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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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酔っ払いと餓鬼


 つい先ほどまで、サラ・ローレンという有名人の登場に沸いていたその広場は、一転して静寂に包まれていた。

 当然だが、冒険者には厳格なルールが存在する。その中の一つ、最も有名なルールが、『一般人に手を出してはいけない』というものだ。


 普段害獣を相手にする冒険者は、一般人とは戦闘能力が全く違う。それを破ればいくら高位冒険者でもただでは済まない。

 まして、《天名会》がこれを破ればこの国の一大事件にも発展する。問答無用で騎士団に逮捕され、余程の事情がない限り罪に問われるだろう。


 サラは直情的な性格だが、そんな事を知らないとは思えないし、そこまで愚かではない。だから、目の前で起こった出来事には、何か理由があるはずだ。


 青い鎖で拘束されたその男に、そうされる理由が。――いや、サラが"そうせざるを得ない理由"が。


「っっ! サラ! じゃあ、そいつは――」


「リン」


 短く諭され、リンは己の焦燥感を自覚する。サラと視線を交わし、口走ろうとした自分の迂闊さを自戒。一度呼吸を整えてから、周りに一際大きな声で呼びかけた。


「皆さん! リガレア王国騎士団の者です。たった今、この場でテロリストの疑いのあるものを検挙しました。危険ですので、皆さんはここから離れてください!」


 声を聞いた人々は、皆一度顔を見合わせた後、少しずつ指示に従って広場の外に足を向ける。

 酷く緩慢な動きではあるが、パニックになって我先にと走られるよりよっぽどマシだ。彼らがいきなりのことに混乱することなく指示に従えるのは、サラの存在感が安心の元になり得ているというのは計算の内。


「………さてと」


 ある程度避難が終わり、広場全体から人が捌けたタイミングで、サラが男に声をかけた。

 普段は人の絶えない時間と場所。そこに人がいない不自然に不気味なものを感じつつ、リンもサラに習って男に視線を送る。


「あんた何者? 九鬼の仲間か、それともあんたが九鬼?」


 簡潔で無駄のない問いかけの中に、脅迫じみた冷たさを孕んだ言い方からも、サラが話し合いなど望んでいないことが伝わる。味方だから安心して見ていられるが、これが敵から見たサラ・ローレンであったなら印象は真逆になるだろう。


 だが、そんなサラが睨みつける拘束された男は、一言も発することなく無言を貫く。表情から何かを読み取ろうにも、目深に被ったフードで隠れて顔が見えない。


「とりあえず、騎士団と冒険者協会には連絡した。しばらくしたら応援が来ると思う。………聞きたい事は山ほどあるけど、どうしてこいつが杖を置いたって分かったの?」


 一通りの作業を終えたリンが、ずっと聞きたかった事をサラに問う。サラがこの男を拘束した瞬間、リンはなにが起こったのか理解できず、今に至っても分かっている事は少ない。


 重要なのは、サラがこの男を九鬼か、もしくはその関係者だと確信している事だ。


 そしてそう判断した根拠は、リンの常識では測れない方法で得たものだという事は感覚で分かった。


「ああ、この杖にベッタリ付いてた『()(しょう)(もん)』が、こいつのと同じだったんだよね。しかも、付いたのは今日や昨日じゃない」


「………え? いつ鑑定した? 魔導具は?」


「うち、感覚で分かるから」


 案の定、サラが根拠とした話は、あまりにも現実的でなさすぎた。それは驚くことに疲れたリンが、それを超えて反応してしまう衝撃をもたらす。


 一般的に『魔証紋』と呼ばれているそれは、その魔力が誰のものなのかが分かる"魔力の癖"だ。指紋や歯形、遺伝子と同じように、たとえ同じ属性の魔力だったとしても、その人にしかない特徴が絶対に確認できる。


 だが、それは目で見える訳でもなければ、知ろうとしても分かるものではない。


 普通なら気付きもしないほど小さなもので、専門家がそれを調べる専用の魔導具を使わなければ確認することすら出来ないものだ。感覚で分かると言われても、相手がサラでなければ笑って済ます冗句の類いにしかならない。


「それも、付いた日まで分かんのかよ」


 規格外だ天才だと言われてはいるが、今回だけでその認識は何度も更新されていく。リンは人の感情が、驚きを通り越せば呆れに変わることを久しぶりに思い出した。


「シーナちゃん。こいつって九鬼なの?」


「えっ? えっと、……顔が、見えない」


 リンの驚愕を他所に、サラはリンの後ろに隠れていたシーナに確認を促す。

 九鬼の全員は見ていないというシーナの証言だが、この男が見たうちの一人であったなら話は早い。九鬼である事が確認でき次第、監獄に送り込んで洗いざらい情報を吐かせるのが、この都市の危険を防ぐことに繋がる。


話を振られたシーナは、視線を拘束された人に向けて顔を見ようとするが、相手は顔を地面に伏せて見せようとしない。厚着でフードを被ってるのもあり、肌の一つも見えないその姿勢は不気味ですらあったが、サラの拘束が効いているのか、それ以外の抵抗は見られなかった。


