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31/42

4周目 9




「あの程度の相手に時間をかけるつもりはないわ。一気に決めるわよ」


「やれるのか?」


「わたしの才能を持ってすれば造作もないわね。だけど、アレをやるにはタメが必要になるわ。任せたわよ、高宮くん」


「タメ技使うから、俺に時間を稼げってか?」


「あなたならできるでしょ? 『不屈の高宮』なんだから」


「その呼び方、恥ずかしいからやめてくれ」


 ユイナは切れ長の目をゆるめて唇をやわらげると、クスッと微笑みかけてくる。


 相変わらず上から目線で偉そうだ。鉄真をいいように使おうとしてくる。


 ……でも、そんなふうに信頼を寄せた笑みを向けられたら断れない。


「なるべく早くしてくれよ。でないと、俺が先にアイツの息の根を止めちまうぜ」

 

「それはそれでおもしろそうね」


 ユイナは鬼哭啾々を両手で握って構えを取る。ユイナのMPが消費されていき、激しい魔力の流れが赤黒い刃へと送り込まれていく。


 ユイナの準備が整うまで時間を稼ぐ。あの英雄をユイナに触れさせはしない。


「奇術でオレを斬り裂く算段か? 実に目障りな女だ」


 英雄が杖を突き出す。杖の先から凄まじい勢いで黒い炎が噴き出した。


「させねぇよ!」


 鉄真は、英雄が杖を構えるよりも先に駆け出していた。


 恐れずに前進する。距離を詰める。間合いに踏み込んでいき、大剣で斬りかかる。


「ちぃっ! 雑兵が!」


 英雄は杖を下げる。黒炎の嵐を巻き起こすよりも、鉄真の斬撃のほうが速いと判断したようだ。


 振り下ろした大剣が地面を砕き、白い石の破片をまき散らす。


 英雄は半身となって右側面に足場を移し、鉄真の大剣をかわした。すかさず反撃。斜め上から右手の黒い剣を振り下ろしてくる。


 ――それを読んでいた。


 地面を砕いた大剣を振りあげる。タイミングを合わせて振り下ろされる黒い剣と衝突させる。


 火花。金属音。黒い剣が弾かれ、英雄の上体が仰け反る。 


「なにっ! 貴様――!」


 動きが読まれたことに英雄は瞠目する。


 秀麗な顔を歪ませてギリッと歯噛みすると、袈裟斬り、刺突、斬り上げと、あらゆる斬撃を繰り出してくる。  


 集中力が高まる。直感が研ぎ澄まされる。鉄真の心が静寂の域に近づいていく。


 英雄スレイドの動きを先読みする。次に何がくるのかを予感し、先に動くことで繰り出される斬撃を大剣で弾ききる。


「ばかな……! オレの厄災剣で三度も斬られ、その身は呪われているはず……!」


 黒い剣が弾かれて金属音と火花が散るなかで、英雄スレイドはこれまで体験したことのない感情を覚える。


 それは……。


「もうすぐだ。もうすぐオマエに、死を届けてやる」


 真っ黒な殺意で塗り潰された鋭い瞳。それに英雄は恐怖する。


 天界の大戦においても、このような感情に苛まれたことはない。スレイドは他の王候補者たちを恐怖させる側であって、まちがってもその逆ではなかった。


 だというのに、この男は違う。


 この男は、敵と見なした相手に確実な死を与えてくる。


 そういう存在だ。英雄スレイドが戦ってきた、どんな生き物とも違う。


 到底飼い慣らせるような猟犬ではない。


「英雄であるオレに、このような感情は不要! それを喚起させる貴様もなっ!」


 緑色の瞳に憤怒の炎を燃やす。英雄は渾身の力で黒い剣を叩き込んできた。


「もう終わりよ」


 ――既に決着の時は訪れていた。


 パフォーマンスが向上している鉄真は英雄の動きを先読み。後ろに跳び退り、叩き込まれた黒い剣をかわす。


 それとほぼ同時に、準備を終えたユイナが、構えていた鬼哭啾々を振りあげる。


「【必滅の刃・絶】」

 

