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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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天名会


 《天名会》とは、二つ名を持った者たちの総称であり、その全員が入る事を義務付けられている組織の名前だ。


 有事の際、国家の守護を目的に存在するその組織は、誰もが認めるリガレア王国の最高戦力として存在する。一騎当千の実力者と謳われるS級冒険者の中ですら、入れるのは一握りの猛者だけだ。


「活躍は聞き及んでおります。未開の土地であった《リース山脈》の踏破。新種の魔獣《(きり)(さそり)》発見と、その対応策。新しい観点から見る魔纒の論文。他にも、活躍をあげればきりがない。流石、《天名会》のみで構成されたパーティーです」


 ソクロムからの賛辞からは、素直な敬意が感じられた。自身も冒険者として活動したからこそ、その重みのある言葉は、シオン達に真っ直ぐ響く。


「けど、ソクロムさんも結構強いよね」


「ば、ばかっ!」


「ハッハッハ! 天名会にそう言っていただけるとは、光栄の極みですな」


 業界の大先輩に対し、不敬とも言える上から目線の発言に、リンがライルの口を塞ぐが、ソクロムが気にした様子はない。それどころか、心底愉快だと言わんばかりに笑い飛ばした豪快な態度は、今までの紳士的な振る舞いより一歩踏み込んだ、彼の人間性が少し表に出ているように感じた。


「しかし、私はもう冒険者を引退した身です。それに私の力だけでは、この都市の異常を解決するどころか、守ることすら満足に出来ない。無駄に年を重ねた、成れの果ての老骨です」


 自らの力不足を恥じるようにそう告げるソクロムは、一転して声のトーンを落とす。事態が事態なので、ソクロムが悪い訳ではない。ただ、それを言ったところで何の慰めにもならないと、リンは口を噤む。


「まあ、トップがあんなのじゃ無理ないんみゅッ!」


 ライル同様、不躾を極めた発言をしようとするサラの口を、今度は即座に塞ぐリン。顔を赤く染めるサラを、視線を鋭くするシオンが睨みつけるが、その理由はリンが考えてるような真っ当なものではない。


「……とにかく、原因が分からないことには何も解決しません。騎士団が総力をあげて探っているそうですし、見つかるのも時間の問題でしょう」


「ええ。しかし、その分この都市の防衛は手薄になってしまいます。今まではそれでも問題ありませんでしたが、最近の害獣の活動は異常すぎる。ただ、皆様がこの街を守って下さるなら、安心して大勢の騎士を原因究明に動員する事ができます」


 ソクロムが全幅の信頼を置くのは、初対面の、しかもまだ二十歳にも満たない子供の三人であるが、その信頼を笑うものはこの国にいないだろう。《天名会》とはそういうものだ。

希望に満ちた展望を話し、これからの依頼についてより詰めた話をしようとした、その時



「副支部長! 大変です!」


 ノックすらなく唐突に扉が開かれ、職員の一人が入ってくる。それを咎めようとソクロムが苦言を言うより先に、その職員が伝えた内容がそれを阻んだ。


「南西の方角から、害獣多数襲来! これまでとは桁違いの数が、一斉にこの都市に向かってきます!」





                 ********






「どうゆう事だ、これは!」


 苛立たしげにそう吐き捨て、驚愕に見開かれた目を前に向ける男は、騎士団の中でも特に目立つ甲冑を着けた男。大隊長を務める、【ゾル・リチャード】だ。

 金髪を逆立てたその雄々しい見た目の通り、戦場では先陣を切って仲間を鼓舞しながら戦う剛の者として、王国で名を馳せた騎士だった。


 しかし、見張りからのあまりに馬鹿馬鹿しい報告を受け、半信半疑で向かった外壁の上。そこには、そのゾルをもってして、恐怖を覚える程の光景が広がっていた。


 ルジャの周りは四方全てに地平線が広がっており、余程目のいい者でなければ遠方の森すら視認できない。その見慣れた景色の一角に、明らかに地面とは違う色の面が見える。

 緑や紺、赤や茶色といった統一性のない面は、同じ方角に真っ直ぐ進む異形の集団に他ならない。


 紛れもなく、害獣の大群だった。



「……あれが、向かってるのか………この都市に!」


 それは正しく、異常事態としか言えなかった。


 通常、害獣が集団行動をするとしたら、それは同じ種による群れだけだ。狩りをする際、自身よりも大きな獲物を相手取る為に、複数で囲む習性がある種は確認されていたが、眼前に広がるそれは、見える範囲だけで百に近い種がごった返している。

 鋭い牙を持つ獣、一つ目の巨漢、人間大の百足、更には竜種も、地竜や飛竜含め、見えるだけで十体はいた。まだ距離があるが、速さを鑑みればここまで辿り着くのに時間はかからない。


