4周目 終
『天空の王ゼルギスを撃破しました』
『神意の欠片の所持と、最後の巫女ヨゼッタの生存を確認しました。トゥルーエンドの条件がそろいました』
『世界の神意を修復できます』
頭のなかでシステム音が響いてくると、ヨゼッタのほうに視線を向ける。
天空の王が消滅したのを見て取ったヨゼッタは、まだ残存している闇の眷属たちを押し止めるのを友則たちに任せて、こちらに歩み寄ってきた。
「まさか本当に王を倒してしまうとは……」
「なんだ? 信じてなかったのか?」
「信じてはいました。ですが、こうして目にしても信じられない偉業ではあります」
ヨゼッタは胸の前で両手を組むと、落ちている王剣を見つめる。その眼差しは、どことなく切なそうだ。
神意を崇める巫女として、王の死に対して感傷があるのだろう。
「世界の神意の修復を頼む。ここにはまだ苦しんでいるヤツらがいる」
ゼルギスは消滅したが、夜闇の王が残した闇の眷属たちが天の地をさまよっている。望んでもいない姿にされて他者を襲い、苦しんでいる。襲われている天の地に生きる者たちだって、早くなんとかしてほしいはずだ。
ヨゼッタは頷くと、宙に浮かんでいる神意の欠片に手を伸ばす。神秘的な輝きを放つ欠片に触れると、それを頭上に、天空に穿たれた穴へとかかげた。
巫女の一族の悲願を果たす。
「世界の神意を正しき形に。そしてこの天の地の存続を。夜闇の王に捕らえられた亡者たちの魂を、解放してあげてください」
ヨゼッタが両手でかかげた神意の欠片。それが視界を埋めつくすほどの輝きを放った。光り輝く欠片は飛ぶように上昇していき、天空の穴のなかへと入っていく。
その穴のなかから、光があふれる。この世界の全てをつつみこむような輝きが、黄金のベールとなって夜空を染めあげていく。
『世界の神意の修復を完了しました』
『天の地が浮遊する力を取り戻しました』
『闇の眷属たちが浄化されます』
神意が修復されたことで、ヨゼッタの願いが聞き届けられる。
全身が真っ黒に染まって、赤い瞳を光らせている闇の眷属たち。天の地に残存していた無数の眷属たちが光り出した。黒い体が白い輝きとなって、粉々に弾け散る。苦しそうなうめき声が消えていく。
天の地のあらゆる場所で光が弾けていき、闇の眷属たちが散っていた。粉雪のような光の粒となって、黄金の空に舞い上がっていく。
夜闇の王に捕らわれていた魂が、悠久の苦しみから解き放たれる。
空へと舞い上がる一粒一粒の光は、自由であることを謳歌するように活き活きと輝いていた。
その光景を見あげると、鉄真は胸が締めつけられる。
戦うべき相手が、もういなくなった。
この世界の在り方が、正しく修復された。
……冒険の終わりが、すぐそこまで来ている。
「天空の王が仰っていたように、もうこの天の地に王は不要です」
責務を果たしたヨゼッタは、落ちている天空の王剣を拾いあげる。これかもその剣はヨゼッタが管理するのだろう。
「ヨゼッタなら、いい王様になりそうだけどな。意外と似合うんじゃないか?」
「慎んで辞退させてもらいます」
ヨゼッタは銀色の髪を揺らして首を振ると、手に持った王剣に視線を落とす。
「王はいなくていい。世界の神意は、ただ力としてあればいいんです」
それがヨゼッタの力の使い方だ。どれほど強大な力を手にする機会があったとしても、自らがそれを使って、玉座に着こうとは考えていない。
これまでどおり、王のいない世界を望んでいる。
『トゥルーエンドに到達しました』
『元の世界への帰還を果たします』
ゲームクリアのアナウンスがされる。
戦いを終えた友則、静音、ユイナはそばに歩み寄ってきていた。そのみんなの姿が薄まっていく。
そして鉄真も、その体が徐々に透けていった。ロストスカイ・メモリーの世界から消えようとしている。
三人の友人たちは元の世界に戻って、夏休みの続きを過ごすだろう。
だけど、そこに鉄真はいない。
もう高宮鉄真は、元の世界には存在していない。
