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4周目 12




 生ぬるい空気を肌に感じる。半球状の白い建物たちは朝霧につつまれていて、閑散としていた。


 巫女の秘境のなかにある高台に立ちながら、鉄真はその景色を眺める。


 今日が最後だとは思えないほどに静かだ。


 でも今日は三日目だ。空が暗くなれば、闇の眷属たちと夜闇の王が出現する。


 仲間たちは命の危機に晒されて、ヨゼッタのように天の地で暮らしている者たちは命を落とす。


 そのバッドエンドを回避しないといけない。記憶にある三つの世界では、それを果たすことができなかった。


 だから四つ目の世界であるここでは、望んだ結末をつかみ取る。


 そして夜闇の王を倒してエンディングにたどりついたら、もう鉄真はみんなと過ごすことができなくなる。


 元の世界には、高宮鉄真はいないから。


「ちゃんとぐっすり眠れたか? 今夜は最後の決戦だ。思い残すことがないように、準備万端で挑まないとダメだぞ」


 足音が聞こえたから、振り返った。


 振り返る前から、そこにいるのが誰なのかは、なんとなくわかっていた。


「……呆れたわ。あんなことを知った後なのに、よくグッスリと眠れたものね」


「ウジウジ悩んだりするのは、性に合わないんでな」


 ユイナは風に揺れる長い髪を手で押さえながら、鉄真の隣まで歩いてくる。きれいな横顔は、いつものように高慢さが感じられるが、ほんの少しだけ寂しそうだ。


「ユイナは、知っていたんだな。世界の神意が誰の願いで、俺たちをこのゲーム世界に連れてきたのかを。元の世界には、俺がいないことも」


「……前に平原でヨゼッタから話を聞いたときに、断片的にだけど記憶がよみがえったのよ」

 

 ユイナは切れ長の目を細めると、巫女の秘境にある景色を見つめる。


 ずっと、一人で抱え込んでいたのだろう。


 パーティから離れて行動し、この世界のエンディングにたどりつくことに協力的ではなかった。


 どうして、そんなことをしていたのか?


 この冒険を終わらせたくない。ユイナはそう思っていた。


 鉄真たちが知らないことを、知っていたから。


「わたしって、才能に恵まれた人間じゃない?」


「なんだよいきなり? 確かに優秀な人間であることは間違いないが」


 元の世界で、ユイナほど能力の高い人間と鉄真は出会ったことがない。


 勉強ができて、運動もできて、しかも性格に難ありだ。最高だな。


「幼い頃から他人よりも秀でていたから、自分が特別な人間だってことはすぐにわかったわ。やろうと思えば、なんだって短期間で極められたもの。それに家はお金持ちだから、何不自由ない未来が約束されている。完璧なわたしにとって、世界は退屈そのもので、他人なんて必要ないものだった」


 ユイナは半球状の建物が並んでいる景色を眺める。小さく鼻を鳴らすと、その眼差しを正面に向けたまま言葉を紡ぐ。


「……だけど、高宮くんたちと出会ってしまったの」


 温かさが込められた、やわらかな声で、ユイナはそう言った。


「あなた達に出会ってから、他人といることの心地良さを知った。他人と感情を共有することが、そんなに悪くないことだって知ったの。他人というものを求めるようになった。あなた達だけが、わたしの心を変えた」


 ユイナの声は消え入りそうなほどかぼそくて、そよ風のなかにとけていく。まるでユイナの心情を表しているように。


「……ずっと、一緒にいたい。そう思えたの。ずっと、ずっと、みんなと一緒にいたい……」


 高宮くんと一緒に……。


 声には出さなかったけど、唇を動かして、ユイナは胸のなかにある想いを吐露する。


 いろんな感情が混ざりあった気持ちが、その一言に込められていた。

 

 ……みんなで楽しく、幻想的な世界を冒険していたい。


 この世界にワクワクして、胸をときめかせた。

 

 現実よりも、こっちの世界のほうが楽しい。


 ずっと、ここにいたい。


 そう思ったこともある。


 だけど……。


「なんのために力を使うのかよく考えるようにって、しょっちゅうジイさんに言われたよ。強い力を持っているんだから、それを使うときは、ちゃんと意志を明確にしないといけないって」


