4周目 17
「まずは小手調べ。この程度でくたばるでないぞ」
ゼルギスの左手が持ちあげられる。黒い穴からあふれた光によって、黄金の輝きに塗り潰された夜空。そこを指差す。
光り輝く夜空に波紋が浮かんだ。雨粒が落ちているように、夜空の表面にいくつもの波紋が重なりあってひろがっていく。
夜空に生じる数多の波紋。その一つ一つから閃光が発せられると、流星のごとき光線が撃ち出された。
光の雨が降り注ぐ。
「遠距離からのビームとか、もうなんでもありだな!」
走り出す。降下してくるおびただしい光の落下位置を予測しながら駆けまわる。辺りで爆音が轟き、砂埃が飛び散った。まるで隕石。まともに受ければ、どれほどHPが削られるかわからない。
そして光の雨が降り注ぐなかで、ゼルギスが黄金の光をまとった王剣を構えた。
庭園で素振りをしていたときの姿。それが脳裏をよぎる。
ほぼ直感。全身を力ませて、防御の姿勢を取る。
眼前で黄金の火花が弾ける。遅れて聞こえてくる刃と刃が奏でる衝突音。
紙一重。瞬間移動と見まがうほどの神速の一撃、黒い魔剣で防ぎ止める。
「ほう。儂の剣を受け止めおったか!」
剣と剣が交差すると、ゼルギスが歓声をあげてくる。
予備動作すら見えない。音を置き去りにして、気づけば目の前にいやがる。
大抵の相手ならば、今の一撃を防ぐことすらできずに斬り伏せられている。
「熱ちぃ! なんだぁ?」
確実に防御したはず。なのに火傷したような痛みが両手から伝わる。
黄金に輝く王剣が熱を放出していた。
ステータスを確認すると、ギョッとする。
HPの数値がごっそり削られていた。防御しても、王剣にエンチャントされた光がダメージを与えてきている。
防御はダメだ。完璧に回避しないと。
「ハァッ!」
ゼルギスが交差させた王剣を押し込んでくる。
凄まじい圧力。鉄真は体ごと弾かれたように後退を強いられる。
間髪入れずにゼルギスは踏み込んでくる。黄金の剣で疾風怒濤の斬撃を繰り出してくる。
呼吸を止める。集中力を高める。
ゼルギスの猛攻を見極めて、左右に跳び、後方に跳びすさり、全力で回避に徹する。
よけきれない。そう判断したときは魔剣で防ぐ。黄金の火花が散って、HPが削られる。だが集中力は途切れさせない。一つのミスが命取りになる。
死線をかいくぐりつつ、反撃に転じる。無尽の厄災剣を水平に走らせて打ち込む。
黒い剣が直線を描くが、手応えが感じられない。
ゼルギスは最小の歩数で後ろに下がり、鉄真の斬撃を軽々とよけてみせた。攻撃だけでなく、回避の身のこなしも一級品だ。
この老人は尋常ではない時間を、戦うという一点に費やしてきた。武神の化身そのもの。
そんな怪物が相手でも、鉄真は臆することなく必死に食らいつく。
「斬り結ぶほどに、お主の動きがよくなっていく! 儂の目に狂いはなかったようじゃな!」
戦闘のなかで鉄真の動きは研ぎ澄まされていく。相手の所作を観察し、集中力を高めていき、肉体に力がみなぎる。
それでもゼルギス相手には、ついていくのが精一杯だ。
疲労で喉が乾く。耳鳴りがする。体中から冷たい汗が流れた。
「これほどの高揚、かつての好敵手どもとやりあったとき以来じゃあ! 滾ってきたぁ!」
ゼルギスは王剣を大上段に構える。剣に宿った黄金の輝きが膨張していき、巨大な光の柱となった。
――まずい。危険を感じ取り、左方向に向かって疾走。
「みんな、よけろ!」
周りで闇の眷属と戦っている仲間たちにも、射線上から逃れるように呼びかける。
ゼルギスが構えた王剣を振り下ろす。光の奔流が斬撃となって放出される。正面にいた全てを焼き払う。
