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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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その魔導士


 リガレア王国騎士団。それは、リガレア王国の『軍』にあたる組織である。

 その職務は多岐に渡り、犯罪の取り締まりや害獣の駆除。集落の安全確保や他国との貿易の補佐など様々だが、その根幹にある目的を違えることはあり得ない。


 騎士団の存在理由は、リガレア王国の民を守ること。


 どの職務に就いていようと、それが蔑ろにされることを是とはせず、いかなる場合であろうと、組織の正義はそのただ一つのみ。


 だから本来、あるはずがないことなのだ。


 騎士団の団員同士が、正義をぶつけ合い、刃を交えることなど。



                 ********




「っっ!」


 隣の少女に切り掛かった相手の剣を、体を割り込ませたリンが無理な体勢で受け止める。

 目前に迫る剣は、明らかに殺意のあるものだった。リンが止めなければ、それはシーナの命を奪っていたかも知れない。

 腕力には大きな開きがないようだが、力を目一杯入れた相手に対し、後手に回った時点でリンの不利だ。力の限りに押し返すものの、相手は止めに入ったリンのことも敵として認識したらしく、その力は微塵も弱まらない。


「っっぐっ、そ!」


 片脚に重心を乗っけて、剣を振り下ろしていた男の無防備な腹を蹴り飛ばして距離をとる。

 殺そうとした。間違いなく、男は少女を殺そうと凶刃を振り落ろしたのだ。


「どうゆうつもりだ!? あんた、自分が何してるか分かってんのか!?」


 あまりの暴挙に頭の整理が追いつかない中、感情任せに相手の心意を問いただした。


 騎士団の矜持とはまるで真逆。リガレアの国民への攻撃であり、しかも相手はまだ少女だ。許されざる蛮行をした男は、しかしリンの方をこそ理解できないとでもいうように顔を歪める。


「お前こそ何をしている! そいつが何者か知らないのか!?」


 男の怒号には、自身の正義を疑わない真っ直ぐな響きがあった。直前の凶行を見ていなければ、リンも自身の非を考えるだろう。


 そもそも、この男は今までリンが見てきた犯罪者。とりわけ、薬物中毒者などの話が通じない相手とは違った。シーナを目にするまでは、普通に受け答えもしていたし、異常性のある行動もしていない。


 答えを求めてシーナに視線を向けるが、彼女の表情は驚愕と恐怖の二つに支配され、今の状況から見て、リンと同じような心境だと分かる。


 混乱するリンの背後から、複数の足音と共に、男達の声が聞こえてきた。


「おい! 大丈夫か!?」


 こちらに走ってくるのは、こちらも騎士団の甲冑を着た四人の団員達。リンと男の大声に反応してくれたのか、こちらの剣を抜いている様子を見て足早に走ってくる。


「対象を見つけた!! その白髪だ!!」


 それを見た男が叫んだ言葉は、要領を得ない狂人の戯言だ。様子のおかしくなった目の前の男を拘束するために、この場に騎士が増えるのはリンにとってありがたい。


 だが、駆けつけた男達がシーナに目を向けた途端、嫌な予感がリンの背中を走った。


「っっ! おい、いたぞ! 構えろぉ!」


 本来、その感情は、目の前の男へ向けるべきだったはずだ。なのに、男達は四人全員が剣を抜き、"シーナに向けて"警戒心を限界まで上げる。

 敵意を隠そうともしない四人の騎士が魔纒を展開する瞬間。今の状況に全くついていけなかったリンが、思考を止めている場合ではないことだけは理解してシーナの手を取る。


「シーナ! こっち!」


 走り、細い路地に入って全力で逃げる。理解も納得も後回しにして、現状が少しでも良くなることを願って。


 ただ、リンの願望を嘲笑うように、逃げている間にも状況は悪化の一途を辿る。


「いたぞ! ここだ!」


 先程とは違う声が、リン達の前からあがる。後ろから追いかけてくる五人に加え、前から走ってくる十人が行手を阻んだ。


 明らかな敵対を、瞳に宿して。


「クソッ!」


 いよいよもって、強引に制圧するやり方は取れそうもない。一対一でも勝てるかどうか分からないのに、十五人もいては勝ち目など無いに等しい。


 横の路地に入り、階段を駆け上がる。あと少しで登り切るというところで、背後から声が聞こえ、


「『光魔法 光陽線(こうようせん)』!」


「なっ!?」


 その直後、空気を抉る光の道が飛来する。真っ直ぐシーナに向かってくる魔法を、リンは間一髪で壁際に押し付けて回避。熱を振り撒きながらリンの横を通り過ぎていったそれを、信じられない思いで見つめた。


「ウソだろ!? こんな場所で魔法を……」


 今リン達が走っているのは、住宅街の入り組んだ路地だ。当然、民家が密集している場所で、周りには人の営みを支える家が所狭しと並んでいる。


 そんな場所で魔法を放てば、どうなるかなど分かりきった話だ。その光線はリンの予想通り、奥にある家の壁を破壊し、石造りのそれを見るも無惨な形に変えた。


 緊急警報の影響なのか、その家に人がいる気配はないが、それでもリガレア王国の法をいくつも破る行為であるのは間違いない。

それも、リガレアの治安を守る騎士団の団員が行うなど、許されざる愚挙だ。


そんなことが許されるのは――


「――――――」


 一瞬、自身の頭を過ぎた可能性を、リンは頭を振って思考から追い出す。

 ありえない。九鬼の脅威は分かっているが、それを抜きにしても、あまりにも荒唐無稽な推論だ。今はそんなことに思考を使うより、逃げることに神経を使うべきだろう。


 だが、リンを――いや、シーナを狙う騎士の数は、逃げるほどに増えていく。


 既に、騎士の中に味方がいるだなんて希望は捨てた。どんな理由があるのかは分からないが、逃げても、撒いても、甲冑を着た男達が、一人の少女の命を血眼で奪いにくる。そんな悪夢のような現実に、リンは頭がどうにかなりそうだ。


