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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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異変


 翌日。高すぎる外壁の上から、太陽が都市の全体を照らせる位置まで登った時間帯。昼の活気に沸く通りを俯きながら歩くリン。その活気に似つかわしくない様子に、心配そうなシーナが目を向けていた。


「リ、リン? 大丈夫?」


「…………んん、大丈夫ー」


 と、明らかに大丈夫ではない声で言われても、シーナの心配が全く晴れない事は分かってる。

 それでも、覇気を出すには寝不足と精神的疲労が強すぎて、それ以上声は張れなかった。


「なっさけないなあ。あれくらいで」


「こっちは走馬灯が見えたんだけど!」


 悪びれる様子もないサラに対し、昨夜を思い出して余計に心労を重ねる。

 魔導士としての実力が規格外なのは知っていたが、それが違いすぎると常識が変わる事は久しぶりに実感した。奈落の底に突き落とされたかと思うような恐怖は、一晩で解決するには余りにも深い心理的外傷だ。


 そして、それに追い打ちをかけるのが――


「せめて、他の担ぎ方があったろ……」


 昔、違う形で憧れた事ならある。あくまで、英雄が囚われの姫を助け出す物語の中で、英雄側がよくするのが、お姫様抱っこと呼ばれる抱え方だ。


 これをされることに憧れる人を悪く言うつもりは無いが、自分がされて嬉しいかはまた別の話になる。


「もうお嫁に行けない………」


「うちが貰ってやるよ」


「だから、何でサラが婿側なんだよ!?」


「リンが嫁って言うからじゃん」


 やるせない思いを八つ当たり気味に叫ぶリンに対し、サラが冷静にツッコミを入れる。だが、二人にとって珍しい光景でもないその場のやり取りは、道行く人々の視線を独占していた。


「ねえ、あれって天名会の」


「ああ! サラ・ローレンさんだよな!? ルジャにいるって本当だったのか」


「お、俺めちゃくちゃファンなんだよ!」


「んなもん俺だって!」


 朝の喧騒と呼ぶには声が控えてられているものの、それはしっかりとリンに届いていた。

 昨日のシオン達と歩いた時もそうだが、やはり《天名会》という肩書きを持っていれば、例外なくこの国でトップクラスの知名度だ。当然、それに付随する人気も尋常じゃない。


「え? でも、隣の騎士は誰?」


「さあ? あと、あの白髪の子供も関係者っぽくないか?」


「……ま、まさか………隠し子!?」


「ええ!? じゃあ、あの騎士とサラ・ローレンの娘か!?」


 誰かの言葉が響き、その内容に周りから驚きの声が上がる。そのとんでもなく突拍子もない発言には、リンも驚きや呆れを通り越して笑ってしまった。


 大人びて見えるとはいえ、サラもリンと同じ十七歳だ。シーナくらいの子供がいるとしたら、七歳や八歳で産んだ計算になる。


 何人かは気付いているのだろうが、さり気なく周りを見渡してみると、本気で驚愕の表情をした人が少なからずいた。


「まあ、サラ達がいくら有名って言っても、案外歳まではそこまで知られてないのかもな。公表とかはしてんだっけ?」


 確かに、他の《天名会》の人間のことも、顔と名前は知っているが、年齢を正確に言えるかと聞かれればリンも自信がない。


 騎士団に所属するリンですらこれなのだ。ある程度分かれば問題もないし、特別覚えなくてはならない事でもないのだから、熱狂的なファンでもない限り覚えていなくても不思議ではないだろう。


 そう結論付けたリンだが、サラからの返事がないことに気付き、隣へ視線を向ける。


「………サラ?」


「んえっ!? な、なに?」


 不思議に思ったリンが名前を呼んでみると、耳まで真っ赤にしたサラが、声を裏返して反応した。

 いつものような自信に満ちた態度は見る影もなく、視線もリンとは別の方向を彷徨っている。



「…………」



 明らかに照れているサラの様子に、リンの中で悪戯心が芽生えた。その中に、昨夜の意趣返しの感情もあったことは否定できない。

 ルジャへ来る時の馬車でもそうだったが、サラは自分が受け身になると途端にいつもの勢いをなくす。それを知っているからこそ、この状況を最大限に生かす方法だけに思考のリソースを費やしたリンは、サラの正面から、周りには聞こえないよう小さな声で囁いた。