「ったく、あんま手間かけさせんなよ」


 焦れたサラが、水の鎖を操って男を浮かせる。それに近づき、フードを取るために手を伸ばすが、反抗的な態度をとっているその男はなす術もなく脱力したままだ。


「…………」


 その姿に、何となく嫌なものを感じたリンは、無意識のうちに警戒心を上げた。


 今のこの状況は、サラが先手を打った形だ。明らかにこちらに優位性があるのは当然として、サラの実力は疑いようもない。

 そこまで分かってる。それを理解していれば、不安になるなど烏滸がましい話だ。


 ましてリンの懸念など、サラがしていないはずもない。百戦錬磨の冒険者パーティーで培った経験を何度も目の当たりにした。今だって、周りの警戒を怠ってはいないだろう。


 それでも引っ掛かるのは、そんな状況なのに、男があまりにも落ち着いているからだ。


 諦めているとも取れるかもしれないが、リンにはどうしてもそう見えない。


 何かがある気がして――


「…………」


 その違和感は、早い段階で解消された。男に手を伸ばしていたサラの動きが止まり、真後ろのリンたちの方に振り返る。

 いや――



「なぁに捕まってんだボケ」


 正しくは、リンたちの後ろ。広場の出入り口から、酒瓶を持った男がこちらに歩いてきていた。


 無造作に切り揃えられた金髪をガシガシと掻きながら苛立ちを見せる男は、赤く染まった頬や知性の感じられない瞳と、酔いが回っているのが見てとれる。背負った棍棒やガラの悪さも相まって、何をしでかすか分からない危うい印象を抱かせる人種だ。



 そして何より、入ってきた時の発言が問題だった。



「――――」


 酔っ払いの戯言なら問題ない。だが、明らかに男は、捕まった男に対して悪態を吐いたように聞こえることを言った。

 それは気遣うような言葉ではなかったが、知り合いであるという事実だけで、今この場ではリン達にとって不都合な存在と認識せざるを得ない。

 サラとリンが同時に視線を鋭くし、男へ注意を向ける。だが、無防備な酔っ払いの男は、それに気付いていないかのように足を止める様子はなかった。



「誰? それ以上近付くんなら力尽くで抑えるけど」


 サラからの警告。これを破れば、男がただの酔っ払いであっても拘束する理由になる。普通なら、どれだけ思考が鈍くなっていても大人しく従うはずだ。


 普通なら、そうだった。


「随分とカッコいいじゃねえの嬢ちゃん。だが、――啖呵は相手見て切れや」


 そこで、明らかに場の空気が変わった。男は酒瓶を横に投げ捨て、その手で背負っていた棍棒に手を伸ばす。



「『魔纒器合 雷棍(らいこん)』」



 酔いの緩みから細くなっていた眼が開かれ、握られた棍棒が雷を纏う。

 言葉よりも正確に、敵対を語る魔力の光が棍棒に迸ったのを見て、サラが警戒心を上げた。



「―――っ!」


 その段階で、リンはシーナの手を握る。


 今この場において、リンにとって最も重要な仕事は、サラが本気で戦えるようにこの場を


「シーナ! こっち!」


 はっきりとした目的を持ったリンは、サラとアイコンタクトをして一瞬で自身の行動を伝える。それに頷いたサラが『水縛鎖錠』を展開したのを尻目に、呆気に取られた様子のシーナの腕を引いて走り出した。


「リン! 一回あいつ止めるから、できるだけ遠くに――」


「ようやく、隙を見せたね」


 そして、サラの声に応えたのは、望んだ相手でも、適した返答でもなかった。


 振り返ったサラから見た背後。つまり、直前まで最大級の警戒をしていた相手に対し、一瞬意識を切ったタイミングで、水の鎖に拘束された男は初めて声を上げる。


「『魔纒体合 氷腕(ひょうわん)』」


 その時には、鎖はその男の腕に纏われた"氷の魔力"によって凍らされていた。

 いや、水の鎖どころか、一瞬でその空間ごと凍結させた氷の魔力はその勢いを殺さず、近くにいたサラに向かってその冷たい暴風を押し出す。



「――――っっ! 『水壁』!!」



 それに反応したサラが即座に水の障壁を展開。範囲より速さを追求した『水壁』は極寒の猛威を防ぐことに成功するが、瞬く間に凍ったその壁が、相手の確かな実力を裏付ける。


「おいおい寒いじゃねえか。酔いが醒めちまう」


 そして、一瞬の隙をついたフードの男と同じく、新たな侵入者が地面を蹴る音がしたかと思えば、振り向くまでもなくサラの至近距離までその大柄な体を移動させていた。


「っっ!!」


 回避に移ろうとするサラの足が、地面に張り付いたように動かない。それが比喩ではないことを、サラは足元を見る前に察する。

 今の一瞬で、凍った『水壁』の横から迫った氷が、サラの両足を巻き込んで地面に固定していた。

 ただの氷ならいくらでも砕けるサラの脚力だが、魔力によって強化されたその氷は、サラの行動を一瞬止めることに成功する。

 その一瞬を逃さず、雷棍を持った大男はサラの身体を吹き飛ばそうと、音すら置き去りにした一撃を見舞うために雷棍を振り上げ、致死の一撃を振り抜いた。


 だが、


「っっ舐っ、めんなあ!!」


 その先に、サラはいなかった。


 足を固定されたことを逆手に取り、上体を後ろへ大きく逸らして回避。本来であればバランスを崩し、致命的な隙を与えるはずの避け方だが、その姿勢のままサラは杖を男に向け、その周囲に複数の水の塊を造り出す。


