかなかったため、誰が一緒の部屋になるかで一悶着あったのだが、話し合いの結果、男女に分かれることになった。

 それが当たり前だと思っているリンと部屋割りを喜ぶライルはいいのだが、女性陣はすこぶる機嫌を悪くしたため、アリスが二人をなだめるまでがこの五人で集まった時の昔からのルーティーンでもある。



「リン兄〜、騎士団はどう?」


 夜、部屋で寝る準備をしていると、不意にライルがそう問いかけた。

 リンはまだ騎士団に入って一年程だ。まだまだ重要な任務が任されるわけではないものの、仕事に慣れてくる頃だろう。実際、合同依頼を除けばそれほど強い害獣と戦うようなこともないし、無難に日々を送れるようにはなってきた。


「まぁ、元気にやれてるよ」


「……んー、そっかぁ」


 そう言ったライルは、何故か少し残念そうな顔をしていた。


「あ、でも給料とか低いんじゃない?」


「いや、国の直属の機関な訳だし、結構余裕あるくらいにはもらってるよ。安定してるし」


「……で、でも新人だと何かと大変でしょ? ほら、あいつとか」


「………まぁ、あの方とはそうそう合わないから大丈夫かな。他は結構いい関係だと思うけど」


「………あ! 自由な時間とかあんまり無いんじゃない!?」


「きちっと休みもあるし、そんなに束縛もされてないよ。申請すれば外出も出来るし」


「う、うぅ〜ん」


 しばらく問答を続けていると、突然ライルが目の前で頭を抱えてしまった。

 質問も含め、ライルの意図が分からないリンは首を傾げてしまうが、決意を写したライルが顔を上げる。そこから続いて出た言葉は、想像すらしていないものだった。


「……リン兄さえよければさ、《月華の銀輪》に入らない?」


「え!?」


 思ってもみなかった提案に、リンの目が驚きで見開かれる。ライルに冗談を言っている様子はないが、これだけ一緒にいても考えたこともないことだった。

 今回のような合同依頼は、同等以上の戦闘能力がある相手と組んで初めて効力が発揮される。名声や冒険者としての階級を上げるのに、人数が多ければその分功績は分配されるし、依頼の報酬の取り分も少なくなる。高難易度の依頼を受けるために、"仕方なく"するのが合同依頼だ。


 つまり本来であれば、《月華の銀輪》とリンが組むなんてことはあり得ないことだった。これはあくまで、ライル達が依頼のランクを下げて受注しているから成り立っている。


 リンとしても、普段高ランクの依頼をこなし続けている幼馴染の息抜きに同行するくらいの心持ちで受けているのだが、仮にパーティに入るとなったらそんな話ではなくなる。


「……えっと、何でそんな話になるんだよ?」


「リン兄がパーティ入ったら飯作ってくれるし、色々気遣ってくれるし、ずっと一緒にいれるじゃん」


「……俺が入ったら、もう高ランクの依頼受けられなくなるよ」


「別にいいよ。名声も金も、もうあんま興味ないんだ。俺ら」


「サラとシオンが許さないんじゃない?」


「あの二人が? 無いよ、絶対無い。命かけてもいい」


「何の自信だよ」


 そう言って笑ったリンの表情からは、少し元気がないようにも見える。それを見たライルも表情を曇らせ、次の発言に二の足を踏ませた。


 ライルはリンのこの顔を知っている。断りたいけど、そうしたら相手が悲しむから困っている時の顔だ。



「やっぱり、その………もう、冒険者はやらない?」


「……うーん………多分、もうやらないかなぁ」


「………それってさぁ……」





 ――俺達のせい?





「? どうした?」


「……いや、何でも無い! おやすみ!」


 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、無理矢理会話を終わらせる。

 その先を聞くのが怖かった。夕飯の前に話していた、姉の言葉が頭をよぎる。



『……リンは今、うちらのことどう思ってんのかな?』


 あの時は何でも無いように答えたが、心の中では無視できない痛みを覚えていた。過去に自分達が犯した"過ち"を思い返せば、恨まれている可能性すら捨てきれないと身震いする。

 最悪の想像に身を固くしながら、ライルは頭まで布団を被り、嫌な気持ちを押し込む。それからしばらく、罪悪感が睡魔の邪魔をしていた。



                 ********



(………寝れない)


 ベッドに入って数時間が経ち、既に真夜中と呼べる時間帯になった。隣からはライルの寝息が聞こえるが、リンは眠気の気配すら感じない。


 理由は分かっている。今回が初めてではないとはいえ、久しぶりの幼馴染たちとの合同依頼は、リンにとってとても刺激的なものだったからだ。


 道中で聞いた《月華の銀輪》の冒険談は、リンの常識を遥かに超える内容だった。ともすれば、昔聞いた御伽噺のような出来事みたいだとさえ思ったほどに現実味のない話だが、それが本当にあった事だと誰もが知っている。



