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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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本当の災害


 時は少し遡る。


「南西の方角から、害獣多数襲来! これまでとは桁違いの数が、一斉にこの都市に向かってきます!」


 リン達がいたギルドの一室に報告をした職員は、その顔から血の気が引いた青白い顔でそう叫んだ。


「南西だと!? こことは真逆じゃないか! 騎士団はどうした!?」


「げ、現在、リチャード大隊長とイスタント大隊長らが応戦中! 時間稼ぎに徹していますが、あまり長くは持たないとのことです!」


 切羽詰まったその様子が、逼迫した状況を何より語る。その場の全員に緊張が走り、今までのどこか漫然とした空気を切り替えた。


「悠長にしている暇はなさそうですね」


 そう、先程よりも硬い声で呟いたシオンは、視線をソクロムに投げる。この都市の冒険者のトップはナルクだが、不在の今、この街にいる冒険者の行動は、全てソクロムに決定権がある。


「ええ、早速で申し訳ないのですが、皆様のお力を貸していただきたい。諸々の手続きは後回しにさせて下さい。その責任は、全て私が取ります」


 ソクロムもすぐに対応し、正式な依頼として申請された。普段であれば手続き無しでの依頼など相当の信頼関係が無ければ成り立たないが、ソクロムなら大丈夫だと、そう思えたのはリン達四人の共通認識だった。

 ギルドの許可をもらった《月華の銀輪》は、これでルジャに近づく害獣を狩る事に問題が何も無くなった事になる。


「私は他に何かあった時のためにここに残り、指示を出さなくてはなりません。もしもの時の為に、これを持っていって下さい」


「通信具ですか」


 シオンがソクロムから渡されたのは、掌に乗るサイズの丸い魔導具だった。

 一般的に通信具と呼ばれるそれは、距離の離れた相手と会話することができる、最も普及している魔導具の一つだ。


「こちらから何かあれば、その通信具に連絡します。くれぐれも、ご注意を」


「ありがとうございます。では、行きましょうか」


「しゃあ! 久しぶりに思いっきり暴れられそう!」


「加減はしなさいよ。あんたが本気で暴れたら、ここに被害出ちゃうでしょ」


 三人が顔を突き合わせ、話を進める。各々が自分の役割を確認したところで、一層引き締めたその顔を上げた。



「あっ……」



 その輪の中に、リンはいない。


 それは何も除け者にされたわけではなく、本人が意図的に会話に加わらなかったからだ。

 最初の話から、既に自分の力量不足は悟っていた。だからこそ、余計な時間の浪費を抑える為にも、自分が出る幕ではないとここまで沈黙を貫いていた。


 しかし、その話し合いも終わり、結論が出て、いよいよ出発となれば、どう行動するべきかの選択を迫られる。


 本音を言えばついて行きたかった。この三人が戦っている中で、自分だけが安全な場所で待っているなど耐え難い。傷つく事になろうとも、何か力になりたいという思いは強く持っている。

 だが、現実の問題に、リンの感情が入る隙がない事は、本人が一番分かっていた。騎士団の二個大隊が出て時間を稼いでいる戦場に、最強の冒険者パーティーが向かう。


 ――自分が行って何になる。足手纏いになるだけだ。


 無力感に下を向き、拳を握りしめる事で悔しさを誤魔化す。依頼に同行してた時には感じなかったそれに、今更ながらに自己嫌悪に襲われる。何でもいいから助けになりたいと心は叫ぶけど、何かができる資格をリンは持ち合わせていない。