「顔真っ赤じゃん。照れてんなよ」


「なっ! ならあってん!?」


「………ひひっ!」


 普段はやりたい放題で傍若無人な幼馴染。それが、自分の言葉に大きな動揺を示した事に自然と喉が震える。

 真っ赤だった顔が更に紅潮し、サラの感情の振れ幅が最高値を記録する様子に、リンは昨夜の仕返しが成ったことを確信した。


「――ち、ちょっとリン!!!」


「うはははははっ!」


 目を吊り上げ、抗議の姿勢をとるサラに対し、いよいよ堪えきれなくなったリンの笑い声が響く。散々振り回された今までを思い出し、してやったりとでも言うように充足感が全身に巡った。



 ――ただ、一つ問題があるとすれば、リンがサラの性格を失念していたことだろう。


「………へ、へえー。じゃあリン。あんた絶対照れんなよ?」


「え? ――っっ!」


 そう言ってリンの腕を掴んだサラは、そのままリンを壁際に押し付け、片腕をリンの顔の横につく。状況が理解できないリンの顔を、もう片方の手で、挟み込むように下から掴んで動かせないようにした。

 あまりにも唐突な出来事に、リンはそれをされるがままに受ける。反応が追いついた時には、股に脚を入れられた状態で身動きすら取れなくなっていた。


「ひゃ、ひゃら?」


「あんた、うちに喧嘩売るとかいい度胸してんじゃん」


 サラの顔は赤いままだが、その瞳は先ほどまでとは違い、獰猛な捕食者としての輝きを爛々と放っていた。

 側から見れば、――いや、本人達から見ても、サラがリンを口説いているような光景に見える。


 そして、そんな光景を見た周りの群衆からは様々な声が上がった。


「う、うおおおお!! 何だ何だ!? こんなところで何してんだ!?」


「え!? ど、どどどういう状況だ!? 誰だ相手は!!?」


「おい、こっち来てみろよ! おもしれーことやってんぞ!」


(や、やばっ!)


 黄色い声援、悲壮感漂う悲鳴、煽る口笛。大通りを通るほとんどの人が、いずれかの声を上げる大合唱。その全てが、サラとリンの二人に向けられる。


 そんなものを受けて平静でいられるほど、リンは図太い神経をしていない。急いでこの場を収めるため、サラから距離を取ろうとする。しかし、自身の顔を固定している方の腕を両手で引き剥がそうとしても、自分より細いその腕はびくともしなかった。


(どんな力してんだよ!?)


 何より恐ろしいのは、それでもリンの頬を潰す手は、拘束以上の意味を持っていないことだ。

 両手で引き剥がそうとしても動かないが、掴まれている顔は痛みを訴えていない。

 顔を動かせないギリギリで調整された握力に、リンの両腕で動かせないだけの腕力。その絶妙に調整された力のせいで動けないだけなのだが、周りから見たらリンが抵抗していないようにすら見られるだろう。

 当然、周りはこれから二人が移す行動に更なる期待を乗せていく。次第に『キス』といった単語がそこら中から聞こえ始めた段階になって、リンは本格的に焦燥感を覚えた。


「ひゃ、ひゃら! ひゃれになんないっへ!」


「あー? 何言ってんのか分かんねぇよ」


「うほふへ!」


 最後の手段である口頭での抗議すら聞き流すサラは、リンの抵抗に恍惚の表情を浮かべた。そのままお互いの息遣いが当たるくらいまで接近し、挑発的に話す。


「おいおい、顔真っ赤じゃん。照れてんの?」


「ふらへんな! ろのくひがいっへんら!」


 負けず嫌いを音にしたようなサラの台詞は、先程リンがサラを揶揄った時と同じものだ。

 ただ、サラ自身も余計に頬を赤く染め、恥ずかしがってるのは見て分かる。引っ込みがつかなくなってる可能性もあるが、今のリンでは自制を促す以外に出来ることがない。


 周りのボルテージも最高潮に達し、群衆は二人を囲うように声を張り上げる。さながら街頭で行われるショーのような熱気に背中を押され、サラ・ローレンはその先へと進むべく、ともすれば体温を感じられるほどの距離まで顔を近付けた。


