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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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証明

「『氷魔法 白氷(はくひょう)碑弾(ひだん)』」


 魔力が収束し、巨大な氷の塊がサラを狙って飛来する。小さな山ほどもある物量の暴力が迫り、サラは魔纒を再展開。


「『炎杖』『炎魔法 大炎火』!」


 即座に作り出した炎の球体が氷山と真正面からぶつかり、圧倒的熱量によって氷が触れた先から蒸発。一瞬先まで視界を覆うほどの存在感を放っていた氷は、瞬く間に水蒸気となって風に運ばれるほど軽くなる。


「『雷魔法 雷災閃(らいさいせん)』」


 だが、その水蒸気の中から顔を出したのが大柄の男。自身の武器である棍棒を振りかぶり、纏われる雷の魔力が肥大したそれをサラに向けて飛ぶ。

 その無駄のない行動から、先の攻撃は目眩しが目的だったとサラは理解する。いや、本来であれば目眩しで使用するような魔法ではないのだが、ノーランがサラの対応を計算して、意図的に視界不良を引き起こした隙を突くための連携。

 だが、


「っっ!? なあ!?」


 魔力の流れを読むサラ・ローレンに、目眩しは通用しない。


 ゴズが水蒸気から出た時、真っ先に視界に映ったのは、空を覆い尽くすように浮かんだ無数の炎の塊だった。

 拳大の大きさがあるそれは、一つ一つが魔力の凝縮された爆弾のようなものだ。


「『炎魔法 炎天下(えんてんか)』!」


「っっちい!」


 辺り一面に降り注ぐ炎の雨に、ゴズは早々に回避の選択肢を排除。サラに向けていた攻撃を真上に振り、雷の壁を作り出すことで自身の身を守ることを優先した。


「ぐっ、おおおおおおお!」


 それでも、破壊の余波は容赦なくゴズを包む。攻撃力に特化した炎魔法を、速さに能力を振った雷魔法で防御するのがそもそも無謀とも言える。


 せめて水魔法ほどの規模ではないことを期待したゴズの望みへの答えは、その場を焼け野原にしかねないほどの熱量がご丁寧に教えてくれた。


「クッソがあ!!」


 苛立ちを全面に出したゴズが、自身の上に張っていた防御を解除し、炎の雨を真っ向から受ける。


 それは諦めたわけではなく、むしろ逆。このままでは防御が破られ、どのみち攻撃は受ける事になると判断したゴズが、防御に割いていた魔力を攻撃に転換。降り頻る暴力を一身に受けながら、その内側で魔力を高速で循環させる。


「『雷魔法 磁限雷砲』!」


 大きく振られた棍棒から、雷が綺麗な線を描いて放たれる。その延長線にある火の玉を全て薙ぎ払い、一直線にサラを目指した稲妻が奔った。


「『氷魔法 (ひょう)嵐波(らんぱ)』」


直後、背後に回っていたノーランの魔法が、サラを挟 撃する形で放たれ、無数の氷の礫と、圧縮された雷の光線に前後から同時に襲われる。


「『土杖(どじょう)』『土魔法 土柱(どちゅう)塊防(かいぼう)』」


 瞬時に、今度は"土"の魔力を展開したサラ。地面に杖の先をつけると、氷に覆われていた地面から出てきた土が、天まで登るかと思わせるほどの渦を巻くように隆起する。完全にサラの姿を外側から隠した土の壁は、二つの魔法を正面から受け止めた。


「馬鹿な………土まで!?」


 ゴズとノーランが息を合わせ、挟み込み、繊細な魔力を練って放たれた魔法が、ただ堅いだけの、ともすれば雑に出された土魔法によって無力化される。


 残酷なまでの事実を前に、ノーランはもはや怒りすら忘れて一瞬の停滞。


「――っ! ガキ! 後ろだ!!」


 敵の姿が、その盾の中にあるという油断が招いた、致命的な停滞だ。


「『風魔法 風切奏(かざきりそう)』!」


「なっ!? ――っがあああ!」


 ものの数秒切っていた思考の糸は、背後から飛来する風の刃によって体ごと切り刻まれた。


 移動が見えないように、土の防御をした時にわざと天井を作らなかったのだと理解したのは、それからすぐのことだ。考えてみれば、自分一人を守るのに、天高くまで防御を張る必要はないのだから。