死ぬ間際の願いが、この天の地に友人たちと一緒に来ることだった。
その願いも終わる。鉄真の夢も覚める。
それでも、ここまでみんなと一緒に歩いてきたことに後悔はない。
望んだエンディングにたどり着いて、元の世界に帰らないと。
そこに自分がいなくても、帰らないといけない。
きっと、そのための冒険だった。
「鉄真……」
友則が何か言いたそうに、名前を呼んでくる。
いつだって鉄真の隣にいてくれて、一緒に戦ってくれた。
最後まで、それは変わらなかった。
「わかってはいたけど、やっぱり寂しいよ」
静音は泣きそうな顔になって、こっちを見ている。
魔術での援護や回復には、ずいぶんと助けられた。どれだけ傷ついても前に進むことができたのは、静音がいてくれたからだ。
そしてユイナは……。
「言っておくけど、涙なんて見せないわよ。別れるときは、笑いながらって決めていたもの」
これが最後。そうだとわかっていても、悲しい顔なんてしない。
いつものように偉そうに、気丈な笑みを見せてくる。
鉄真が、そうあってほしいと思っている時遠ユイナでいてくれた。
胸の奥で、仲間たちとの冒険の日々が去来する。
楽しいことばかりじゃなかった。しんどいこともたくさんあった。だけどやっぱり振り返ってみたら、楽しかったと思える日々ばかり。
みんなとの冒険は、どれもきらめいていて、かけがえのない時間だった。
とてもいい思い出ができた。
「みなさんのおかげで、無事に世界の神意を修復することができました。感謝いたします」
「そりゃどうも。もともと壊れている神意のおかげで、こんな慌ただしい冒険に巻き込まれちまったからな。正常な状態に戻ってくれてよかったよ」
「えぇ。我らが世界の神でありながら困ったものです」
ヨゼッタはわざとらしくため息をつくと、鉄真たちを見ながらニヤリ。
意地悪な笑みを浮かべてくる。
「まさか、まだ生きている人を死者と勘違いして、願いを叶えてしまうとは。不完全な状態でなければ、こんな間違いも起きなかったでしょう」
「……あ?」
ちょっと、なにを言っているのか、よくわかんない。
友人たちも鉄真と同じように、ヨゼッタが投下してきた爆弾発言を理解できないようで、呆然としている。
「先ほど神意を修復した際にわかったことです。壊れていたからでしょうね。神意は元の世界にいたあなたを死者だと勘違いして、その最後の願いを叶えたようです。その神意の影響によって、みなさんの記憶も高宮鉄真は死んでいると思い込まされていたのでしょう。ですので、鉄真さん。あなたは死んでませんよ」
「……マジか」
「えぇ、まじです」
くくっ、と笑いながらヨゼッタが肯定してくる。
みんなと別れるシーンみたいになってて、覚悟も決めていたのに……。すっごい拍子抜けしたというか……恥ずかしくなってきた。
まだその真実を飲み込みきれず、戸惑ってしまう。
だけど胸のなかから、ひとつの感情が湧きあがる。
まだ生きている。元の世界に、ちゃんと自分の居場所がある。
またみんなと、一緒に過ごせる。
そのことが、うれしくてたまらない。
「……そうだったな。殺しても、死なない男だったな。『不屈の高宮』は」
友則は呆れつつも、鉄真が生きていることを知ると胸を撫で下ろしていた。
その異名、恥ずかしいから呼ばないでほしい。
「ほんと鉄真は……。帰ったら、約束していた映画をたくさん一緒に見ないと許さないから」
静音はげんなりしているが、かすかに唇をゆるめる。
そういえば、たくさん映画を一緒に見る約束をしていた。帰ったら忙しくなりそうだ。
そしてユイナは、さっきの気丈な笑みは見る影もなく、どういう反応をすればいいのか困っているようで、口元を手で押さえて、唸っていた。
いろいろと迷ったあげくユイナは……。
「どれだけ人騒がせなのよ、あなたは?」
ムッとすると、切れ長の目を鋭角にして睨みつけてくる。
「悪かったよ。心配かけちまって」
特にユイナには人一倍、苦労をかけた気がする。
労いの意味もこめて、謝っておく。