視界が黄金の光によって潰された。夜の平原を一筋の光が貫く。
地面がえぐれ、焦土となった。焦げ臭くて、暗雲のような煙があがる。
強烈無比な一撃によって、射線上にいた闇の眷属たちは跡形もなく消滅してしまった。
鉄真の呼びかけによって、仲間たちはどうにか逃げ切っていたようだ。だが桁違いの火力を目の当たりにして、友則と静音は唖然としている。ユイナも顔をしかめていて、ヨゼッタも言葉を失っていた。
「まさか今ので怖じ気づいたのではあるまい?」
ゼルギスが白い歯をこぼして、からかうように笑ってくる。
鉄真は戦意を衰えさせることなく、笑い返してみせた。
「んなわけねぇだろ。きっちり殺してやるよ、クソジジイ!」
「そうでなくてはな!」
尻込みすることなく挑みかかってくる鉄真に、ゼルギスは心を躍らせる。
鉄真は【アイテムボックス】から神に届く刃を取り出すと、左手に握った。こちらが短剣で斬りつけることを狙っているのだとゼルギスに意識させる。
鉄真の思惑など読めているのだろう。ゼルギスは再び光り輝く夜空を指差してきた。
頭上、いくつもの波紋が重なり合ってひろがる。光の雨が破壊の流星となって降り注いでくる。
凄まじい数の光が落ちてきて、あちこちで爆破が起きる。惑わされない。命中しそうになるものだけを見極めてよけていく。
そして光の雨が降るなかで、ゼルギスが王剣を構えた。
――来る。直感する。その動きは目では追いきれない。だが先読みはできる。
ゼルギスよりも先んじて動く。半身になりつつ、右側に足場を移す。眼前、黄金の剣が走った。際どいところ。ゼルギスの一撃をかわす。
左手に握った神に届く刃で、首元を狙って斬りつける。
ゼルギスは唇をつりあげる。上半身を仰け反らせ、短剣をかわしてみせた。この距離でよけるとは、やっぱりこのジイさんはバケモンだ。
けど、そっちはフェイント。警戒させていた神に届く刃をあえてオトリにした。本命は右手、無尽の厄災剣で斬りつける。
「ほう!」
感心した声をあげるとゼルギスは上半身を仰け反らせた姿勢のままバックステップ。距離を取られるが、火花が散る。
青い鎧に黒い魔剣の斬撃がかすめた。
「ようやく一撃、入れることができたぜ」
目に見えて傷を負っているようには見えない。ダメージは微々たるものだ。だが無尽の厄災剣の能力によって、ステータスがダウンしたはずだ。
「数多の敵を斬ってきたが……こうして儂が斬られたのは、いつ以来か。うれしいぞ」
ゾクッとする。
紙一重の命をかけた攻防を繰り広げてきた。一手でも誤れば死んでいた。
しかし、まだこの老人は全力を出してはいなかった。
いま、この瞬間までは。
「――【神意開放】――」
それを口にすると、ゼルギスの頑健な肉体が黄金の輝きにつつまれる。王剣がまとっていた光が、持ち主であるゼルギスにまで行きわたる。
その王剣の輝きが増幅し、黄金の刃が伸長する。五メートルはある巨大な特大剣に変貌を遂げていった。
燃えるような黄金の輝きをまとうゼルギスからは、先ほどよりも神々しく、強烈な力が感じられる。
これが天空の王の本領。
この世界の誰も到達することのできない頂点にいる。
まともに戦っても勝てる道理はない。刃を交えることさえなく、誰もが敗北を悟るだろう。
「第二フェイズってやつか。こっちももっと、覚悟を決めなきゃな」
右手の魔剣と、左手の黄金の短剣を構え直す。
鉄真は引かない。相手が強大であるほど、その足を前へと踏み出し、戦意を高める。
いつだって、そうやって勝利をつかみ取ってきた。