 かつて憧憬を抱いた物語の登場人物が、その体験を語っているような不思議な感覚を覚えながら聞く話に、子供のように無邪気な興奮を覚えた。


 その余韻がまだ消えていない。目を閉じれば、その話に出てきた光景が浮かぶ。実際に見たわけでもないのに、本人たちから話を聞いたその場面は、鮮明に頭の中で思い浮かべる事ができる。それだけで、心臓が高揚感に支配され、眠気を受け付けようとしない。



(………………)



 どうせ寝れないならと、リンはゆっくりとベッドから降りた。


 隣で寝ているライルを起こさないように、木でできた床から音が出ないよう細心の注意を払いながら部屋を出る。

 リン達が寝ているのは一階で、シオン達が寝ているのは二階の方だ。つまり、ライルさえ起こさなければ、あとは多少音を出したとしても気付かれる心配は少ない。



 リンは静かに家を出て森に向かう。



 暗闇が支配する深い森の中は、月明かりすらまともに照らしてくれない漆黒の道が続き、以前の記憶と、辛うじて見える足元の大体の形を頼りに足を進める。


 慣れた道でなかったら、家に戻る事すら難しかったかもしれない。



 しばらく歩くと、唐突に木々のない、開けた広場に出た。草が生い茂っているのと、でこぼことした地面はそのままに、広場いっぱいを月明かりが照らし、少し先も見えなかった視界が目一杯開ける。その広場にある岩に腰をかけた。





 そのまま上を向けば、視界いっぱいの夜空に、無数の星の光が輝いていた。




 ここには王都と違い明かりがなく、空を遮るものもないので、隠れた星空の絶景スポットだ。


 数多ある星々の命の光を何千、何万と集めたその幻想的な空は、御伽噺に出てくる世界を切り取ったかのように美しく、自分が今夢の中にいる感覚になってくる。


「―――――」


 人の手が加えられていない、加えようがない不可侵の美に酔いしれ、何となく、一際大きな存在感を示す月に手を伸ばした。

 当たり前のように、その光に届かない手は空を掴む。分かりきっていた結果だったとしても、望んだものを掴めなかった手のひらを見つめるリンは、小さな虚無感が胸に湧くのを感じた。