 鮮やかに刃が振り下ろされる。


 スキルの発動。英雄のいる場所で無数の赤黒い線が弧を描くように走り、風切り音が鳴り響いた。


 千を超える斬撃。烈風怒濤の刃が、刹那のうちに英雄のもとに転移していき、その身を斬り刻む。


 漆黒の鎧は数多の傷跡によって破損。全身からの出血で赤く染まった。


「おのれっ……!」


 しかし、まだ英雄は倒れていない。


 全身が血まみれで満身創痍になっても、戦意を燃えあがらせる。


 最強の王候補者であることの矜持が、倒れることを許さなかった。


 だが……。


「こいつで寝てろ!」


 転移した斬撃が消えると、鉄真は英雄に肉薄する。 


 握りしめた大剣を、大上段から振り下ろす。辛うじて立っている英雄に、トドメをお見舞いする。


「がっ……!」


 強烈な一撃。装着している漆黒の鎧ごと、英雄を粉砕する。


 勝利をつかんだ、確かな手応えがあった。


「……ふ、ふふ、ふははは」


 英雄は笑う。生命の火は消えたはずなのに、倒れることなく立ったまま、目覚めたときと同じように笑っていた。


「とうに天界の大戦は終えたというのに、この天の地は、最後までこのオレを飽きさせなかったか……」


 緑色の瞳に鉄真と、そしてユイナを映してくる。


 英雄スレイドは満足げに笑っていた。死を目の前にしながらも、楽しそうに唇を持ち上げていた。


 その肉体がかすんでいく。霧となって消滅していく。


 英雄が死を迎えると、友則と静音が戦っていた光の騎士たちも霧状になって消えていった。


『呪いが解除されます。ステータスが本来の数値に戻りました』 


 英雄の死によって、鉄真のダウンしていたステータスが元に戻る。肉体にまとわりついていた重たさと倦怠感がなくなる。


『レベルが上がりました』


 英雄を撃破して大量の経験値が入ると、レベルが950まで上がる。


 そして英雄が霧散した場所に、黒い剣が残される。鉄真を呪いで苦しめてきた剣をドロップする。


「敵が使ってきたときは厄介極まりなかったが、こうして落としてくれたらうれしいもんだな」


 鉄真は左手で黒い剣を拾いあげて【鑑定】する。


『無尽の厄災剣』

 必要能力値:攻撃力10000以上

 英雄スレイドが使用していた魔剣。

 この魔剣で斬りつけられた者は、一定時間だけ能力が低下する。


 入手した黒い剣……無尽の厄災剣についての説明文が表示される。


 斬った相手にデバフをかけるという強力な魔剣だ。能力を低下させられるのは一定時間だけだし、魔剣の持ち主が死んだらデバフは解除されるようだが、かなり優れた能力だ。


 そして報酬はそれだけではなかった。


『不滅の三王を全て撃破したのを確認しました』


『神に届く刃が送られます』


 システム音が聞こえると、この場にいる全員の視線が宙に集まる。


 頭上で黄金の輝きが生じていた。その輝きは花火のように弾けて散っていき、ひとしずくの光が舞い降りてくる。


 太陽の欠片のような輝きを帯びた黄金の短剣だ。


 神聖さを感じさせる短剣が、ゆっくりと鉄真のもとに落ちてくる。


 獣王の大剣を【アイテムボックス】のなかに収納すると、降ってきた短剣を握って【鑑定】を行う。


『神に届く刃』

 世界の神意によって生み出された刃。

 世界の神意に触れることができる。


 世界の神意から生み出された刃……。どうりで王剣に似た神々しさを感じさせるわけだ。こうして手に持っているだけで掌が熱くなって、鳥肌が立ってくる。


 新たな武器を入手できた。レベルも上がった。そして誰一人欠けることなく勝つことができた。そのことに鉄真は歓喜する。


 戦闘を終えると、静音が小走りでユイナのもとに近づいてきた。


「ユイナ。ずっと勝手にパーティから離れていたけど、許してあげるよ。助けにきてくれたから」


「別に静音に許されようだなんて思っていないわよ。それと勘違いしないでちょうだい。わたしはあなた達を助けにきたわけじゃないわ。不滅の三王の最後の一体と戦ってみたかったから、ここに来ただけよ」


 ユイナは顔をそむけて長い髪を揺らすと、フンッと鼻を鳴らす。


「おや? おかしいですね? わたしの記憶が正しければ、封印の間で三人が英雄と戦っていることを教えたら、ユイナさんは全速力で走っていったように見えたのですが」


 戦闘が終わったことを気配で察したのだろう。


 王剣を握っているヨゼッタが、封印の間に戻ってくる。その表情は唇を曲げて微笑んでいる。ものすごい意地悪な笑顔だ。

 

 ユイナはムッとすると、「余計なことを言うんじゃないわよ」という刺々しい視線でヨゼッタを睨みつけていた。


 鉄真は頬をゆるめると、改めてユイナのほうに向き直る。


「助かったよ、ユイナ。おまえがいたから、勝つことができた」


 お礼の言葉を伝えると、ユイナは両目をまん丸くしてキョトンとしていた。


 唇を擦り合わせてモゴモゴとすると、顔をそむけてくる。拗ねたように、横目でこっちを見てきた。


「えぇ、そうよ。わたしのおかげで勝てたのよ。せいぜい感謝しなさい」


 いつものように偉そうな態度で、そう言ってきた。


 そんなユイナがおかしくて、つい笑みがこぼれてしまう。


 ユイナがパーティに戻ってきてくれた。


 そのことがうれしくて、睨まれるとわかっていても、笑わずにはいられなかった。




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