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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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平穏を切り裂く音


 晴れやかな空とは裏腹に、リガレア王国にある城塞都市ルジャの空気は、どこか陰湿なものが漂っていた。

 九鬼の襲撃から、既に十日が経過。あれ以来、この都市に蔓延る恐怖という病原体は、一日も休まず人々を苦しめ続けている。


 それに耐えきれず、ルジャを脱出しようとした人も中にはいたが、外に九鬼がいると分かっていてはそれもできない。

 牢はなくとも、今のルジャは囚人が入る独房のような隔離された空間だ。息が苦しくなるほどの閉鎖的心境が、その場の空気を一層重くさせる悪循環。


 あちこちで起こる暴動。略奪。現状の先も見えないとなれば、市民の不安と怒りが上り詰めるのも早かった。



 そんな中で、



「リン! これ、どう!?」


 リン・アルテミスにとって希望があるとしたら、目の前で花開いたシーナの表情だ。

 滞在用に借りた部屋の裏には、一面に黄色い花畑が広がっていた。花が好きなシオンが、この場所を選んだ理由の一つかもしれない。


 そんな場所で、リンはシーナに花冠の作り方を教えていた。


「うん。綺麗にできてる」


 手に取り、シーナが得意気に渡してきた花冠を鑑定する。まだ荒さはあるものの、基本に忠実に、丁寧に作られていたそれをシーナの頭に被せると、シーナはニンマリと顔を崩してから、口元に手を添える。


「くふっ、くふふふ!」


 独特な笑い方だが、心底楽しんでいるのも分かる。出会った時とは天と地ほども違う表情の起伏に当てられるように、リンも温かいものが胸に広がった。

 花を愛でることも、笑えることも、心に余裕がある証拠なのだから。


「兄さん」


 リンを呼ぶ声に振り返ると、シオンが通信具を片手にこちらに歩いてきていた。


「今、ギルドから《月華の銀輪》に招集がありました。既にサラやライにも連絡は入っていると思いますが、ギルドに行けるのは私だけでしょうけど」


「ギルドから?」


 現在、騎士団の人員も殆どが復帰しており、害獣の監視体制も以前と同様にすることができるようになった。

 ただ、戦闘で亡くなってしまった者も多く、未だに害獣戦の爪痕は色濃く残っている。


 それはもちろん、九鬼との戦いで負傷したサラにも言えることだ。


 リンが引くほどの大怪我をしていたサラは驚異的な回復を見せ、今は普通に歩ける程度には回復しているが、流石に戦線に復帰させるのはまだ早いということで、今は騎士団がルジャの外を監視し、シオンかライルのどちらかが騎士団の詰所で待機する体制をとっている。


 九鬼関連なら騎士団から直接連絡が来るはずだが、ギルドからの連絡となると要件が想像できない。


「はい。何でも、そろそろ騎士団の増援が到着するそうなので、その方々と情報交換と、今後の擦り合わせを行いたいと」


「ああ、なるほど。じゃあついでに夕飯の買い出しに行こうかな。行くよ、シーナ」


「…………うん」


 そう言って立ち上がったリンは、シーナにそう告げる。少し残念そうな顔をしたシーナだが、素直に返事をして、自身の頭に乗ってる花冠を借家へと置きに行った。


 気持ちが沈んだであろうシーナだが、今回のことはシーナにとっても朗報だ。ルジャの現状は知っているだろうし、その中で騎士団の増援が来たのならば、まず最初にするのがシーナの護送となるだろう。


 ここは中央広場から随分と離れているが、それでもシーナの魔力は吸われ続けている。魔法も使えないし、何より今の状況は、初めのうちはシーナのトラウマを大きく刺激していた。


 だが、この十日間で、少しは乗り越えたようだ。戻ってきたシーナの表情は、恐怖を感じているものではなく、少し名残惜しそうではあるものの、どこにでもいる年頃の少女に見えた。


「………帰ったらまた、花冠作ろうか」


「!! うん!」


 途端に、シーナに握られた手に力が込められる。力強いわけではないが、それでもリンはそこから伝わる熱量に元気をもらっていることを自覚していた。


「……ほら、行きますよ兄さん!」


 慣れたリンは何も言わないが、その光景を見たシオンも同様にリンの隣に移動し、その腕を取る。


「ちょっ、シオン? 一人で歩けるって」


「いいんです」


 何となく、妹の不機嫌な空気を察したリンは何も言えなくなり、微妙にすれ違った会話を最後に、二人の間に会話がなくなった。




                 ********





 住宅街を進むリン達は、シーナと隣り合って市場を散策する。ここにきたばかりの頃は活気に満ちていたその場所は、別の場所かと思えるほどに意気がない。


 楽しそうに声を張り上げていた店の店主も、今は椅子に座って項垂れているか、熱のない目で明後日の方向を向いているかのほぼ二択だ。


 周りの空気を感じ取ったのか、シーナも花畑での様子から一変し、周りに合わせて大人しくしていた。


 連れてきたことを少し後悔するが、今更一人で行動させるわけにもいかない。九鬼がこの都市に出て以来、ここは人の往来を完全に絶っているため、そう易々と入られるとは思わないが、協力者などがいる可能性もある。


