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4周目 18




 ゼルギスは口元に微笑を浮かべると、更に加速する。斬撃が届く間合いまで迫り、伸長した黄金の剣で斬りかかる。


 繰り出される斬撃の軌道を予測してかわす。リーチが長くなったことでよけづらい。よけきれないと判断したものは、魔剣で防ぐ。HPが削られる。さっきよりもHPの減少量が増している。見た目が派手になったことで、威力が高くなってる。


 距離があいてるのはまずい。これでは神に届く刃で斬りつけることができない。


 捨て身になる。よけることよりも、攻めることを優先させて突進する。HPを代償にして、距離を詰めていく。


 近距離まで迫ると、焼けるような熱さに肉体が悲鳴をあげた。


「マジかっ、このジジイ!」


 斬撃を受けたわけじゃないのに、HPが削られる。


 ゼルギスが全身にまとう黄金の光。その近くにいるだけで熱い痛みを肌に感じる。ダメージが蓄積されていく。


 長時間そばにいることはできない。そばにいるだけで死に近づいていく。


「案ずるな。この黄金の輝きではなく、儂の手で斬り殺してくれる!」


 ゼルギスが構える。至近距離で烈火怒濤の斬撃が乱舞する。


 体中が激痛で苛まれるが、繰り出される黄金の剣を先読みによってかわし、防いで、勝利をたぐり寄せる。HPが減少していく緊張感に心臓が早鐘を打つ。


 上方。真上からの振り下ろし。それが来るのを読む。


 右手の魔剣を下から振りあげて、ジャストタイミングで衝突させる。


 黄金の火花が散る。ゼルギスの斬撃を弾いた。


 今のでまたHPが削られた。もう残り二割を切った。命が尽きる危険域に突入する。


 構わない。これでいい。


 左手の神に届く刃を握りしめる。


 斬撃を弾いたことで、わずかに体勢を崩したゼルギスに、黄金の短剣で斬りかかる。


 すかさずゼルギスは王剣で防御の姿勢を取った。


 だが、ほんの数瞬ではあるが、鉄真のほうが速い。黄金の短剣が青い鎧の胸部を斬る。


 鋭い擦過音が鳴った。 


 すると左手にある短剣の輝きが強まっていき、閃光が起きる。


 神に届く刃が光となって霧散する。その光の粒が鉄真の内側に吸い込まれるようにして入っていった。 


 殺気を感じて、後ろに下がる。ゼルギスは瞬時に王剣を振って反撃してきた。


 距離を取ってよける。体中の燃えるような痛みが引いていく。HPの減少が止まる。


 残りHPはごくわずか。もう一発だって防げない。


 呼吸も乱れている。全身は汗まみれだ。


 だが……。


『神意に触れたことで【レベルループ】の進化条件を達成しました』


『【レベルループ】が進化します』

  

 自身のなかで変化が起きる。


 外側の世界。そこにいるヨミの力が増していく。五人目の仲間とのつながりが強くなる。同化することで、力が流れ込んでくる。


 そこに、いるんだな。


 前よりもヨミのことを、明確に意識することができた。


 今ならわかる。ずっと見守ってくれていたことを。ずっと一緒に戦ってくれていたことを。


 長い間、鉄真と共に冒険してくれていたことを。


 天空の王を見据える。


 打倒すべき相手を。


「あんたは、なんたのためにその力を使うんだ?」


 王に問いかける。


 よく祖父に言い聞かされてきたことだ。


 力を持ったのなら、それをなんのために使うのか、明確な意志を持たないといけない。


「儂は己の我がままを通すために力を使う。昔も今も、それは変わらぬ。他の者たちには苦労をかけるがな」


 一切の迷いさえ見せずに、当然のように言い放ってくる。それが自分の在り方なんだと。


 そうやって生きてきたし、今さらそれを変えるつもりはない。


 そういう確固とした自分を持っているヤツは嫌いじゃない。 


 困ったことに、鉄真はこの老人のことを嫌いになれそうになかった。

   

 生かすか殺すかは別として、人としては好きなんだ。


 ゼルギスのことを、自分の祖父と似ていると感じたのは、やはり気のせいではなかった。


「鉄真。お主はなんのために力を使う」


 今度はこちらが問われる。おまえはなんのために戦っているのかと。


 ……決まっている。


 その答えは、ここにいるみんなと出会ったときから、鉄真のなかに変わらずにありつづける。


「俺は、俺を信じてくれた人たちのために戦う」


 そのために、こうして剣を握っている。


 そしてこの願いを、みんなと一緒に冒険していたいという夢を終わらせる。


 迷いのない鉄真に、ゼルギスは満足して笑っていた。


 言葉を交わすのはここまでだ。


 条件はそろった。


 あとは、決着をつけるのみ。


「準備はいいか? やるぜ、ヨミ! 一緒にあいつを、やっつけようぜ!」


 語りかける。


 ずっと見守ってくれていた五人目の来訪者。


 文章を読むことで、この物語を観測している存在。


 高宮鉄真を通して、一緒に冒険をしてきた、もう一人の仲間。

 

