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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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万能の意味


 サラ・ローレンの二つ名は《万能》だ。


 これは、数百年の歴史を持つリガレア王国の中で、ほんの数年前から広まった情報であるが、既に国民の間では常識と呼べるまでに浸透した話でもある。


 《天名会》に名を連ねる者は例外なく、様々な功績を打ち立てた英雄であり、歴史に名を残すことが定められた生きる伝説だ。二つ名が決まって国民へと開示される瞬間は、この国の一大イベントの一つとなっていた。


 だからこそ、突如として現れた新星。《月華の銀輪》は、国民にとって今最も注目を集める存在だった。


 メンバーの三人全員が十代と若く、瞬く間に頭角を表した彼等は、徹底した名声への拘りが反感を買うことはあれど、それらを全て黙らせるだけの実力と人気。そして、実績を積んでいく。


 そんなパーティーの一員として、サラの二つ名が開示されたときも、国は大いに沸き立ち、祝った。


 だが、同時期に天名会へと入った他の二人。シオン・アルテミスの《剣聖》や、ライル・ローレンの《怪炎》と比較して、多くのファンが落胆したという話もある。


 《剣聖》、《怪炎》とは違い、《万能》は普段から人が日常的に使用する言葉であり、唯一無二ではない分、特別感がない、有り難みが薄いといった理由が挙げられた。


 それに対して、当のサラ本人が何を思っているのかは、誰にも知る由もないが――






                 ********





「………本気で、僕ら二人を相手にするつもりなんだね」


 目の前で宣言された言葉に本気を感じ取り、ノーランは呆れを感じさせる声でそう告げる。

 天名会と対峙して焦りを一切感じさせない様子は、普通であれば世間知らずと嘲笑を受けるところではあるが、ノーランはそれをさせないだけの実力を十分に見せつけてきた。


 だから、サラの発言には失望したのかもしれない。


 自分の力に自信があるからこそ、ノーランは自身と同格と見るサラが、その実力を見誤ったと思ったのだろう。


 そして、サラの態度に不快感を覚えたのはノーランだけではない。


「ったく、ナメられたもんだなあ! オイ! こっからは遊びじゃ済まねーぞ」


 棍棒に流す魔力を強め、可視化出来るほどの電流が空気を震わせる。ゴズの凶悪性を表す顔が余計に歪み、熱すら感じるほどの圧力がその身から溢れ出す。


 それは、サラ・ローレンが今まで歩んできた、他のものより過激であろう人生の中でも初めて経験する類いの熱だった。


 主に害獣を相手にする冒険者にとって、S級を超える魔導士との殺し合いなど、そうそう経験するものじゃない。

 だが、犯罪者はその枠から外れる。ほとんどの場合は、人間を相手にしてるからこその犯罪者だ。


 害獣を殺すことに長けた冒険者と、人を殺すことに長けた犯罪者。対人での戦いになった時、どちらの方が有利かなど分かり切っている。


 まして、サラはまだ十七歳。どれだけ強かろうと、ゴズのこの圧に押されるのは当然だと、誰もが思うはずだ。



「ああ? そりゃあ、本気で来てくんないと、こっちは遊びにもなんねーよ」



 そんな常識の全てを、サラ・ローレンは笑って打ち砕く。



 初めて感じるであろう圧にも、サラは一歩も引かない。あまりにも堂々と言ってのける挑発に、ノーランは一瞬の憤怒を挟み、瞳に宿す温度を消した。


「――その慢心は、死んでから後悔しなよ!」


 歯を食い縛り、今までで一番の怒りを見せたノーランの言葉と共に、両腕に宿した魔力に実体を持たせる。それは、身の丈を優に超える氷の波となって、ノーランの前方を全て凍てつかせながらサラに襲いかかった。


 氷の大魔法、『百冷(ひゃくれい)全界(ぜんかい)』。


 世に知られる氷魔法の中でも、最上位に位置付けられる規模のものだ。


「水魔法 水乱(すいらん)大波(たいは)


 対して、サラが放った魔法は、数分前の事象を再現させる。

 唐突にその場を埋め尽くす水の激流。その全て、水滴の一つに至るまでが、ノーランの魔法を打ち砕こうとうねりを上げた。


 互いに放った特大の魔法は、二人の間で激突する。サラの水をとてつもない勢いで凍らせていくノーランの氷魔法に、凍ったそばから砕いていくサラの水魔法は、ぶつかった場所から動かずにそれを繰り返す。