「リン!」


 そんな暗い気持ちを抱えたリンに届く、その心中とは真逆の明るい声に顔を上げると、その声の通り晴れやかな表情をしたサラがこちらに手を伸ばしていた。


「何してんの? 行くよ!」


「………え?」


 思ってもみなかった言葉に反応が遅れるが、意味を理解して更に不理解を深めた。

 サラだって、リンの実力は知っている。どう過大評価しても、今回の戦場に連れて行って役に立つとは思えない。


 そして彼女達が、自分を見捨てられないこともよく分かっていた。


「……あの、サラ。俺じゃ足手纏いになるんじゃ………」


「何言ってんの。怪我人の受け入れ先を確保すんのは、あんたの方が適任でしょうが。――それに、行きたいんでしょ?」


「――――」


 さも当たり前の様に話すサラに、リンは次の言葉を言えなかった。それ以上を話すのは彼女の気遣いを無駄にすると感じたから。


 これが彼女なりの不器用な気遣いだというのは、長い付き合いだから分かる。リンの気持ちを理解した上で、戦えないと分かった上で役割を与えてくれたのだと。


 そしてそれは、彼女の独断というわけでもなさそうで。


「兄さん。今は、私たち四人で一つのパーティーですよ」


「大丈夫! 後ろには俺達が行かせねえから」


 シオンとライルも、一緒に行く事が当たり前であるかのように振る舞う。


 リンの胸に、温かい何かが生まれる。


 何一つ取り柄のない自分を気にかけてくれる彼等に、凍りつきそうだった心が優しく動かされるのを感じた。先程まで沈んでいた気持ちが浮上し、膨れ上がる気概が胸の内を支配する。


 リンの顔が、内面の歓喜を知るのに、これ以上ない表現をしながら大きく頷き、その一歩を前に出した。


「うん!」




                 ********




 そして現在、決死の覚悟で怪物に挑んだ騎士を飛び越し、光に包まれた刀の一閃が、竜の首を落とした。


「………は?」


 吐息に近い、そんな呆気に取られた声を出したのは誰だったか。今までその竜と戦ってきた人間は、目の前の光景を見て、まず自身の正気を疑った。


 竜種の鱗の硬さを知らない者はいない。特に急所である首ほど、その鱗は堅固である。討伐した後、鎧にする為に剥ぎ取る際にも、硬過ぎて加工できないと言われるほどだ。竜種と戦う上では、むしろ首は避けるべき場所だと言われる。


 その首を難なく切断された飛竜は、重力に逆らわずにその身を地に落とす。突然の事態に、その場の全員、理性のない害獣達ですら、その動きを止めた。


 いや、この状況なら、理性より本能の方が正しい判断をするかもしれない。


「……さて」


 たった今、圧倒的な武力を披露したシオンが視線を前に向け、刀に手を添えて構えをとる。瞬間、シオンから発せられるプレッシャーが、その場の全員を呑み込んだ。


 今彼女の攻撃範囲に入れば、間違いなく死んでいたと、考えずとも理解させられたのは害獣だけではない。


 自分に向けられたわけでもないのに、先程まで格上の相手と死闘を繰り広げていた騎士団の団員が、そのあまりに圧倒的な存在感に身動きすら忘れ、冷や汗が頬を伝う。


「光属性の刀に、漆黒の髪と瞳……まさか!」


 あれだけ騒がしかった戦場に静寂が訪れ、騎士団の誰かが言ったその言葉が、その場の全員の耳に届いた。


「け、《剣聖(けんせい)》、シオン・アルテミス!?」


 言わずと知れた、《天名会》の一角。王国で最も速く、美しく、強い剣技を操る姿に、その二つ名は付けられた。


 そして、駆けつけてからほんの数秒で、今まで絶望しかなかった騎士団にとって、想像以上に頼り甲斐のある強者だと証明してみせたその剣技は、数多ある信じがたい逸話が真実だったと思わせるものだ。


 倒れ伏す騎士団員達にとって、シオンの存在は最後の希望だ。彼女がこの大群を蹂躙し、少しでも街の被害を抑えてくれる事を誰もが願う。



 しかし、そこからシオンが動く気配はなかった。構えを保ったまま微動だにせず、何かを待つ様にその場で静止する。


「ここからは私が守るので、そっちはお願いします」


 その言葉に続く様に、後ろから二つの影が飛び出した。水色の髪をした杖使いと、赤い髪をした拳闘士は、同じ色の瞳に戦場を捉える。


「『魔纒器合 水杖』」


「『魔纒体合 炎腕』」


 二つの異なる魔力が発動し、そのまま増幅されたそれが魔法となって世界に顕現する。


「『水魔法 水護(すいご)堅牢(けんろう)』」


 最初に水の魔力で創り出されたのは、戦場の人間一人一人を包む水の球体だ。総勢千人いる騎士団の全員をそれで護る魔導士の女に、護られる側の人間の方が畏怖の感情を覚えた。


「なっ! これだけの数の魔法を、一人で出したのか!?」


 騎士から上がるその言葉は、この場にいる人間の共通認識だった。大半の魔導士が使う、自分の前方のみを防御する《水壁》よりも難易度が高い《水護の堅牢》。それを千人に、しかもほぼ同時にかけるなど常軌を逸している。