「『水魔法 水連牙(すいれんが)』」


 圧縮された水の塊から、一直線に放たれた水の魔法。至近距離から放出されたそれは空気を切り裂き、水魔法とは思えない速度で男に襲いかかった。


「っっどらあ!」


 それを、雷棍を盾にして全て防ぐ大男だが、想像以上の威力にのけ反り、踏ん張る足はそのまま地面に二本の線を描きながら押し出される。


 その隙をついて、サラは二つの水連牙で両足の氷を砕き、水杖を振った先から際限なく大量の水を放出した。


「『水魔法 水乱(すいらん)大波(たいは)』!」


 その場に海がそのまま顕現したかのような、圧倒的な物量の水が敵を押し流す。それに飲まれた九鬼の二人は完全に姿が見えなくなり、濁流は時間と共に勢いを増していく。


 だが、すぐにその光景に、二つの変化が訪れる。


「『氷魔法 (ひょう)道泉(どうせん)』」


「『雷魔法 戯業崩連(ぎぎょうほうれん)』」


 ある一点を中心に、急激に広がる氷が水の勢いを止め、離れた場所から起こった雷が氷も水も関係なく一帯に迸り、次の瞬間には轟音と共に弾き飛ばした。


 視界が開けた先で、そこに立つゴズとノーランの変化は、水に濡れている一点のみ。サラを睨むその顔には、疲労も痛切も見られない。


「――チッ」


 一つ舌打ちをして、これ以上は決定打にならないと早々に判断したサラが魔法を止める。



 刹那、サラの視界は、シーナを連れて逃げるリンの姿を捉えた。


 二人は広場の出入り口付近まで来ており、あと数秒もすれば、街中に逃げる事ができるだろう。


「逃がさないよ」


 その事実に安堵したサラだが、フードの男はそんなサラの希望を砕くための行動に出た。

 地面に氷腕を付けたかと思えば、そこを中心に氷の地が円形に広がる。それは瞬く間にリンとシーナを追い越し、広場と住宅街の間全てに巨大な氷の壁を造り出した。


「『氷魔法 冴層(こそう)大牢(たいろう)』」


 瞬時に造りだされた分厚い氷の壁は、サラが壁の外で披露した大魔法『蒼斂魔皇殿』を凌ぐ範囲の魔法だ。

 無論、魔法は広範囲に展開できればいいというものでもないが、その強度まで申し分ないとくれば実力として認めるしかない。


 目の前で起こった規格外の奇跡に、サラは自身の魔法と似たものを感じ取る。侮っていたわけじゃない。だが、ここに来てサラは、フードの男を自分と同格の存在として最大限まで警戒を引き上げた。




 その、刹那。




「俺を忘れてるぜ?」



 緩みとも取れない瞬く間の警戒の隙を、その瞬間頭から離れた男は見逃さなかった。


「――っ!」


 フードの男に向いていた意識が、背後に回った男に向けられた時には、既に雷棍がサラに振り抜かれていた。


「――『水壁』!」


「脆いんだよ!」


 咄嗟に水壁で受けたものの、雷棍はそれを突き破り、そのまま男が狙ったサラの横腹を強打。まともに受けたサラは、リン達が逃げた方向に地面を弾みながら弾丸のように吹っ飛んでいき、たった今作り出された氷の壁に激突した。


「サラ!!」


 分厚い壁の一部が崩壊し、サラの姿を完全に押し潰す。安否の確認もままならないが、無理矢理不安を押し殺し、リンは表面だけでも平静を装う。

 この場でリンが取り乱せば、その不安が背後の少女にまで及ぶことを理解しているからだ。


 ギリと奥歯を噛み締め、自身より大切な幼馴染の心配を思考の隅に追いやったリンは、シーナをその背に隠し、遠くに見える二人組を睨みつけた。


「…………何なんだ。お前達は?」


 震える声を抑え込み、見栄で覆った言葉でその存在を問う。


 サラという障害を取り除いたことで余裕ができたのか、男達は初めてリンと視線を交わす。距離があるとはいえ、その視線に得体の知れないものを感じ取った、直後だ。


「《九鬼》所属。ノーラン・エズロニュート」


「同じく、ゴズ・レンデンだ」


 当たってほしくなかった予感が当たってしまったことを、音にして教えられたのは。



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