 つまり、互角の様相だ。


 その膠着は、お互いに一瞬の隙を生む。そして、魔法の威力はほぼ同じでも、サラとノーランには決定的に違うことがあった。


「『雷魔法 瞬雷(しゅんらい)』!」


 離れた場所にいたゴズが、雷の魔力を一時的に体中に流し、移動速度を爆発的に上げる魔法の名を唱えてサラの背後に回る。粗暴な見た目のゴズだが、目の前へ攻撃魔法を放っているサラへの対応としては、最も理に適った戦法だ。


 だが、


「もう飽きたよ。お前のそれは!」


 サラの背後に迫ったゴズの雷棍を、水の盾が下から打ち上げて軌道を逸らす。

 一度破られているサラの水壁を、あえて防御ではなく、攻撃を逸らす為に使う器用な戦法だった。


 雷棍がサラの頭上を通過した直後、無防備になったゴズの脇腹に向けて、水がそれを突き破るほどの勢いをもって放たれる。


 が、それをゴズは攻撃と同じ魔法、『瞬雷』の応用で、水を置き去りにするほどの速さを以て回避した。


「ガハハハハっ! トロいんだよ! 所詮水魔法じゃよお!」


 声高にそう叫び、もう一度踏み込む姿勢を見せるゴズ。サラがそちらに意識を向けた時、正面で魔法を打ち合っていたノーランの魔力が分散し、両側面からサラに迫ってきた。


「『氷魔法 斂葬(れんそう)()』」


 左右の魔力が、その中央にいたサラを飲み込んで同時に形を持ち、巨大な一輪の氷の花が開いた。


 幾重にも重なった透明な花弁は、思わず息を呑む美しさだ。職人が生涯に一度、作れるかどうかというほどの芸術。それは、これが人を殺す為の魔法であることを忘れさせるが、透明であるが故に、中に囚われた人間の最期の瞬間を残酷なまでに映している。


「これでこいつもっ、――――っっ!?」


 終わりだと続けようとしたノーランと、その花に囚われたはずのサラの視線が交わったことに、ノーランは驚愕する。


 幾人もの人も、何匹もの害獣も葬ってきた氷の魔法『斂葬花』。それに囚われたその瞬間から、時を進められた生物はいなかったからだ。


 だから当然、ノーランの意思とは裏腹に、その花にヒビが入ることも初めてだった。


「おりゃあ!」


 掛け声と共に、膨大な水と凄まじい腕力によって氷の花を内側から粉砕したサラに、苦々しい思いでノーランが呟く。


「――っ、この化け物」


「ありがとよお!」


 感謝の一片すら感じさせない謝辞を述べたサラが、お返しとばかりに二つの水の渦を出現させた。


「『水魔法 連水旋(れんすいせん)』」


 竜すら屠った螺旋が、ノーランとゴズの二人に迫る。だが、込められた力の比重は均等ではなかった。

 ゴズの方は少し小さく、逆にノーランの方は、ルジャの外で竜を貫通したものより一回り大きい。当然、魔力操作のミスによるものではないだろう。であれば、自ずとその意図が見えてくる。


 水魔法を純粋な速度で回避できるゴズに対しては、あくまでも牽制。とっておきの魔法を使った直後のノーランへのものを本命として、各個撃破を狙っての攻撃だ。


「っ、舐めるな!」


 自身の体より大きな水の渦を、ノーランは両腕で受け止め、触れた先から氷の魔力を流し込む。水の流動が止まり、瞬く間に根元までを凍らせてサラから水の主導権を奪った。


「雷魔法 剛雷(ごうらい)突禍(とっか)


 もう一方の連水旋も、ゴズが同じく力技で無効化する。棍を地面と平行に構え、雷を動力に真っ直ぐ水の渦に突っ込んで行く。ノーランに向けたものより小さいとはいえ、決して弱くない水の暴威を真正面から粉砕していき、最短距離でサラに迫る。


「――――っ!」


 間一髪、神速と呼べる速度で迫るゴズの雷棍を横に飛んで回避したサラだが、今度は目の前に無数の氷の礫が出現し、照準をサラに合わせた。


「『氷魔法 千銀(せんぎん)氷斬(ひょうざん)』」


 百にも及ぶ礫が、強風に煽られた雨のように横薙ぎに降り注ぐ。風より早く飛来する石より硬い氷は、一つでも当たれば致命傷になりかねない危険度。


 ゴズの攻撃を避けるために、サラが横に飛んだタイミングで仕掛けられた攻撃だ。ノーランの狙い通り、サラは体勢を崩し、地面に足が付いていない。


「チッ!」


 舌を打って苛立ちを示す。絶体絶命と呼べる状況のサラに、選択肢はそう残っていなかった。氷がサラを襲う寸前、水で自身の足を押し上げることで、唯一氷が届かない上空に回避する。