 それを見計らって、今度は炎の魔力があたり一面に創造される。

 空中で両手を下に向けたライルが、膨大な魔力を膨れ上がらせ、その眼下に赤い絨毯を敷く。

 それが炎かどうか一目では区別がつかなかったのは、一般的な激しく燃え盛る炎ではなく、液体のような、ドロっとしたマグマを思わせるものだったからだ。見た目だけでは、それが炎魔法かどうかすら分からない。

 しかし、それから感じる熱量は、本物の炎か、もしくは本当にマグマだろう事を確信させる。


「『火海大波(かかいたいは)』」


 それはまるで生き物の様に蠢き、その創造主であるライルの思うままに戦場を飲み込みながら全てを蹂躙する。


 そこに分別はなく、苦悶の声をあげる害獣と、悲鳴を上げる騎士団を共に飲み込んだその攻撃は、まさに地獄を垣間見るような光景だった。あまりの熱に、飲み込まれた異形の生物はその形を余計に歪め、次第に骨すら溶けて残らず消える。


 半透明な球体に覆われた騎士達も、目の前に迫る熱の濁流に声を上げ、走馬灯すら浮かぶ頭で死を覚悟するが、その身に危害が及ぶことは誰一人としてなかった。

 水で作られた球体は、透明な見た目に見合わない強度で炎の波を受け流す。百に及ぶ害獣を、その熱で、衝撃で鏖殺した破滅の権化に飲まれても、蒸発して消える事も破られる事もなかった。


 自身を守る水に覆い被さる炎は、当然視界を遮るものだ。だから、水に守られている団員は、今の戦場がどうなっているのか知りえない。炎が徐々に引いていき、周りの光景が開けてようやく視界が確保できたが、つい数分前まで激しい戦闘を行ってきた団員達は、あまりに一方的な戦局に安堵を超えて呆然としてしまう。


 自分達が苦戦したのが嘘の様に、その場にいた害獣は、そのほとんどが生命の痕跡すら残さずに消えていた。熱で溶けきってない骨がそこらに散らばっている程度で、今の今までここに数百体の大群がいたなどと誰が信じられよう。



 まだこの場に残っている害獣は、空を飛ぶ飛竜が七体。それと


「っ! 気をつけろ! 奥にいる黒い飛竜は魔獣だぞ!」


 あと数刻もすれば、ゾルを吹き飛ばし、騎士団を壊滅させた元凶の魔獣である飛竜がここに着くだろう。

 あれの危険度は、間違いなくS級を超える。ゾルがやられたのは不意打ちに近いものだったが、おそらく最初から魔獣だと分かっていたとしても、どうにもならなかったと本人が自覚するところだ。


「だってよ。俺あっちやってきていい?」


「あー、そしたらうちはこっちの七体ね」


 しかし、目の前で行われたやりとりは、たったの五秒で終わった。相性や作戦などを考えることもなく、ただ役割分担をしたに過ぎない会話で相手を決める。


「じゃあ行ってくるけど……リン兄怪我させたら怒るよ?」


「あ? させるわけねーだろボケ。さっさと行け!」


 それを最後に二人の会話が終われば、ライルは両腕の炎腕から噴き上がる炎を下に向け、ジェット噴射の要領で空を飛ぶ。風脚のゾルに負けない速度で離れていくライルに声をかける余裕はなかったし、かけるべきではない。


 ただでさえ、A級の脅威がある飛龍が七体いる。山の様な巨体に、見た目以上の力がある飛龍が七体だ。これに魔獣まで加わった戦力なら、ルジャに限らず、国内の殆どの街や都市を壊滅させることができるだろう。


 それを今、この場で何とかできるのは、目の前の三人のみだ。まだ到着してあまり時間が経っていないが、その戦闘力が想像のはるか上であることは疑いようもない。《天名会》なら何とかしてくれると誰もが期待する。



 しかし、ゾルはそこで、一つ忘れてはならない事実を失念していたことに気付く。



「――っ!? 無茶だ! これだけの防御魔法を複数出しておいて、その上竜を相手にする気か!?」


 この場の騎士達に、防御魔法をかけているのはサラだ。そんな当たり前の事を失念するほど、目の前の彼女は自然体だった。


 防御魔法と攻撃魔法は、基本的に併用して使うことがない。理論的に出来ないわけではないが、防御に意識を割けば攻撃が疎かになるものだし、その逆もある。


 防御魔法を使いながら攻撃する行為は、言ってしまえば片手間だ。右手で文字を書きながら、左手で絵を描いてもうまくいかないのと同じ。どちらも中途半端になり、本来の力は発揮出来ないし、仮に出来たとしても、そんなものでどうにかなる相手でもないだろう。

