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【2.000pv感謝!】底辺騎士が紡ぐ物語 〜英雄になれなかった少年〜  作者: 達磨 紺紺


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失言


『っっ!?』


 唐突に鼓膜を震わせた高音に、リンとナルクは同時に体を硬直させる。いや、エントランスにいる人間全員が、音のした方向、つまり、リン達五人がいる席に視線を釘付けにして固まっていた。

 思考が真っ白になるほどの轟音。頭で考え出すより早く、目の前のテーブルが粉々に砕け散った光景で、音の発生源を理解する。ガラス製のテーブルは、サラが伸ばした脚を基点に割れており、誰がやったかなど一目瞭然だ。

 腕を組み、ソファーに背を預ける傲慢な姿勢のまま、サラはその切れ長な目を一層鋭くしてナルクを睨みつける。


「……いい加減にしろよ?」


「お、おい、サラ!」


「ナルクさん」


 過去最悪と言える程のサラの不機嫌を見て、何とか抑えようと焦るリンだが、続いたシオンの声に背筋が凍り、体が動かなくなった。


 サラと同様、こんなに機嫌が悪いシオンは見たことがない。その声には怒気を超えて殺意が混じり、たった一言でその場にいる全員の血の気を引かせた。


 周囲の者達は、自分に向けられたわけではない事は理解した上で、本能による恐怖が体の硬直を解かさない。直接この威圧感を感じているナルクは、最早青白い顔をしたまま口を開く。

だが、


「……わ、私はっ………あ、あなた方の為に言っているのですよ!? 今回の依頼だって、こいつが月華の銀輪に無理やりついてきたんでしょう? 何故そんな奴のっ――」


 胸の内を燃やす激情。それを言葉にすれば、その全てが失言に変わった。それを今度は視線だけで黙らせたシオンは、先程までより更に深い憎悪を瞳に宿す。

 その圧力は睨みつけている相手だけに留まらず、同じ空間にいるもの全てが、首にナイフを当てがわれたかのような緊張感を共有していた。

 声を出すことすら憚られる静寂が支配する中、それを作り出した張本人が、止まった時を進めるかのようにゆっくりと話し出す。




「こちらの方には、私達が、直接依頼して、同行していただいたのです」




 丁寧な言葉とは裏腹に、黒い感情しか乗っていないと分かる声で




「それを愚弄することがどういうことか、理解していないんですね」




 表情には出さずとも、憎悪の全てを込めた射殺すような瞳で




「我々に、ケンカを売りたいんですか?」




 そう言い放った直後、シオンを中心に強大な"光"の魔力が、エントランスに迸った。


 大理石で出来た地面にヒビが入り、窓ガラスが内側からの衝撃で粉々に砕け散る。

 その影響は、事の成り行きを見守っていた職員は勿論、屈強な冒険者達にも無視できない衝撃を与えた。大地が震え、立っているのもやっとだったところに、魔力の波が人を押し流す。


 カウンターに隠れるもの、エントランスから退避するもの、壁際で丸くなるものなど様々な対応をしているが、唯一共有しているのは、その全員になす術がない事だけだ。


「っ!! シ、シオン! ストップストップ!!」


 本人が調整したのか無意識によるものか、唯一そこまで影響の無かったリンがシオンに全力で静止の言葉をかける。

 一瞬目が見開かれ、我に返った様子のシオンが徐々に魔力を引いていった。


「……すみません。取り乱しました」


 頭を下げ、リンに対して謝罪を口にするシオンだが、その目は未だに燻る自身の怒りを雄弁に語っていた。


 周りの様子は間違いなく惨状と呼べる。


 冒険者は荒っぽい性格の者が多い。よく些細な事で喧嘩になったりするため、出入りの激しいギルドはある程度壊れる事は日常茶飯事だ。実際、綺麗にしているとはいえ、リン達がきた時にも既に凹んだり傷がついている場所もあった。


 しかし、ここまでくるとそんな可愛い表現では説明できないだろう。


 害獣の侵入を許したのかと思えるほど滅茶苦茶になったエントランスには、死屍累々といった様子の冒険者達が転がっている。その全員が今回の原因とは無関係なのだから、リンの胸を同情と罪悪感が締めるのは仕方のない事だ。


