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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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終戦


「………す、すっげぇ」


 唖然といった様子で口をポカンと開けながら、リンはサラの実力に舌を巻く。

 騎士団に所属するものとしてリンにもそれなりの教養があるが、教養はあくまで常識の延長線にあることでしかない。

 サラが披露したのは、その線をどれだけ伸ばしても見えてこないような、机上の空論ともいうべきものに近い。実技で習うというより、遠い昔に海を割った人がいましたと、真偽不明の伝説として語り継がれる物語に近い出来事が、今目の前で起こったのだ。

 ただ、感嘆を言葉にすることが、リンが表せる精一杯の行動だった。


「――――っ」


「――サラ!!」


 だが、呆けてばかりもいられない。


 これまで人外の動きを見せてきたサラが、その場に蹲るようにして膝をつく。慌てて走り寄ったリンに手だけで返事をしながら、サラは苦しそうに唸った。


「くそっ、結構効いてら。まあ、まともに二回食らったしなぁ」


「言ってる場合かよ。大丈夫なのか?」


「平気平気。多分肋骨何本か折れてんのと、内臓ちょっとやられたくらいだし」


「全然平気じゃねーな!?」


 ボロボロになりながら、それでも何でもないように話すサラを見ると、リンの胸に罪悪感が溢れる。

 安全圏で、ただ戦闘を見ていただけという事実が、自身の不甲斐なさを嫌でも自覚させられた。


「………サ、サラ。大丈夫?」


 リンに続くように、後ろから綺麗な声が響く。振り返ると、今にも泣きそうなシーナがサラに駆け寄って来た。

 責任を感じているのかもしれない。恐らく、この戦闘が自分のせいだとでも思っているのだろう。断じて違うと断言できるが、何の戦力にもならなかったリンが言えることではないだろうと口を噤む。


「お? 何だよ。一丁前に心配か? 十年はえーよ」


 そんなシーナに対してサラは気丈に話すが、氷で冷えた空気とは対照的に、額に滲む汗は隠しようがない。

 心配をかけまいと無理に明るく振る舞っているようで、リンの感じる痛々しさは余計に増す一方だ。


「とりあえず、すぐ病院に行こう。きっと、もうすぐ騎士団が応援に来てくれる」


「そーしよ。うちも流石に――!?」


 サラが表情を変えたのと、後ろから轟音が響いたのはほぼ同時だった。


 反射的に後ろを見ると、崩れていた氷が全て砕け散り、その下から立ち上がったゴズの周りに高密度の魔力が浮かぶ。


「クソッ! ふざけやがって、ぶっ殺してやる!」


 頭と口から血を流し、憤怒の様相をもってサラを睨みつけるゴズは、雷の纏われた棍棒を構え、魔力を刹那の爆発力に込める。


「『雷魔法 紫電(しでん)幽閃(ゆうせん)』」


 ゴズが仕掛けた魔法は、レメクが害獣との戦いで使用したものと同じ、雷魔法の中では移動距離が短く、その分速度にパラメーターを振った魔法。だが、ゴズのそれは広場の端から端までの距離をとてつもない速さで詰めてくる。


 速度も距離も全取りの、傲慢極まる反則技だ。


「野郎っ!」


 対するサラも立ち上がり、両腕に炎を纏わせて臨戦態勢。

 ――だが、無情にもその魔力は、本人の意思とは無関係に霧散する。


「ぐっ!」


 一度切れた気持ちと共に、アドレナリンによる痛みの中和も途切れた。戦闘中には感じなかった疲労感と痛みがサラを襲い、堪え切れなくなった膝から崩れ落ちる。

 好機と見たゴズは、棍棒を上段に振りかぶり、雷速を維持したまま一直線に突っ込んだ。


 そこに、一瞬の判断――いや、反射的な行動が割り込む。


「っっ!!? リン!!」


 サラを後ろに引き、反動を利用して前に出たリンが走り出したのを見て、サラの顔から血の気が引いた。


 双方が縮める距離は瞬く間に消え去り、サラを標的としていたゴズの目がリンに向けられる。


「クソが! 邪魔すんじゃねえ!!」


 上から降ってくる棍棒。それは雷より速く、岩をも砕く渾身の一撃。あまりの危険性に、リンの視覚から入る情報が無意識に処理能力を上げ、スローモーションのような世界で死が迫る。

