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4周目 13




 空が暗くなる頃には、鉄真たちは巫女の秘境を後にしていた。


 太陽が昇っているときは素晴らしい景観だった金色の平原も、夜になるとその美しさが損なわれる。生温かな風に吹かれて、ザワザワと揺れる草の音が不穏なものに思えてくる。


 何度となく訪れた三日目の夜。


 次はない。今回で終わりにする。


 仲間たちと夜闇の王を討つ。


「微力ながらお手伝いします」


 そう言って、ヨゼッタも同行してきた。


 巫女の秘境で待っててもらってもよかったが、夜闇の王から神意の欠片を取り返したら、世界の神意を修復しないといけない。そのためには巫女であるヨゼッタの力が必要だ。


 それにハッピーエンドを見るためには、ヨゼッタがいることも条件にふくまれているかもしれない。


 ヨゼッタの同行を承諾して、鉄真たちは最後の夜を迎える。


「お出ましだ」


 周囲に湧きあがってくる不気味な気配。


 泥水を被ったように全身が真っ黒で粘液状にぬらつき、赤い目を光らせている。形状も千差万別で統一感のないモノたち。


 闇の眷属たちがガラスの楽器を奏でるような声をあげて、平原を埋めつくしてくる。


 そこにいる全てのモノが夜闇の王に捕らわれており、なりたくもない眷属になっている。夜闇の王に殺された時と同じように、魂はまだ苦しみのなかをさまよっている。 


「これが闇の眷属か……」


「他の魔物たちよりも、だいぶ危ないかも」


 そのおぞましさに、友則と静音は寒気を感じている。


 だけど、これはまだ序の口だ。


 本当に恐ろしいモノは、これからやって来る。


「……来ました」


 ヨゼッタの金色の瞳が、星空を仰いだ。


 空が割れる。空間に切れ込みが入っていき、宙に裂け目が生じる。そこから黒い泥があふれ出す。滝のように流れ落ちてきて、黒々とした泥溜まりが地面にできあがる。

 

 鉄真にとっては、前の世界の最後に見たソレだ。


 そして泥溜まりに、小さな波紋が起きた。


 ズズズズズズズズズズズ……。


 泥溜まりのなかから、ソイツが浮かびあがってくる。


 艶やかな長い黒髪に、黒いドレスを身につけた女。


 血のように赤い瞳を光らせている。


 夜闇の王ロゼが、天の地に現れる。


 その禍々しさに、友則も静音もヨゼッタも身を竦ませて呼吸を止めた。不滅の三王たちですらかわいく思えるほどの、規格外の存在だと見ただけで理解したようだ。


「かすかな神意を感じ取って、ここに現れたけど……来訪者と巫女か。がっかりかな」


 赤い瞳が鉄真たちとヨゼッタを見てくる。生気のない表情で、失意を述べてきた。


 夜闇の王が感じ取っていたかすかな神意というのは、鉄真のものだ。みんなで一緒に冒険したいという鉄真の願いを、世界の神意が叶えてこの天の地に連れてきた。


 鉄真のなかには、かすかな神意の気配が残留している。それをたどって夜闇の王はやって来た。


 鉄真たちに興味を失うと、赤い瞳が夜空に向けられる。


 異変はまだ終わりではない。


 頭上にある夜景が歪む。星々がまたたく夜空がねじれていく。


 天の高いところ。手を伸ばしても届かない高い位置に、ぽっかりと大きな穴。満月を黒く塗り潰したような真円の空洞が穿たれる。


 そこに半透明の光の階段が浮かびあがり、地上に向かって伸びてくる。


 最後の夜になると、決まって目にする光景だ。


「愛しいあの人を、わたしだけのモノにしないと」


 光の階段、その先にある黒い穴を見あげながら夜闇の王はつぶやく。愛おしげに発せられた声音には、ドロドロとしたドス黒い感情が渦巻いている。

 

「その前に……お掃除しないとね。わたしとあの人の特別なつながりを盗もうとするなんて許せないかな」


 死を彷彿とさせる赤い瞳が、ヨゼッタを貫く。神意の欠片を取り戻そうとする巫女を、夜闇の王は許容しない。


「させねぇよ」


 前回と同じ轍は踏まない。 


 鉄真はヨゼッタを庇うように前に出て、夜闇の王を睨みつける。


 ヨゼッタを殺させはしない。ヨゼッタが生きたまま、エンディングを迎えてみせる。


「別にいいよ。まだ少し時間があるみたいだから、遊んであげても」


 夜闇の王は三周目の世界のときと同じように余裕がある。アイツにとっては自分以外の生物はすべて虫ケラに過ぎない。生かすも殺すも自由。自分が殺されるだなんて思ってもいない。


 ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ。周辺で黒い泥が泡立つ。追加で闇の眷属たちが地面からあふれ出てくる。


 数が増した闇の眷属たちが咆哮をあげる。赤く光る目をギラつかせて、鉄真たちに牙を剥いてきた。


「みんな、頼む!」


 鉄真が声をかけるまでもなく、仲間たちは臨戦態勢に入っていた。


 友則は【アイテムボックス】から獣王の大剣を取り出して右手に握る。そしてもう一本。同じ獣王の大剣を左手に握った。戦闘前に鉄真が所持していたものを友則に渡していた。


 友則は大剣の二刀流で猛風を巻き起こし、躍りかかってくる闇の眷属たちを蹴散らしていく。


 一方でユイナは鬼哭啾々を取り出すと、稲妻の如く素早い身のこなしで駆けまわる。赤黒い刃の軌跡が閃き、辺りにいる闇の眷属たちが次々と斬り捨てられる。


 その二人を援護するように、静音は氷魔術師の杖を構えると、【氷の槍】を連続で放ち、闇の眷属たちを貫いて凍らせ、牽制していった。


 一周目の世界だったら、ここで命を落として全滅していた。


 でも、今のみんなは戦えている。【レベルループ】によって、ここまで上り詰めることができた。


 この夜を乗り越えるだけの力を、手にすることができたんだ。


「へぇ。この子たちじゃダメみたいだね。それじゃあ、これはどうかな?」


 ぱちん。夜闇の王が指を鳴らす。


 その音が鳴ると、またしても周りにある黒い泥が泡立つ。さっきよりも勢いが激しい。煮え立つように、そこらじゅうで黒い泥が弾ける。   


 激しく泡立つ泥のなかから、新たな眷属たちが這い出てくる。


 鎧姿のモノや、巨大な狼のようなモノ、なかには腕が四本あるモノや、翼が生えているモノまでいる。


 そのどれもが全身を真っ黒に染められていて、瞳を赤く光らせ、苦しそうに唸り声をあげていた。


「……っ。レベル1000近くあるヤツばかりだ」


 いち早く【鑑定】を行った友則が声を上擦らせる。


 新たに出現した闇の眷属たちは、他の眷属たちとは明らかに異なる。強敵を前にしたときの緊張感が伝わってくる。


「どれも地上にいた英雄や伝説級の魔物ばかりだよ。わたしが持っている眷属のなかでも、お気に入りの精鋭たちだからね。不滅の三王とかよりも、強いのがいるんじゃないかな」


 夜闇の王は後ろ手を組んで体を斜めに傾けると、呼び出した眷属たちのことを紹介する。まるでガラスケースに飾られたフィギュアを自慢するかのような口振りだ。


 地上にいた英雄や魔物たち。こいつらも、夜闇の王に捕らわれて縛られている。


「それじゃあみんな、やっちゃって」


 夜闇の王がラッパのような形にした手を口元に当てて呼びかける。それが合図。英雄や伝説の魔物たちが殺気立って攻勢に出る。


「ここが正念場だ! 無茶をさせてもらうぞ!」


 友則は出し惜しむことなく【破滅の鎧】を発動させる。


 身につけていた鈍色の重装鎧が外れると、具現化した真紅の鎧を装着。狼を模した兜を被り、戦闘能力が増幅し、戦闘意欲が向上していく。


「ガアアアアアアアァァァァァァァァ!」


 HPが減少し続けるのも意に介さず、友則は獣となって疾走する。二本の大剣を荒々しく振り回し、精鋭である闇の眷属たちと打ち合う。


「少しは楽しめそうね。相手をしてあげるわ」


 ユイナは漆黒の猛者たちを一瞥すると、握った刀を水平に走らせる。


 風切り音が響く。赤黒い線が弧を描くように英雄たちを斬り裂いていく。


「ここまできたからには、エンディングまでたどり着かないと」


 静音は【支配の糸】を発動させる。杖から伸びる複数の糸が精鋭の闇の眷属たちに突き刺さる。


 静音がレベルアップしたことで、同時に何体かを操ることができるようになっていた。自分よりもレベルの低い闇の眷属を操って、別の眷属たちを攻撃させる。


 そしてユイナやヨゼッタが傷つけば、回復魔術をかけれるように静音は目を配っていた。


「わたしも援護させてもらいます」


 ヨゼッタも見守っているだけではない。両手を前に向けると、そこから光によって形成された槍を具現化する。【光の槍】を撃ち放ち、闇の眷属たちを吹き飛ばす。


 無数に這い出てくる闇の軍勢を、仲間たちが押し止める。




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