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4周目 5




 巫女の秘境には、ヨゼッタ以外は誰も暮らしていないそうだ。


 数年前までは他の巫女たちもいたが、みんな亡くなってしまい、今となっては残された巫女はヨゼッタだけになった。


 ヨゼッタはこの場所で、ひっそりと一人で暮らしている。


 鉄真たちはヨゼッタに連れられて、半球状の家のなかへと案内される。


 屋内には質素な木製のテーブルと椅子が置かれていて、本棚にはぎっしりとたくさんの蔵書が背表紙を見せて詰め込まれている。


 暑い日差しに晒された外と違って、家のなかはひんやりとしていて涼しい。


 鉄真たちは並んでテーブルに着席すると、対面に座っているヨゼッタに【レベルループ】についてや、前の周でヨゼッタに会い、ここに来るように言われたことを話した。


「そういう能力を持っていたのですね。なるほど、それであのような正気を疑う発言を」


「ちょいちょい口悪いな、この巫女」


 ゲームのNPCとしては特徴があっていいんだろうけど。


 まぁ嫌いではない。鉄真自身そんなに言葉づかいが良いほうではないから。


 こうして天の地について詳しい人物と向かい合っているんだ。知りたかったことを聞かせてもらう。


「まずは世界の神意ってものについて教えてほしい。夜闇の王も、その言葉を口にしていた。友則は神様的なものだって推察していたが」


「俺はそのように考えている」


 右隣に座っている友則は頷くと、解答を求めるようにヨゼッタに目を向けていた。


「その解釈で間違いありません。世界の神意とは、太古から存在している大いなる力。その力によって、超常的な事象を引き起こす。この世界に住まう者たちからすれば、神そのものです。……ですが」


 ヨゼッタは一度言葉を飲み込むと、眉根を寄せる。


「この世界の神は壊れています」


「壊れているって、どういう意味だ?」


「額面通りに受け取っていただいて結構です。世界の神意は壊れていて、完全な状態ではないのです。不具合を起こしています」


「……なんか、どっかで似たような設定を聞いたことがあるな」


「クオリアエンドの別ゲーに、そういう設定があったかも」


 左隣に座っている静音がボソリとつぶやいた。それで鉄真も思い出す。


 クオリアエンドが開発したオープンワールドのゲームに、そういう神様が壊れている系の設定があった。ロストスカイ・メモリーにも類似した設定を持ってきたんだろう。


 ちなみにそのゲームでは、プレイヤーから神様は「ポンコツ神」とか言われてかわいそうな扱いになっていた。


「なんで神様が壊れてるんだ?」


「天空の王のことは、ご存じでしょうか」


「天の地を支配していた王様のことか? いいや、知っているのは名前くらいだ」


「そうですか。わたしもそこまで詳しく知っているわけではありませんが、もともと王は地上の英雄だったらしく、数多の伝説を打ち負かしていたようです。そして世界の神意とつながり、王は神と同一の存在となった」


 すっごいファンタジーな設定が飛び出してきた。聞いててワクワクしてしまう。隣に座る友則も目を輝かせている。


 静音は「ふぅん」って感じで、興味なさそうだが。


「そして夜闇の王が地上に現れると、勇者として盟友たちと共に戦い、封印を施した。その決戦の際に、王は力の一部である神意の欠片を夜闇の王に奪われてしまった。そのせいで世界の神意は壊れてしまったのです」


「あの女の仕業ってことか……」


 赤い瞳を思い出す。


 三日目の夜に出現する絶対的な存在。


 闇の眷属をあふれさせて、天の地を滅ぼす厄災。


 世界の神意が壊れてしまったのは、夜闇の王の手によるものだ。


「生前の王はその身に残った神意の力によって、天の地を地上から切り離し、空高くに浮遊させました。そうしたのは夜闇の王が封印から目覚めたときに、地上にまで被害が拡大しないためだと伝承にはあります」


 あんなのが地上で目覚めたら大惨事だ。それを危惧してこの大地を空へと浮かびあがらせ、地上と隔絶させた。


「ですが、それも一時しのぎにしかなりません。世界の神意が不具合を起こしてから、あまりにも長い時間が経ってしまった。今となっては天の地は浮遊する力を失いかけています」


