2周目 5
「二日後の夜についても、話しておかないとな……」
「そういえば二日後の夜のことを覚えているのか聞いていたな。その夜に何かあるのか?」
伝えにくいことではあるが、黙ってはおけない。鉄真は意を決して、前回の最後について打ち明ける。
「こうして戻ってこれた十日目の今日を『一日目』だとすると、今から二日後の『三日目』。その夜に闇の眷属っていう魔物がどこからともなく大量に湧き出してくる。ソレに俺たちは襲われる」
「闇の眷属……聞いたことのない魔物だ。そいつらは強いのか?」
「強いというか、まともじゃないな。この世界にいる魔物は種族によってレベルが統一されているが、闇の眷属だけは個体によってレベルが違っていた。インプ並みに低レベルのヤツもいれば、俺たちよりレベルの高いヤツもいた。基本的に真っ黒で粘ついたドロドロした外見だが、獣型だったり人型だったりと、姿形も個体によってバラバラだ」
ロストスカイ・メモリーのなかでも異質な存在。他の魔物たちとは明らかに異なる法則にいる。
そんなイビツなモノが、三日目の夜に無数に出現する。
「学校にいれば安全なんじゃないの? 結界に守られているから、外部の魔物たちは入ってこられないわけだし」
「そうもいかない。なぜか三日目の夜になると、校庭に置かれた神意の像が壊れて、学校を守っている結界が消失するんだ。だから闇の眷属たちも、他の魔物たちも校内に侵入できるようになる」
学校という絶対的な安全地帯。ロススカの世界に迷い込んだ鉄真たちにとって心身を休めることができる拠り所。それが失われるのは、大きな損失だ。
前回は不測の事態に混乱して、侵入してきた魔物たちと戦いつつ学校から抜け出すのに苦労した。
学校を守る結界が消えたことを聞かされると、友則の表情が険しいものになる。一周目の世界。三日目の夜に、どのような結末を迎えたのか想像がついたようだ。
「前の周で、俺たちはどうなったんだ?」
若干声を低くして、友則は尋ねてくる。
変に誤魔化すことはせずに、鉄真は起きたことをそのまま話した。
「学校を抜け出す前に、静音が命を落とした。俺と友則は学校を抜け出した後に、闇の眷属たちに襲われて全滅だ。ユイナは別行動を取っていて学校にいなかったから、どうなったのかわからない」
それが一度目の結末。三日目を越えることができず、三人とも力尽きた。
友則は唇をきつく結びながら聞き入っていた。静音は目を丸くして息を飲んでいる。
二日後の夜に、それは現実として起こった出来事だ。
「退屈しなくて済みそうね。楽しみだわ」
ユイナだけは余裕のある笑みを浮かべている。死が間近に迫っているにも関わらず、恐怖するどころかそれを一つの娯楽として心待ちにしている。
もしもこの場に他の人がいれば、ユイナの不謹慎な態度に憤慨していただろう。だが友人たちはユイナがこういう性格だとわかっているので、突っかかったりはしない。静音がジトッとした目を向けてはいるが。
「俺は闇の眷属たちが出現する三日目の夜を越えることが、元の世界に戻る鍵だと思っている」
鉄真が推測を口にすると、それを肯定するように友則が頷いた。
「ロススカのゲームの目的は、制限時間の最後に出現するボスを倒すというものだったな。だとしたら、三日目の夜になればどこかにラスボスが出現するかもしれない。そう考えているわけか」
「あぁ、あれだけ闇の眷属っていう異常な魔物があふれているんだ。いかにも魔王が現れる前兆っぽい。その現れたラスボスを倒せば、ゲームクリアになるかもしれない」
一周目の最後に聞こえてきた達成項目のなかに、『復活の夜に到達』という文言があった。あれはロススカのラスボスを指しているのではないだろうか。