「っっ! リン! 左から、来る!」


 それでも、なんとか会敵を避けられていたのは、シーナの空間把握能力による指示があったのが大きい。


 目に見えない場所にいる敵を事前に把握できるシーナの力は、今の状況で最も頼りになる。こんな時でも自分の役割を見つけるその心意気は称賛したいが、繋いだ手から伝わる震えが、少女の恐怖心を何より伝えてくる。


 怖くないはずがない。子供にとって、何人もの大人が自分を襲ってくるのだから。


 それでも、今のリンにシーナを慰めている余裕はなかった。


 敵がいることがわかっていても、逃げているリンにその全てを回避する道を選ぶことすらできない現状では。


 細い路地を選び、できるだけ人目のつかない場所を選んでいても、数の暴力に少しずつ追い込まれていく。


 そして、ついに――


「『炎魔法 炎火』!」


 背後と正面から挟撃され、正面の騎士が炎の球体を放つ。リン達が左の路地に入るより、騎士が放った魔法がリン達に届く方が早い。


 リンは咄嗟にシーナを後ろに隠し、右手を前に構えて衝撃に備える。

 瞬間、覚悟していた衝撃と、覚悟していた熱。それを受けた右腕は、リンの思った通りに激痛を走らせた。


「ぐぁっ!」


「リン!!」


 思わず漏れた苦悶の声に、シーナの悲痛に満ちた声が重なる。だが、耳元で叫ばれたそれすら刻み込めない程に、リンの意識は灼熱に焼かれていた。


 熱い。


 痛い。


 苦しい。


 火傷で爛れ、悍ましい匂いを撒き散らす右腕。空気が撫でる感触すら痛みに変わり果てた自身の一部に恐怖を感じ、刹那のうちに振り切る。


 立ち止まっている暇はない。無傷の左手でもう一度シーナの手を掴み、左の路地へと逃げ込んだ。


「待て!」


 背後からは、聞き慣れた騎士団の制止の声。無視して走るその行為に終わりが見えない。その足は前に進むも、事態が進んでいる気配は微塵もなかった。


 見慣れない道を走り、体力は奪われ、右腕は握ることもままならない。

 情報すらまともなものはない。分かってるのは、相手がシーナを殺そうとしているということだけ。その動機も、敵の数も知れない。


 だから、走って逃げる以外に何もできない。考えもまとまらず、そもそもなぜ、何から逃げているのかも曖昧だ。



 走って、逃げて、隠れて、何処に行くかも決めきれない、そんな不確定だらけの逃走劇。




 その終わりは、唐突に訪れた。




「――ここは」


 周りの家に隠されていた空が広がり、意図とは別に、リンの見知った場所に出た。


 そこは建物が並ぶ住宅街を円形に切り取り、広々とした空間と、緑豊かな自然を誇っていた憩いの場だった場所。


 過去形になってしまうのは、今となってはその痕跡を見つけることすら困難となってしまうほどに破壊され尽くしてしまったからだ。


 《天名会》と《九鬼》。その戦闘の爪痕が未だに残る中央広場。

 膨大な氷は溶け切っているものの、この地を覆った魔力は植物の命を奪い、ベンチや街灯を軒並み破壊した。

 唯一残っているのは、中央に置かれた水晶を付けてある杖。あまりあってほしくないものだけがその存在を主張するが、今はどうでもいい。


 壮絶な戦闘を想起させる悲惨な広場は、今のリンにとっては障害物もなく広いだけの空間だ。ここを通るのはあまりにもリスクが高い。


「こっちはダメだ。シーナ。一度戻って――」


 住宅街の方がまだ隠れられる。そう判断を下したリンが踵を返した、その時――



「『水魔法 水壁』」



 リンとシーナが通ってきた路地を、唐突に現れた濁流が封鎖した。


「――っ!?」


 完全に逃げ道を塞がれ、リンは驚愕する。


 路地とはいえ、そこは何人も人が通れるであろう程度には広い通路だ。完全に封鎖するにはそれ相応の魔力がいる。


 だが、リンが驚いたのは、その魔法の規模ではない。



「―――これは……」



 リンに魔力を探る力はない。"その魔導士"のように、魔法を見ただけで誰の魔法かなど分からないし、分かり方すら分からない。だが、その魔法は、何故か自身の知る"その魔導士"の技だと確信できた。


 信じたくはない。だが、頭で否定するほどに、心がリンに突きつけてくるのは、無意識下から沸き上がる絶望。


 ずっと共に旅をしてきて、目の前で何度もその技を見せてくれた、"その魔導士"の名は――





「サラ」




 確信を裏付けるように、リンの目の前に降り立ったのは、苦楽を共にした幼馴染の一人。サラ・ローレンだった。


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