 極限の集中力から、音すら消えるほどに回る思考が、ご丁寧にこの状況が詰んでいることを訴えかけてきた。

 だが、身体はその世界に干渉することを拒むように反応できない。諦めの悪い思考が走馬灯を見るが、過去のどの経験を掘り起こしたところで、行動できる隙がなければどうにもならないだろう。


 迫る。目の前に――いや、もう

















「だめぇ!!!」







 ――――――――。




「な、何だ? こいつは」


 死を覚悟して、真っ白に染まったリンの思考が、ゴズの声を皮切りに色を取り戻していく。だが、まるでその色全てを上から黒で塗り潰すように、無理解が更に上書きした。


 目の前には確かにゴズの姿がある。その手に持つ棍棒は振り下ろされており、軌道は真っ直ぐリンに向かって伸びていた。

 直前の記憶からも、直撃は免れない攻撃だったはずだ。それなのに、今のリンには何の痛切も感じられない。


 リンが魔法を無意識で使ったのかとも思ったが、それでも説明できないことの方が多かった。


「…………え?」


 視線を下に向ければ、そこにあったのはあまりにも現実離れした光景だ。

 確かにゴズの棍棒は振り下ろされていたが、その手に握られていたそれは、"リンに届く前に途切れている"。


「っ!? テメェ何しやがった!?」


 それに気付いたゴズが飛び退き、リンと距離を取る。警戒心を上げるが、リンも今の現象に対する答えは持ち合わせていない。


 そして、後ろに下がった時点で、ゴズが握る棍棒は、たった今短くなっていたことすら忘れたかのように元の形に戻っていた。


「ど、どうなってやがる!?」


 ゴズの声を他所に、リンはようやく、自身の目の前に透明な壁があることに気がついた。

 手を伸ばせば、それは確かに触れることができるのに、その奥には何も存在しないかのように空虚な手応えを感じる。

 壁の向こうに広がる世界が、そこにあると認識できないと、自分で考えても意味の分からない不思議な感覚。


 そんな理解し難いものに、つい最近にも触れた気がして、リンは少女に振り向いた。


「――――シーナ?」


 その双眼に、涙を浮かべたシーナと目が合う。


 呼吸は荒く、今にも倒れてしまいそうな弱々しい姿だが、その目だけは、鬼気迫る想いを必死に訴えかけてくるようだった。


「………ぅっ………ぁ……」


「っ!? シーナ!!」


 しかし、それは一瞬だ。すぐに尋常じゃないほど衰弱したシーナは、鼻から血を流してその場に倒れ込む。


 瞬間、リンの前に――いや、リン、シーナ、サラの三人を包むように展開されていた透明な壁は崩れ、完全に遮断されていた外気が肌を撫でた。


 だが、そんなことを気にする前に、気にかけなければいけないことが二つ。


 一つは、たった今倒れたシーナの安否。もう一つは、


「チッ、びびらせやがって。まずはテメェから死ね!」


 壁が消えたことで、互いを隔てるものがなくなった戦場。そこでゴズは、離れた場所から棍棒を構え、魔力をその先端に集約する。先の戦闘で何度も放った魔法、『磁限雷砲』の動作だ。