「っっ! 『氷障(ひょうしょう)(もん)』!!」


 堪らず、目の前が完全に氷で埋め尽くされるほどの巨大な氷を造り出し、一方的に打ち付けられる攻撃を一時的に遮断する。


 そうすることで、今度こそ少しの猶予を与えられた思考の中、ようやくサラの能力を見つめ直すことができた。


 そもそも何故、自分達がここまで後手になっているのか。それはサラの魔法に、ノーラン達が全くと言っていいほどに対応できていないからなのだが、それにも理由がある。


 戦闘経験が豊富な魔導士ほど、その経験を頼りに戦う。だが、ノーランが経験した数千を数える戦いの中で、複数の魔力を操った魔道士はいなかった。


 勉強や運動よりもずっと極端な得手不得手が、魔力にはある。複数の魔力を鍛えるのはそれだけ難しいというのもあるし、であれば一つを極めた方が効率がいい。

 そんな世界の常識がある中で、直前に"土"の魔法を使って自身の魔法を防いだ魔導士が、"風"の魔力で気付かないうちに背後へ移動するなどというのは冗談のような話だ。


 全ての魔法が、全ての魔力が、その極みへと辿り着いている。


「……四人の魔導士と戦ってる気分だよ」


 目の前で起こったことをそう称し、言葉にしてみて如何に馬鹿げた話かを再確認。そして、サラの二つ名を聞いたときに、自身が感じていた『中途半端』などという概念を頭の中で訂正する。



 圧倒的な破壊力を持つ炎魔法を放ち、攻防一体で柔軟に対応出来る水魔法を操り、目にも止まらぬ速さの風魔法を支配し、どんな攻撃でも防ぐ土魔法で身を守る。



 万事の能力。――故に、『万能』




「――っオイ! どーすんだよ!? 一旦引くか!?」


 全身を焦がし、戦況の悪化を悟ったゴズが、ノーランの横に移動してそう提案する。


「いや、きっとあいつからは逃げられない。背中を向けるのは悪手だ」


「だったら――」


「けど、勝算がないわけじゃない」


 そう言ってのけるノーランへと視線を向け、ゴズはその言葉に希望を見出す。ただ、そこにあるのは仲間意識とは程遠い、暗い信頼関係だった。


 その純朴そうな見た目とは裏腹に、目的のためなら他者を平気で殺めることができる、ある意味信用できるほどに腐り切った性根を持つノーランだからこそ、その発言は信念や誇りとは別の物差しで測れる。


 即ち、"事実"か"利益"だ。


 そしてそれは、あまりにも分かりやすく、今のゴズにとって都合がいい。

 事実であれば勝ち目があるということで、この場での一番の利益がサラを倒すこであることも共有している。


「そりゃあっ――!?」


 ゴズが話を聞こうとしたその時、目の前で自分達とサラを隔てていた氷の壁が、その奥から飛来する炎によって消滅させられた。分厚い氷を一瞬で飲み込んだ業火を横っ飛びで回避し、一度体勢を立て直そうとするゴズの目に飛び込んできたのは、ノーランが自身に向けて発しているハンドサインだ。


「――――っ!」


 九鬼の間でのみ通じるそれが示す意味を理解し、ゴズは一歩引きそうになった足の向きを咄嗟に変え、その場で雷棍を構え直した。


 ハンドサインのメリットは、相手にこちらの作戦を悟られないこと。そして、九鬼の決まりとして、ハンドサインを出されたら、それを最優先で履行するために動くことが定められていた。そうすることで、戦場での役割が単純化し、より早く判断を下すことができるというのも一つの利点。

