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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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病院ではお静かに


 長い純白の廊下を進みながら、リンはアイランから諸々の説明を受けていた。


 アイラン曰く、シーナの様子に異常は見られなかったそうだ。倒れたのも、無理に魔法を使ったことによるもので、特別珍しい事象でもないらしい。


「そうですか。よかった」


 予想の範囲内ということもあり、とりあえず胸を撫で下ろす。一番の心配事が消え、明らかに足取りも軽くなったようだ。



「そんな悠長なことを言ってる場合ではないだろう!」



 その時、廊下の角を曲がった先から怒声が聞こえてきた。

 目の前では三人の男が病室の前で向かい合っており、そのうちの一人が怒りの形相で目の前の老剣士へと詰め寄っている。


「ああ、リン殿。お待ちしておりました」


 そんな中、渦中の老剣士――ソクロムが、リンへと声をかけた。当然、目の前でそのソクロムを睨みつけていた、騎士団の装いをした男がリンに振り返る。


 まず目についたのが、その男の満身創痍ぶりだ。松葉杖を片手に持ち、左脚はギブスでガチガチに固定されているし、頭や腕に巻かれている包帯の量も尋常じゃない。


 そして、それらがその風貌の恐ろしさを余計に高めているようだった。


 照明に照らされる逆立った金髪に鋭い目つきとどこのチンピラだと言いたくなるが、その服に刻まれた騎士団のエンブレムと袖の色は、リンにとって上司であることの証だ。


「ああ、貴様はあの時の」


「っっ! お、お疲れ様です! カルマーナ警備隊所属、リン・アルテミスです!」


 地を這うような低い声と、鋭い視線が自身に向けられ、自然と背筋が伸びる。そんなリンを憐れんだのか、その隣にいた人物が男を制止した。


「ゾルさん。品定めするような視線はやめて下さい。彼も我々を救ってくれた一人ですよ?」


「なっ! そんなつもりはない! ただ、お前の言う通り何の戦力にもならなそうな奴だと思っただけだ」


「ゾルさん! 私はそこまで言っていません!」


「……ハ、ハハハ………」


 慌てて訂正するレメクを横目に、リンは愛想笑いの下で青筋を立てる。歯に衣着せぬ物言いは嫌いではないが、時と場合によってはオブラートが必要だとも思う。


「そ、それで、シーナの様子は?」


「ええ。つい先程目を覚まされましたので、私から貴方を呼んでいただいたのです。何よりもあの子は、貴方に会いたいでしょうからな」


 逸るリンの様子を察したのか、敢えてゆっくりと話すソクロムは、言外に落ち着くよう諭しているのだろう。

 それを感じ取ったリンは、その気遣いを無駄にしないよう、一拍置いてから話を続ける。


「……そうですか、じゃあ――」


「待て」


 そこで話に割って入ってきたのは、ソクロムと言い合いをしていたと思われるゾルと呼ばれていた男だ。


「その前に、いくつか共有しておくことがある。あの娘に会うのはそれからだ」


 ゾルは有無を言わせぬ威圧感でもって、リンの反論を封殺する。といっても、リンもそれを無碍にするつもりはない。


 ソクロムが何も言わないということは、それが聞くべきことなのだろう。このタイミングで都市の騎士団トップから告げられる情報が、何の価値もないとは思えない。


「……はい。お願いします」


「まず、中央広場で捕えた賊が、九鬼の構成員であったことは聞いているな? そいつらはいち早く治療を終え、今は騎士団の詰所で尋問を行なっている」


 広場での戦いの後、サラより重症なその二人もこの病院に運ばれた。無論、最大限の警戒と拘束を施した状態でだ。


「何か話したんですか?」


「現時点では何も。中央広場に置かれた杖も解析を続けているが、複雑な魔力が幾重にも張り巡らされていてな。ともすれば解明には数年単位でかかる可能性がある」


「っっ!」