 もっと言えば、人に利き腕があるように、魔導士にも得意分野がある。攻撃魔法と防御魔法のどちらかが得意ならば、その逆はある程度不得意になるのも変わらない。


 だから本来、戦場では攻撃と守備で担当が分かれている。これは五、六人規模のパーティーだろうと、数千人規模の師団だろうと、基本的には不変の戦法だ。


「大丈夫ですよ」


 焦るゾルに、こちらに背を向けるシオンがそう声をかける。この場においては場違いな、どこまでも落ち着いた声だった。


「貴方は、彼女の二つ名をご存知ですか?」


「? た、確か――」


 そしてその問いも、この場で聞く必要があるのか疑問に思える唐突なものだったが、記憶の奥に思考を飛ばし、それを思い出すより前に、目の前で答えが披露された。


「『水魔法 水刃(すいじん)()』」


 サラが手に持った杖を空に向けると、空を飛ぶ竜の更に上に、無数の水の刃が出現する。その数は十や二十ではない。一帯の空の色が変わったのかと錯覚するほどの膨大な水が、確かな殺傷能力を持って竜の頭上に降り注ぐ。


 広い地平線に、竜の悲鳴が響き渡った。水で作られたはずの刃は、鋼すら通さぬ飛龍の鱗を難なく貫通し、内臓に甚大なダメージをもたらした。一匹、二匹と、その命が潰えた順に落下していく。死体が地面に衝突した際、その体躯が潰れることはなく、代わりに地面の方が大きく凹むのを見るに、その硬さは健在だろう事と、その貫通力の異常さを再確認できた。


 ただ、その内のニ体が、刃の雨の中を猛スピードで突っ切り、サラに向かって突進を仕掛ける。

 人にも能力に個人差がある様に、竜も個体によって鱗の硬さは異なる。サラの攻撃に、影響の少なかった二匹が距離を詰める。質量に絶対的な差のあるサラが、生身でそれを受ければただでは済まないだろう。


 遠距離攻撃を使う魔導士に、トップスピードで突っ込む。考えてした訳ではないだろうが、戦法としては間違ってない。



 ただ、相手が悪い。



 サラが天に掲げていた杖の下を地面に付け、そこに魔力を流し込む。その両脇から巨大な水の奔流が、渦となって空に伸びる。


「『連水旋(れんすいせん)』」


 水が蛇の様に自在にうねる動きを見せ、その頭が竜を飲み込む。


 途端に、それまで真っ直ぐ前に飛んでいた竜の体が、渦の勢いに逆らえず逆方向に流され、うねる水の竜巻が進路を下へ向ける。抵抗虚しく、二匹の竜がそのまま地面に叩きつけられた。


 脳震盪か、目が回ったのかは分からないが、竜は叩きつけられた状態のままフラフラと安定しない立ち方で何とか身を起こす。しかし、翼を広げても飛ぶことができない様は、明らかに致命的だ。