 だが、デメリットはその判断が間違いだった時、二人同時に間違った選択をしてしまうところだ。


 失敗の許されないなかで、ノーランが出した指示の内容は――



「『雷魔法 磁限雷砲』」



 "とにかく攻めろ"だ。



 一閃。ゴズの雷棍が再び雷の道を放ち、"魔纒を解いていた"サラに襲いかかる。



「ハッ! バカの一つ覚えかよ! 『土杖』『土魔法 土壁』」



 対して、サラは土杖を振り、目の前に土の障壁を造る。雷と激突して激しい音がが響いたかと思えば、次の瞬間には雷が霧散し、土魔法が誇る防御力を誇示する結果となった。


「『氷魔法 冴柱(こちゅう)(だん)』」


 全面を潰されたノーランが、サラの真上に氷の柱を顕現。人一人どころか、竜すら血の絨毯に変えてしまいそうな物量が、重力を追い越して地面へと落下する。



「『風杖』『風魔法 瞬風(しゅんぷう)』」


 直後、サラが杖に風の魔力が纏わせ、行動の質を変化させる。防御を捨てた最速の魔力が、その中で最速の魔法を選び、広場を縦横無尽に駆け回った。


「っっ、『氷魔法 凍翔(とうしょう)連禅(れんだん)』」


 風魔法に乗ったサラに、大技を当てるのは至難の業だろう。ノーランは瞬時に一撃必殺の魔法から、大幅に殺傷能力を下げた氷の礫を膨大に作り、威力より数を、正確性より速さを上げて打ち出した。


「遅いっつーの」


 風杖に乗ったサラは空を縦横無尽に駆け回り、横に降り頻る礫を難なく全て回避する。だが、回避した礫の数だけ、ゴズに攻撃の隙を与えてしまった。


「『雷魔法 扇雷(せんらい)千景(ちかげ)』」


 十分に練られた魔力で、高速で動くサラの行動範囲全てに雷が広がる。

 つまり、地上から見上げた空の全てが、『扇雷千景』の攻撃範囲だ。ノーランが撃った凍翔連禅ごと破壊しながら雷の包囲網を縮めていく。


「『炎杖』『炎魔法 炎嵐(ほむらあらし)』」


 だが、サラは動じることなく杖を天に翳し、広範囲の炎の竜巻で雷の渦から身を守る。本来は全方位への攻撃で使われる魔法だが、その攻撃力を持ってして自身の周り全てを守る。誰かが言った、『攻撃は最大の防御』という言葉を、ある意味で最も表した魔法と言えるだろう。


「っっクソ! 化け物が!」


 自身の魔法を完全に防ぎ切ったサラを、ゴズはそう悪態を吐きながら睨みつける。


 対するサラは、魔法を解いて状況を確認。その視界の端で、ノーランが魔法を繰り出そうとしているのがわかった。



「――――」



 それは、サラにとって反射に近い判断だった。



 今ゴズが放ったのは、広範囲を一気に攻撃する特大の魔法だ。当然、それに伴う魔力の消費も大きく、もう一度魔法を放つために、一から魔力を練るにも時間がかかる。

 つまり、ゴズは今この上なく無防備な状態。そして、ノーランが放とうとしている魔法は魔力量からして牽制を目的としたものだろう。


 そう結論付けたサラが炎杖を解除し、次の魔力を杖に纏わせる。



「『魔纒器合 水杖』!」



 唯一、攻撃と防御を同時にこなせる、水属性の魔纒を。



(ここだ!)



 その瞬間、ノーランは放とうとした魔法を強引に変更し、体内に宿る魔力の循環を壊してでも、自身が誇る最高火力の氷魔法を放つことを優先した。


「『氷魔法 百冷全界』」


「なっ!?」


 それが、確実にサラの意表を突くことも計算のうちだ。それほどまでに、ノーランがした行動は常軌を逸していた。


 魔導士が魔法を使う際に、避けては通れない行為が二つある。


 一つは魔纒を展開すること。これは、『幻界魔導』というイレギュラーを除き、例外はない。


 もう一つは、その魔力量に応じた分だけ、『魔経絡』と呼ばれる、体の中と外を繋ぐ目に見えない回路のようなものを開くことだ。そこを通して、魔力は魔纒に送られ、初めて魔法となる。


 故に、魔導士としての高みにいる者達が相対した時、これの開き具合を感じることで、敵の魔法の規模を測ることも少なくない。


 もちろん、そんな芸当が出来るのはごく一部の者たちだけではあるのだが、重要なのは、無理をして『魔経絡』を壊してしまった場合、"その後、数ヶ月間はまともに魔法が使えない"ということだ。


