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24/42

4周目 2




 外気に晒されると、生温かな風が吹きつけてくる。屋上に出ると額から汗が流れてきて、真夏の暑さを思い起こす。


 転落防止用のフェンスには、背中を預けて腕組みをしているユイナが立っていた。ブツブツブツと呪文のように何かをつぶやいてる。


 いつもならここで上品な笑みを浮かべて、必殺技の名前が決まったことを高らかに言い放ってくるのだが……今回は早めに鉄真がいることに気づいたようだ。


 優雅な手つきで長い後ろ髪を撫で上げると、眦を細めながらこちらを見てくる。


「あら、高宮くん。わたしに何か用かしら?」


 鉄真の神妙な空気を感じ取ったようで、ユイナは真剣な表情をしていた。


「話したいことがある」


「それは聞くだけの価値があることなの? わざわざわたしの時間を取るんだもの。無価値な情報だと判断したら、即刻立ち去らせてもらうわよ」


「相変わらず偉そうだな」


 鉄真は肩を上下させると、【レベルループ】のことや、前の周でラスボスである夜闇の王と遭遇したことを話した。


 最初は眉を逆立てて不審がっていたユイナだったが、前の周から引き継いだステータスと【アイテムボックス】の中身を確認すると、納得していた。


「にわかには信じられないわね。けれど、いきなりこんなにレベルアップしていることや、【アイテムボックス】に覚えのない装備が入っているのを見たら、信じるしかないわね」


 ひととおり自分のステータスをチェックすると、ユイナは口元に手を当てて思案する。


 前振りはここまでだ。本題を切り出す。


「なぁユイナ。おまえ、俺に話していないことがあるだろ?」


「当たり前でしょ。友達だからといって、なんでもかんでも話すはずないじゃない。あまり調子に乗らないことね」


 ユイナは小さく鼻を鳴らすと、切れ長の目を細めてくる。気の弱い人間だったら、それだけで怖じ気づいてしまうような威圧感のある眼差しだ。


 しかし鉄真の心は、そんな眼差しで乱れることはない。


「そうじゃない。このロストスカイ・メモリーの世界のことで、話していないことがあるだろ?」


「…………」


 ユイナは何も答えない。切れ長の目を細めたまま、鉄真のことを見てくる。


「前の周で、ヨゼッタに会って話を聞いたんだ。おまえが既にヨゼッタと会っていることも。誰かの願いによって、俺たちがこの世界に連れてこられたことも。ユイナはそれを知っていたんだよな」


 ユイナの表情に変化はない。黙ったまま鉄真に視線を向けている。


 だけど二人の間にある空気だけは変わっていた。鉄真が話を進めていくと、足元の薄氷が砕けていくような緊張感が漂い始める。


「俺たちをこの世界に連れてきたのは、おまえの願いなのか? それでずっとソロで行動して、ゲームクリアをさせないために、俺たちに協力しなかったのか?」


「……そうだと言ったら? わたしがこの世界にずっといたいと言ったら、高宮くんはどうするのかしら?」


 ユイナは否定しなかった。このゲーム世界で冒険を続けることを望んでいた。


 もしかしたらそうなのではないかという予感はあった。だが、まさか面と向かって認められるとは思っていなかった。自信家のユイナらしいと言えばらしいが。


 驚きはしたものの、言葉を詰まらせたりはしない。


 鉄真は決然としながら、自分が求める結末を口にする。

 

「俺はこのゲーム世界を攻略して、みんなで一緒に元の世界に帰りたい。この世界に来たことが誰の願いであったとしても、それは曲げられない」


 強い意志をこめて、そう言った。


 それが高宮鉄真の願いなんだと。時遠ユイナとは相反する答えを。


「さすがはわたしね。前の周で、こんな強力な刀を入手しているなんて」


 いつの間にかユイナの右手には、一振りの刀が握られていた。鉄真と話している間に、【アイテムボックス】から取り出したのだろう。


 刃渡りは一メートル弱。刀身が赤黒く染まっている。まるで生き血を吸った妖刀だ。


「鬼哭啾々という名だそうよ。まだ天の地が地上にあった時代に、東の国から訪れた人斬りが使っていた刀だと、【鑑定】した説明文には書いてあるわね。西洋ファンタジーもので侍が登場するときの、お決まりの設定といったところかしら」


 相当気に入ったようで、ユイナは薄い笑みを浮かべながら赤黒い刀身をまじまじと見つめている。


 鉄真とユイナは一定の距離を取って向かい合っている。その刃が届く間合いではない。


 だが、ユイナは手にした妖刀を水平に走らせた。鋭い音色を奏でて、赤黒い刃が宙に残像を引く。


 咄嗟に左側へと跳ぶ。立ち位置を移す。


 一瞬前まで鉄真が立っていた場所で風切り音がする。赤黒い線が弧を描いて走り、空間を斬り裂いた。


「あっ――ぶね! 何しやがる!」


「よけられるように手加減してあげたんだから、感謝しなさい」


「それで素直にありがとうって言えるヤツは、頭のなかお花畑だろ!」


 冷や汗が頬をつたう。


 手加減してくれたのは本当だろう。ユイナならもっと速く刀を振って、スキルを発動できた。今の一撃は鉄真に当たらないように意図的に外してくれた。


 当てることはしなかったが、ユイナは鉄真に刃を向けてきた。それは……。


「この世界を、クリアなんてさせないわ。絶対に」


 鉄真の願いを叶えさせないためだ。


 そのためなら友を斬ることもいとわない。刀を手にしたユイナからは、鬼気迫るものを感じた。


「現実の世界なんて退屈でしょうがないもの。あそこだと才能あふれるわたしは、なんだってできてしまう。イージーすぎてつまらないわ。それに比べて、こっちの世界は素晴らしいわね。武器やスキルを使って魔物と戦えて、天空に浮かんだ島を探索できる。強敵がいくらでもいるわ」