 ヨゼッタの言葉は衝撃的なものだった。


 鉄真たちはギョッとする。


「もしかしてこの島、地上に落ちるのか?」


「はい。このままではそう遠くないうちに、島ごと地上に落下して崩壊するでしょう。神意とつながりのある巫女のわたしは、それを感じ取ることができます」


 時間が残されていないのは鉄真たちだけではない。この天の地もまた同じのように、終わりが迫りつつある。


「天の地の消滅と共に夜闇の王が滅びれば、まだいいほうです。もしも滅びなければ、そのとき夜闇の王は再び地上を破壊する厄災となるでしょう」


 そうなったらヨゼッタをふくめて、この天の地で生きる者たちは全滅する。下手をすれば夜闇の王に飲み込まれて闇の眷属に加えられてしまい、一緒に地上を滅ぼすかもしれない。


「そのバッドエンドを回避できないのか?」


「ばっどえんどが何かはわかりませんが、どうにかしたいとは思っています。わたしの目的は、壊れてしまった世界の神意を修復することです。それが最後の巫女の役目であり、神意を崇める一族の悲願ですので」


 淡々とした口調だが、ヨゼッタの声には一本の筋が通っているように迷いがない。


 金色の瞳の奥には光が灯っている。強い意志の輝きだ。


 ヨゼッタはヨゼッタで、戦っている。


 前の周でも、夜闇の王にかなわないと知りながらも立ち向かおうとしていた。きっと一周目と二周目の世界でも、同じように戦っていたに違いない。


 大した女だ。その在り方は、誰にでも真似できるものじゃない。


「天空の王が逝去し、世界の神意が壊れたままの状態が長く続いたので、封印の力も弱まっています。夜闇の王が目覚めれば、この島の各地に置かれた神意の像が崩れてしまい、結界は失われるでしょう」


 三日目の夜に学校の結界が消えてしまうのは、そういった理由からだ。神意の像が全て砕けたら、天の地にある安全地帯はなくなってしまう。


「壊れた世界の神意を修復するには、どうすればいい?」


「夜闇の王が取り込んでいる神意の欠片を奪い返すことです。失われた神意の欠片があれば、巫女であるわたしの力で神意を完全なものに修復することができます」


 そうすれば天の地は浮遊する力を取り戻して、地上に落ちることはない。


「要するに、夜闇の王の息の根を止めればいいわけだ。話が簡単で助かる。あの女には、借りを返さなきゃいけないからな」


「今の説明を聞いて、その答えになるのも怖いがな」


 鉄真が口の端をつり上げて好戦的な笑みを浮かべると、それを横目で見ていた友則が引いていた。


「世界の神意が正しい形に修復されれば、神意によって導かれたあなた達も元の世界に戻れるでしょう」


「それがゲームクリアの条件ってわけだ。夜闇の王を倒して、世界の神意ってのを修復すればエンディングになるのか」


「そう見るのが妥当だろうな」


「エンディング分岐とかで、変なのがなければいいけど」


 静音が不穏なことを口にする。


 プレイヤーの選択次第では、世界が暗黒期を迎えるエンディングとかあったりするかもしれない。そうならないように、倫理観を持って行動しよう。


「前の周の最後に、夜闇の王と少しだけ手合わせしたが、攻撃を無効化されてダメージを与えることができなかった。今のままじゃ、どんなにレベルを上げても歯が立たない」


「わたしが言うのもおかしいですが、よく夜闇の王に立ち向かうことができましたね。まともな精神状態なら戦うことは選択せずに、動けなくなって殺されるか、逃げようとして殺されるかのどちらかです」