ユイナは鋭い目つきを向けてくると、鼻を鳴らして顔をそむける。
「……よかったわ。生きててくれて」
こっちを見ようとはせずに、消え入りそうな声で、そうつぶやいた。
その横顔は、笑みがこぼれそうになるのを必死に堪えていた。
「そろそろ、お別れのようです」
鉄真たちの反応を見て十分に楽しんだヨゼッタは微笑んでいる。巫女のくせに、本当に良い性格をしてる。
「あんたには、世話になったな」
ヨゼッタがいなければ、エンディングを迎えることはできなかった。短い時間だったけど、一緒に冒険ができてよかった。
ヨゼッタと出会えたことも、鉄真にとっては素敵な思い出の一つだ。
「次にまた会えたなら、そのときはもっと一緒に冒険したいものだな」
「ゲームクリアできたの、ヨゼッタのおかげだよ。力をかしてくれて、ありがとう」
「喜ぶことね。あなたのことは、忘れないであげるわ」
友則も静音もユイナも、天の地で出会った少女に感謝を告げる。
長かった冒険の終わりを、受け入れていた。
「この世界を救ってくださった勇者たちよ。あなた達に最上の感謝を。そしてあなた達の未来に祝福を」
ヨゼッタは来訪者たち一人一人の顔を見まわす。古いゲームに登場する女神のように微笑みながら、別れの言葉を送ってくれる。
足元が揺らぐ。浮遊感につつまれる。半透明になっている体が地面から浮かんでいく。
友則や静音やユイナも透明になりかけている体が浮かびあがっていた。
黄金の光があふれている夜空。その中心にあいた穴のなかへ上昇していく。
その最中のことだった。
「そういえば……」
輝く夜空へと浮かびながら、隣にいるユイナが思い出したように声をかけてくる。
「現実世界に帰ったら、わたしを楽しませてくれるんだったわね」
「屋上でのあの約束、まだ有効だったのかよ?」
「当然じゃない。わたしは無効にした覚えなんてないわよ」
現実世界に戻っても自分はいないから、あのときの約束は果たせそうにないと思っていた。
だけど生きているとわかった今となっては、その心配もきれいさっぱりなくなったわけだ。
「わたしを退屈させたら承知しないわよ、高宮くん」
……参ったな。
そんな甘い花のような可憐な笑顔を見せてくるだなんて反則だ。
絶対に約束を守らなくちゃいけなくなった。
「あぁ。現実がつまらないなんて言わせない。絶対に楽しいって思わせてやる。覚悟しておいてくれ」
口を開けて笑いかける。元の世界に帰ったら、また別の戦いが待っている。
ユイナは穏やかな微笑を浮かべている。体が透明になっているので触れることはできない。そうわかっているのに、その手を差し伸べてくる。
屋上ではつかむことができなかったその手を、今度こそ鉄真の手とつなぐように、そっと重ね合わせてきた。
そして黄金の輝きがあふれている穴のなかへ、仲間たちと一緒に入っていく。
足元を見下ろせば、冒険を繰り広げた天空に浮かぶ島がある。
憧れていた幻想的な世界だ。
明けることのなかった夜が、ようやく明けていく。
天の地は、新たな朝を迎える。
この世界に、さよならを伝えないといけない。
そしてもう一人の仲間とも……。
ずっと、誰かに見られている気がしていた。
とても近くに感じるのに、手が届かないほど遠くにいる。
外側の世界から、鉄真を通して見守ってくれていた観測者。
ここまでヨミが見守りつづけてくれたから、この結末にたどり着くことができた。
こうしている今だって、こっちを見てくれているのを感じる。
一緒に冒険をしてくれて、ありがとう。
最後まで一緒に戦ってくれて、ありがとう。
だけど、もう帰らないといけない。
冒険を終わりにしないと。
みんなが待っている。
黄金の輝きがあふれる天空の穴の奥へ。
仲間たちと一緒に、むかっていく。
肉体がとける。
意識も、どこかに流れていく。
帰るべき場所に。
こんなにまぶしい光は、元の世界にはないのかもしれない。
それでも、帰りたい。
そう想うことができた。
……さぁ、目覚めよう。




