2周目 8
二日目の昼下がりになると、鉄真たちは学校の近くにある湖畔に足を運んでいた。
この辺りは風が冷たくて涼しい。波紋が広がる湖面からは魚の泳ぐ水音が聞こえてくる。
そろそろ強敵に挑んでみるべきだ。そう判断して、鉄真たちはここまでやって来た。茂みなかに身を潜めて、湖のほうをうかがう。
「普通のザコ敵みたいにうろつきやがって」
銀色の鎧姿の騎士が、湖のそばを歩いている。ガントレットを装着した右手には、赤黒い血痕で汚れた剣を握っている。
そして何よりも特徴的なのが、兜のスリットから覗く青い眼光だ。片目だけが青い光を放っている。
「あの騎士が、例の初心者狩りだな」
ロストスカイ・メモリーの情報を頭に叩き込んでいる友則が、湖畔をうろつく騎士を覗き見ながらつぶやく。
クオリアエンドが開発するゲームでは、なぜかスタート地点のそばに高レベルのエネミーが配置されていることが多い。初心者はそれを知らずに近づいていき、洗礼を受けることになる。
ネットワークテストでも、あの騎士は数々のプレイヤーを葬ってきた。ロススカの最新情報を配信していた動画でも「こいつには近づいちゃダメ!」と警告がされていた。
ロススカの事前情報があったのと、クオリアエンドの開発したゲームということから、一周目でも手出ししてはいけないヤツだと嗅覚でわかった。伊達にクオリアエンドのゲームで死にまくっていない。
もっとも、本物のゲームだったら鉄真は「こいつ絶対に初心者狩りだな」とわかっていても、とりあえず突っ込んでいって一回殺されたりするが。
「一周目でも警戒はしていたが、気づかれて発見されちまった。襲いかかってきたときは、本気で殺されるかと思ったな。俺がオトリになって、どうにか撤退できたが」
「よく生きて逃げられたな?」
「まぁ鉄真は殺しても死なないしね」
「それもう人間じゃなくない?」
静音の物言いは不服ではあるが、よく逃げ延びられたなと、鉄真は自分でもそう思った。
「一周目は【鑑定】する余裕すらなかったけど、今回はできそうだ」
茂みに隠れたまま、湖畔にいる騎士に向けて【鑑定】を使用する。
【隻眼の騎士】
レベル:170
天の地を放浪する凄腕の騎士。
多くの来訪者を斬り捨ててきた。
騎士についての情報が頭のなかに流れ込んでくる。現在の鉄真よりも少しだけレベルが高い。やはり序盤に手出ししてはいけない相手のようだ。
「来訪者って、わたしたちプレイヤーのことだよね?」
「そうだ。天の地に住む者たちからすれば異世界人、つまり現実世界の人間である俺たちプレイヤーのことを指す。ロススカのなかでは、別の世界からやって来た存在を来訪者と呼ぶ」
静音の疑問に対して、友則が声を弾ませて答える。こういう世界観の設定説明とかするのが好きなんだろう。
「そしてあの隻眼の騎士は、多くの来訪者を殺してきたということだ」
だけど、今回はそうはならない。鉄真がそうさせない。
鉄真が【アイテムボックス】から肉断ち包丁を取り出すと、友則と静音もそれぞれの得物を手にした。
「準備はいいか?」
昨日と違い、これから戦う相手は自分たちよりもレベルが高い。友則も静音も緊張している。
だけど明日になれば、三日目の夜が訪れる。今日中に少しでも多くの強敵を倒して、レベルを上げておかないといけない。
友則と静音は意を決して頷く。
「それじゃあ、いくぞ」
戦闘開始を告げる。
静音は茂みのなかで杖を構えると、【魔力の槍】を発射する。
青い槍は風を切るように湖畔に飛んでいき、閃光を放って弾ける。水しぶきがあがり、水滴が雨となって地面をぬらす。
「……よけられた」
「勘付かれてしまったか」
隻眼の騎士は青い槍が直撃する直前で横に跳び、射線上から逃れていた。先制攻撃が失敗に終わる。
兜の奥にある青い目を光らせると、隻眼の騎士は茂みのなかから奇襲してきた鉄真たちを睨みつける。
「来訪者、コロスッ!」
言葉を発してくる。殺意に満ちあふれた言葉だ。それを実行に移すために、隻眼の騎士は地面を蹴って駆け出す。
「いくぞ、友則!」
友則に呼びかけて、立ちあがる。殺気を放つ隻眼の騎士が迫ってきているが、臆さずに鉄真は前に出る。
――意識を切り替える。
相手は自分と同じ生き物じゃない。だから殺す。相手が死ぬまで止まらない。完全に殺し尽くす。
「息の根を止めてやるっ!」
牙を剥いた獣のごとき唸り声をあげて、手にした肉断ち包丁で力任せに斬りかかる。
火花。金属音が響く。
肉断ち包丁の一撃を、隻眼の騎士は赤黒い血で汚れた剣で受け止めた。
膂力が強い。どれだけ押してもビクともしない。
――直後、隻眼の騎士が吹っ飛ぶ。