 不幸中の幸いは、職員のほとんどはカウンターなどの隠れられる場所に避難できていた事だろうか。


「……やりすぎだよ、そんな怒る事じゃないだろ」


 それでもリンがシオンをあまり怒れないのは、彼女が自分のために怒ったことを理解しているからだ。

 こんな状態になってはしまったが、基本シオンは理性的な部類に入る。普段なら口説かれようと罵られようと、冷静に対処出来るはずだった。


「サラも。前にも言ったろ? 耐えるのも大事だって」


「そうかな? 結構耐えた方だと思うけど?」


 こちらは悪びれもせず、むしろ被害者だと言わんばかりの態度だ。

 何より、こんな状況でも未だに眠り続けているライルの神経には最早尊敬の念すら感じる。


「…………さて」


 ここまで状況整理と書いた現実逃避を続けてきたが、そろそろ一番の問題に目を向けるべきだと、リンが一呼吸置く。


「………どうすんだよ、あれ」


 諦めた様なリンの視線の先には、今回の加害者であり被害者でもある男。ナルクが、壁に激突した衝撃で気を失っていた。




                 ********





「申し訳ありませんでした!」


 あの後、騒ぎを聞きつけた職員が総出で事態の収束に動いたおかげで、既にギルドは通常業務を再開していた。

 流石に床に入った亀裂や、壊れた窓ガラスなどは修理できていないが、それも時間をかければ大した問題にはならないだろう。


 それでも、迷惑をかけたのは間違いないし、修理費用など余計な出費もかかるとなるとこのままというわけにはいかない。

 ナルクは今病院に運ばれており、代わりにリン達はこのギルド支部の副支部長を訪ね、職員用の個室にて対面していた。


 今はリンが一歩前に出て頭を下げているが、他の三人は部屋に入ってから不遜な態度を崩していない。それどころか、まるで自分は悪くないと言わんばかりの顔で全員が明後日の方向に視線を向けていた。


「いえ、少しですが、職員から話は聞きました。こちらの支部長が無礼を働いたそうで。むしろこちらから謝罪させていただきたい」


 そう言って頭を下げるその姿は、少なくとも先ほど見た支部長とは正反対と言える対応だった。

 歳は老人の部類に入るであろうが、背筋をピンと伸ばし、薄茶色の長髪をシンプルに束ねているその姿は老紳士という言葉がしっくりくる。

 何より気を引くのは、服の上からでも分かる体格の良さ。鍛え上げられた肉体が発する圧迫感は、一目で若かりし頃の勇猛さを想像させるものだ。


「……何でそんなやつトップにしてんの?」


「ちょ、サラ!?」


「貴女の仰りたいことは理解できます。今回の件は、大変、ご迷惑をお掛け致しました」


 サラの無礼千万な物言いに対し、怒るでもなく年長者として度量を見せた老紳士。言葉には出さないが、リンも何故この人が支部長ではないのだろうかと、胸の内で首を傾げるばかりだ。


「私は、この街の冒険者協会支部で副支部長を務めております。ソクロム・ルーリエイです。この度の件、改めて謝罪致します」


「あ、いや、こちらこそ。ほら! お前らも謝れ!」


 先程から変わらぬソクロムの低姿勢だが、明らかにこちらにも非がある。というのに、こちらはこちらで相変わらず不遜な態度を崩さない。


「……しかし、兄さん。先に礼を欠いたのは向こうです」


「今回ばっかりはシオンに一票。下手に出てればつけ上がりやがって」


「俺寝てただけだし〜」


「限度があるし! 寝るのダメだし! 誰が下手に出てたって!?」


 同郷出身で何故ここまで常識がズレるのか理解ができなかった。この期に及んで反省どころか悪びれる素振りすらない。

 尚も言い合いを続ける四人に、やりとりを見守っていたソクロムはどこか懐かしむように目を細めた。


「いいパーティーですな。信頼しあっているのがよく分かる」


 笑みを浮かべながらそう口にするソクロムの言葉には、皮肉や悪意といったものは感じられず、本心であることが伺える。

 むしろ優しく微笑むその姿は、孫を見る祖父のような慈愛に満ちていた。だが、リンはそれとは違う理由から、むず痒い思いを感じる。


 リンにとって、この三人といるところを《いいパーティー》という表現をされたのは初めてだった。

 普段から月華の銀輪とは合同依頼をこなしているが、依頼中にリンが下級騎士だと知られた時の反応は、概ねエントランスでの冒険者たちをみても分かる通り、『何でお前なんかが』といったものが大半を占める。

