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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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月明かりの邂逅


 空の太陽がすっかり役目を終え、真っ暗な世界に星の光が浮かび上がった深夜。昼間はあれだけ活発だった城塞都市も、今は物音すら拒絶するような静寂に支配される。


 そんな中、この都市で最も星に近い場所を、一つの人影が歩く。急増のものとは思えない頑丈な作りをした城壁を迷いなく進むその先には、もう一つの人影が座っていた。


「――っ、サラ」


 寝静まった人々の生活を背に、リラックスした状態で格好を崩すサラを見つけたリンが、その名を呼ぶ。


 一瞬、声をかけるのを躊躇ったのは、目に映る光景のあまりの美しさに圧倒されたからだ。


 後ろに手をつき、目を瞑るサラは、リンが声をかけるまで微動だにすることなくその姿勢を維持していた。

 だが、動かないからこそ、いい意味で人間らしさを感じられない姿は、絵画のような一つの芸術として完成された価値ある一瞬だ。世界を照らす月明かりすら、この場所を彩るためだけに存在するのだとすら思える。


 その場の調和を乱すことに抵抗を覚えたリンが遠慮気味にかけた声に、反応したサラがゆっくりと瞼を開き、視線を向けた。


「やっほー。リン」


 特に驚いた様子はないが、それも当然と言えば当然だ。広大な城塞都市であるルジャ全体どころか、その外まで監視下に置いているサラが、リンの接近に気付かない訳もない。


「お疲れ。大丈夫か?」


「余裕。どうしたの? こんな時間に」


「飲み物の差し入れ。まぁ、俺も眠れなくて」


「嘘」


 サラの質問に答えたリンだが、その返事に被せるように、サラがそれを否定する。

呆気に取られたリンをまっすぐに見つめる、交錯した視線は至って真面目だ。


「いや、嘘なんて――」


「自分が警戒に参加してないこと、気にしてんでしょ?」


 バツの悪さから誤魔化そうとするリンだが、サラが続けた言葉に口を閉じた。

 これが見当違いなら反論もできるが、間違っていないことはリンが一番よく分かってる。ここまではっきり言われてしまえば誤魔化しようもない。


「……ごめんな。何の力にもなれなくて」


 サラの隣に腰を下ろし、同じ方向を見つめるリン。彼方に続く地平線を眺めながら、自身の不甲斐なさを訴える胸の内を言葉にする。


「あんたは気にしすぎなんだよ。それに、今日のあの戦場で一番活躍したのはあんたでしょ」


「お世辞下手だな、そんな訳ないだろ。俺がいなくたって、あの場はお前らだけで収められてたよ」


「世辞じゃないし。うちらが力尽くで捕まえようとしてたら、あの子はきっと逃げてた。リンのおかげで保護できたんじゃん」


「………サラって、気遣い上手い?」


「今のは気ぃ遣った訳でもないけど、それはちょっと心外。何でも上手いから《万能》なの」


 そんなやりとりをして、二人で同時に笑いあった。リンが持ってきた飲み物を口に運びながら、小気味よく交わされる言葉の応酬は続く。


「あの子の事は聞いた?」


「シーナちゃん、だっけ? シオンから通信具持たされてたから、話し合った内容は聞いた。あの後買い物行ったらしいじゃん」


