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4周目 16




「これでゲームクリア、なのか?」


 そう言いつつも、鉄真は殺気をゆるめず意識を切り替えたままだ。


 友人たちも残存する闇の眷属たちと戦闘を継続させている。


「天空の王よ。あなたが生きていたことには、正直驚きました。一族が欺かれていたことにわだかまりがないのかと問われれば、素直に頷くことは難しいでしょう」


「儂を恨むのならば、好きにするがよい。頭を垂れる者ばかりではつまらんのでな」


 まだ動揺をぬぐいきれていないヨゼッタが呼びかけると、ゼルギスは王者の風格をまといながら喉を鳴らして笑った。


「ですが、今は残された闇の眷属たちへの対処が先決です。王が神意の欠片を手にしたのであれば、どうか壊れている世界の神意の修復をお願いします。そして天の地にあふれる闇の眷属たちを消し去ってください。このままでは天の地は滅び、浮遊する力を失ってしまいます」


 天の地を救済すること。それはヨゼッタの巫女としての使命だ。天空の王に欺かれていたとしても、その目的は変わらない。


 空に浮かぶこの地で息づく者たちを救ってほしい。ヨゼッタはそう訴えかける。


「…………」


「……王?」


 その訴えに対して、ゼルギスは答えない。


 青い瞳を向けて、静かな眼差しでヨゼッタを見ている。


「神意の力によってこの天の地を地上から切り離し、空へと浮遊させたのは、我が宿敵が復活した際に地上への被害を少なくするため。その夜闇の王がいなくなった今、この天の地は既に役目を終えている」


「……なにを、仰っているのですか? このままでは天の地は沈み、ここで生きている者たちが……」


「それもよし。そういう命運であったのであろう」


 ヨゼッタは救いを求めていた。


 だが、王はそれを受け入れようとしない。


「役目を終えた天の地には消えてもらう。ここに住まう全ての者たち諸共にな」


「なっ……」


 王からの命令に、ヨゼッタは愕然とする。


 ヨゼッタと違い、ゼルギスは天の地が存続することを望んでいなかった。滅びることを肯定していた。


「天の地に新たな王が生まれておれば、結末は違ったであろう。だが新しき王は生まれなかった」


 ゼルギスは闇の眷属たちに埋めつくされた景観を眺める。青い瞳を細めて、その眼差しに哀愁を込める。


「次代の王を決めるため、神意によって天の地の猛者たちに呼びかけた。天界の大戦に勝利して新たな王が決まれば、最後は儂が手ずから相手をするつもりじゃった。それを見事に討ち破ったのならば王位を継承させ、この天の地を任せてもよかった」


 自身に匹敵する後継者が現れることをゼルギスは期待し、天界の大戦を勃発させた。


 それで人形使いや獣王のように不幸になった者もいれば、英雄のように新たな王になろうと意欲的だった者もいる。


 その結果として、誰も王にはなることはできなかった。


「新たな王が天の地の延命を望むのであれば、それもよかったであろう。しかし王の器に相応しき者は現れなかった。この天の地は儂を失望しかさせぬ。もう役目を終えるべきじゃ。この地に生きる者と共にな。それが王としての儂の裁定となる」


「っ……」


 ヨゼッタは困惑を通りこして茫然自失となっている。


 崇めるべき神意と同一化している王から、死んで滅びろと命じられた。子が親から死ねと言われているようなものだ。


 この老人は、そのために長い眠りから目覚めた。宿敵との古い約束を果たして、自らが生み出した天の地を終わりにさせるために。


 天空の王は、強くなりすぎたことで頂に立っている。並び立つ者が誰もいなくて、後に続く者だって誰もいない。全てに失望している。


 故に終わりを望んでいる。


「この裁定に異を唱えるのであれば、儂を止めてみよ。そうやって天の地は時代を築いてきた」


 右手に握った王剣を持ちあげて、剣先をヨゼッタに向けてくる。


 文句があるなら、かかってこいと告げていた。


 ヨゼッタは戦慄している。

 

 夜闇の王ですら、一撃で始末されたのだ。敵うわけがない。天の地にいる者のなかに、王の命令に逆らえる者など、いるはずがない。


 ……いるはずがないのだが、いつだって例外は存在する。


 結末を変えて、バッドエンドを回避する。


 自らの手で運命を切り開き、最高のエンディングを迎える。


 勝利をつかみとるために、何度も世界を渡り歩いて、ここまでやって来た。


 そんな来訪者が、ここにいる。


「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 豪快に笑い飛ばす。

 