側面から友則が戦鎚を叩き込み、隻眼の騎士の脇腹にヒット。鐘を突いたようないい音が鳴った。
隻眼の騎士はよろけながら踏みとどまる。効いてる。鎧を装着していても、ダメージが入っている。
「コロスッ……!」
ゲームならここで友則にヘイトが向くのだろうが、隻眼の騎士は距離の近い鉄真を狙ってくる。素早い動作で血に汚れた剣を振るい、叩き斬ろうとしてくる。
ダンッと、かかとを鳴らしてバックステップ。隻眼の騎士の斬撃は空振り、鉄真にかすりもしない。
数々の来訪者を葬ってきた初心者狩り。鉄真たちよりもレベルが高くて、スピードもパワーもある。
……だが殺せる。
軽く手合わせして、動きを見て、そう感じた。
一周目は撤退を余儀なくされるほどの実力差があったが、今回は相手の動きについていける。渡り合うことができる。
――なんのために力を使うのか、よく考えるんだぞ。
そう言われたことがあった。あのときはまだ答えを持ち合わせていなかった。
「あぁ、わかってるよ」
もうその答えは得ている。高宮鉄真のなかに、確かな意志としてある。
「コォロスゥ……!」
興奮気味に叫んでくると、隻眼の騎士は鉄真めがけて突進。血に汚れた剣を横薙ぎに振るい、水平斬りを繰り出してきた。
膝を折る。腰をかがめる。白刃の軌跡が毛先をかすめた。
すかさず反撃。肉断ち包丁で斬りあげて、鎧の上から斬撃を浴びせる。
隻眼の騎士が悲鳴をあげて仰け反った。そこに追撃。友則が戦鎚を叩きつけ、静音が遠距離から【魔力の槍】を放って直撃させる。
「コロス! コロスコロスコロスコロスゥゥゥゥゥッ!」
ダメージを負った隻眼の騎士が狂ったように絶叫。青い目をギラつかせて、先ほどよりも加速し、斬撃を打ち込んでくる。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
豪快に笑い飛ばす。鉄真の口が大きく歪み、笑い声がほとばしる。
隻眼の騎士が剣を振る前から、鉄真はその攻撃をよけていた。
未来が見えているかのように相手が動き出すよりも先に動き、振り下ろされた剣が当たらない位置に、余裕をもって足を運んでいた。
隻眼の騎士からすれば、まるで理解できない状況。完全に理外の現象だ。
だが鉄真にはこうなることが見えていた。
この瞬間に、勝利を確信する。
「もうテメェに勝ち目はねぇよ!」
剣を空振らせた隻眼の騎士の右側面に立っている鉄真は渾身の力を込めて、肉断ち包丁を叩き込みまくる。
打ちつける刃が激しい金属音を鳴らした。
何発かブチ込むと、隻眼の騎士は霧状になっていき、風化するように散っていく。
初心者狩りとプレイヤーに恐れられていた強敵の撃破を達成する。
『レベルが上がりました』
頭のなかでシステム音が聞こえる。鉄真のレベルが168まで上がる。
友則と静音も同じくらいレベルアップしたはずだ。
「剣と鎧をドロップしたみたいだけど」
静音が地面に視線を落とす。
霧が散っていくと、そこに血痕が付着している剣と銀色の鎧が残される。どちらも隻眼の騎士が使っていた装備品だ。
【鑑定】してみると、鎧のほうは隻眼騎士の鎧という名前で、『隻眼の騎士が装着していた鎧』という名前まんまの説明文が表示された。
そして血のついた剣のほうは……。
『血塗れの剣』
必要能力値:攻撃力2100以上
数多の来訪者の血をすすった剣。
説明文のなかに、必要能力値というものが表示されている。
装備品やスキルのなかには、使用するのに必要な能力値を要求してくるものがある。ステータスの数値が足りなければ、それを使うことができない。必要能力値が足りないまま、その武器を手にしても本来の力が発揮されることはない。
だけど要求される必要能力値が高ければ高いほど、それだけ強力な武器やスキルということだ。
現在の鉄真の攻撃力は2180。血塗れの剣を使うことができる。
「俺は重装鎧で守りを固めたい。軽装鎧は心許ないからな。武器も大剣や戦鎚のような脳筋系のほうがしっくりくる。どちらも鉄真が使ってくれ」
友則は受け取りを拒否し、隻眼の騎士の装備品を鉄真に譲ってくる。
静音もステータスの数値や獲得しているスキルが魔術師系のものばかりなので、剣や鎧には興味がないようだ。
話し合いの末、今回の戦利品は鉄真がもらうことにした。
「この調子で強敵を倒して、レベルをあげていこう」
明日に備えて強くならないといけない。元の世界に戻るために。
湖畔を離れると、友則が集めていたロススカの情報をもとに、魔剣士、巨人の騎士、氷の魔術師といった強敵たちを倒して更にレベルアップする。
古城や遺跡にも入っていき、探索範囲をひろげていった。
そうして三日目。
再び最後の夜が訪れる。