 その隙を逃さず、一度離れた双頭渦が形を変え、先端を鋭く尖らせ螺旋を描きながら再度竜に打ち込まれた。


 轟音を上げ、その堅固な鱗を削っていく。受ける竜も、上からくる水の圧力に押し負け、その身を地面から離すこともできずに鱗を削られていく。

 二匹の口から漏れるのは、大地を震わすほどの咆哮だ。それでも、その身を動かす事は出来ない。

 やがて鱗を削り切った水の螺旋が、その下の皮膚を貫き、串刺しにして内臓を破壊。飛竜の息の根を完全に止めた。



 そしてそれは、今までゾルが築き上げてきた常識を粉々に粉砕するものだった。


 ゾルの認識が当たっていたのは、あれが間違いなく『片手間』だったことだ。そしてだからこそ、他の全てが覆された。


 これは、サラ・ローレンにとって、その程度の戦闘だったのだと、いや、戦闘にすらならない"作業"であったのだと、どれだけ信じられなくても、そう理解するしかない。


 鉄壁の守備を見せながら、害獣を次々葬る攻守に隙のない魔導士の姿に、その二つ名を思い出したゾルが無意識に口にする。


「――ば、《万能(ばんのう)》」


 声に、尊敬と畏怖を半分ずつ乗せ、二つ名通りの躍動を見せた少女に驚愕を表した。


 その時――


「サラ!」


 背後から、騎士服を着た青年。いや、まだ少年と言って差し障りのない黒髪の男が、少女に声をかけながら走ってくるのが見えた。

 月華の銀輪と同年代なことは分かるが、関係性は見えてこない。身のこなしからは強者の気配は感じられず、事実、走る速度を見ても常人と言っていい。圧倒的な力を見せつけた彼女とはどう考えても繋がらなかった。


「壁を超えた先、噴水がある広場の中央の道を進んだところに病院があった。話は通してきたから、そこに運べば治療してもらえる」


「了解。ちょっと待って」


 そう言って、集中する様にサラが目を閉じる。その様子は本人の美しさも相まって、周りの人間に何か触れてはいけないような、神秘的なものを目の当たりにした心境にさせる。その姿に目を奪われていると、サラが確認するように少しずつ口を開いた。



「噴水がある広場………を、進んだ………ああ、ここか。大きさ的に全員は無理かな。重症者優先ね」


 言うが早いか、水に包まれていた騎士団員達がそのまま宙に浮き、次の瞬間には街の方向に弓矢の様に飛んでいった。


「え!? サラ、場所分かるの?」


「ん? ああ、魔力の流れで大体ね」


「……魔力の流れが分かるの? この距離で?」


「うん。何となく」


 さも当然のことの様に話すサラ・ローレンだが、その内容にドン引きしたのは、どうやらゾルだけではなかったようだ。サラの事をよく知っていそうな黒髪の少年も、何とも言えない表情で固まっている。


 当たり前のことだが、高い壁のせいで街の中の様子は目では見えないし、戦闘に巻き込まない様、壁からある程度距離がある場所で戦っていた。


 だから、確かに街の形を把握するなら、魔力の流れから建物の場所を割り出すしかないのだろう。しかし、攻守の両立と同様、理論的には可能なその方法は、魔導士にとって相当高い難易度のものだった。


 この世界には、空気と同じ様に魔力はどこにでも漂っているが、それを利用出来る者は少ない。空気を吸って吐いたり、肌に当たる風を感じることが出来ても、遠くの空気を感じることが出来ないのと同じだ。

 魔力を溜め、魔法にして放出する事。そして、自身の周りに漂う魔力の強さは感じる事は出来ても、遠方の、ましてや、視認できない場所の魔力を感じることが出来る魔導士などそういない。


 世界中にある魔力の流れを読める事は、空間把握能力の最高峰と言ってもいい。戦闘中にこれが出来れば、実質死角が無くなるのと同義となる。


 しかしそれも、高度な風魔法を使い、広範囲に自身の魔力を張り巡らせて使われるもののはずだ。見たところ、そんなものを展開している様子はないし、本人の言葉通りなら、それを感覚だけでしているという事になる。


「あんたも。病院行くなら運ぶよ? 見たところ結構重症だし」


「!! い、いや、俺はいい。この戦いの行く末を見届けてからにしてくれ」


 改めて向かい合ってみても、莫大な魔力を消費したはずのその少女からは、疲労が感じられない。底知れない少女の力に戦慄を覚えていると、丁度ゾル以外の騎士団員が全員壁を越えたタイミングで、遠方から響き渡った轟音がその場に残った全員の意識をそちらに向けた。



                 ********



「あ、ヤベっ、属性聞くの忘れてた」


 ルジャの街を一直線に目指す黒い飛竜に、こちらも真っ直ぐ向かっていくライルは、今更そんな初歩的なミスを口にする。

 一口に魔獣と言っても、その属性によって対応は変わってくる。炎の魔獣と水の魔獣では、攻め方や防ぎ方のセオリーがまるで違うからだ。


 ライルがここにくる前に葬った魔獣は炎属性だった。炎の魔纒を操るカイルは、その耐性から直撃しても大したダメージにはならなかったが、他の魔力を持った個体なら、少なくとも炎よりは厄介だ。