 この物語を読んでいる、あなたへ。


 そのスキルが、新たな力へと進化する。


『【レベルループ・メビウス】を発動します』


『無限にある並行世界の高宮鉄真から、一時的に経験値を受け取ります』


 これまで鉄真が並行世界の自分にレベルやあらゆる要素を引き継がせていたように。

 

 記憶にはないけど確かに存在している、並行世界にいるそれぞれの高宮鉄真から力をもらい受ける。


 ここにいる鉄真が経験していない冒険。それを繰り広げた自分たちが、天の地で得たものを与えてくれる。

 

 並行世界にいる無限の自分たちから、一時的に経験値を受け取る。


 それが神意に触れたことで進化したヨミのスキル、【レベルループ・メビウス】の能力。


『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』


 無限の自分たちが稼いだ経験値が一気に流れ込んできて、爆発的にレベルがはねあがる。


 内側から力が湧きあがり、ステータスが連続で更新されていく。


『新たな【幻想再現】が使用可能になりました』


 レベルが一気に上がったことで、より強力な【幻想再現】を獲得する。


 まだ見たことない伝説を、生み出すことができるようになった。


【聖魔竜の息吹】

 必要能力値:知力99999以上

 消費MP:99999

 天の地が地上にあった時代、天空の王にとって好敵手だった聖魔竜の息吹を再現する。 


 必要能力値が異常に高いが、桁外れにレベルが上がった今の鉄真ならステータスが足りている。


 本来であれば手の届かない力を、今だけは扱うことができる。


『【幻想再現】――【聖魔竜の息吹】を使用します』


 スキルを発動させる。


 失われた伝説がよみがえる。


 鉄真の頭上に、見あげるほど巨大なソレが形をもって具現化されていく。


 漆黒の鱗におおわれ、横に大きく裂けた口に鋭い牙が生えそろい、獰猛な唸り声を上げている。


 金色の双眸は、かつての好敵手である天空の王を見据えていた。


 黒い両翼が広がると突風が巻き起こり、それだけで周りにいた闇の眷属たちが吹き飛ばされていく。


 漆黒のドラゴン。原初の竜。その巨大な上半身が空中に生み出される。


「まさか地上にいた頃の宿敵に、こうして再び相まみえるときがこようとは。あの頃は飽きることなく、日々が新鮮であった」


 懐かしき好敵手との再会。ゼルギスはそれを心から楽しむように笑っている。


「聖魔竜! 再び討ち取ってくれる!」


 天空の王剣が光り輝く。ゼルギスが大上段に構えると黄金の輝きが膨張していき、光の柱が立つ。


 最大火力で迎え撃つつもりだ。


「いくぜ! 焼き尽くせ!」


 戦意を持って、天空の王を睨みつける。 


 呼応するように頭上の聖魔竜が咆哮をあげる。大地が震撼し、気流が荒れ狂うように乱れる。


 轟く咆哮と共に全てを灰燼に帰する漆黒の炎が吐き出される。


 ゼルギスは構えていた王剣を振り下ろす。光の奔流が斬撃となって放たれる。


 漆黒の火炎と黄金の斬撃。規格外の二つの力が激突し、大気が爆ぜて、黒色と金色が渾然一体となる。


 古い時代の戦い、聖魔竜は天空の王に敗北を喫した。天空の王が生存していることから、その結末は語るまでもない。


 しかし、今回の戦いは真逆の結果となる。


 無尽の厄災剣で斬りつけたことが、勝敗を覆した。 


 漆黒の火炎によって黄金の斬撃は押し返される。最大火力で迎え撃った天空の王は、聖魔竜の息吹に呑み込まれていく。


 かつての雪辱を晴らす。聖魔竜は夜空を振り仰ぎ、もう一度、天の地の全域に響き渡るような咆哮をあげた。


 その幻影が霧のようにかすんでいく。夜景のなかに溶けるように消えていった。


 鉄真の目の前には、破壊の爪痕が残される。真っ黒に焦がされた大地は所々が赤熱し、黒煙が立ちのぼっている。熱風が漂い、余熱が肌を焼いてくる。


『しばらく【幻想再現】は使用できません』 


 クールタイムに突入する。もう切り札は使えなくなった。


 今の一撃は絶大な破壊力だった。耐えきれる者などいない。


 いないはずなのに……。


 赤熱する焦土から足音がする。鉄真のもとに近づいてくる。


 黒煙のなかを、突き進んできている。


「……しぶといジジイだ」


 立ちこめる黒煙を破って、黄金の輝きが姿を現した。


 青い鎧は黒ずんでいて、中途半端にはがれ落ちている。顔や肉体には火傷の痕があって満身創痍だ。


 それでも、いささかも戦意は衰えていない。その肉体に神々しい黄金の輝きをまとっている。


 数え切れないほどの戦場を共に駆け抜けてきた天空の王剣を握りしめている。漆黒の炎に焼かれても、その愛剣だけは手放さなかった。


 ゼルギスは腰を低くすると、握りしめた王剣を構えてくる。

 