 体に穴が開けば出血が止められないように、魔経絡が壊れれば意思とは関係なく魔力が垂れ流されることになる。


 そんなリスクの高い手を、戦闘中にするわけがないという先入観は誰しもが持っている。だからこそ、魔経絡の開閉を感じ取れる強者なら、――サラ・ローレンなら、騙されてくれると思っていた。


「――けど、これを防いだら詰みだろ! 『水魔法 水乱大波!』」


 一瞬面食らったサラだが、すぐに体勢を立て直し、ゴズに向けるはずだった自身最大の攻撃魔法をノーランに向けて放つ。


 防御魔法では防ぎきれないとの判断だろう。ただ、ゴズを警戒してか、自身を囲うように『水壁』を展開。攻撃と防御を同時にこなせる、水魔法の本領を発揮する。


 確かに、この魔法さえ凌いでしまえば、ノーランはこの戦場で脅威ではなくなる。


 だが、ノーランも自棄になっているわけじゃない。



 四種の魔力を操るサラ・ローレンの唯一の弱点。それは、魔纒の属性を変える時、一瞬の隙ができることだ。



 例えば、サラは『水の魔纒』から『炎の魔纒』に変える時、一度杖に纏っている水の魔力を解いてから炎の魔力を流す。その理由が杖にあるのかサラ本人にあるのかまでは分からなくても、ここまで戦ったノーランには、その一瞬の隙が見えていた。