 ユイナは口元をゆるめる。天の地での冒険が、乾いていた心をうるおしてくれたと声を弾ませる。


「ロススカのゲーム世界に転移したとわかったときは、胸が踊ったわね。退屈な現実から抜け出せたんだもの。こんなにうれしいことはないわ」


 左手を胸元に当てて、青空を見あげながらユイナは笑みを深くする。ゲーム世界に入ることができたときの感動を思い起こしている。


「高宮くんだって、望んでいたでしょう? わたしと同じで、現実よりも、この世界での冒険を楽しんでいた。ここにいたいと、そう思っていたはずよ」


「……否定はしねぇよ」


 夢を見ていた。


 幻想的な世界を、どこまでも自由に駆けまわって。


 剣を振るい、立ちはだかる敵を倒したい。


 みんなで楽しく、冒険をしていたい。


 そんな夢を……。


「確かに俺は、そう思っていたよ。この世界での冒険にワクワクして、胸を躍らせていた。だけど、いつまでも夢を見つづけることはできない。三日目の夜には夜闇の王が復活して、全てが滅ぼされる」


 そしたらまた、あの光景を見ることになる。大切な友人たちが失われてしまう瞬間を。


「俺はこの世界で、友則や静音、それに自分自身の死を見てきた。もうあんな想いをするのはこりごりだ。二度と失いたくないし、一度だって失いたくはない」


 それを言葉にしたとき、覚悟が決まる。


 成し遂げなければいけない覚悟。


 それを果たさなくてはいけない。


「この四周目を最後にする。もう【レベルループ】でやり直しはしない。今回で全部に決着をつけて、俺たちの冒険を終わらせる」


 誰も死なせない。もちろんユイナも、鉄真自身も。一人の犠牲者も出すことなく、エンディングにたどり着いてみせる。


 鉄真が相反する願いを告げると、ユイナは目つきを鋭くする。殺意にも似た感情をにじませてくる。


 意識を切り替える……ことはしない。ユイナとは戦わない。一緒に元の世界に帰るべき友達だから。


 鉄真は歩み寄っていく。刃を向けられることを恐れずに、足を前に踏み出す。


「約束するよ。現実の世界に戻っても、退屈はさせない。俺がユイナを楽しませる。つまらないなんて言わせない。だからユイナ」


 ユイナに向かって手を差し伸べる。


「おまえの力を貸してくれ。ユイナが協力してくれれば、どんなヤツだって倒せる。一緒に俺たちのいるべき世界に帰ろう」


 どうかこの気持ちが届いてくれと願いながら、言葉を紡いだ。


 この想いが、ユイナの心を動かしてほしいと。


 ユイナに、この手を握ってほしいと。


 そして必死に手を差し伸べていた鉄真は……言葉を失う。頭のなかが一瞬だけ真っ白になる。 


 ユイナは……目尻を下げて、思い詰めたような、寂しげな表情をしていた。


 なんで、そんな顔をするんだ?


 いつも自信にあふれているユイナがそんな顔を見せるのは初めてだった。


 説得が通じて、少しは心が動いたのか?


「俺たちは学校から西方にある魔女の森に行く。その先にある巫女の秘境ってところに向かう。ユイナも一緒に来てくれ」


 ユイナは長いまつ毛を伏せて、足元へと視線を下げている。


 胸のなかにある何かを押し殺すようにきゅっと唇を結ぶと、顔をあげて鉄真を見てきた。


「わたしがどうするかは、わたしが決めるわ。どんなに残酷な選択肢を突きつけられようとね」


 物語のなかに登場する剣士さながらの凜々しい面持ちでそう言ってくると、ユイナは鉄真の手を握ることを拒んだ。


 タンッと床を蹴る。亜麻色の長い髪が風になびく。ユイナは跳躍すると後ろにあるフェンスを飛び越えていった。屋上のふちから校庭に落下する。今のユイナのステータスなら、無傷のまま余裕で着地することが可能だ。


 慌てて鉄真は駆け寄っていく。両手でフェンスをつかんで校庭を見下ろす。


 ……だが、もうユイナの姿はどこにもなかった。


 ユイナをパーティに引き戻すことができなかった。今回もユイナは、一人で三日目の夜を迎えるつもりだ。

  

 手を差し伸べたとき、ユイナが見せていたあの表情。それが頭から離れない。鉄真の胸のなかにモヤを生み出す。


 どうしてあんな顔をしていたんだ……。


 問いただしたところで、ユイナは素直に話してはくれないだろう。


 深いため息をこぼす。フェンスから手を離すと、入口のほうに歩いていく。屋上の扉を開けて、階段の踊り場まで引き返した。


 一人で戻ってきた鉄真を見ると、友則と静音は説得が失敗したのを察したようだ。


「俺たちは俺たちの信じた道を行くしかない」


 友則はそう言って鉄真の肩を叩き、はげましてくれた。ユイナのことは気にかかるが、そばにいる鉄真の力になろうとしてくれている。


「ユイナ……」


 静音はしょんぼりと肩を落とす。ユイナのことを心配している。一緒に行動してくれるかもと期待していたようだ。


「ユイナと協力できないのは残念だが、やるべきことをやろう」


 立ち止まらずに進んでいくことを、友則と静音の顔を見ながら言葉にする。


 今度こそ、三日目の夜を乗り越えてみせる。


 みんなで、元の世界に戻るんだ。


 そのために最善をつくす。


 進んだ道の先に、どんなことが待ち受けていても、歩みを止めることはしない。


 高宮鉄真にとって、最後の冒険がはじまる。




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