 絶句した。九鬼が企む計画の、その肝となるのがあの杖だろうことは推察できる。それが何なのかが解明されるのに数年とは、正直、絶望的な観測だった。

 その間、九鬼がただ傍観しているとは考えにくい。まず間違いなく、どこかのタイミングで仕掛けてくるだろう。


「だから、恐らくその杖と関係が深いであろう件の少女を、今すぐにでも王都へと移送しようというのが我々騎士団の見解だ」


「……ああ、なるほど」


 力強く宣言するゾルの言葉に、リンは少し安心する。


 杖が置かれたであろう時、シーナに起きた異変は報告済みだ。状況的に、あの水晶がシーナの魔力を吸ったと見て間違いはない。この都市にシーナがいる限り、シーナは魔力を吸われ続け、いつ破裂するかも知れない爆弾に火薬を込め続けることになる。

 王都に移送すれば、シーナの安全が確保されると同時に、水晶の中に魔力を溜める手段を断つこともできる。あの水晶が魔力を吸う範囲がどれほどかは分からないが、流石に王都までは届かないだろう。


 だが、


「私は反対ですな」


 そう、ソクロムが断固とした声を上げたことに、ゾルは睨みつける形で抗議を示すが、話し合いにたった今参加したリンだけは、初めて聞くソクロムの判断に驚いた。


 今この場で、リンが最も信頼しているのがソクロムだ。冷静沈着な態度や、無礼を許す懐の深さ。そして、窮地のリン達を助けてくれたソクロムに対し、リンは大きな恩と敬意を持っている。


 故に、その判断は自身のものよりも優先されるべきだと考えているが、今回はゾルの意見も真っ当な気がする。


 その葛藤に気付いたのか、ソクロムはリンに向けて弁明した。


「リン殿。勘違いをしないでいただきたいのですが、私はシーナ殿を王都へとお連れすること自体は賛成です。ですが、今のルジャにそれをするだけの戦力がない」


「戦力?」


「ここから王都までの道中、ほぼ間違いなく、九鬼が襲撃してくるからです」


「あっ!」


 そこまで説明されて理解したリンは、自身の考えの至らなさを嘆く。

 人を移送するなら、大抵の場合は護衛を連れていくのが常だ。特にリガレア王国は、害獣との遭遇率が他国と比べて異常に高い。


 とはいえ、普通ならA級クラスの害獣が出ることは稀で、護衛に着くにしても、騎士団の小隊長やC級冒険者であれば十分に事足りる。


 だが、シーナを移送するなら、九鬼との全面対決すら想定していなければならない。S級冒険者が七人――いや、万全を期すなら、それですら不足に感じる。


 S級冒険者など、一つの都市に二人居れば多い方だ。そもそも数が少ない上に、外国に遠征に行くことだって珍しくない。


 仮にリガレア王国が本気で動いたとしても、そのレベルの戦力を集めるのにはかなりの時間がかかるだろう。


 そして、その戦力が出発した後、この都市を守護する魔導士も、当然同じだけの質を揃えるべきだ。


「今はその時ではありません。九鬼を討伐するか、十分な戦力をここに集めることが先決でしょう」


「それが悠長だと言っている! こうしている間にも、九鬼の企みは進行しているのだぞ。幸い、今の冒険者協会と騎士団が手を組めば、やってやれんことはない」


「それでは、この都市の防衛が手薄になります」


「既に中心部まで入られた! そこに置かれた水晶は、今も幻界魔導を吸い続けてる! これ以上に危険な状況があるのか! 《月華の銀輪》のうち一人をこの都市の防衛に回し、早急に護送すれば、一つの憂いが無くなる」


「サラ殿の話では、まだ水晶に魔力が溜まるまで時間がかかります。手札が揃うまでは、こちらから動くのは上策とは思えませんな」


「その幻界魔導をどう使うのか、我々はまだ見当もついていない。奴らの狙いが分からない以上、こちらから動かなければただ破滅を待つだけだ!」


「そうして、我々を焦らせることが、九鬼の狙いかもしれません。何より防がねばならないことは、シーナ殿を九鬼に奪われることですから」


 冒険者の決定権を持つと、騎士団の決定権を持つ男。この都市の戦力を二分する組織のトップが、それぞれ異なる主張を繰り広げる。珍しい光景ではないが、今は話し合っている余裕すらない。