このゲーム世界に転移して、元の世界に戻る方法をいろいろ考察してみたが、真っ先に思いついたのが、ボスキャラを撃破してゲームクリアの条件を達成するというものだ。
現実世界の人間が勇者としてファンタジー世界に召喚されるのは、魔王を倒すためであることが多い。そして魔王を倒した勇者は現実世界に帰ったり、帰らなかったりする。そこは作品によりけりだが。
他にも可能性は考えられるが、違っていたのなら、そのとき適宜に目標を修正していけばいい。
とりあえず今は、三日目の夜を無事に乗り越えて、ゲームクリアを目指すべきだ。
「それと確信は持てないが、もしかしたら俺はそのラスボスをこの目で見たかもしれない」
「……なっ! それは本当か!」
「あぁ。三日目の夜になったら夜空に穴が空いて、光の階段が出てくるんだが、その近くに銀髪の女がいた。闇の眷属とどういう関係なのかはわからないが、あの場にいたってことは重要なキャラのはずだ」
あのときの鉄真は意識が途切れかけていたが、金色の瞳が向けてくる眼差しは鮮明に覚えている。あの少女は、ただならぬ存在感をまとっていた。
「やばいNPCとかじゃないの? ほら、ロススカの開発元のクオリアエンドって、よく頭がおかしいキャラとか出してくるし」
「……まぁ、その可能性は否定できないな」
クオリアエンドのゲームには、最初は主人公に友好的なのに途中から精神に異常をきたして襲いかかってくるキャラがいたりする。なかには支離滅裂な言動をしてきたり、ルートによってはラスボス化してくるNPCだっている。
「三日目の夜には闇の眷属だけでなく、その銀髪の少女にも注意を払うべきってことね」
「あぁ。頭に入れておいてくれ」
あの銀髪の少女は鉄真に向かって話しかけてきたので、少なくとも会話はできる。頭が狂ったキャラでなければ、何か情報を聞き出せるだろう。
「…………」
……なんだ? どうした?
銀髪の少女の話していると、友人の一人が妙な反応を見せる。
かすかな違和感を覚える。
だけどすぐになんでもなかったように、いつもどおりの表情に戻っていた。
……気のせいか?
「ロススカはリリース前のゲームだから、まだNPCの情報はほとんど出回っていない。ネットワークテストでも、NPCに出くわしたプレイヤーはいなかったようだ。鉄真、その銀髪の少女に【鑑定】はしなかったのか?」
「状況が状況だったからな。そんな余裕はなかったよ」
「え? なんで忘れてるの? そこ大事なんじゃないの?」
「【鑑定】を忘れるだなんて、疎かとしか言いようがないわね」
「しょうがないだろ。もうHPが底をつきかけて、死にかけてたんだから。襲ってきたら反撃できるように戦意を高めるので精一杯だったんだよ」
「それはそれで、まともじゃないぞ? 死にかけているのに、よくそんなことができたな」
鉄真の発言に、友則が顔を強張らせる。ちょっと引かれてしまった。
「そういうわけだから、できればユイナには、これから俺たちと行動を共にしてほしい」
鉄真はテーブルを挟んだ対面にいるユイナに目を向ける。
この世界に転移した当初は四人で天の地を探索していたが、そのうちユイナがパーティを抜けて単独行動を取るようになった。数日前からは、鉄真たちのもとを離れて完全に一人で行動している。
「協力型のゲームでは、パーティで集まって攻略するのか、ソロで攻略するのか、スタンスは自由のはずよね? わたしは後者に当てはまるわ」
「それは、俺たちと一緒に行動する気はないってことか?」
「そっちのほうがおもしろいもの。わたしはソロプレイを堪能させてもらうわ」
ユイナは耳にかかった髪を指先でどかすと、傲慢とも取れるような自信にあふれた笑みを見せてくる。
「三日目の夜に現れる闇の眷属は数が多い。どれくらいの規模なのか、俺も把握しきれていない。一人で乗り越えるのは困難だ」