「まあ、とっととぶん殴ればいいか!」


 あまり考えるのが得意ではないライルは、元々戦闘時には情報よりも直感を重視するタイプだ。敵の魔力属性は知っておくに越した事はないが、知らないなら知らないでやる事は変わらないし、尻込みする理由にもならない。


 そして、魔獣と呼ばれた竜との距離が縮まり、ライルが攻撃を展開しようとした、その時、


「んぎゃっ!」


 油断。と言ってしまえばそれまでだが、竜が放った風の魔力が、塊となってライルに直撃した。一撃でゾルを満身創痍まで追い込んだ攻撃を受け、吹っ飛ばされたライルは空中で体勢を整えることも出来ず地面に叩きつけられる。そのまま数回地面を跳ねるように飛んでいき、最後には巨大な岩にぶつかって止まった。


 岩に入った亀裂と、ぶつかった時の轟音が衝撃の強さを物語る。あまりにも明確な死の光景。普通なら頭が潰れ、人の形を保つ方が難しいだろう。


 だが、


「いちちち、ヤッベー! まともに食らっちった。姉ちゃんに嫌味言われそー」


 死んでいてもおかしくない。いや、死んでいなければおかしい攻撃を撃ち込まれても、ライルの様子に変化はない。岩に直撃した頭を抑え、それでも平然と立ち上がる。


「けどまぁ、風の魔獣ってことだよな?」


 痛みを抱えた頭で、すぐに今受けた攻撃の分析を始める。

 風の魔法は速さに加え、視認し辛いところも厄介な属性だった。炎や水、土などと違い、風は自然の中で唯一不可視の元素だ。攻撃を躱すには、敵の攻撃手段から軌道を予測して避けるか、サラのように迫る魔力を肌で感じて避けるかしかない。そのどちらだとしても、相当の実力と集中力が求められるものだ。



 そして、敵が風属性だと知ったライルは――



「なーんだ。じゃあ話は早えや」



 何の気負いもなく、不敵に笑った。


 そんな余裕を他所に、竜がもう一度魔力を口内に溜め、ライルに照準を合わせる。ただ、今度の魔力は先程の比ではなかった。


 巨大に膨れ上がった魔力は、時間と共にその威力を増幅させていく。今受けた不意打ちとは違う、対象を破壊する明確な殺意がそこに集中する。そしてその"対象"は、ライルだけに留まらない。


 嵐のエネルギーをそのまま凝縮したような威圧感を放ち、遠く離れたゾル達にまで空気の波動が伝わる。それは魔力が放たれれば、その周辺も蹂躙される事を何より物語っていた。当然、ルジャの街まで被害を拡大する事になるだろう。


 そして、そんな絶望的な理不尽の塊が、無情にも放たれる刹那。


「『炎魔法 炎火(えんか)』」


 そのあまりに巨大な暴風に対し、カイルはその一瞬で拳に炎を溜め、それを投げるように腕を振って飛ばした。山すら呑み込みかねない暴風と、拳大の炎。誰の目から見ても質量に多大な差があるその激突は、轟音と共に周囲に霧散した膨大な風。何より、竜に直撃した炎が、どちらに軍牌が上がったのかを示していた。


 あまりに小さい炎の、あまりに大きな衝撃に、空の支配者たる竜の、その中でも特別な個体が驚きの悲鳴をあげる。殺したと確信した、自身にとって蟻の如き矮小な人間が、自身に牙を向いた事実にまだ思考が追いついていない。


 しかし、ライルにとって、この結果は驚くことではない。というのも、その理由は自身と相手の魔力の性質の差にあった。


 風属性の魔法は、その速さに特化している。とどのつまりは、


「火力なら、間違っても押し負けねえって事じゃん!」


 他のどの魔力よりも速く、視認し辛い。敵に命中させることに関して言えば、どの魔法よりも適していると言える風の魔力。その唯一の弱点は、威力が極端に弱い事だ。


 害獣の大群を切り刻んだゾルのように、格下に使う分には問題ない切れ味だったとしても、同格以上の相手に防御魔法を使われればまず抜けない。

 なればこそ、元素の魔力で最強の攻撃力を持つ炎魔法とぶつかれば、どちらが押し負けるのかなど言うまでもないことだ。


 無論、魔法の規模にもよるし、魔獣が放った風の魔法は決して弱くはなかった。並の魔導士では、炎魔法だったとしても押し負けていたであろう。


 それでも、ライル・ローレンの肩書きは


「《天名会》舐めんな」


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