 理不尽に押しつけられる運命や結末。それら全てを、笑って払い除ける。


 この状況で笑っている鉄真を見て、ヨゼッタはポカンとなっていた。


「こいつはとんだ頑固ジジイだ。融通きかないにも程があんだろ」


「お主は儂に刃向かってくるようじゃな。期待した通りじゃわい」


 ハンッと鉄真は鼻を鳴らす。


 コキッ、コキッ。顔を傾けて首の骨を鳴らし、体をほぐした。


 これまでにないほどに、戦意がみなぎってくる。


「話し合いが通じないのなら、やることは一つだけだ。力づくでいかせてもらうぜ」


「そのほうが儂も楽しめる」


 鉄真は唇をつりあげて笑う。


 ゼルギスも同じように笑っていた。


 闘争心を剥き出しにする二人を目の当たりにして、ヨゼッタは当惑する。


「王に逆らうだなんて、正気ではありませんね」


 天の地に息づく者からすれば、ありえないことだ。


 だが、そんなありえないことをできる者だからこそ……。


「イカレている鉄真さんだからこそ、理を超えることができるかもしれません」


 理不尽という感情に縛られていた心が解き放たれたように、ヨゼッタは穏やかな笑みをこぼした。


 鉄真は相対する老人に目を向ける。空中に浮かぶ庭園で過ごしたときと同じように。


 精神世界でゼルギスと出会えたのは、鉄真が世界の神意によって願いを叶えたからだ。鉄真にも、かすかにだが神意とのつながりがある。それであの場所にいけた。


 夜闇の王は、自ら眠りについていたゼルギスと違い、強制的に封印されていた。だからあの庭園に行くことができなかった。


 おかげで再会するまでに、永遠とも思えるような途方もない時間が過ぎてしまった。


 周辺では剣戟の音が響いている。仲間たちが、残された闇の眷属たちと交戦している。


 そろそろ限界に達したのだろう。友則が【破滅の鎧】を解除して、もとの重装鎧を装備し直していた。


「こっちは任せろ。一匹たりとも、そちらには近づかせん。鉄真は勝つことだけに集中してくれ」


 誰よりも鉄真のことを信じている友則が声をかけてくる。かなりHPが削られて危険な状態だというのに、虚勢を張るように笑っていた。


「みんなのことはわたしが癒やすから、心配しないで。鉄真は決着をつけて」


 静音は杖から黄金の光を放ち、【慈愛の光】によって友則のHPを回復させる。心置きなく戦うようにと、鉄真に声援を送ってくる。


「わたしの手を煩わせたんだもの。負けは許さないわよ。そんな昔のゲームみたいにいきなり出てきたラスボスなんて、さっさと片づけなさい」


 赤黒い刀を振るい、斬撃を転移させてまとめて闇の眷属たちを始末すると、ユイナは長い髪を撫で上げながら偉そうに声をかけてくる。この冒険を終わらせるようにと、迷うことなくそう伝えてくれた。


「天空の王を倒さねば救えないというのなら、お願いします。鉄真さん、あなたに天の地の未来を託します」


 ヨゼッタも【光の槍】を放って周りの闇の眷属を押さえ込み、みんなに助力する。鉄真たちが天の地に呼ばれたのはこのときのためなのだと、結末が変わることを祈っている。


「あぁ、任せとけ。わからず屋の頑固ジジイにガツンとかましてやるよ」


 打倒すべき相手を睨みつけて【鑑定】を使用する。 


 以前は精神世界である空中の庭園にいたから、その詳細を知ることができなかった。しかし実体をもってこの世界に降り立った今なら、その正体を見ることができる。


【天空の王ゼルギス】

 レベル:測定不能

 長きにわたって眠りについていた天の地を統べる王。

 地上にあった数多の伝説を葬ってきた英傑。 


 頭のなかに情報が流れ込んでくる。


 レベルのほうは、夜闇の王と同じで測定できない。規格外の存在というわけだ。そしてこの老人は、夜闇の王よりも上を行っている。


 このゲーム世界、ロストスカイ・メモリーのなかで、間違いなく最強の存在だ。


「儂を見たようじゃな」


 スキルで【鑑定】を行ったことを気取られる。ゼルギスは左手で白いアゴヒゲを撫でながら笑っていた。


「小僧。名は?」


「あ?」


「これから打ち負かす相手じゃ。名前くらいは知っておきたい」


「抜かせよ、ジジイ」


【アイテムボックス】から黒い魔剣、英雄スレイドからドロップした無尽の厄災剣を取り出す。


 使いどころはないと思っていたが、伝説の王剣は持ち主のところに戻ってしまった。現在所持している武器のなかで、最も優れている英雄の魔剣でやりあう。


「高宮鉄真。それが俺の名だ」


 右手に握った魔剣の先端を向けて、自身の名を告げる。


 ゼルギスは懐かしき好敵手と再会できたように、ニタリと戦意に満ちた笑みを浮かべていた。


「では、やるとしよう。もう一人のお主もな」


 ここにはいない。だけど、ここにいる。そんな誰かにも、天空の王は呼びかける。


 やはりゼルギスも感じ取っていたようだ。


 五人目の来訪者。外側の世界にいて、文章を読むことでこちらを見ている人物。鉄真とつながっている、もう一人の仲間。ヨミのことを。


『最後の巫女から観測者の話を聞いた状態で天空の王と対峙する』


『神に届く刃の所持を確認しました』


『神に届く刃で天空の王を攻撃し、神意に触れることで新たな運命を切り開き、【レベルループ】の進化条件を達成できます』


『トゥルーエンドが解放可能になりました』


 不滅の三王を全て倒したことで入手できた黄金の短剣。アレを使えとシステム音が言ってくる。


 そうすれば、鉄真にも勝機はあると。真のエンディングに到達できると。


「儂の助言どおり三王を全て打倒したのなら、神意に触れることのできる刃を手にしているはず。それで儂を斬ることができれば、お主にも勝ち目はあろう」


「こっちの狙いはお見通しってわけだ」


 こんなときでも助言をよこしてくる。そしてこの状況を楽しむようにゼルギスは破顔していた。


 もっとも、闘争心にあふれた笑みを浮かべているのは鉄真も同じだが。


 ゼルギスの青い瞳。瞳孔が細まっていき、眼光が鋭くなる。


 高宮鉄真を敵と見定める。


 鉄真は無尽の厄災剣を両手で握って構える。いつでも殺し合えるように、肉体の隅々にまで闘志を行きわたらせる。


「この時を待っておった! 約束通り斬ってやろう! 雌雄を決するぞ、鉄真ぁっ!」


「ガハハハハハハハハハハハハハハハハッッ! 息の根を止めてやるよ、クソジジイッ!」


 天の地の行く末を賭けた最後の戦い。


 四つの世界を渡り歩き、同じ時間を繰り返した冒険の結末。


 それがいま、ここに決する。 




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