「凡人ならそうでしょうね。けど、わたしの実力を持ってすれば不可能も可能になるのよ。それにループによって、前回のわたしの強さも引き継いでいるもの。ともすれば、わたし一人でこの世界をクリアしてあげるわ」
鉄真の説得をユイナは聞き入れない。自分の実力に絶対的な自信を持っている。
元の世界でのユイナは、学力も運動能力も秀でていた。鉄真に因縁をつけてくる柄の悪い連中を腕力で黙らせたことだってある。
その潜在能力は計り知れない。現実世界にいた頃のユイナは、おそらく本気というものを出したことがない。
「どうしてもわたしに協力してほしいのなら、力ずくで従わせてみたらどうかしら?」
ユイナは薄い笑みを唇に乗せると、煽るように目を細めてくる。
鉄真が静かに見つめ返す。視線が合うと、室内の温度が冷え込んでいき、電撃が弾けるように空気がピリつく。
傍らにいる友則と静音は黙り込んで、肌をあわ立たせた。
鉄真はユイナから目をそらすことはせずに……小さなため息をついて、首を左右に振った。
「友達を傷つけるようなことはしたくない」
「……つまらないわね。わたしはPVPも好きだから、その気になったらいつでも相手をしてあげるわよ。もっとも、勝敗は目に見えているけどね」
ユイナは勝ち誇るようにクスリと笑う。張りつめていた室内の空気がゆるむ。
何事も起きることがなかったので、友則は胸を撫で下ろす。静音は疲れたように口を半開きにしながら「う~」と間延びした声をあげていた。
三日目の話を聞いても、ユイナは単独で行動するという考えを改めるつもりはないようだ。
「ユイナ。友達は基本的に一緒に行動するものだよ。別行動を取るなら、友達ポイントが減少していくから。もしもポイントが0になったら、1000ポイントになるまでわたしの言うことを聞かなきゃいけなくなるよ。1000ポイントを取り戻すには、十年以上かかるから」
「なによ、その独自の謎ルールは? 地味に友達への縛りがキツイわね、あなた」
静音のなかには謎の友達ポイントというものがあるらしい。そんなポイントがあるのは初耳だったので、ユイナだけでなく鉄真と友則も困惑する。
はたして自分の現在の友達ポイントがいくつなのか? どうか低くないことを鉄真は祈る。
「誰がなんと言おうと、わたしは好きにさせてもらうわ。あなたたちも精々がんばりなさい」
これ以上は対話をするつもりはないようだ。ユイナは椅子から立ちあがると、鉄真たちに一瞥をよこしてテーブルから離れていく。亜麻色の長い髪を揺らしながら出入り口に向かっていった。
ユイナは振り返ることなく、学食から出ていってしまう。
「……まったく、困ったものだ。かといって、無理に同行させるわけにもいくまい。それで連携が取れるとは思えないからな。そもそもユイナが素直に言うことを聞くはずがないが」
一つ空いた席を見ながら友則は嘆息する。どんなに説得したところで、ユイナが聞く耳を持つことはない。それをわかっているからこそ、友則はユイナを引き止めようとはしなかった。
「三日目の夜の話をすれば、もしかしたらと思っていたが……そう上手くはいかないな」
できればユイナにも、パーティとして同行してもらいたかった。ユイナがいれば、この上ないほど心強い。それに友達として一緒に戦いたかった。
その想いは静音も同じらしく、下唇を上向きに曲げている。
「俺たちは俺たちで、できることをやっていこう。ユイナのことだ。簡単にくたばりはしないだろ」
その点に関して、鉄真は信頼している。
ユイナは強い。腕っ節だけでなく、心も折れたりはしない。傲慢なところがあるが、それに見合うだけの実力を持っている。
ユイナが膝を屈している姿だけは、想像することができない。
それは現実世界にいた頃から、このゲーム世界にやって来ても、変わらずに信じられることだ。