2周目 2
「どうしたんだ、鉄真? そんなに急いで?」
「これから学食に行くんだろ? なら確認しておきたいことがある」
友則が生きているのなら、まだ静音も生きているはず。その姿をこの目で直接見ておきたい。
そしてこれから起きる出来事も、前の十日目と同じなのかを確認しないと。
鉄真は急ぎ足で学食に向かっていく。
ファンタジーなゲーム世界のはずなのに、周りの風景と比べたらこの学校は場違いな建物だ。
ロススカのネットワークテストでも、こんなオブジェクトは存在していなかった。おそらく鉄真たちが転移してきた際に用意されたものだ。いわゆる転移特典というやつだろうと推察している。
実際この学校のなかはかなり便利だ。仕組みは不明だが、生活に必要なものを自動的にそろえてくれる。
学食に行けば、普段販売しているメニューや購買のパンなどがテーブルに置かれているし、水道の蛇口をひねれば水が出てくる。設置された冷蔵庫のなかには、ペットボトル入りの飲料水やジュースだってある。
運動部が使用していたシャワー室に行けば、体の洗浄だってできる。更衣室には、着替えの制服が大量に置かれている。
衣食住に事欠かない。この学校という特典がなければ、天の地での冒険はより過酷なものになっていた。
「スマホもほしかった」と静音は愚痴っていたが、なんでもかんでもそろっているわけじゃない。我慢しないといけないことだってある。
鉄真も最初はスマホがなくてがっかりしたが、数日すれば慣れてしまった。案外スマホがなくても生きていけるものだ。
それに学校のなかにいれば、最後の夜になるまでは安全だ。外部をうろついている魔物たちは、校門を境に学校内に入ってくることができない。
校庭の片隅にある、半月のような形状をした一メートルくらいの石像。神意の像と呼ばれるものが結界を展開して、魔物が近寄れないようにしている。
神意の像については、ロススカのホームページにも説明が載っていた。
天の地の各地に神意の像は立っていて、結界によって守られるのでプレイヤーにとっての安全地帯になる。この学校もその一つだ。
鉄真は学食の前まで来ると、足を止める。
前の十日目のことを思い返す。これから起きるであろう未来の出来事を。
「今から静音が学食の入り口から出てくる。一周目では俺とぶつかって、持っていたペットボトルのジュースが制服にかかってしまい、不機嫌になっていた」
「何を言っているんだ?」
「ちなみに、静音が持っているのはオレンジジュースだ」
ドヤ顔で宣言してくる鉄真に、友則は疑念を募らせる。半目になって呆れた視線を向けてきた。
「まぁ見てなって」
野郎二人で廊下に待機し、学食の入り口を見守る。
「何が楽しくてこんなことをしなければいけないのか?」と友則からの抗議の眼差しを感じるが、どこ吹く風で鉄真はそこから友人が出てくるのを待った。
ほどなくすると、記憶にある通り学食から見知った少女が出てきた。
黒い髪を二つ結びして肩口から垂らしている。大人しげではあるが整った目鼻立ち。身長はそこまで高くはないがスタイルがよくて、制服を着て立っている姿は絵になる。
物静かな空気をまとった雨野静音がそこにいた。
「馬鹿な……どういうことだ?」
友則が信じられないものでも見たように驚いていた。
「静音。おまえがその手に持っているのは……」
「……オレンジジュースだけど、それがどうしたの?」
学食から出てきた静音は右手にペットボトル入りのオレンジジュースを持ちながら、狼狽している友則を眠たそうな目で見てくる。
知っていたとおり、鉄真の予言は的中した。
だが予言が当たったことよりも、生きている静音をこうしてまた目にすることができて、そのことがうれしかった。まだこの時間なら生きているのはわかっていたが、こうしてその姿を目の当たりにすると、胸のなかが温かくなる。
「静音……よかった」
「……なに? こわいけど?」
静音は表情を曇らせて、率直な感想を述べてくる。
学食を出たら、男二人が待ち伏せていた。片方は驚いて慌てている。もう片方は感動でうるうる。確かに意味不明すぎてこわい。
「なぜだ、鉄真? なぜ静音がオレンジジュースを選ぶとわかっていた?」
「どういうことなの?」
友則は口早に問い詰めてくる。状況についていけない静音は、説明を求めるように鉄真を見てきた。
「静音が学食から出てくるのを俺は知っていた。本来なら、俺とぶつかってオレンジジュースが制服にかかってしまい、静音はムスーッとして、しばらくヘソを曲げたままだったけどな」
「ジュースがかかったくらいでスネるなんて、わたしそこまで子供じゃないけど? バカにしないで」
「いや、本当にそれでスネてたんだけど……」
「勝手な妄想を人に押しつけるのはどうかと思うよ」
静音はほんのわずかに頬をむくれさせて、睨んでくる。
……ホントなのに。信じてもらえなかった。