「ああ、露店行った後、服買いに行ったんだよ」


「シーナちゃん、元気になった?」


「なった。戦場では分かりづらかったけど、あの子結構表情豊かでさ」


「ホントにぃ? 正直、そんなイメージ全く湧かないんだけど」


「ホントだって! 最初は大分緊張してたんだけど、感情は顔に出るし、一緒にいると分かりやすい子だった」


「へぇ。今はちゃんと寝てる?」


「シオンと同じ部屋で寝てもらってる。宿もシオンが借りてくれたんだけど、市街地から結構離れてる一軒家だったんだよね」


「節約してんの?」


「宿泊に一軒家借りてる時点で節約じゃないだろ………けど、あくまでシーナを護衛するなら、極力他の人がいない場所のがいいって」


「あー、なるほどね。確かに、狙われた時に人が多いと厄介だわ」


「うん。シオンもそう言って――おっ」


 ふと、上を見上げたリンから、感嘆の声が上がる。その瞳は、一筋の光が線となり、瞬く間に消える瞬間をはっきりと捉えていた。


「………見た?」


「見えた。流れ星なんて珍しい。うち見たの何年ぶりだろ?」


「俺はちょっと前に見たな。ほら、流星群が見れるって話題になった日あったじゃん」


「そんな日あったっけ?」


「知らないのかよ。まぁ、お前らが有名になりだした時だったから、そんな余裕もなかったのかもしれないけど」


「あー、その時か」


「やっぱり忙しかった? 名前は売れ始めが一番肝心らしいし。俺が言えた事でもないけど」


「…………そうだね」


 途端に、様子のおかしくなったサラを見れば、今までより明らかに元気がなかった。流れ的に、理由はリンの話した内容なのだろうが、どの言葉が悪かったのか自覚がない。


「サラ? ごめん。俺、何か――」


「―――っ! ああ! ごめん! ちょっとぼーっとしちゃっただけ! リンのせいじゃないから」


 分からないながらも、分からない事を詫びようとしたリンの言葉は、サラの慌てた声に打ち消された。本人に否定してもらうと少し心が軽くなるが、それはそれで問題だと思い直す。


「………疲れてる? 俺、いない方がいいなら戻るけど」


「違うって、むしろ居てよ。………ただ、確かにちょっと疲れたかも」


「………っ、」


 そう言った時には、サラは体を倒し、足を伸ばしていたリンの太腿あたりに頭を置いた。


 少し驚くリンだが、気を緩めた様子のサラに何かを言うようなつもりにもならず、されるがままにそれを受け入れる。落ち着いてくると、その体勢にどこか既視感を覚えた。


 ゆっくりと目を開けたサラは、そのままリンの顔越しに空の光を見据え、在りし日を追想するように口を開く。


「昔から、こうやって見る空が一番好きだったな」


「……あったな。そんな事も。けど、俺は四人で頭並べて見るのが好きだったよ」


「解釈違いってやつだ」


「使い方合ってる?」


「何でもいいよ。また四人で居れれば、………リンが居れば何でもいい」


 懐かしむように、慈しむように、そう話すサラの手が、リンの頬を撫でた。


 予想外の行動に全く反応できなかったリンが、ゆっくり浸透するサラの体温を無防備に受け止める。手を通して伝わってくる、あまりにも優しい独占欲にむず痒いものを感じるが、体は金縛りにあったように動けなかった。

 平静を装おうとする内心とは裏腹に、鼓動の音は徐々に間隔を短くしていく。


(………あ、何だこれ)