「そのおじいさん、高宮くんに似て凶暴だそうね」


「否定はしねぇよ」


 若い頃は喧嘩ばかりしていたようだし。いろんな武勇伝を耳にすることがある。ユイナの言う通り、鉄真に似ている。


 鉄真は拳を握ると、ユイナのほうに向き直る。ユイナの寂しそうな瞳を見つめながら、自分の気持ちを伝える。


「俺は、もう誰も失いたくない。だから戦う。みんなのために、そして俺自身のために戦いたい。それにプレイしたゲームは、ちゃんとエンディングまでクリアしないとスッキリしないんでな」


 そう言って、笑いかける。とっくに答えは決まっているんだってことを。


 ユイナはきつく唇を結ぶと、ちょっとだけ肩を震わせていた。


「ユイナ。俺のために、ずっと損な役回りをさせてすまなかった。それから、ありがとう。ちょっとでも長く俺たちと冒険をしていたいと思ってくれて」


「……だって、あなた迷わないじゃない。真実を知っても、立ち止まったりしないじゃない。本当のことを知ったら、この世界での冒険を終わらせようとするじゃない」


 それが鉄真だけの願いじゃないとしても。


 それを鉄真が誰よりも望んでいたとしても。


 鉄真が何を選択するのか、ユイナにはわかっていた。


 ユイナの瞳が鉄真を見つめてくる。その奥が揺らいで、じんわりと目のふちがぬれる。


 悲しむこともせずに立ち止まらない鉄真のために、ずっとユイナは悲しんで立ち止まってくれていたんだ。


 鉄真の代わりに、泣いてくれていた。


 それも、この瞬間までだ。


「もう、この願いを終わらせないといけない。だからユイナ、一緒に戦ってくれ。ユイナの力が必要だ」


 それが例え、誰の願いだとしても。


 自分自身の願いだとしても。


 この冒険を、終わらせるときがきた。


 ユイナを見つめながら、手を差し伸べる。


 学校の屋上では、拒まれてしまった。


 だけど今なら……。


「こうなるから、イヤだったのよ。高宮くんなら、真実を知ってもそう言うとわかっていたから。そして全てを知ったあなたにそう言われたら、わたしはあなたを拒めないもの」


「俺は『不屈の高宮』だからな。途中で諦めて、倒れるわけにはいかないんだ」


「その呼び名、恥ずかしいから嫌いじゃなかったの?」


 ユイナは強がるように微笑んでくると、その手を差し出してくる。


 伸ばした手を、鉄真の手に重ねるように握手を交わす……ことはせずに、パンッと小気味よい音を立てて、軽いタッチを交わしてきた。


 鉄真がポカンとすると、ユイナは勝ち誇ったように唇をつりあげる。


「しょうがないから、手を貸してあげるわ。言っておくけど、あくまで友人としてだから。思い上がらないでちょうだい」


 とことん素直じゃない。かわいげもない。


 だけど味方になれば、これほど心強い相手もいない。


 そんな友達に、こいつにだけはかなわないな、と思い知らされた。


「それから、約束を守れないことを先に謝っておく。現実世界に戻っても、ユイナを退屈させずに楽しませるっていうあの約束だけは、守れそうにない」


 そのことを謝られたのは、ユイナにとっても想定外だったのだろう。


 不意を突かれたように、呆気に取られていた。


 それからムッとすると、切れ長の目をとがらせて睨んでくる。


 いつもよりも、その頬は色づいていた。


「えぇ、許さないわよ。絶対にね。わたしとの約束を守らないだなんて、ありえないわ」


 ユイナは顔をうつむかせると、身を寄せるようにして近づいてきた。


 亜麻色の髪から甘い香りが漂ってきて鼻先をくすぐる。心臓の鼓動が少しだけ早くなる。


 お互いに触れあうことのできる距離。


 ユイナは下から睨みつけるように、上目づかいで見あげてくる。


「……一生、許さないから」


 ムッとしていた表情をやらわかくして、クスッと微笑みながら、ささやくようにそう言ってきた。


 その笑顔に、鉄真の胸は熱くなり、心が焦がされる。


 もっと一緒にいたい。一緒に冒険したい。その想いを強くさせる。


 それほどまでに、魅力的な笑顔だった。


 ユイナは軽やかなステップを踏むようにして後ろに下がっていくと、鉄真のもとから離れていった。


 肩口から垂れている長い髪を指先でいじりながら、火照った顔をさますように、ふぅと静かに息をもらす。