 ――届かないと知っていながら、美しいものに手を伸ばすその行為を、人は愚かと笑うのだろうか。



 静寂と光の中でそっと目を閉じ、深呼吸をすると、優しく、どこか懐かしさを覚えるような木々の香りに包まれて、ゆったりとした時間の流れを感じる。


 思い出されるのは、リンの胸の中で、この空に負けない輝きを放ち続けている、母との会話だ。



『リン。お星様が輝いてるのはね、亡くなった人達がお星様になって、地上の私達を見守りやすくするためなのよ』



 いつだったか、同じような空を見上げて、そんな話をされた記憶が蘇る。嬉しそうなその横顔は、本気でそれを信じているようだった。


『じゃあ、僕のお父さんは星になったの?』


『ふふっ。ええ、きっとね』


『えー! どれどれ!?』


『ここからじゃあ多すぎて分からないわね。でもきっと、あなたを見守ってくれてるわ』


 父の話になるといつも寂しそうな表情をする母だったが、この時だけは嬉しそうに頬を緩ませる。ずっとその顔でいてほしいと、子供ながらに願っていた。



「眠れないの?」



 しばらく眺めていると、誰もいないはずの森の中で、自分に話しかける人の存在。アリスがこちらに歩いてきていた。


「ごめん、起こした?」


「いいえ、私も眠れてなかったから、ちょっと散歩してたの。それに、私だって今でもよくここにくるのよ」


「………そっか。俺は"あの時"以来」


「知ってるわよ」


 そう言うと、リンが腰掛けている隣に座る。しばらく二人の間に会話はなかったが、それでもお互い気まずいとは思わない。



 リンはこの時間が好きだった。幼馴染の三人と一緒にいる時とは違う、落ち着いた時間の流れが、自分の心を優しく撫でてくれているように感じて。


「もう、平気?」


 そんな中、唐突にアリスが言ったことはひどく抽象的なものだったが、それでもリンには言いたいことが伝わった。

 その問いに一度目をつぶり、過去に思いを馳せる。


 あの時、自分たちの故郷が滅んだ後のこと。リンには、周りの誰も信用する事ができなかった時期があった。


 一人になりたくないと、そう思っていても、心が他者を拒絶する。自分でも理解できない、誰にも理解されない矛盾を抱えた、『孤独』の日々を思い出す。


 どれだけ絆を作っても、また壊れるんじゃないかと思ったら、人と関わるのが恐ろしくて仕方なかった。

 そうした思いを抱いているうちに、いつしか絆の繋ぎ方すら忘れ、唯一幸せだった過去の記憶に縋り付くことでギリギリ自分を保っていた。


 悩み、苦しみ、答えの出ない自問自答を繰り返していたあの頃。


 楽しいことをしたいとも、美味しいものを食べたいとも、綺麗な景色を見たいとも思わない。


 何もかもに関心がなく、いつ死んでもいいと思っていた。いや、今思えば、あの頃の自分は、死ぬ理由を探していたんだろう。


 過去に失望し、今に絶望し、未来への希望すら見出せない中で、まともでいられなかった時の姿は、振り返ってみると、自分でも随分痛々しかったと思う。



 それでも




「……うん、大丈夫」


 そう言って、リンは笑った。強がりでもなんでもなく、今の自分はもう立ち直ってるんだと、心から思っている。


「俺は、人に恵まれすぎた」


 あの三人だけじゃない。色々な人が自分を支えてくれた。生きる希望を与えてくれたから、今の自分がある。




 自分で自分を否定していた時、肯定してくれた奴がいた。


 自分という存在に価値を見いだせなかった時、頼ってくれた奴がいた。


 どうしたらいいのかわからない時、頼られてくれる人がいた。


 罪悪感に押し潰されそうな時、共感してくれた奴がいた。


 決断ができなかった時、背中を押してくれた奴がいた。


 挫けそうな時、隣にいてくれる奴がいた。


 間違いそうな時、導いてくれた奴がいた。





 楽しい時、一緒に笑ってくれる奴等がいた。






 もちろん、アリスもそのうちの1人だ。その全員に返しきれない恩がある。


「心配かけた?」


「ええ。すごくかけられた」


「うっ…」


 ノータイムで肯定の返事をもらい、一度言葉に詰まってしまう。

 申し訳ない気持ちになり目線を下げていると、ふと頭にやわらかい感触が伝わる。アリスがリンの頭を胸に抱き寄せていると理解するのに、しばらくかかった。


「――ちょ、ちょっと!? アリスさん!?」


 慌てて声を上げるが、それに応える代わりに、アリスはリンの頭を撫ではじめる。

 強すぎず、けど決して止まることなく動く手に徐々に緊張が解けていく。誰かに撫でられたのなんて子供の時以来だろう。気恥ずかしさはあったが、安心感が勝った。


「………もう、無理しちゃダメよ?」


「……分かんないよ。冒険者はやめても、今は騎士なんだから」


「それでも、ダメ」


 有無を言わせぬ言葉の中に、最大限の愛情がのせてあることを感じ取り、ただアリスに身を預ける。

 最後に親に抱きしめられたのはいつだったか。覚えてないのでわからないが、多分こんな感覚だったんだろうなと思いながら徐々に瞼が重くなってくる。


 朦朧とした意識の中、一緒にきた仲間達が寝ているであろう家の方に視線を投げて、寝言のように呟く。


「……大丈夫。今は、あいつらがいてくれるから」


 そしてそのまま、リンは微睡の中に意識を手放した。



              ********




「………さて」


 腕の中で眠るリンを起こさないよう注意しながら、アリスはリンが最後に向いた方向に向かって声をかける。


「いるんでしょう? もう出てきていいわよ」


 すると木の後ろから3つの人影が、バツの悪そうな顔で出てきた。


「あー、やっぱバレてた? 俺ら気配消してたんだけどな〜」


「王都の中ならともかく、あなた達が外でリン君を一人にするわけないでしょう? 大丈夫よ。本人は気づいてなかったから」


 さも当然であるかのように話すアリスに、反論するものはいない。

 当の本人には言えるはずもないが、同じ家にいればこの三人は、たとえ寝ていようとリンの存在は常に意識下にある。真夜中に一人で外に出たことに過剰な反応をしてしまいここまで後をつけてきたのは、過去のトラウマが思い出されたからだ。またいなくなってしまうんじゃないかと、気が気ではなかった。

 そういった面で言えば、リンよりもアリスの方が、彼らの性格を熟知していた。


「……もう大丈夫って言ってたわよ」


「……うん。聞いてたー」


「まぁ、うちは心配してなかったけどね!」


「……全速力で追いかけようとした人が何か言ってますね………」


「う、うるさいな!」


 サラが顔を真っ赤にして怒っていることが、シオンの指摘が間違いではないということを物語っている。


 自分達は、リンに恨まれているのか。


 何回も聞こうとしたその疑問は、今に至るまで聞くことが出来なかった。"あの件"以来、離れていた時期のトラウマに加え、最近また同じ時間を過ごせるようになれたことが、皮肉にも余計に自分を臆病にさせていた。


 それでも、気づかれないよう盗み聞きした会話の中にあったのは、現状のリン・アルテミスから三人への確かな信頼の言葉だ。


 つい最近まですれ違ってきた彼との絆が、一方通行ではなかったと知ることができた幼馴染達は、この七年間ずっと縛られていた不安からようやく解放されることが出来た。


「ねえ、あの誓い覚えてる?」


「……忘れるもんかよ」


 サラの問いは、先程のアリスと同様、要領の得ないものだったが、この場で話される事なら一つしか浮かばない。


 三人が、リンに対して一方的に結んだ誓い。――いや、"約束"のことだ。



「もう二度と、俺たちは――」



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