「し、しかし、この外壁はA級にも破られないと聞きましたが……」


「バカが! それは攻撃してくる敵が一体の時の話だ! あんな数で一斉に来られたらひとたまりもない!」


 この街に外壁が造られたのは、害獣の異常発生の影響だった。防御力を上げるため、地属性の魔力が流されているその壁は、衝撃があった場所に魔力が集中するよう設計されていた。

 逆に言えば、複数の場所を一度に攻撃されれば、その分魔力の分散も多くなる。あの数に攻撃されても無事で済むなどと考えるのは、楽観視を通り越した無謀でしかない。


「ゾルさん!」


 目に映る脅威が差し迫ってくる中、自身を呼ぶ声にゾルは振り返る。そこでは同じ肩書きを持つ盟友、【レメク・イスタント】が、外壁の階段を登りきったところだった。


「レメク! 来てくれたか!」


「当たり前でしょう。今この街には、私と貴方しか大隊長以上はいないのだから」


 名前の通り騎士団の大隊長には、一個大隊を動かす権利がある。


 今、この外壁の下には二個大隊、ゾルの部下で構成された大隊と、同じくレメクの大隊、およそ千人の騎士が集っているが、それでも外壁の上から覗くゾルの表情は硬い。明らかに害獣の方が圧倒的に多い為だ。

 大抵の場合は、一体の害獣につき複数の騎士で当たる。格上の魔導士が複数の害獣を蹂躙する事はあるが、そんな事が出来るのは一握りである。だが、明らかに今回の害獣の数は、その二個大隊の倍以上はいた。


「……報告が来た時はまさかと思ったが、害獣が徒党を組むとは。何が起こってるんだ」


「ええ。信じがたい光景ですが、今は一刻を争う事態です。原因の事は後にしましょう」


「一刻を争う? 言いたくはないが、あれはこの都市の戦力でどうにかなる規模じゃないぞ!」


 今回、ゾルはあえて『騎士団』ではなく『戦力』という表現をした。猪突猛進の印象を受ける彼だが、武勇だけでは騎士団の大隊長になどなれない。街の騎士団員を総動員しても、どうにかなるような相手ではない事は理解していた。

 だからこそ、初めから『戦力』という大枠、冒険者も勘定に入れての総力戦を覚悟するが、それでも厳しいと言わざるを得ないだろう。


「冒険者協会には俺から応援を要請したが、とても足りん! 近隣の街や都市にも連絡し、この外壁の強度も上げた。しかしどう考えても、それらが来るまで持ち堪えるのは不可能だ! クソッ、これではソクロムが来てもどうにもならん」


 ここにいる自分達が今、命をかけて戦っても、住民の避難が終わるまで耐えられるとは思えない。絶望的な状況で、先の見えない不安と恐怖が胸を支配する。


 しかし、レメクの見解は少し違っていた。


「いえ、あるいは冒険者協会からの応援さえ届けば、この状況を打破できるやもしれません」


 盟友のその言葉に、ゾルは驚きを絶句という分かりやすい形で示した。

 それは、余りにも現状を分かっていない発言だろう。つい先程のゾルも、ルジャにいる騎士団と冒険者の全てをぶつけて、それでも勝てないと結論付けたばかりだ。

 この場の全員が死を覚悟したこの戦場で、現実逃避に近い幻想を語るレメクは、それでも気が動転しているようには見えない。


「――し、正気か? レメク。貴様ほどの男が、今の状況を分かっていないわけではないだろう」


「ゾルさんは確か昨日、クレデリオ山に調査に行っていましたな」


「……ああ。害獣の異常発生の原因を調査する為にな」


「であれば知らないのも無理はありませんが、昨日の夕方頃、この街に一つの冒険者パーティーが、依頼のために入りました」


「冒険者パーティー?」


「ええ。《月華の銀輪》です」


「――っ!! なんだと!?」


 頭に雷が落ちたのかと、そう錯覚する程の衝撃が全身を駆け巡った。


 ゾルはあまり冒険者にいい印象を持ってはいないが、それは戦闘能力を認めていないという話とは切り離すべき認識だ。騎士団の大隊長は、冒険者のランクと比すればA級相当だと言われており、それ以上の地位にいる者には一定の敬意を持っている。

 そして、その中でも最高峰の存在が《月華の銀輪》だ。このタイミングで、喉から手が出るほど欲しかった戦力が同じ街にいるなど、冗談に思えるほど信じられない話だった。


 自分が浮き足立つのを自覚し、ゾルは驚きと興奮を覚える感情の波を抑え、冷静な思考を意識する。


「しかし、いくら何でも、たった三人であれだけの害獣を相手に出来るのか?」


「ですが、今はそれが唯一の希望です。もちろん、彼等は冒険者だ。国王の勅令でもないのに、わざわざ危険を冒してまでこの都市の為に戦うかは分かりませんが。………最悪、どこかの街に避難する可能性もある」