 そうでなくても、怪訝な顔をされたり、侮蔑に歪む顔をされたりと、少なくとも三人と対等の相手として見られたことはなかったように思う。

 だが、ソクロムはそんなリンを含めて、何の臆面もなく『いいパーティー』だと言った。それが、リンにとっては慣れていないこともありむず痒く、しかし胸の内が温かくなる想いも同時に生まれる。


「通じ合える仲間というのはいいものです。冒険者として生きていくうえで何よりも得難く、そして大切な存在となる」


「……ソクロムさんにも、そんな人がいるんですか?」


 リン達を通して、どこか遠くを眺めるような目をしたソクロムに対し、なんとなくそんなふうに感じたリンがそう問えば、ソクロムの瞳には少し寂しさの色が宿った。


「………そうですな。私にも昔、そんな仲間がいました。共に歩き、共に笑い、共に戦い、そして共に生きた大切な仲間でした。彼らとの思い出は今でも、私という存在の一部としてなくてはならないものです」


 それを聞いて、リンは自分の質問の迂闊さを恥じた。


 冒険者に危険はつきものだ。昨日笑い合った友人が、今日死んだと聞かされることも珍しくない。

 ソクロムの口振りからして、その仲間は既に亡くなっているのだろう。そしてそれは、何よりかけがえのない存在であったことはその様子から窺える。

 自らの不用意な発言を呪うリンに対し、その心中を慮ってか、ソクロムはより一層優しい声で続ける。


「今を大切にして下さい。冒険者も騎士も同じ様に、大切なものであればあるほど、あることが当たり前だと思ってしまうものです。無くすまでその本当の価値を測れないとは、皮肉なものですな」


 それは、歴戦の戦士として、数々の戦場を渡ってきたが故の重さを感じる言葉だった。


 リンだけではなく、後ろに立っている三人にとっても胸に響く程、力強く重い言葉。

 王国最強のパーティーだからと言って、まだまだ冒険者としては新米の部類に入るその経験の浅さを改めて実感する。これを言ったのがただの商人や、それこそ他のギルドの重鎮であっても、ここまで響くことはなかっただろう。自分達が想像すらしたことのない膨大な経験を、目の前の老紳士は当たり前の様にしているのだと感じた。


「……コホンッ、話がそれましたな。そのついでと言っては何ですが、《月華の銀輪》の皆様とリン殿には、いくつかお伝えしなければならないことがございます」


 途端に真剣味を帯びたソクロムに、目の前の四人も無意識に姿勢を正す。

 リンだけでなくシオン達も、ソクロムの話は聞いて損はないと判断した証拠だ。


「外から来られた皆様は既にご覧になったかと思いますが、この街の外壁は今、おそらく王都よりも堅牢な造りになっています」


「そうですね。冒険者という仕事柄、色々な街や都市に行きますが、ここ程力を入れていたところは無かったですから」


「……実は最近、ルジャの街には害獣の襲撃が激増しておりまして、対応が後手に回ってしまい、何度も壁への接触を許してしまっています。今は外壁を強化することで凌いでいますが、そのせいで壁際の住人からの苦情が絶えません」