 つまり、魔纒を変更する瞬間は、どの魔法も使用できない。



 では、その隙を狙うか? ――否。それは現実的ではないだろう。



 この戦闘でノーランが気付くようなことに、サラが気付いていない訳はない。魔纒を変えるタイミングは、サラが最も警戒しているはずだ。


 故に、ノーランが狙うのは、必然的にその警戒が緩んだ時になるのだが、当然、その時にはサラだって魔法を使える。

 だからノーランは、一番勝率の高い魔力を狙った。他の魔力が判明するまで、散々攻め立てた水魔法を。


 炎魔法は防げない。


 土魔法は破れない。


 風魔法は捉えきれない。


 だが、水魔法なら、防げて、破れて、捉えられる。攻撃と防御を併用できるという点に目を瞑れば、一番計算しやすい魔法が水だ。


 だから


「お前が『水魔法』しか使えない時に、殺し切る!」


 少しでも隙を与えれば、それが魔纒を変える時間になる。ノーランはこの魔法で仕留め切る心持ちで、魔法の出力を最大にした。

 どのみち、この魔法を終えれば魔法は使えない。その事実がノーランのリミッターを外し、魔経絡が壊れる激痛が強くなるほどに、魔法の威力が上がっていく。


 それは確実にサラの魔法を押し返し、吐き出す息すら氷結に変えて、サラの命を奪わんと迫る。


 水乱大波は押し戻され、水壁はその余波で既に分厚い氷に変えられていた。見るものを魅了する美しき凶器が、サラが展開した水魔法全てを飲み込む、



その、刹那――



「分かるよ」



 その状況に似つかわしくない、焦燥感の一切感じられない声が、サラから漏れる。



 そこで、ノーランはようやく気付いた。



 ノーランの背後で、拳程度の水の塊が複数浮かんでいるのを。


「――――は?」


 理解できなかった。ただただ、思考が追いつかなかった。


 今、目の前で自身の氷魔法が、互いの視界を覆い尽くすほどの物量で相手へと向けられているこの状況で、こんな芸当ができることが。


 目の見えない場所に魔法を出すことは、理論上可能ではある。だが、それだけでも難しいうえに、それには空気中の魔力の流れを正確に読むことが絶対条件だ。


 だが、この戦場では今、ノーランの魔法とサラの魔法がぶつかり合い、乱雑な魔力の奔流が発生している。


 その流れを、それもこの短時間で読み切ることがどれだけ人間離れした所業か、S級冒険者並みの経験を持つノーランだからこそ、強く戦慄する。



 まごうことなき、神業。



「攻撃魔法使ってると、他のことに意識割けないよな。うちも昔、そうだった」


 最後に、何の慰めにもならない言葉を投げかけたサラが杖を振ると、ノーランの背後で魔力が弾け、無防備な背後から『水連牙』を撃ち込んだ。


「ぐっ!」


 そこまで強力な魔法だったわけじゃない。だが、まともに食らったことで強い衝撃がノーランを襲い、魔法を制御していた腕が解かれた。


 その重大性は、互いに認識している通り。


 ノーランの制御を失った氷魔法が、その推進力を完全に止めたらどうなるのか。



「チェックメイトだ。クソ野郎」



 九割ほどが凍らされ、押されていたサラの水魔法が息を吹き返し、ノーランの氷魔法を粉砕しながら進む。


「う、うわああああああああああああ!!!」


 災害級の水が、轟音を響かせながら迫ってくる。この世の終わりを思わせる光景を前に、ノーランは絶叫を上げて飲みこまれた。


 驚異的な勢いで進む水は、そのままノーランが作った氷の壁に追突する。致命的なまでの手応えを感じ、少なくともノーランの戦線復帰は難しいだろうと判断したサラは、すぐにもう一人の敵へと思考を切り替えた。


「どらあ!」


 だが、考えるより一瞬先に、ゴズが凍った水壁を突き破ってサラに接近する。



「―――っっ!」


 焦った様子のサラが、魔法に指向性を持たせるために水杖をゴズに向けるが、――これは明らかな悪手だ。


「遅え!」


 魔法が作り出される前にゴズが距離を縮め、振るった雷棍でサラの水杖を弾き飛ばす。


 サラの手から離れた水杖は、その魔力の供給源を失ったことでただの杖へと戻る。必然的に水魔法も解除され、二人の空間をゴズの雷魔法が支配した。


「これで―――がっ!?」


 瞬間、緩んだゴズの警戒心。その合間を縫うようにして、杖を弾かれた勢いをそのままに一回転したサラの右踵が、ゴズの横っ面を強烈な勢いで打ち据えた。

 右頬が歪み、ゴズの巨体が苦悶に揺れる。ただの蹴りにしては重すぎる衝撃の答えは、その右脚の状態が教えてくれた。


 それは、本来であれば有り得べからざるもので。


(――風!?)


 身体を回している途中で、"杖使い"のサラが"右脚"に風の魔纒を展開していたのだと、その瞬間気付いた。


 そこまで理解が及んだ時、ゴズが考える中で、この場で起こりうる最悪の想定が、現実のものになる場面を目撃する。



「『魔纒体合 "炎腕"』!」



 魔力の顕現と共に、サラの右腕を業火が包む。



 ――ノーランが考えたサラの弱点は、杖使いだからこそのもの。魔纒を纏った上で魔力を練り、魔法を繰り出すまでの一連の流れが隙になるというものだ。だからゴズは、決死の突撃でサラに近接し、唯一の攻撃手段であるはずの杖すら吹き飛ばした。


 だが、そもそも魔纒が杖でないのであれば、――いや、"杖である必要がないのであれば"、その弱点は成立しない。



 敵に叩きつけるだけで、攻撃が成立するのだから。



「ふ、ふざけ――」


 その炎腕が腹部を打ち抜き、ゴズは血を吐きながら広場の真反対まで吹き飛ばされる。

 氷の壁にぶつかり、衝撃がひびとなって広がった氷が、ズルズルと座り込んだゴズの上から、一部を崩落させて降り注いだ。


 奇しくも、先ほどのサラと同じような格好となったゴズの姿は完全に隠れる。その様子を窺い知ることは出来ないが、立ち上がってくる様子はない。


 それは、完璧なまでの奇襲だった。"杖使い"による"魔纒体合"を想定などできるはずもない。魔力と同じく、魔纒もそれと決めたらその一つを極めるか、精々二つをある程度習得するかのどちらかだ。

 四つの魔力と、六つの魔纒などという、他の魔導士からすれば自身の経験への冒涜もいいところ。


 そんな馬鹿げた芸当を披露した本人は、ようやく長い一息をつくと、口元に笑みを刻んで――


「いったろ? 万能なもんで、何でもありなんだわ」


 そう、おどけたように言い放った。



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