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4周目 8




「まさか雑兵風情がオレを傷つけられると思い上がっているのではあるまいな?」


「安心しろよ。ちゃんと殺してやるから」


 英雄はフッと笑うと、左手の杖を向けてくる。そこから黒炎がほとばしった。さっきの火の玉よりも大きい、黒い炎の塊が猛然と撃ち出される。


 左斜め前へと走る。あの炎の塊を大剣で打ち消すのは不可能と判断し、射線上から逃れて回避する。


 炎の塊が通過していくと、後方で激しい爆音。わずかに地面が揺れる。やはり大剣で打ち消すのは難しかったようだ。


 そのまま疾走。英雄との距離を詰めていく。間合いに踏み込むと、大剣を打ち込む。


 石の破片が飛び散った。振り下ろした大剣が地面を砕く。


 英雄は半身となって横に一歩だけ動き、余裕を持って鉄真の斬撃をかわした。遠距離からの魔術攻撃だけではない。近距離戦も得意としている。

 

「無尽の厄災剣に蝕まれるがよい」


 英雄が右手に握った黒い剣を構えて、刺突を繰り出してくる。


 大剣を斜めに構えてガードしつつ、バックステップする。間に合わない。黒い剣の先端が、鉄真の脇腹をかすめる。装着した鎧越しに痛みが響き、ダメージが与えられる。


 HPが削られた。それはいい。だが……。


「なんだ、この感じ?」


 肩から足元にかけて、倦怠感がまとわりつく。肉体全体が重たくなる。


『呪いにかかりました。ステータスがダウンします』 


「……そういうことかよ」


 システム音が聞こえると、すかさず自分のステータスをチェックする。


 そこに映し出された表示を見て、我が目を疑いそうになった。


 大幅なレベルアップによって高い数値に更新されたステータスが、全て1000ダウンしている。


 英雄が右手に握っている黒い剣。あれは斬った相手にデバフをかける能力があるようだ。


 おそらく人形使いアーネルの糸と同じく、静音の【浄化】では治すことのできない呪いだろう。


「そらそら! 威勢がいいのは口先だけか?」


 獲物をいたぶって楽しむ野獣のように嗜虐的な笑みを浮かべると、英雄は黒い炎の塊を放ってきた。


 左側面に跳んでよける。さっきまでよりも自分の動きが鈍っている。ステータスダウンの影響がもろに出ていた。


 すると英雄が前進して距離を詰めてきた。右手の黒い刃が斜め下から振りあげられる。


 鉄真は後ろに下がるが、左足に痛みを感じる。黒い剣の逆袈裟斬りが左足をかすめて、最大値が低減したHPが更に削られる。


『呪いにかかりました。ステータスがダウンします』


 またしてもシステム音が弱体化したことを伝えてくる。


 さっきよりも手足が重たい。倦怠感が増している。


 あの黒い剣は、斬る度に相手のステータスをダウンさせてくる。デバフの重ねがけができるようだ。


「厄介極まりないな」


 戦闘が長引けば不利になる。これ以上ステータスが下がれば、必要能力値が足りなくなって切り札が使えなくなる恐れがある。


 早めに決着をつけよう。


 鉄真は後退する。英雄から距離を取る。 


 出し惜しみはなしだ。自分が持てる最大火力をブチ込む。


『【幻想再現】――――【聖魔竜の竜爪】を使用します』


 鉄真の右側面。漆黒の鱗におおわれた巨大な腕が具現化する。四本指に鋭利な爪の生えた竜の腕だ。


 光の騎士と戦っている友則と静音が目を剥いている。事前に【幻想再現】については説明していたが、直に見ると驚きを禁じ得ないようだ。


「ぶっとばせっ!」


 鉄真が叫ぶ。竜の腕が振るわれる。巨大な爪が圧倒的な破壊力でもって英雄を引き裂く。


「紛い物の伝説を生み出せる能力か。つまらんな」


 英雄は笑っていた。この程度のことは恐怖に値しないと、余裕を持って言っていた。