 次の一撃。それを最後にするつもりだ。


「あんたの夢は、俺が終わらせてやるよ」


 王は頂に立っている。だからこそ孤独だった。並び立つ者も、後に続く者もいなくて、そうなってくれる者を求め続けていた。


 しかし、どれほど長い時が過ぎても、王が求める者が現れることはなかった。

 

 その夢も、もう終わりだ。


 鉄真は黒い魔剣を両手で握り、構えを取る。口から細い呼吸を吹いて、脱力する。


 ――ゼルギスの青い瞳。見開かれる。弾かれたように走り出す。


 間合いはないに等しい。一瞬で肉薄し、神速の一撃を打ち込んでくる。

 

 集中力が極限まで高まる。


 世界から音が消える。


 時間の流れが遅くなり、全ての動きがゆっくりとなる。

 

 心のなかで渦巻く、あらゆる感情が消えていき、意識が真っ白になった。


 自分自身が透明になって、いまこの瞬間だけは、世界のなかへ溶けていく。


 そんな不思議な感覚が訪れる。


『【静寂世界】――発動成功しました』


 ゼルギスが繰り出す、あらゆる伝説を斬ってきた絶対の一撃。


 どうすればよけることができるのか、直感が教えてくれる。


 左方向。軽快な足取りで移動する。


 導かれるように、正しき場所へ、正しく動いた。


 目の前。黄金の剣が斜めに振り下ろされる。


 天空の王は目を見張っていたが、死力をつくした一撃で斬れなかったことを悟ると、口元に微笑をつくっていた。


 こうなることが見えていた鉄真は、構えていた無尽の厄災剣で刺突を繰り出す。


 青い鎧を貫いて、天空の王の胸を突き刺した。


 回避するのと同時に、トドメの一撃を叩き込む。


『【静寂世界】が解除されます』


 止まっていた時間が動き出す。意識が正常な感覚に戻る。

 

 肉体の疲労や、負傷した痛みを感じる。


 そして、目の前の老人の命が尽きていくのも、剣を通して伝わってきた。


「……どうであった。天の地での冒険は?」


「あぁ、最高に楽しかったぜ」


 ゼルギスは唇を曲げて、誇らしげに笑ってくる。自分のつくったオモチャを自慢するように。


「……そうか。見事じゃ、来訪者」


 天空の王は自らを討ち破った鉄真を見つめてくると、最大の賛辞を送ってくる。


 敗北を認めると、全身にまとっていた黄金の輝きがかすんでいく。王剣から放たれていた光が失われて、元の白銀の剣に戻っていった。


 ゼルギスの胸を貫いた剣を引き抜くと、鮮血が飛び散る。


「儂がつくりあげた天の地は、もはや王を必要としていないようじゃ」


 ゼルギスは胸にあいた傷口に指先で触れながら、表情をやわらかくする。その青い瞳を、ヨゼッタのほうに向ける。


「あとのことは、巫女の娘がやってくれるであろう。お主たちの望むようにするがよい」


 ゼルギスの姿が薄まっていく。


 輪郭がぼやけて、霧となっていく。


「再び好敵手と巡り会い、敗北するという願い。それが叶った」


 悠久とも思えるような、そんな途方もない時間のなかで、孤独だった王はそれだけを求め続けた。


 待った甲斐はあった。その願いは成就した。


 それがなによりも幸せなのだと、王の満ち足りた表情が物語っている。


「これでようやく、儂の夢も終わる」


 声が、かすれて途絶える。


 その肉体が霧となっていく。 


 天空の王ゼルギスは幸福に浸りながら消滅していった。


 持ち主との別れを惜しむように、最後まで握っていた王剣が音を立てて地面に落ちる。


 ゼルギスが消えると、神秘的な黄金の輝きをまとっている、三日月のような形をしたモノ、神意の欠片が宙に浮いて残される。


『【レベルループ・メビウス】の効果が解除されます』


『本来のレベルに戻ります』


 並行世界の自分たちから受け取った経験値が抜けていく。みなぎっていた力が外側に流れ出していき、肉体が重たくなる。疲労感が押し寄せてきた。


 だけど、心地よい疲れだ。


 とってもいい喧嘩をした後みたいに、気持ちよくて清々しい。


 勝利をつかみとり、ようやくここまでたどり着くことができた。




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