 通常、街の外壁まで害獣がたどり着く事は稀だ。近くで目撃情報があった時点で討伐の依頼がギルドから発注されるし、見張りが目視できたなら騎士団が対応する。


 そして壁があるとは言え、至近距離に強力な怪物がいると感じられれば、当然住民は不安を覚える。万が一、何かの間違いで破られれば、その先では壊滅的な被害が出るだろう。

 その為、都市や街を守る外壁は文字通り最後の砦だ。使わないに越したことはない。


「……偶々、ということは無いんですか?」


「そう言うには少々度が過ぎております。つい先月まで、街に近づくのはB級の害獣が月に二度か三度だったのですが、少しずつ頻度も強さも上がっていき、今月に至ってはB級が三十二件、A級が七件報告されています。今は外部より冒険者を読んで対応しておりますが、いつまでもこのままと言うわけにはいきますまい」


 深刻そうに話すソクロムには冗談を言っている素振りはないが、話されたその内容は信じられないものだった。


 ルジャに限らず、リガレア王国に点在する都市や街のほとんどは外壁に囲まれており、一歩外に出れば害獣が跋扈する危険地帯だが、そのほとんどの種には縄張りがある。それ故、基本街の防壁や、滞在する冒険者や騎士の数はあまり変化しないし、する必要も無い。


「これは明らかに異常事態です。このままではいずれ、住人の不満が抑えきれなくなるでしょう。そうなれば、ルジャという街の存続にも関わります」


 ソクロムの声から余裕が消える。まだ会って数分しかたっていないが、入れ替わりの激しい冒険者業界。そこで一定の地位を確立し続けたからこその、ギルド副支部長だ。様々な経験をして方であろうソクロムのその姿が、手の打ちようがない今の切迫した状況を物語っていた。


「ここからはご相談なのですが、皆様には原因が解明されるまでこの街に滞在していただくことは出来ませんか? 勿論、こちらはこのギルド支部から、月華の銀輪への正式な『指名依頼』とさせていただきます」


「!!」


 『指名依頼』

 これは、特定の冒険者やパーティーを指名して出される依頼である。

 もちろん、それは実力の無い者には縁のない話だ。これが発注されるのは、冒険者にとって実力を認められている何よりの証であり、大変な名誉でもある。

 その上、報酬も普通のものより多く設けられている事が多く、まして今回は支部とはいえ、冒険者業界の総本山から直接の指名依頼だ。メリットをあげればキリがない。


「……具体的な内容は何ですか?」


「皆様には、壁の外に出没した害獣の討伐をお願いしたいのです。その間、この事態の調査は我々と騎士団が行います」


 そして今回は、内容も至ってシンプルときた。あまりにも出来すぎた話に、リンは一つの可能性に気が付く。


(もしかして、全部計算のうち?)


 考えてみれば、《月華の銀輪》なら指名依頼も初めてということはないだろう。もしかしたら複数回こなしてるかもしれない。

 あくまで推測だが、そうすればある程度の発注パターンを認識しているはずだ。

 リンは知らなかったが、もしこの街の異変も以前から認識していたのなら、A級の依頼を受けた裏の狙いがこの指名依頼である事も考えられる。


 それに先程ソクロムは、外部の冒険者を集めていると言った。その依頼は当然王都にも入っているだろう。しかし、同じ内容の依頼でも、それを受注するより、指名依頼の方がよっぽどいい条件で受ける事ができる。


 だとしたら、目の前の三人への評価がリンの中で一変する。悪い意味ではなく、そう言った謀とは無縁だと思っていた昔馴染み達は、冒険者業界を知り、一つ大きな処世術を身につけたという事だ。


「リン兄は? 受けんの?」


「え?」


 そんな推測をしていると、ライルから思いもよらないことを聞かれて、リンは少し回答に戸惑った。


 受けるか受けないかを考えたのではない。何故そんなことを聞くのか、質問の意図が分からなかったからだ。


 そもそもこの件は《月華の銀輪》への依頼として受注されたもので、リンは指名の対象外だろう。この場にリンがいること自体が場違いでしかない。


 だからこの話が出た時点で、リンはここで三人と離れるつもりだった。指名依頼でも、ここまでの好条件はそう無い。難点を探す方が難しいくらいだ。冒険者であれば、受けないという選択肢はほぼ無いに等しい。


「いや、俺は関係ないだろ。合同依頼が終わったら王都に帰らないと」


「じゃあ俺やらない」


「………はい?」


 だが、何事にも例外はある。


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