 左手の杖が向けられる。その先端が黒い光を放つ。 


 ――嵐が巻き起こった。


 杖から凄まじい勢いで真っ黒な炎が噴き出す。それは荒れ狂う嵐。黒炎の嵐が吹き荒れる。


 大気が爆ぜる。封印の間の空気が、灼熱のように燃えたぎる。


 黒炎の嵐が竜の腕を呑み込み焼き尽くしていく。再現された伝説の一部を消し去っていく。


 宙に黒い火の粉が舞い散ると、【聖魔竜の竜爪】は跡形もなく消滅した。


「このレベルの相手には竜爪が通じないのかよ」


 切り札である最大火力を叩き込んだが、英雄はそれを上回る火力で打ち破ってきた。


『しばらく【幻想再現】は使用できません』


 クールタイムが発生する。今のでMPをごっそり消費したので、もう【幻想再現】は使えない。


「まさかこのオレに、黒炎の嵐を使わせるとはな」


 英雄は構えていた黒い杖を下ろす。すぐにでも殺しにかかってくると思っていたが、感心したように鉄真のことを見ていた。


「雑兵。貴様は猟犬に相応しい。頭を垂れるのであれば、オレの臣下に加えてやってもよいぞ。でなければ殺す」


 命のやり取りをしている最中だというのに、英雄は自らの手駒になるようにと鉄真を勧誘してきた。


「ホントに頭どうかしてんな。なに食ったらそういう発想ができるんだ」


 現実世界で生きてきた鉄真とは、根本からして思考回路が違う。もっとも、天の地にいる者たちですら、この英雄の考えを理解することはできないだろうが。


「では、答えを聞くとしよう」


 英雄が緑色の瞳を向けて問いかけてくる。


 運命の分かれ道。返答次第によっては、その瞬間に高宮鉄真の命は失われる。


 だけど、答えは一つだけだ。


 それが変わることはない。


「テメェなんかに従うつもりはない。英雄だかなんだか知らねぇが、俺を飼い慣らせると思うなよ」


「そうか。ならば死ね」


 英雄の左手にある杖が構えられる。黒炎の塊が立て続けに撃ち出された。


 呼吸を整えて、神経を研ぎ澄ませる。次々と迫ってくる黒炎の塊を最小限の動きでかわす。足回りが重たく、動きが鈍い。少しでも気を抜けば、黒炎に焼き尽くされる。


 背後で爆音が弾けるのを聞きながら、回避に集中する。何発目かわからない黒炎の塊をよけると、いきなり目の前に英雄が現れた。黒炎を撃ちながら迫ってきていた。


 肉薄してきた英雄は黒い剣で鉄真の顔面を貫こうとする。


 後ろに下がりながら首を傾ける。頬に焼けるような痛み。黒い刃がかすめて、血が流れる。


『呪いにかかりました。ステータスがダウンします』


 またしてもステータスの数値が減少する。顔を串刺しにされることはなかったが、更に弱体化してしまう。


 そして追い打ち。息つく間もなく英雄は踏み込んでくると黒い剣を振りあげた。


 回避は間に合わない。直感がそう告げてきた。ここで高宮鉄真は殺されると。


 それでも英雄を睨み返す。もうやり直すことはしないと決めた。この四周目で決着をつけると。


 重たくなった肉体を動かし、全力で死の一撃をよけようとする。


「なにっ――――!」


 英雄の顔が引きつる。攻撃を中断し、後ろに下がるがよけきれない。


 鋭い風切り音。赤黒い線が弧を描いて走り、英雄を斬った。装着した漆黒の鎧の表面に火花が散り、傷跡が刻み込まれる。


「この斬撃は……!」


 突如として、鉄真の目の前に走った刃。


 ――知っている。


 こんなことができるのは、一人しかいない。


「思いのほか手こずっているようね、高宮くん」


 澄んだ鈴の音のような凜々しい声が聞こえてきた。


 振り返って、封印の間の入り口を見る。


 そこには、鬼哭啾々という赤黒い刀を右手に握り、銀色の軽装鎧を装着した、亜麻色の長い髪をした少女が……。


 長い間、離れ離れになっていた友人である、時遠ユイナがそこにいた。


「ユイナ……」


 どうしてここに? なんで来てくれたんだ?


