終焉の十三人
かつて、世界に『列強』と呼ばれる国は十一ヶ国あった。
いや、かつてと呼べるほど太古の話ではない。つい、二十年ほど前まではそうだったのだ。
目覚ましい発展を遂げた十一の大国は、世界の覇権を握ろうと競うようにその国力を上げていく。
そう、その時の列強にとって、敵となり得る存在は、同じ列強の『国』だけだったのだ。
一体、誰が想像できるだろうか。
たった十三人の魔導士が、そのうちの三ヶ国を滅亡させるだなんて。
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「《終焉の十三人》」
普段であれば、そんなわけがないと一笑に付す話だが、それを伝えた相手は、冗談すら軽々しく口にできる立場ではない。
そして内容は、誰であっても口に出すことすら憚られる世界最悪の犯罪組織のことだ。
『組織的危険指数』は『SSS級』であり、そのメンバー全員に、《九鬼》という組織を超える危険性があると言われている。
故に、この組織に対して、世界は超特例の措置に踏み切った。
《終焉の十三人》の抹殺。それを、国際的な法律として世界中に通達したのだ。
裁判も無しに人間を殺す法律など、法治国家からすれば納得し難いことだろうが、今現在、列強を含めほとんどの国が、その法を採用している。
だが、だとしても
「あ、ありえません! まだこの子はどう見ても十歳前後だ。アリシア・センテンスの活動が初めて確認されたのは、今から十四年前だったはずです!」
『アリシア・センテンス』は、他の《終焉の十三人》のメンバーと比べればあまり目立った活動をしていない人物だ。だが、十四年前、リガレア王国で起こった"ある事件"から、初めて存在を確認された。
現在でも謎が多く、その名前と魔法以外は何も知られていないはずのその名前が出たことには少なからず驚いたが、例え魔力が一致しても、シーナの年齢を考えれば違和感の方が強い。
はずだった。
「そうだ、十四年前だ。それから我々が何の調査もせず、泣き寝入りしていたとでも思っているのか? 既にアリシア・センテンスの情報はある程度集まっている。――その中に、奴の部下の魔法に関するものがあった」
「部下の、魔法?」
「どんなものでも、見た目を変えることが出来る『幻界魔導』を操るとな」
「――――っ!」
テラストが告げたのは、シーナがアリシア・センテンスではないと言える唯一の芽を潰す情報だった。
目に写る全ての情報に意味がなくなるなんて、犯罪に使用すればいくらでも悪用できる。
随分と滅茶苦茶だとも思うが、そんな魔導士を部下として持つ《終焉の十三人》の影響力をこそ恐れるべきだろう。
そして、それが本当なら、シーナは本当に――
「し、知らない!」
その時、高く透き通るような声が緊迫感を持って訴えたのは、自身の無知だった。
振り返るリンの視線の先。そこで、シーナは不安げな顔で、悲観に暮れた顔で、それでも、必死に伝えようと言葉を選ぶ。
それは、初めてリンと出会ったあの頃のように。
「私はっ、ほんとに知らない! だっ、だって、私は今まで――」
「黙れ!!」
しかし、シーナの訴えを、テラストは一蹴する。明らかな拒絶に、ビクリと体を震わせたシーナの声は一瞬で途切れた。
「今更、言い逃れなど無意味だ。つい三日前の正午頃、ここから西方にあるランザ平野でも、貴様の魔力が確認されている。この国で何をするつもりだったのかは知らんが、貴様の企てもここまでだ」
有無を言わせぬ一言には、テラストの覚悟が滲む。子供一人を相手にみっともないと、そう断じるにはテラストが話した内容は強烈すぎる。《終焉の十三人》を相手にしていると思えば、この対応も当然だ。
だが、リンはテラストの言葉から自身の記憶を探り、ある一つの事実を思い出した。
「三日前の………正午? そ、その時、この子は俺と一緒にいました!」
「…………何?」
間違いない。その時は丁度、リンとシーナで昼飯の準備をしていたところだった。