「……そうなれば、我々はここで全滅するな」


 そう、自嘲するように呟いて、ゾルは眼下に目を向ける。こうしている間にも、害獣の大群はルジャの街に接近していた。


「とにかく、この街の騎士はほぼ全てここに召集をかけました。出来ることをやりましょう」



 そんなゾルに発破をかける様に、そして、自身の恐怖心を押さえ込む様に、レメクは背中から剣を取り出し、高々と掲げて宣言した。


「リガレア騎士団の、誇りにかけて!」




                 ********




『魔纒器合 ()(じょう)!』


彼方に見えたそれが、瞬く間に外壁を守るように構えていた騎士団とぶつかる前、十人の魔導士達が杖に魔力を流し、防御特化の魔纒を展開した。


『土魔法 土壁(つちかべ)!』


そのまま全員が一斉に大地に杖をつき、魔力の奔流が害獣の眼前の大地を押し上げ、巨大な土の壁を生成する。


十分な硬度を持っているはずのそれは、千に及ぶ害獣達の脚を一瞬止めたが、最前方を挽き肉に変えながらも狂ったように進むその行軍を止められるはずもなく、余りにも呆気なくひび割れる。


 ――その一瞬の隙を見逃すほど、大隊長は甘くない。


「魔纒体合 (ふう)(きゃく)!」


ゾルは壁の上に跳躍し、今まさにそれを突き破ろうとしている異形達に、上から風の刃を降らせた。


「『風魔法 (ふう)()(れっ)(しょう)』」


 目に見えない斬撃は、壁に這いつくばる様にして、何重にも重なっていた害獣を一網打尽にする。

 血肉が飛び散り、そこにあった命を確実に刈り取っていく鎌の威力を目の当たりにして、それでも害獣達は止まらない。肉塊になったそれらを無いものの様に無視し、押し流し、踏み潰しながら、壁の耐久力を削りきり壁を粉砕する。その前方の視界が開けた直後――


「『魔纒器合 雷剣(らいけん)』」


 眩い雷を剣に纏い、その男。レメク・イスタントが、切先をこちらに向けているのが見える。


 壁を破った害獣達が見た光景は、それが最後となった。


「『雷魔法 雷震(らいしん)』」


 地を這うように稲妻が扇状に走り、瞬く間に害獣を直撃。してもその勢いは止まらないどころか、後方に行くほど広範囲の獣を雷が呑み込む。


 それが与える影響は種によって異なる。耐性が無ければ心の臓が止まるほどの電流が流れるが、相性が良ければ足を止める程度だ。


 そして戦場で足が止まれば、それは攻撃の格好の的になる。


「今だ! 攻撃放て!」


 ゾルの叫び声が響くより前に、騎士達が練り始めていた魔力が形を持つ。


 腕や、脚や、刃や、杖や、弓や、棍棒が、――炎を、水を、風を、土を纏い、力を溜める。それは属性も武器も違えど、矛先を同じくする破壊の法則。それらが一斉に放たれ、地も空も関係なく害獣へと着弾する。


 黒焦げになり、八つ裂きにされ、潰されて死んでいく敵の数は十や二十では効かない。四百人もの騎士達による全力の魔法は、確かに害獣の群勢の総数と勢いを削ることに成功する。

 いくら数が多く、一対一では勝ち目のない脅威の強さを持つとはいえ、大群のほとんどは所詮知能の無い烏合の衆だ。考えの無い突撃のツケは、考える人間達による連携によってその戦力差をひっくり返す攻撃に晒される結果となった。


 しかし、中には知恵だけでは勝てない相手もいる。


「――っ! やはり、竜は堕ちんか」


 そう悔しそうに呟くゾルが、視線の先で悠然と空を飛び、地を進む竜種を睨みつける。


 最後の攻撃だけを受けた空飛ぶ竜はともかく、今までの攻撃全てが当たった地龍でさえ、その鱗にはダメージの痕跡は見られない。

 そしてかなりの数を倒したとはいえ、まだまだこちらより圧倒的に多いのだ。今の時点でやっと倍の数といったところだろう。気を緩める理由は無い。


 それでも、先手は十分取った。


 ここからは総力戦だ。武器毎に部隊分けされた騎士達は、日頃の訓練の成果を披露するように迅速な行動を開始する。


「ドラゴンは私とゾルさんで相手をする! それ以外の害獣は各自の判断で対応! 絶対に街に近づけるな!」


 普段温厚なレメクの、喉が裂けるような咆哮を聞き、その部下達は極限まで集中力を高める。正面、すさまじい土埃をあげながら、化け物達の理性なき声が耳に届く距離まで近付き――




 ――騎士の使命と害獣の狂気が、満を持して激突した。



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