 あの女に出会ったら、死が確定するということだ。そんな規格外の相手から神意の欠片を取り戻そうとしているヨゼッタもまともではない。


 前回の静音とヨゼッタの最後については、黙っておこう。本人たちが知れば、良い気分ではいられなくなる。


「常に無敵モードのアイツは殺すことができない。だから巫女の秘境にある王剣を手に入れるようにって、夢のなかのジジイに言われてここに来た」


「またしても鉄真さんの口から正気を疑う発言が飛び出しました。よく知りもしない相手の言葉を鵜呑みにするなんて、あなた大丈夫ですか?」


「それ、わたしも思った」


 ヨゼッタから本気で心配されてしまう。


 静音も「うんうん」と頷いていた。


 わかってはいたが、頭がおかしい人扱いされてしまった。


「確かに最後は喧嘩を売られたが、あのジジイの助言がなかったら、ここに来るまでにもっと時間がかかっていた。俺と戦いたがっていたようだし、ウソはついていないと思う」


「鉄真、そのおじいちゃんに何したの? 悪いことしたら、ちゃんと謝らないとだめだよ」


「なんで俺が悪いことした前提になってんだ? 普通に話してただけだぞ?」


 普通に話していたら、喧嘩を売られた。何も悪いことはしていないはずだ。


 あの老人がいた空中に浮かぶ庭園は夜が訪れて崩壊してしまった。おそらく、あそこを訪れることはもう二度とできないだろう。


「それで、その王剣ってのはここにあるんだよな?」


「はい。天空の王剣は巫女の秘境で管理しています。あの王剣があれば夜闇の王を斬れるでしょう。伝承によれば、天空の王は王剣を使って夜闇の王と対峙したとありますから」


 王剣が置かれているのを確認すると、鉄真は内心で拳を握る。専用の武器があれば、夜闇の王にもダメージを与えることができるようになる。


「ですが、ここにある王剣を抜くのは危険です。英雄を封じるために使っていますから」


「不滅の三王の、最後の一体だな」


「えぇ。彼は天界の大戦で、最も多くの王候補を殺しています。王候補者たちのなかでも、とりわけ危険視されていた人物です」


 人形使いと獣を撃破したが、それを凌駕する力の持ち主ということだ。


「巫女の一族のなかにも、王候補者がいました。その人は秘境を襲撃してきた英雄に敗れて命を落としましたが、他の巫女たちが不意を突き、王剣を使って英雄を封じることに成功しました。そのことがなければ、英雄は天界の大戦の勝者となっていたでしょう」


 強者ばかりの王候補者たちのなかで、誰よりも新たな王に近づいていた。そんなヤツの封印は解くべきではないと、これまでのヨゼッタは判断していたのだろう。


「鉄真さんの言う前の周のわたしが王剣を所持していなかったのは、それが理由でしょうね。わたしが王剣を抜くことはありません。英雄を封印する結界が解けてしまいますから」


「あんた一人なら、そうしていただろうな。だが今回は違う。俺たちがここにいる」


 鉄真は声を落とす。鋭い目をヨゼッタに向ける。


 友則と静音も覚悟を決めているようで、神妙な面持ちになって巫女を見つめていた。


 三人の来訪者から視線を向けられると、ヨゼッタは頬をゆるめて笑った。


「あなた達は二体の不滅の王を討っています。賭けてみるのも悪くはないでしょう。このままでは夜闇の王には敵いませんから。王剣があったほうが、まだ希望が持てます」


 最後の巫女が認める。


 天空の王剣を握るに相応しいかどうか、それに挑むことを。


「勝てないとわかってるのに、ヨゼッタは夜闇の王から神意の欠片を奪い返そうとするんだな。よくそんな無謀な真似ができるもんだ。怖くはないのか?」


「怖いに決まってるじゃないですか。けれど、それが巫女としての責務です。怖いからといって放棄するわけにはいきません」


 ちょっとだけムッとした表情になると、ヨゼッタは椅子から立ちあがる。


 難儀な女だ。まっとうな感情を持っているのに、この少女にとっては自分の命よりも、巫女としての使命のほうが重たいらしい。


 だから死ぬとわかりながらも、巫女の務めを果たそうとする。


 そうせずにはいられない。


 ……でも、今回は死なせたりしない。力を貸してくれるんだ。ヨゼッタのことも助けてみせる。


 鉄真たちも椅子から立ちあがる。


 このゲーム世界をクリアするための鍵である、天空の王剣を手にするために。




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