「ぐっ、クソ!」


 立ち上がろうとするサラだが、直後にそれをさせないだけの激痛が全身を巡る。

 その姿を横目に、リンは今一度正面のゴズに向き合う。無慈悲に放たれる魔法は、放たれれば一刻の猶予もないだろう。


「――――っ」


 だが、シーナが作ってくれた一瞬が、リンに選択肢を与えてくれた。咄嗟に腰から短刀を抜き、その行為に報いようとした、その時。


「『魔纒器合 風鞭(ふうべん)』」


 風を纏った鞭が、棍棒を持つゴズの右腕に巻き付いた。


 驚いたのはゴズだけではなく、攻撃に身構えていたリンも同様だ。この場での戦闘に介入できる魔導士など、この都市にはいないと思っていたから。


 そして、想定していなかった援軍の正体。それは――


「うちのお得意様に、手荒な真似はやめていただけますかん?」


 想定どころか、候補にすらあげていなかった人物だった。


「っっ! 誰だテメェは!」


 ゴズの苛立った声に、モノクルの奥で目を細めて答えられたのは、リンも知る人物の、リンが知らない側面だ。


「私ですかん? 服屋『人魚の鱗』オーナー兼店主にして、A級冒険者パーティー『人魚の鱗』リーダー。チャイルズ・ルビエルと申しますん」


 独特の喋り方の中に衝撃の事実を織り交ぜ、チャイルズはその細腕でゴズの丸太のような腕の自由を奪い続ける。

 苛立ちを募らせたゴズが、雷の魔力を蓄積させ、魔法に変える動作に入った。


「クッソが! こんなもん――」


「『砂魔法 砂窮房(さちゅうぼう)』」


 今度はチャイルズとは反対方向で、砂の魔纒を腕に纏ったクレイが大量の砂を生成。砂はゴズを中心に密度を増し、腰までを完全に埋めて固定される。


「ここであんま好き勝手やられっと、俺らのメンツにも関わるんすよ」


 着崩された服装とは裏腹に、小さな砂の全てが統率された動きを見せる洗練された魔法。それに囚われたゴズが、余計に苛立ちを強くした眼光でクレイを睨み、蓄積された魔力を自身を縛る二つの障害に向けた。


「舐めてんじゃねえぞカス共!! こんなもんで俺が止められるとでも――」


「思わないっすよ。あんたはバケモンだ」


 ゴズへの魔法は継続したまま、途端に増した圧力への敗北を素直に認めるクレイだが、ゴズはその言葉と表情が一致していないことに気がつく。

 拘束に全力を注いでいながら、どこか余裕を感じるクレイに対する違和感。それに悪寒を感じたゴズに対し、クレイはあくまでいつも通りの気の抜けた声で応えた。


「所詮、A級冒険者じゃあS級相手なんて時間稼ぎ程度しかできない。けど、一瞬でも隙があれば、こっちにも規格外が1人いる」


 言うが早いかというタイミングで、その場にもう一つの人影が舞い降りた。

 ブラウンの長髪が降り切るその前に、人影は地面を蹴ってゴズに迫り、腰から抜いた剣に魔力を纏わせる。


「『魔纒器合 炎剣(えんけん)』」


 抜剣と共に臨戦態勢に入り、ゴズがその姿を視認してからものの数秒でその懐へ。体を固定されたゴズは、その剣撃を防ぐための武器が足りない。


「テメ――」


「御覚悟を」


 それは、この世界で最も使われる攻撃手段である魔法をあえて使わない、純粋な剣技による一閃。魔法より練度が見え辛いはずのその剣は、しかし研鑽の歴史を一目で感じれるほどの美しい軌道を描く。それに沿うように炎が煌めき、世界を震撼させる脅威を切り裂いた。


「ぐああああ!!!」


 痛みに絶叫を上げるゴズに、その老剣士、ソクロムが納剣の音で返したその瞬間、チャイルズとクレイが魔力を解き、支えを失ったゴズは膝から崩れ落ちる。

 平和の象徴のような緑溢れる中央広場を破壊し尽くした魔法の応酬。その最後にしては、あまりにも静かな幕引きだった。



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