 用心して進んでいたが、特に何が起こるわけでもなく、リン達はギルドへと到着した。


「では、私は話を聞いてくるので、二時間後くらいにここで集合しましょう」


「ああ、分かった。後でな」


 ギルドの前でシオンと別れ、リンとシーナは買い出しへと向かう。毎日のように通っているリンにとって、食材の買い出しは慣れたものだ。店を回るのに、そう時間はかからないだろう。



 だが、問題なのはそこじゃない。



「………ここも、今日は閉まってんのか」


 目の前で閑散としているのは、リンがつい二日前まで野菜を買っていた店だ。

 店主は五十歳前後の男だったのだが、リンが最後に会った時には既に疲れが見えていて、気力を感じさせない声が印象に残っている。


 ここにくるまでも、初日に見た時には開いていた店が軒並み閉まっていた。分かっていたことではあるが、この都市の人々にとって《九鬼》の名は、リンの想像以上に重かったようだ。


「しょうがない。ちょっと遠いけど、裏通りの店に行こうか」


 横に並ぶシーナに確認を取り、大通りから細い道へと進む。そこも空いているか分からないが、このまま野菜が買えないとなると少し厳しい。


「ごめんな、シーナ。振り回しちゃって」


「ううん。色んなところ行けるの、楽しいよ?」


 そう語るシーナに、無理をしている様子はない。変わる景色を興味深そうに眺め、ただ歩いているだけのこの時間に楽しみを見出していた。


「……………」


「んやっ!? な、何? ちょ、リンー!?」


 何とも言えない感情を発散するように、リンは無言でシーナの頭を撫で回す。突然の行動に驚いたシーナだが、リンが満足するまでされるがままだったのを見るに、本気で嫌がってはいないのだろう。


「疲れたら言うんだぞー」


「う、うん………え? な、何で撫でたの?」


「何となく」


「…………くふっ、なにそれ」


 リンの言葉に、シーナの表情が崩れる。柔らかな顔が物語る安心感は、リンに気を許してる証拠だ。

 陰鬱な空気の中で、共に歩く少女が明るいことがどれほど救いになるか。重苦しかった心に一筋の光が見えた気がして、シーナに釣られるようにリンも笑った。


 迷いがなくなった足は、リンの記憶を頼りにゆっくり目的地へと向かう。早く買いすぎても、どのみちシオンが終わるまでは待ってることになるのだから気長に探そうと、そう思った時だった。




 安穏とした空気を壊す高音が鳴り響き、都市中の人々に警鐘を鳴らしたのは。





「っ!? な、なんの音?」


 それの意味を知らないシーナが困惑の声を上げるが、緊迫感を高める甲高い音とその大きさから只事ではないと察したのだろう。不安そうにしながら、答えを求めるようにリンを見上げる。


 対するリンは、知ってるが故に戸惑いを隠せない。何せ、タイミング的には最悪の想像すら想起させる類のものだ。


「緊急警報!? まさか、九鬼が攻めてきたのか?」


 この都市に危険が迫っている場合に限り、この緊急警報は鳴らされる。前回の害獣騒動の時や、中央広場での戦闘の際も用いられたが、どちらもこれを聞くより早く状況を把握したために大して気にしていなかった。


 だが、今回は違う。唐突な危機の共有に、リンは気持ちを一気に引き締める。今のルジャの状況から、最も可能性が高く、考えうる限りで最悪の想定が九鬼だろう。


 そうであれば目的は何か。候補となるのは、捕えられた二人の構成員か、害獣を操る水晶。中央広場にある杖の可能性もあるが、一番警戒しなければいけないのが、今リンの隣にいる少女の奪還だ。