 そこで、リンは一つ疑問を覚えた。


「そもそも、九鬼はルジャで何をしたいのでしょうか?」


 自然と口をついた問いかけに、口論をしていた二人がリンを見る。呆れた様子のゾルが、リンに半分説教のような口調で語った。


「どの段階の話をしている。そんなもの、このルジャを破壊し、市民を虐殺することに決まっているだろう。今となっては、それに幻界魔導の少女を奪還することが加わる」


「虐殺の動機は?」


「知ったことか。元々、奴らはそんなものなくても平気で人を殺す獣共だ。快楽のための殺人は、犯罪者に珍しくない」


 いい加減、ゾルは説明すら億劫になってきたのか、リンとの会話を打ち切ろうとする。だが、リンはそれでもゾルへの問いをやめない。


「獣であるなら尚更、害獣を送り込むだなんて回りくどいことをする意図が分かりません。《月華の銀輪》がいない時であれば、九鬼の全員でルジャを襲撃すればひとたまりもなかったのに」


「ルジャの戦力を図るために、害獣をこの都市に送り込んだのだろう? 外から見ただけでは、ここにどれほどの魔導士がいるのか分からんからな」


「けど! 今までの九鬼の戦い方に、そんなやり方をした記録はありません! 警戒されると分かっていながら、何ヶ月も害獣を差し向け続けたのは、何で――」


 そこで一度言葉を切り、自分の発言に引っ掛かりを覚えた。


 九鬼


 害獣を操る水晶


 幻界魔導の少女


 その魔力を吸い取る杖



 それら全てに意味を持たせ、相手にとって最も戦果を示せること――言い換えれば、リガレア王国にとって最も痛手となる事とは――



「この都市に魔導士を集めて、一気に殲滅すること?」



 荒唐無稽なリンの言葉に、ゾルは理解できないとでもいいたげな顔を作る。


「流石に飛躍しすぎだ。第一、今九鬼がここを襲えば、奴らでもただでは済まない。そんな無謀をする奴らなら、とっくに討伐されている」


「で、でしたら、中央広場に置かれた水晶を開放するとか」


「リン殿。水晶にかけられている無属性魔法は、まだ余裕があるというのがサラ殿の見解です。無闇に刺激しなければ、あれが許容を超えることはない。仮に強引に解放されたとしても、今蓄積されている魔力だけでは大した被害にはなりません」


「――――っ」


 ゾルの言うことは正しい。


 ソクロムの言うことも正しい。


 無属性魔法は、魔力を吸収しすぎた時にその効力を無くす。だが、コップに水を注がなければ溢れないように、魔力を吸わせなければそれ自体に危険はない。


 二人の言うことは間違いない。ないのだが、それでもリンの言い知れぬ不安が解消されることはなかった。


「ですが、まだ解明されていないのも事実。用心はしておいた方がいい」


「だから、そのような考えが――」


「あのー」


 ソクロムとゾルの言い合いがまたしても始まろうかと言う時、リンの背後から女の声が響いた。

 完全に意識の外に置いていたその人物は、少なくともこの議論に参加できる訳もないのだが、カツカツと音を立てて二人の前に歩くその姿勢に迷いはなく、冒険者や騎士ですら尻込みする相手に対し――


「その話、長くなるようでしたら、一度病院から出て行っていただけますか?」


「い、いや……しかしこれは――」


「他の患者さんの迷惑になるので」


 堂々と宣言したアイランは、頬を引き攣らせ、ソクロムやゾルに負けない圧をかける。


「…………わ、わかった」


「…………も、申し訳ありません」


 先程まで散々に言い争っていた歴戦の二人は、それ以上反論することができずに押し黙る。

 その姿を見たリンは、病院で医師を敵に回すことはしまいと心に誓った。



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