「ひゃら! まっ――」


「うるせぇ、ばーか」


 リンの最後の抵抗も遮られ、サラの色を感じさせる声が鼓膜を震わせる。

 お互いの吐息も身体も視線も、その全てが熱を上げる。刹那が永遠に感じるなか、サラが逃げ場のないリンに口を近付け、そして――













 歪んだ空間の障壁が、二人の間に現れた。





『!?』


 突然の乱入に、同じタイミングで驚愕する二人に続き、群衆からも悲鳴のような声が上がる。ただ、周りに先立ち、いち早く状況を飲み込めたのは、やはりその魔法を知っている当事者の二人だった。


「シーナぁ!」


 解放され、振りむいたリンが見たのは、立ったまま拳を握り締め、俯く少女の姿だった。

 どんな感情なのかは分からないが、今それは二の次だ。


「ありがとう! いやマジで! もう少しでサラに喰われるところだった!!」


「あんたうちを何だと思ってんの!?」


 サラから非難の声が上がるが、実際に被害を受けていたリンはそれを無視。改めて幼馴染の危険性を認識すると共に、リンは腰が砕けた体勢からシーナを見上げ、自身を窮地から救った行動に賛辞を送る。


「……………」


「シーナ?」


 だが、床に向けられていたシーナの視線が上げられた先には、歪んだ壁を挟んだリンの正面。不機嫌そうなサラがいた。

 悲壮感漂う表情の理由を問おうとするリンに応える代わりに、その隣まで脚を進めて、呆気に取られている頭を抱いて一言。


「………リンに……触らないで。この泥棒猫」


「は?」


「シーナちゃん!?」



 衝撃的な爆弾を投下した。



 独占欲丸出しの宣戦布告であり、子供らしからぬ言葉遣い。これを聞いたサラは当然機嫌を害し、リンは驚愕と動揺を示した。


「ど、どどどどこでそんな言葉遣いを…………サラぁ!!」


「うちじゃねぇよ!!」


 冷静さを欠いたリンが、『荒い言葉遣い』というキーワードからサラを犯人と断定するが、サラが否定するように、彼女がシーナに言葉遣いを教えるのは現実的に無理がある。

 何せ、シーナはサラと二人きりになった事はなく、シーナには常にリンが付いていた。

 何より――


「………あっ、いや、そうだよな。悪い、冷静じゃなかった」


「まあ、分かればいいんだけど」


「サラの真似してたらこんなもんじゃないか」


「リーンー?」


 大真面目にそう考えるリンを、サラが青筋を立てた顔で見下ろす。それから、呆れたように一息ついて、


「ったく、毎度毎度、いい雰囲気で邪魔が入る」


「今のはどう見てもいい雰囲気じゃねえよ」


「今の、は?」


「あっ」


「………へぇー」


 完全に揚げ足を取られた形のリンは、悔しさと恥ずかしさから目を逸らす。

 だが、意地の悪い笑みを浮かべたサラは、『これから揶揄います』とでも宣言するように、口角をこれでもかと上げた。


「なになにぃ〜? 今以外で、いい雰囲気の時があったのかなぁ? ちょっと教えてもらいたいなぁ〜〜」


「んぐぅ……」


 攻めに転じたサラは、水を得た魚のように生き生きとリンを問い詰める。受け身はすこぶる弱いが、攻めに転じた時の調子の乗りようは凄まじいのがサラ・ローレンである。


こうなったサラに、今まで散々に煽られた経験を思い出して黙り込むリンに満足したのか、サラの視線がシーナに向けられる。


「あんた、シーナちゃんだっけ? 何か勘違いしてるみたいなんだけど、リンと私は幼馴染なの。多分、あんたが生まれる前から知ってる。付き合いの長さが違うんだよね」


「っっ! か、関係ないもん。リンは、私と一緒にいるって言ってくれたし……」


「そんなんうちだって言われたわ!」


 一歩も引かないシーナの啖呵を、好戦的に顔を歪めるサラが受け止めた。

 二人の魔力が一気に上がり、横で見ていたリンはもちろん、遠巻きに眺めていた多くの人が、その行末を不安と共に見守る。


 緊張が走る戦場のような空気の中、サラは目の前に展開する空間魔法に手を伸ばし、表面に手を添えて何かを確認するように動かした。


「…………なるほど。本当に空間自体に干渉してんのね。この場所だけ、魔力以外のものが何も感じられないし、異空間を見える場所に作り出す感じか」