 熱を帯びた青紫の瞳から、魔法をかけられたのかと疑うほどに目が離せない。惹き込まれるものが何なのか言語化できないが、悪い気分じゃないことは確かだ。


 ルジャに来る途中の馬車でも似たような事故があったが、今度はこの状況を意図的に作ったであろうサラが、何かを訴えかけるように瞳の熱を一層強めた。


「サラ? 何を――」


「楽しそうですね」


「どわあっ!」


 リンが何かを言おうとした瞬間、唐突にリンの後ろから声が響く。

 反射的に振り向いた先では、いつの間にか腕を組んで立つシオンが、氷のように冷たい視線をサラに向けていた。


「……シオン、ちょっと早いんじゃない? いつもだったら、こーゆう時は五分前きっかりに来るくせに」


「それは私の勝手でしょう。それより、人の兄を誘惑するのはやめていただけますか?」


「何言ってんのかわかんない」


「そこから頭をどけろと言ってるんです」


「嫌だね」


 威圧的なシオンに対し、怯む事なく挑発的に笑うサラ。そのやり取りを間近で聞いていたリンは、夜風が急激に冷たくなるのを感じて身震いする。

 強すぎる気持ちを視線でぶつける二人に挟まれ、居た堪れなくなったリンがシオンに問いかけた。


「……シ、シオン、シーナは?」


「今はライが付いています。サラと私が交代して、サラが宿に戻ったらライが反対側を警戒に行くことになってるので」


「んじゃあ、戻らせてもらおうかな。……行くよ。リン」


 少し名残惜しそうに、一度強く頭を押し付けてから、サラが立ち上がってリンに手を差し出す。

 一瞬、その手を取るか迷い、シオンに目を向けるが、シオンは少し苦々しい顔をしながらも引き留める気配はない。


「………兄さんも、あまり気にしすぎないで、今日は寝てください。お疲れでしょうし………いいですね? 帰ったら、余計な事は何もせず、すぐに寝るんですよ?」


「余計なことって?」


「サラが絡む全てのことです」


「散々な言いようじゃねーか小娘コラ」


 何度目か数えるのも馬鹿らしくなってくる険悪な空気を感じ取り、早々に引き上げる選択をしたリンが、サラの手を取り立ち上がる。


「じゃあ、戻るか。といっても、ここから歩いたら結構かかるけど」


 シオンが取った宿は、市街地から離れた場所。言ってしまえば辺境にある。

ここからはだいぶ離れているし、リンも、ここに来るまでの時間をもう一度経験するのは少し憂鬱だ。



「ねえリン。宿ってザックリどの辺?」


「え? ザックリだと、………見えづらいけど、あの辺りかなぁ」


 その時、唐突に聞かれたことに、リンは少し戸惑いを見せる。距離を知りたいのかと思うが、夜の闇に視界を制限された今では、指で示せる範囲は大分適当になってしまう。


 しかし、聞かれたことに律儀に答えたリンは、その直後に、深く考えなかったことを後悔することになった。


「そう。じゃあ、そんなかかんないよ。――よっと」


「…………………ん?」


 そう言ってサラが取った行動に、リンの思考は一瞬完全に真っ白になった。


 思考を放棄する理由は様々ある。あまりに絶望的な状況に全てを諦めた時や、単純に疲れ果てて考えることが出来なくなる時。



 そして、目の前で起きた現象が、自身の理解を超えた時などだ。



「――――――え? 何してんの?」


「何って、うちがリンのこと抱えた方が早く帰れるでしょ?」


 そう。サラの言うように、リンは今サラに抱えられていた。ただ、それだけならまだいい。思考を奪われるほどの衝撃ではない。問題は抱え方だ。


 直前まで立っていたはずのリンだが、今は空中で体を横にした体勢で、肩と脚の関節を両手で支えられている。



 所謂、"お姫様抱っこ"をされていた。リンが。



「――――え? え? え? サラ!?」


「サラ! 危ない事はやめて下さい!」


「舐めんな。絶対落とさないし」


 未だに混乱の極みのようなリンが、そこで一つの可能性に行き着き、顔から血の気が引いていく。

 今居る場所は、断崖絶壁を思わせるルジャの外壁の上だ。当然、下を覗くのも恐ろしくなる高さだが、この外壁には登り降りする階段はあっても、落ちないための柵は設けられていなかった。


 ただそれは、あくまで都市を守るため、急遽壁を作ったが故の弊害であり、落ち着いたら、安全のために柵を作る計画はルジャでもされている。


 当然、ここから人が飛び降りる想定などしていない。



「行くよ! しっかり掴まってな!」


「は、はあ!? ちょっ、何言って――」


「待ちなさい! サラ!」


 狼狽えるリンを他所に、当たってほしくない予想が現実に形作られていく。静止しようとするシオンが手を伸ばすよりも先に、サラはその場から勢いよく跳躍。



 重力に逆らうことなく、外壁から見た奈落の底に落ちていった。



「ギャアアアアアアア!!!!」


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