 だが、シーナを守れるのは自分しかいない。――などと思えるほど、リンは自身を過大評価していない。今九鬼に襲われれば、リン一人ではとても守りきれないのは明らかだ。


「シーナ、一旦戻ろう。まずは他の人と合流して、状況を整理しないと」


 リンが先導し、来た道を辿るようにギルドを目指す。まだシオンは会合の途中だったはずだが、緊急警報を聞いたシオンが大人しくギルドに留まっている可能性は低い。


 だが、リンの心境としては、シオンが出ればその危機も大方片付くだろうという楽観もあった。

 もっといえば、騎士団の詰め所にはライルもいるし、騎士団からの増援もそろそろ着くか、既に到着しているかもしれない。


 増援次第では、九鬼とも互角以上に戦える。九鬼を相手にするかもしれない今、中途半端な戦力を投入するほど、リガレアの上層部は馬鹿じゃない。


 だからこそ、


(なんだ? 違和感が………)


 不安に押しつぶされそうなシーナにそう告げ、その手を握る。同じように、不安に押しつぶされそうな自分の心に、一抹の別の感情。


 今回、九鬼が襲来したというのは、考えてみれば違和感しかない。


 状況、情報、常識的にも、緊急警報が鳴るほどの危機としては九鬼関係だろうとは思うのが自然だ。だが、ゾルが言っていたように、何の策もなくルジャを襲うにはタイミングが悪すぎる。


 状況判断力がその程度の相手なら、今まで捕まらずにいれるわけがない。


「わっ……っと、すみません」


 そんなことを考えていた時、曲がり角から曲がってきた人物とぶつかりそうになったリンは一度足を止める。


 一瞬の驚きが過ぎ、改めてその人物を見れば、次の瞬間にはそれが同業者だと分かった。だが、同じ騎士である男と、リンの格好は少し違う。

 腰に帯剣しているのは同じ。その剣も騎士団から支給されたものであるので、それも同じ。だが、騎士服を着るリンとは違い、その男は鎧に身を包んでいた。


 普段から、鎧を着て職務に当たる騎士はあまりいない。受け持った場所にもよるが、少なくとも都市の中では大体の者が機動性を重視して騎士服を着用している。


 緊急警報があったのだから不思議というほどではないのだが、警報を聞いてから着替えたにしては早すぎる。


「お前は、ここの騎士か?」


「っ! い、いえ。別の仕事でここにきているだけで、元はカルマーナに配属されています。……あの、何があったんですか?」


 男の問いに答え、今度はリンが問いを返す。袖の部分を見てみると、リンと同じく下級騎士であることは分かったが、問いかけから察するに、この男はここの騎士ではないのだろう。


 増援で来た騎士であるという推測を立てれば、鎧を着ている理由も納得できる。害獣が跋扈する街道を通ってきたのなら、むしろ鎧でなければおかしいくらいだ。


「何って、お前は――」


 そこで、男はリンの隣にいたシーナに視線を向ける。言葉を切り、その少女を見つめる男に、リンはまずしなければいけないことを思い出した。


「ああ、話は伝わっていると思いますが、この子が九鬼のところに囚われていた少女です。保護するために、一度ギルドに戻ろうと思っていまして。なので、今の状況を詳しく教えてください」


 こちらの事情を説明し、今の状況を共有する。増援がどれだけ来たのかは分からないが、その戦力はシーナの護送も考えられたものになっているはずだ。


 上の判断次第では、すぐに出発してもおかしくはない。シーナがこの都市に残っていることで、中央広場の無属性魔法にシーナの魔力が吸収され続けてしまうことは、リガレアにとっても不安の種だろう。


 一刻も早く、安全な場所に送りたいと、逸る心を抑えて伝えたところで、相手が何の反応も示さないことに気がつく。


「? あの、今の状況は?」


 もう一度問いかけても、男はリンと目を合わせる気配もない。突然、何かに囚われたかのように、シーナの方を向いたまま固まっていた。


「っっ、ぁ、………ああ……」


 硬直が解けた後、徐々に反応を見せるようになっていくが、それはリンの求めるものでも、理解できるものでもなかった。


 瞳孔が開き、額には尋常じゃない量の汗。手足は震え、動悸が呼吸の乱れを起こす。誰がどう見ても異常な反応を示す男が、真っ直ぐシーナを捉える。


 まるでシーナに対し、畏れを抱いているかのように。


「…………あの、何を――」


「う、うああああああああああ!!!」


「――――っ!?」


 突然だった。男が腰の剣を抜き、シーナに向かって振り下ろす。リンがそれに反応できたのは、直前までの男が警戒に値する反応を見せていたからに過ぎない。


 自身も腰の剣を抜き、相手の剣戟を受け止める。金属がかち合う音が響き、鍔迫り合いに火花が散るのを眼前に捉えた。




 その瞬間、二人の平穏は、音を立てて切り裂かれたのだった。



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