 ほんの数秒後、サラが納得したように声を上げる。冷静な分析だが、その眼に映る闘争心は煮え滾っており、明らかにその魔法を打ち砕く術を探していた。


 そして、サラは今まで、どんな魔法だろうと解明し、破ってきた実績と自負がある。


「確かにいい魔法なんだろうけど、これだけでうちに勝てると思ってんなら舐めすぎでしょ」


 ある程度調べ終えたサラが、そう嘲笑うようにシーナに言い放つ。


 実力はもちろん、欲望渦巻く群雄割拠の冒険者業界で、倍以上歳の離れた大人達すら出し抜いて頂点まで上り詰めたのが《月華の銀輪》だ。過ごしてきた日々の密度は、リンでは想像もできないほど濃いものだったであろう事は間違いない。


 ただ、サラの宣言を聞いたリンが思った事は――


(………大人気無さすぎる)



 尊敬とは真逆の感情だった。



 幼馴染の中で、一番感情的になりやすいのは間違いなくサラだ。戦場では頼りになる存在だとしても、日常生活でのトラブルは数えきれない。

 だが、子供相手にここまでムキになる姿は初めて見る。


「……やってみないと分からない」


「やる前から分かっちゃうんですぅ」


 一触即発。何かのきっかけで爆発しそうな空気の中、それでもシーナは敵意を強め、サラは煽ることを止めない。


 ハラハラとした心境で見守っていたリンは、どう介入しようかと見計らっていた。このままでは確実に二人は何かしらの衝突を見せる事になるが、それを回避する最善の道が分からない。


「……なあ、少し落ち着いて話さない? ほら、仲良くした方がいいと思うし」


「はあ? リン、あんたどっちの味方なの?」


「へ?」


「………リンは、私の味方」


「バカ言ってんなし。うちだよなぁ?」


 下手に干渉した結果、サラから問われたのは、考えうる限り最悪の返答だったのかもしれない。


 希望を瞳に宿しているシーナの様子は、リンは自分の味方をすると確信を持って信じているようだった。この信頼を裏切ることがどれだけ罪深い事かなど、言うまでもないだろう。


 対して、サラは睨みつけるような視線に、脅迫めいた圧力を乗せてリンを射抜く。背筋が凍るとはこの事で、返答次第では本気で喰われると感じるほどの威圧感だ。リンの中の危険信号は、竜と対峙した時よりよほど警鐘を鳴らしている。


「…………いやっ、今回はっ、………その、何だろう。………俺が悪い、のかもしれないなって」


「……………リン。今そーいうのいいから。今回だけじゃなくて、今後、どっちにつくんだって聞いてんだけど」


 情と恐怖の板挟みになったリンが、冷や汗を流しながら絞り出した答えが、『自分のせい』というどちらも悪者にならない言葉だった。しかし、欠片も納得していないサラは、決定的な言葉以外の返答を拒絶する。


 過ぎる時間が、悪い状況を解決してくれる事はなく、リンは冷や汗をかきながら思考をフル回転。

 だが、どう答えても角が立ちそうな現状では、模範解答などあるはずもない。引き伸ばしも限界かと思われた、その時だ。









 シーナが展開していた空間魔法が突然乱れ、大きく弾けて消えた。









「……………え?」


 急に起こった状況の変化に、思考が停滞する。リンはそこまで魔法に詳しいわけではない。一般的な知識はあるが、サラのように博識と言えるほど精通しているわけではなく、ましてや《幻界魔導》である《空間ノ魔纒》のことなど全く知らない。


 だが、目の前で起こった、魔法の解除というにはあまりに粗い魔力の乱れ方は、シーナの意思でやったというには違和感がある。


 現に、隣に目を向ければ、そこには状況を把握できていないような、呆然とした表情を浮かべるシーナの姿があった。


「………今のは」


 そう声が上がったのを聞いて、反射的に正面に目を向ける。


 正直、ここまではリンも、そこまで深刻に考えていたわけではない。――いや、周りを囲んでいた群衆の誰一人として、今の現象を重く捉えている者はいなかった。


 リンの中でそれが覆されたのは、サラの声と表情に走った緊迫感。それと――


「……い、いやっ」


「シーナ?」


「やだっ! やだぁっっ!!」


 頭を抱え、急に取り乱したシーナを見た時だった。



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