 言いたいことも、聞きたいことも、いっぱいある。


 だけどいまは、そのぜんぶを飲み込んだ。


「助かったぜ。ぶっちゃけ、かなりヤバかった」


 ユイナがここにいてくれる。その事実を受け入れて感謝する。


 ふん、とユイナは鼻を鳴らすと、亜麻色の長い髪を左手で撫で上げる。 


「手を貸してあげるわ。あなた達だけでは、頼りないようだからね」


 ユイナは歩いて前に進んでくる。


 鉄真の隣で立ち止まって、肩を並べてきた。


 またこうして一緒に戦うことを、ユイナは選んでくれた。

 

「ようやく来たか」


「ユイナ、来てくれたんだ」


 友則と静音も、ユイナが現れたことに相好を崩している。こうして四人全員がそろったことに胸を弾ませていた。


「ユイナ、来るの遅いから。友達ポイントが7000は減ったよ」


「基準が全くわからないけど、めちゃくちゃ減ったわね」


 静音がジトッとした目で見てくると、ユイナは億劫そうにかぶりを振っていた。


 友人との短いやりとりを交わすと、ユイナは英雄スレイドに視線を定める。


 英雄は緑色の瞳に苛立ちをつのらせ、凍りつくような冷たい殺意でユイナを射抜く。


「このオレに傷をつけるとは……。どうやら死にたいらしいな、女」


「それは無理な話じゃないかしら。あなたごときでは、わたしの足元にもおよばないもの」


 ユイナは半眼になると、余裕をもって冷たい殺意を受け流す。


 英雄が左手の杖を構える。そこから光が発せられると黒い炎の塊が放たれて、ユイナに向かって飛来してきた。


 ユイナはその場に立ったまま、赤黒い刀を水平に振って虚空を斬る。


 それと同時に、いくつもの鋭い風切り音が重なるように響いた。黒炎の塊に赤黒い線が何本も走って斬り刻まれる。黒炎は細かい火の粉となっていき、掻き消された。


 鉄真はあの黒い炎の塊は打ち消せないと判断したが、ユイナのスキルをもってすれば、それも恐れる必要はないようだ。


「オレの決定に逆らうとは。ますます生かしてはおけん」


 自身の魔術が斬られたことで、英雄の殺気がより冷たいものになっていく。


 ユイナのスキル、【必滅の刃】は過程をすっとばして狙った位置に斬撃を転移させる。狙われた相手からすれば、遠くからいきなり斬りつけられるようなものだ。


 いくつもの斬撃を同時に転移させることができるので、さっきみたいに黒い炎の塊を数多の斬撃で斬り裂くことができる。


 斬撃の威力はユイナが手にしている武器に準拠する。鬼哭啾々は切れ味の鋭い刀なので、転移させた斬撃は一撃一撃が高い威力を持っている。 


 ただし発動には、ユイナが手にした武器を振るモーションが必須だ。射程もそこまで広くはなく、遠距離までは斬撃を転移できない。消費MPだってそれなりに大きい。


 だが、そんなデメリットはユイナにとっては些細なことだ。


 もともと潜在能力が高いユイナが使用することで、【必滅の刃】はその名の通り、どんな強敵であろうと滅ぼす刃と化す。


 高慢な性格で協調性のなさが目立つが、味方になればこれほど頼りになる人物はいない。


 ユイナが隣にいてくれる。それだけで鉄真は、誰にも負けない気がした。現実世界にいたときも、それは感じていた。


 喧嘩を売ってくる柄の悪い連中がどんなに大勢でも、どんなに屈強でも、ユイナがいてくれれば負けることは考えられなかった。


「気をつけろ。アイツの持ってる黒い剣は、斬った相手をステータスダウンさせてくる」


「要するに、一撃も当たらずにノーダメージでクリアすればいいわけね? 楽勝だわ」


「……俺、もう三発くらいもらってかなりステータスが下がったんだけど」


「それは高宮くんがノロマすぎるのよ。もっとプレイヤースキルを磨きなさい」


 ユイナは呆れたように横目で見てくると、ひらひらと左手を振ってくる。


 相手は格上なのに、無茶を言ってきやがる。




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