エピローグ
……目が覚めると、窓の外からセミしぐれが聞こえてきた。セミたちの大合唱を耳にすると、本格的に夏の到来を実感する。
ベッドから身を起こす。ボーッとした頭で見慣れた自分の部屋を眺める。冷房がきいてて涼しく、真夏の蒸し暑さをごまかしてくれている。
枕元に置いてあるスマホを確認すると、とっくに時刻は正午を過ぎていた。こんなふうに真っ昼間から惰眠を貪ることができるのは、夏休みの特典の一つだ。
ベッドから腰をあげる。窓のむこうには晴れわたった青空と、いつもの町並みがある。
ありふれた日常の風景を見ていたら、数日前のことが頭のなかでよみがえる。
あの日は友人たちと街に出かけて、危うくトラック事故にあうところだった。
直感が働いたおかげでトラックが来るのはわかっていたので、どうにかよけることができた。下手したら重体だったかもしれないが、接触することなく無傷で済んだ。
「さすがは『不屈の高宮』だ」
そう言って、友則は真顔で感心していた。
恥ずかしいから、その呼び方はやめてくれって言っているのに。
「もう近くまで来ているみたいだな」
約束の時間まであと少し。スマホにも、いくつかメッセージが届いている。
今日は友人たちが家に遊びにやって来る。夏休みの課題処理と先日リリースされたロストスカイ・メモリーの攻略会議だ。ぶっちゃけ後半がメイン。それに静音との映画鑑賞会とイベント盛りだくさんだ。
発売したロススカを何度か友人たちと協力プレイしてみたが、難易度が鬼畜すぎる。ユーザーからの評価も賛否両論。ソロだとクリア不可能なのでアプデで調整が入り、現在は評価も右肩上がりになってきている。クオリアエンドのゲームでは、よく見る流れだ。
発売して間もないのに、たくさん情報が錯綜していて、プレイ動画もアップされまくっている。
それだけ話題になっているということだ。
「…………」
あの冒険の日々のことは、覚えている。
元の世界に戻ってきても、記憶が消えることはなかった。
三人の友人たちも、同じ記憶を持っている。
ロストスカイ・メモリーの世界に行って、天の地を駆けまわった。
あの世界で出会った、巫女の少女。
そして観測者であるもう一人の仲間。
あの冒険は、自分たちにとっての、忘れられない一夏の思い出だ。
ロストスカイ・メモリーをプレイするたびに、あのときのことを思い返す。
あの、輝いていた冒険の日々を。
きっと、みんなだってそうだ。
友人たちは、あのときの冒険をどんなふうに振り返るんだろう?
自分は、あのときの冒険を振り返って、どんな気持ちになるんだろう?
それをみんなと顔を合わせて語り合うのが、楽しみでしょうがない。
スマホが音を鳴らす。
手に取って確認してみると……。
『期待しているわよ、高宮くん』
というメッセージが、ユイナから送られてきていた。
この世界に戻っても、楽しませると約束しちゃったからな。
ユイナを退屈させないこと。それが現実に戻ってからの新しい戦いだ。
どうやってユイナを楽しませてやろうか? それを考えるのは大変だけど、おもしろくて飽きない。
あの約束のことを、自分も楽しんでいる。
「来たみたいだな」
窓の外に三人の友人たちを見つける。
何か喋りながら、こっちに近づいてきてる。
ゲーム世界での冒険の日々を、顔を突き合わせてじっくりと話すのは今日がはじめてだ。
胸が高鳴る。緊張しているみたいだ。
きっとみんなも緊張して、胸を高鳴らせているはずだ。
「……もしかして、まだそこにいてくれているのか?」
語りかける。冒険を共にした、もう一人の仲間に。
こっちに戻ってきてから、その気配が薄れているのは感じていた。
時間が経つごとに、その存在が離れていっている。
もうすぐ、このつながりはなくなるだろう。
それでも、もしかしたら、まだ聞こえているのかもしれない。
とても近くで、だけどとても遠くから、見守ってくれているのかもしれない。
そうであってくれたらいいな。
インターホンが鳴る。みんなが来たみたいだ。
今日は冒険の日々を振り返る、特別な一日。気合いを入れないと。
どんなふうに声をかけて、切り出そう。
それはとっても大切なことだ。
部屋を出ると、玄関にむかっていく。
そこには、あの輝かしい冒険の日々を共にした友人たちが待っている。
なぁ、ヨミ。
なんて声をかければ、いいと思う?
もう存在が感じられなくなる仲間に、最後にそう聞いてみた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。