 だが、空高くに舞い上がったサラの姿に、ゴズとノーランは同時に勝ちを確信した。


「バカが! 空中じゃあ避けらんねーだろ! 『雷魔法・磁限(じげん)雷砲(らいほう)』」


「『氷魔法 氷滅(ひょうめつ)白理(はくり)』」


 極限まで圧縮された雷の道と、広く展開された氷の運河が、空を渡ってサラに向かう。

 いくらサラが強かったとしても、足場がなければ速くは動けない。それは、これまで戦ってきたゴズとノーランの共通認識だ。


 だからこそ、サラが避けられないこの状況で放たれた魔法は、今まで繰り出された魔法とは一段階威力が違う、二人にとって最も殺傷能力の高いものが選択された。


 足場がない。逃げ場もない。攻撃魔法でも、防御魔法ですら、敵の魔法を防げなかった。


 避ける術も、防ぐ術もないということだ。



「――っ! サラ!!」



 遠くで、少年が叫ぶ声が聞こえる。


 喉の限り、肺の限りをもって叫ぶ、血を吐きそうなほどに切実な叫びは、しかしこの状況への助けにはならない。



 この場の誰もが、同じ光景を想像した。



 サラ・ローレンが、この攻撃で致命的な傷を受け、戦いの勝敗が決まる光景を――





















































「『魔纒器合 "風杖(ふうじょう)"』」



 サラ・ローレンを除いて。





                 ********






「…………は?」




 目は離さなかった。



 魔法の威力も緩めなかった。



 ただ、勝ちを確信して、一瞬油断した。



 だから、想定外の事態が起こった時、思考が止まってしまった。



「"炎杖(えんじょう)" 『炎魔法 二連・大炎火』!」


 それが、命取りになった。


 今まさに仕留めようとしていた相手が、一瞬のうちに視界から消えたと思ったら、後ろから声が聞こえて。


 振り返るより先に、ノーランは突如、上から降ってきた巨大な炎の塊に押し潰された。





                 ********





 二つの巨大な炎が敵の姿を覆い隠し、一拍の後に大爆発が起こった。気温が一気に上昇し、灼熱が寒冷な世界を上書きする。



 そんな、自分にとって都合の良すぎる光景をしばらく信じられなかったのは、リンがその直前まで真逆の結果を想像していたからだ。


 ほんの数秒前まで起こっていた現象が、瞬く間に覆された衝撃に目を見開くリンが見つめる先。地面の氷を円形に吹き飛ばした場所の中心で、膝を地につけたゴズが苦悶の表情でサラを睨んだ。


「……っぐ、…………がぁ!」


 怒りに震える声と視線。それとは裏腹に、弱々しく棍を杖代わりに立ちあがろうとする姿は、負った傷の深さを示す。


「い、今のは………まさか」


 同じように、所々焦げた身体を屈したノーランだが、こちらは怒りよりも戸惑いの方が強い。少なくともノーランは、魔法を放った時点で、サラにそれを防ぐ術がないという見立てをしていたからだ。

 その考えが甘かったわけではない。まだ若いとはいえ、ノーランも魔導士として数々の修羅場を潜り抜けてきた傑物だ。状況を見極める力も、常人のそれとは全く異なる。

 そんなノーランが、今まで戦ってきたサラ・ローレンの実力を正確に見極め、それを加味したうえで、絶対に仕留められると確信していた渾身の一撃。万に一つも、躱されるとは思っていなかった。


 だが、その可能性に至らなかった落ち度を、ノーランに求めるのは流石に無理がある。それほどまでに、目の前で起きた事象は常識の埒外だ。

 未だ驚愕に揺れるノーランの瞳は、サラの得意げな顔を捉える。



「さっきは随分と好き勝手言ってくれたじゃん。微妙だの中途半端だの、一つ教えてやろーか?」


 仮に一つ、ノーランに落ち度があるとすれば、その『二つ名』を軽視したことだろうか。


 自信に満ち溢れたその顔には、何者にも自身が脅かされないとでも言うように、獰猛な笑みが浮かんでいた。


「《万能》ってのはそんなに、安い言葉じゃねーんだよ」


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