ランザ平野は、ルジャから馬車で七日はかかる距離にある。空間ノ魔法の飛距離がどれほどなのかは不明だが、魔導の常識から見て、一瞬でその場に魔法を展開することは不可能だ。
ようやく、光明が見えた。この事実は、間違いなくシーナとアリシア・センテンスが別人であるという根拠になる。
「だっ、だから! この子は《終焉の十三人》では――っ!?」
その時、広場に響き渡ったのは、リンの声ではなく、それをかき消すほどの轟音だ。テラストが槍で地面を叩き、そこを中心に地割れが起こった。
それをした張本人は、鋭かった視線を一層細め、リンに侮蔑の目を向ける。
「貴様、そんな嘘をつくとは、どうゆうつもりだ?」
「っっ!? う、嘘ではありません! 俺は本当に――」
「では、国の捜査が間違っているとでも? 国が運営する機関と、下級の騎士一人。どちらの方が信頼に足るかなど、考慮の余地すらない」
「っっ!」
テラストの言葉に、リンは自身の浅慮を痛感する。
テラストの答えは最もだ。少し考えれば分かる。リンには、国の決定に口を出せるほどの実力も、実績もない。その事実に行き着いた時、リンは自身の中に相当の焦燥感があることをようやく自覚した。
「――――――」
未だ焦りを見せるリンの思考は、この状況から起こす最善の方法を探るものの、考えることが多すぎてどこから手をつければいいのか分からない。
だが、行動の停滞は、状況の悪化を招くだけだ。
テラストに続くように、後ろの魔導士達もシーナへの視線に力を込める。それは紛れもなく、犯罪者に対する軽蔑と畏怖を孕んでいた。
戦闘への準備が整ったところで、テラストは未だシーナの前に立つリンに視線を向ける。
「おい、ルジャの騎士よ。貴様はいつまで其奴の前に立っている? 言うまでもないが、これはこの国だけでなく、国際法によって定められた決定だ。そちらに着くと言うのならば、――貴様も共犯者とみなすぞ」
テラストがリンに突きつけたのは、敵対への最後通告だ。その眼光は鋭く、裁きを与えることに微塵も疑いを持っていない。
分かってる。分かりきっている。この状況では、例えリンがシーナの味方になったとしても、何の力にもなれないことなど。
間違いなく最善ではない。活路はなく、自身が庇う少女は魔法を使えない。そんな状況で抗っても無駄死にだ。
だが――
「っっ! リン! 状況分かってんの!? あんた、このままじゃ………」
テラストの行動に危機感を持ったのか、サラが必死にリンを説得しようと声を張り上げるが、――それと同時に漏れた隣からの声の方が、リンの意識を持っていく。
「――シーナ?」
「っっぅ、う゛あ゛うぅっ!」
その時、頭を抱えながら地面を向いた少女の口から、苦悶に満ちた呻き声が聞こえた。
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『うちの子に何するのよ!? このバケモノ!』
『こっちに来るな! 気味が悪い』
『どうして、あんたみたいな子がこの村に……』
目の奥に、害意が映る。
耳の奥で、敵意が木霊する。
鼻の奥は、殺意を嗅ぎ取る。
口の奥の、悪意を飲み込む。
肌の奥へ、空虚が刻まれる。
五感全てに、孤独が襲いかかる。
消したいのに、消えてくれない。
覚えていたくないのに、忘れられない。
考えたくないのに、思考が押し寄せる。
感覚が、感触が、記憶が、経験が、全てが、頭の中を塗り潰そうとしている。
怖い。痛い。虚しい。辛い。
そう叫ぶ心は、誰にも届かない。
どうして? 何で?
泣いても、縋っても、何も変わらない。
何一つ。変わらなかった。
何もない。この世界には、何も
ああ、いっそのこと――
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何もない、はずなのに。
何かを、感じた。
頭を撫でる、温かい手を――
「ごめん。やっぱり俺は、この子の敵にはなれない」
心が高鳴る、その声を。




