4周目 14
「俺も自分の役目を果たさないとな」
距離を置いたところで佇んでいる夜闇の王。
アイツを滅ぼさないといけない。
【アイテムボックス】のなかから、ヨゼッタに託された天空の王剣を取り出して右手に握る。
この剣があれば、夜闇の王に刃を届かせることができる。
――ゾワリ。
背筋が凍った。体の内側に氷の矢でも撃ち込まれたように底冷えする。
「……なんで、キミがその剣を持っているのかな?」
強烈な殺意。
赤い瞳が不快感をあらわにして高宮鉄真を、その手に握られている王剣を凝視してくる。
はじめて夜闇の王が見せた、生き物らしい感情だ。
「その剣はね、誰よりも強くて、雄々しい人でないと持ってはいけないんだよ。絶対的な覇者のみが手にすることを許された剣。その剣を持つということは、最強である証。それはあの人にしか相応しくない。キミごときが、気安く触れていいものじゃないよ。それくらいわかるよね?」
夜闇の王は口早にまくし立ててくる。
自分を殺せる王剣がそこにあるから怒っているのではない。王剣を持っているのが鉄真であることに、怒りをつのらせている。
夜闇の王が焦がれているたった一人のヒト。それ以外の者が、王剣に触れることはあってはいけない。
夜闇の王は、本気でそう信じ込んでいた。
「そんなに俺がこの剣を持っているのが気に食わないなら、奪ったらどうだ? その前に、俺がオマエの息の根を止めてやるがな」
意識を切り替える。唇をつりあげて不敵に笑う。
殺意を燃えあがらせて、浴びせられる殺意をはね返す。
ラスボスと戦う準備は、とっくにできている。
「そうさせてもらおうかな。他の人がその剣を持っているのなんて、一秒だって許せないから」
赤い瞳がこちらを見てくる。その足元。黒い泥溜まりがゴボッゴボッと泡立つ。そこから無数の管が伸びてきた。
鉄真は左側に向かって駆ける。
三周目の最後のときよりも大幅にレベルアップし、ステータスも上昇した。だというのに、夜闇の王の攻撃は速く感じられる。底知れない力がある。
「ぐっ……!」
視界がボヤけて、意識を失いそうになる。
凄まじい速度で伸びてきた無数の泥の管をよけたが、一本だけ左足をかすめた。体中の力が抜けて膝から崩れそうになる。どうにか奥歯を食いしばって気合いを入れて、走り続ける。
「とても生命力にあふれていて、野生の猛獣みたいに凶暴だね。その反面、心優しくて仲間への親愛もある。そんな味だよ、キミの命は」
「俺の味って……。まさかテメェ」
伸びてきた泥の管に触れるとHPが減少していた。そして意識が持っていかれそうになった。
あの泥の管は生命力を、鉄真のHPを吸収している。触れられたら肉体を傷つけて、ライフドレインまでしてくる。
ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ。近くで泡立つ音。
いつの間にか鉄真を包囲するように、周りに泥溜まりができていた。そこからも泥の管が伸びてくる。
咄嗟に後ろに下がって離れるが、肩や脇腹を泥の管がかすめる。鎧越しに痛みを感じると、HPが吸収される。全身の血を抜かれたように、意識が遠のきそうになる。
静音に回復魔術をかけてもらう余裕なんてない。静音が鉄真に近づいたら、夜闇の王は容赦なく泥の管で餌食にしてくる。
「――――ざぶん――――」
一面が真っ黒になった。
夜闇の王がこちらを指差しながら、それを口にすると、黒い泥が大きな波となって押し寄せてくる。
食われる。アレに呑み込まれたら即死。一瞬で消えてなくなる。
ライフドレインを受けたせいで力が入らない。思うように足を動かせない。
死。それが迫ってくる。
「殺せるものなら殺してみせろっ!」
王剣を握りしめる。逃げることはしない。
闇の力を払うことができる剣を横薙ぎに振るう。白銀の刃が星くずが散るような音色を鳴らした。
その一閃によって、鉄真を呑み込もうとした黒い泥の波が斬り裂かれる。飛沫となって散っていき、蒸発して消えていく。
「さすがはラスボス専用武器だ。効果バツグンだな」
冷や汗を流しながら笑う。【鑑定】したときの説明文に闇の力を払えるとあったが、本当に効果があるかどうかは実戦で試すまではわからなかった。
だけど、今ので確信が持てた。この王剣があれば、夜闇の王を倒せる。
「まるで自分のモノみたいに、その剣を使うんだね。キミではあの人には到底およばないのに」
夜闇の王は無表情のまま語りかけてくる。しかし赤い瞳の奥には苛立ちがある。冷たい怒りをたたえている。
「みんな。そっちの剣を持っている彼から、やっちゃおうか」
夜闇の王が呼びかける。
それに反応するように、精鋭である闇の眷属たちが一斉に鉄真へと赤い目を向けてきた。高レベルの眷属たちが、王からの命令によって標的をしぼり込む。
さすがに精鋭ぞろいの眷属たちを相手取りながら、夜闇の王と戦うのは不可能だ。何秒持つかわからない。
しかしそれは、鉄真が一人だったらの話。
「ガアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!」
獣のごとき咆哮が轟いた。