 そしてユイナは左側を見やる。


「コソコソしてないで、出てきたらどうなの?」


 ユイナの視線の先、半球状の建物の陰に立っていた友則と静音が気まずそうに姿を現す。盗み聞きするような形になってしまい、複雑な気分のようだ。


「わたしは声をかけようとしたんだけど、友則が止めてきた」


「いや、込み入った話をしていたようだし、ふつう止めるだろ?」


 友則が気を使って静音を制止していたようだ。さっきのユイナとの会話中に、いきなり静音が口を挟んできていたら、確かに困っていたかもしれない。


 おほん、と友則は咳払いをすると、鉄真とユイナを交互に見てくる。


「決意は固まったようだな。鉄真が納得して選んだのなら、俺は友として全力で協力する」


 鉄真の意思を尊重して、友則は最後まで一緒に戦ってくれる。


 いつだって友則は、鉄真のそばにいて、味方でいてくれた。それは現実世界にいた頃からで、この世界に来てからも変わらない。


「本音を言えば、わたし鉄真と一緒にいたい。元の世界に戻っても鉄真がいないなら、もっとここで冒険していたい。でも……」


 静音は消え入りそうな声で述懐すると、ユイナのほうを見る。さっきまでの二人の会話を聞いて、静音の胸にも刺さるものがあったのだろう。


「鉄真が冒険を終わらせることを望むのなら、力を貸すよ。友達だから」


 胸につかえていたものが取れたように、静音は屈託のない笑みを浮かべてきた。


 いい友達を持った。


 みんなに囲まれて、本心からそう思えた。


 こうして四人全員そろえば、最後の夜も乗り越えられる。そう信じることができる。


 それに五人目の仲間もいる。


 今も外側の世界から鉄真を通して、見守ってくれている。


 ヨミ。おまえの力も貸してくれ。


 胸のなかで、そう呼びかけた。

  

「覚悟が決まったようですね。もっとも、鉄真さんは最初から迷ってなどいなかったようですが」


 後ろから声がする。ヨゼッタがこちらに歩み寄ってきていた。


 その手のなかには、朝日を受けて白銀に輝く天空の王剣が握られている。


「この王剣を、あなた達に託します。天の地を救ってくださる、勇者だと信じて」


 ヨゼッタは王剣を水平にして剣先と柄を両手で支えると、鉄真たちに差し出してくる。その姿は、ファンタジーゲームのワンシーンのように神秘的だ。


「俺は勇者って柄じゃないし、自分をそんな大層な者だとは思っちゃいないよ。ていうかその剣、誰が持つの?」


「ここは鉄真が持つべきだろう。俺は重量のある武器のほうが好みだ」


「わたしは魔術がメインだから、剣は使わないけど」


「本来であれば伝説の剣は天賦の才を持つわたしにこそ相応しいのでしょうけど、高宮くんに譲ってあげるわ。この世界では刀プレイで通すって決めているもの」


「……あの、重たいので、早くしてもらえると助かるのですが?」


「っと、悪い悪い。みんながそう言うなら、遠慮なく使わせてもらうよ」


 右手を伸ばして柄をつかむ。ヨゼッタから王剣を受け取る。


 きらめく白刃は美しく、こうして握っていると絶大な力が掌を通して伝わってくる。


『天空の王剣』

 必要能力値:攻撃力11000以上

       知能11000以上

 大地の時代、天空の王が夜闇の王との決戦に用いた聖剣。

 闇を払う力がある。


【鑑定】を行ってみると、その詳細が明らかになる。


 この王剣が夜闇の王を打倒する鍵となるはずだ。


 そして鉄真は、自分のステータスも確認しておく。


【高宮鉄真】

 レベル:950

 HP:95400/95400

 MP:95300/95300

 攻撃力:11700

 耐久力:11650

 敏捷:11500

 体力:11600

 知力:11100


 これだけのステータスがあれば、王剣を使うことができる。


 仲間たちもいてくれて、戦うための武器もこの手のなかにある。


 条件は全てそろった。


 これで最後にする。


 今度こそ、仲間たちと一緒に三日目の夜を乗り越えよう。


 ずっとたどり着くことのできなかった結末を、この目で見よう。




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