【破滅の鎧】を装着した友則が、二本の大剣で精鋭の眷属をブッ叩いて粉砕する。
「よそ見なんて感心しないわね」
ユイナが刀を振るうと、転移した斬撃が精鋭の眷属を八つ裂きにした。
「鉄真。こっちは任せて」
静音は【支配の糸】で傀儡にした眷属を操り、別の眷属を襲わせて同士討ちにさせる。
「鉄真さん。夜闇の王を滅ぼして、どうかこの夜を終わらせてください」
ヨゼッタは【光の槍】を放つと眷属たちを足止めし、鉄真に声をかけてくる。
精鋭である闇の眷属が鉄真のもとに近づかないように、仲間たちが連携を取って押し返していく。
みんながいてくれて、よかった。
みんなと一緒に戦えて、よかった。
仲間たちの心強さに鼓舞される。
この三日目の夜に、みんなの死を何度も繰り返し見てきた。
もう二度と、仲間たちを失いさせはしない。
「どうやらわたしの手で殺すしかないみたいだね」
闇の眷属たちが足止めされているのを見て取ると、夜闇の王は赤い瞳を鉄真に向ける。足元の泥溜まりから管を伸ばしてくる。
――そう来ることを読んでいた。
先に動いていた鉄真は右斜め前に向かって前進、伸びてきた泥の管をかわす。
「なにが……」
捕らえられなかったことに夜闇の王は違和感を覚えつつも攻め手をゆるめない。
ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ。足元にある泥溜まりや、鉄真の周辺にある泥溜まりを泡立たせて、そこから何本もの管を生み出し、鉄真に襲いかからせる。
感覚を研ぎ澄ます。頭のなかが透明になっていって、直感が冴え渡る。
あらゆる角度から迫ってくる泥の管。それを鉄真は迅速な立ち回りでよける。先読みによって、相手よりも先に動くことで回避する。
「どうなっているのかな? キミは?」
どれだけ無数の管を生やしても捕らえきれない。夜闇の王は無表情の顔をわずかにしかめる。
「――――ざぶん――――」
鉄真のことを指差してそれを口にする。黒い泥の大波が起きる。
目の前を覆うように押し寄せてくる波。逃げることはしない。立ち向かう。
王剣の先端を前方に向けて駆ける。迫り来る泥の波に刺突を繰り出す。呑み込まれることなく突き破り、その向こう側に進んでいく。
「……!」
泥の波を突破した向こう側では、夜闇の王が瞠目していた。
「ここにいるオマエには記憶にすらないだろうがな! 前回の借りだ。しっかり受け取れ!」
距離を詰める。踏み込んでいく。
夜闇の王を無敵たらしめているのは、通常の武器ではダメージを与えられないことだ。
その理を破壊する。
握りしめた王剣を、夜闇の王の体に叩き込む。
『天空の王剣により、攻撃無効化をキャンセルしました。夜闇の王にダメージを与えます』
システム音が聞こえてくると、何にも阻まれることなく、確かな手応えを感じた。
斬ったという実感が、鉄真の手のなかにあった。
「ようやくテメェに一発かますことができたぜ」
夜闇の王は体のバランスを失ったようにふらつく。左肩から脇腹にかけて裂傷が刻まれ、そこから真っ赤な血ではなく、黒い泥があふれ出る。
「そんな……ありえない……」
夜闇の王は困惑する。
己の肉体に傷をつけられた。
その胸のなかにあるのは恐怖。
目の前の男がコワイ。
コワイと感じてしまった。
「わたしが、あの人以外に心を揺さぶられるなんて、あっちゃいけない。あの人以外に負けるなんて……。わたしが敗北していいのはあのヒトだけなのに……」
こんなことはありえない。そう拒絶するように何度も首を振りながら夜闇の王はつぶやく。
「ごちゃごちゃうるせぇ! さっさとくたばりやがれ!」
トドメを刺す。一気に畳み掛けて終わりにする。
王剣を振りあげる。夜闇の王の頭をカチ割って真っ二つにする。
――夜空が輝いた。
昼夜が逆転したと見まがうほどの、まばゆい光が頭上で発せられる。
地上にいた全ての者が、異変を感じ取って硬直した。
「っ……なんだ?」
王剣を振りあげたまま、鉄真は片目をすがめて輝く夜空を見あげる。
高い位置に穿たれた真っ黒な穴。光の階段がかけられたそこから、輝きがあふれ出している。太陽の紅炎が流出しているかのような、おびただしい光彩。
「……あぁ、この光は……!」
夜闇の王が声を弾ませる。王剣で斬られたことを忘れたかのように歓喜に身を震わせていた。
穴からあふれた膨大な光が夜空を黄金色に塗り替えていく。世界を明るいものへと変容させていった。
そして、夜空の穴のところに人影があった。後光が差しているように、まばゆい輝きを背にして佇む者がいる。
果てしない蒼穹を写し取ったかのような青い鎧を身につけている。
精悍な顔立ち。肩口まで伸びている白髪。
青い瞳……。
「そんな馬鹿な……。あの御方は……」
ヨゼッタが目を見開いて唖然としていた。
驚いたのは鉄真も同じだ。
どこかで出会う。その予感はあった。
それがまさか、ラストバトル中のこの場面でだなんて。
夢のなか。精神世界である空に浮かぶ庭園。そこで言葉を交わした人物。
鉄真を斬ると言った老人が、確かな実体をもって夜空に穿たれた穴から姿を現した。




