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■■■■ 2




 また、この場所に来ていた。


 見慣れた学校の廊下じゃない。


 のどかな雰囲気につつまれた、空中に浮かぶ庭園のなかに鉄真は立っていた。


 だけど以前とは景色が違う。青かった空が燃えるような茜色に染まっていて、夕景がひろがっている。辺りに生えている草花も心なしか元気がないように見える。前回の最後に見た光景が、そこにあった。


 ブンッ、ブンッ、という鋭い風切り音がする。


 鉄真は音が聞こえる方向に歩いていく。


 すると、やはりあの老人がいた。


 鉄製の直剣を握りしめて、理想的な姿勢からの一振りを繰り出す。音を置き去りにした達人の斬撃。


 前回訪れたときよりも、レベルアップしているのに、それでもまだこの老人の剣を目で追うことはできない。強くなればなるほど、老人の底知れなさが伝わってくる。


 素振りを終えると、老人は剣を握ったまま呼吸を整えて脱力する。

 

 鉄真の来訪には気づいていたのだろう。しばらくすると、青空のような色彩をした瞳がこちらを見てきた。


「あやつにやられたか。今のお主では歯が立つまい」


 さっきまでの鋭さを消して、ニカリと子供のように無邪気に笑いかけてくる。


 あやつというのは、夜闇の王ロゼのことだろう。


「攻撃無効化とか、チートすぎて対処法がわかんねぇよ。ていうかあんた、夜闇の王のことも知っているのか?」


「それなりにはな」


 白いアゴヒゲを左手で撫でながら、おもしろがるように喉を鳴らしてくる。詳しく話すつもりはないようだ。


「小僧。人形使いと獣を討ち取ったようじゃな。儂の見込んだとおりの男じゃ」


「かなりしんどかったし、犠牲も出しちまったけどな」


 仲間のおかげで、つかめた勝利だ。鉄真一人の力ではない。


「あんたの助言のおかげで、攻略が進んだ。礼を言っとく」


 この老人の助言がなければ、もっと攻略は遅れていた。何度かループを繰り返すことになっていただろう。


 鉄真が感謝を述べると、老人は前歯をこぼして笑う。


「次は巫女の秘境に行くがよい。あそこにある王剣おうけんを手にすることじゃな。アレがなければ、夜闇の王と対峙したところで話にならん」


「巫女の秘境。ヨゼッタが言っていた場所だな。その王剣ってのは魔王を倒せる伝説の剣的なものか? それがあれば、あの女を殺せるわけだ」


「それはお主次第よ。どんなに優れた名剣を持ったところで、使い手が未熟であればナマクラにしかならん。もっとも、二人の不滅の王を討ち取ったお主であれば、その心配はあるまいがな」


 次の目的地は巫女の秘境だ。そこで王剣を入手する。


 そして夜闇の王を撃破し、今度こそこのゲーム世界をクリアしてみせる。


 みんなと一緒に、元の世界に戻るんだ。


 鉄真のなかで、闘志と決意が燃えあがる。


「しかしあの剣を手にするのであれば、立ちはだかる英雄が黙ってはいないであろう」


「英雄……不滅の三王の一体か」


「あやつは大戦のなかで、誰よりも王に近づいた男よ。あと一歩というところまで来ておったが、玉座には届かなかった。惜しいことよ」


 伝説の剣だけあって、簡単には入手できないらしい。手に入れるには、相応の試練を乗り越えなければいけない。


「そして不滅の三王を全て倒すがよい。さすれば五人目も真髄を見せるであろう。そうなったほうが、儂も楽しめる」


「あんた、前にも俺以外の誰かの存在をほのめかしていたな。ヨゼッタも俺たち四人の他にも来訪者がいると言っていた。五人目っていうのは、一体誰なんだ?」


「お主が先へと進めば、いずれ答えを知るであろう。そういったものは楽に手にしても価値はない」


「そういうのいいから、さっさと教えろよジジイ」


「さてな。知りたければ戦って、自らの手で勝ち取ることじゃ」


 老人は唇の片端を持ちあげて、意地悪く笑ってくる。


 イラッとするが、何をしたところでこの老人は口を割らないだろう。助言することで道標はくれるが、その先にあるものまでは与えてくれない。


 自分で道を歩いていけ。老人はそう言っていた。鉄真がその過酷な道のりを歩いていくのをおもしろがっている。


「それと仲間の娘とも話すことじゃな。味方になれば、あれほど頼もしい者は他におるまい」


「言われなくても、そうするつもりだ」


 ユイナが願ったことで、鉄真たちがこの世界に呼び出されたとしたら、そのことをユイナが知っていたのなら……真意を問いたださなきゃいけない。


 その答えによっては、ユイナと剣を交えることになる。


 それは、どんな戦いよりも辛い。この世界の敵が相手なら、どれだけ強大な存在であろうとも鉄真は挑んでいける。心が折れることはない。


 だけど友達が相手なら、話は変わってくる。そうなったら、どんな強敵よりも戦うことが難しくなる。鉄真が倒せない相手になりえる。


「儂も古い約束を果たさねばならん」


 老人は右手に握った直剣を見つめる。そこに懐かしさを覚えるように、鍛え抜かれた肉体を震わせて歓喜を湧きあがらせていた。


「まだ語り合いたいが、ここまでのようじゃ」


 名残惜しむように、老人が言ってきた。


 前回と同じことが起きる。


 周りの景色が変わっていく。夕焼け空が黒く染まっていき、庭園に夜が訪れる。時間の流れが加速しているみたいに、草木が急速に枯れていった。


 ピシッ。パキッ。バリッ。


 ヒビ割れた窓ガラスのように、頭上にある空や、周りにある景色に亀裂が生じていく。


 頭がクラクラする。地面の底に吸い込まれていくような感覚。意識が混濁する。


「あまりにも長すぎる時が過ぎたことで、綻びが生じたか。この精神世界も形を保てなくなってきたようじゃ」


 枯れていく草花や、暗くなる空。亀裂が入った景色。崩壊する世界を老人は感慨深げに眺めていた。


 ――殺気。意識が胡乱とするなかで感じ取る。反射的に跳びすさった。


 目の前にいた老人が、こちらに剣先を向けていた。


「俺が油断していたら、本気で殺すつもりだったな!」


 老人の剣には、本物の殺意が乗っていた。


 この精神世界で死があるのかどうかは知らないが、鉄真が腑抜けているようなら、この老人はためらわず斬る気でいた。

 

 いくつか助言をくれたが、別にこの老人は鉄真の味方というわけではない。


 意識を切り替える。頭のなかが混濁していようと構わない。牙を剥いてくるなら、その牙を砕くだけだ。


「その殺気は再会までに取っておくがよい。次に会うときは……」


 ヒビ割れて、壊れていく世界のなかで、剣先を向けたまま、青い瞳が鉄真を見据えてくる。


「そのときは、本気で斬らせてもらうぞ、小僧」


 流れる水のように静かに、けれど燃え盛る炎のように滾った戦意をぶつけられる。


 鉄真は両目に力を込める。


 暗闇におおわれた世界が崩れていくなかで、刃を向けてくる老人だけを睨みつける。


「やってみろよ、クソジジイ!」


 この老人が高宮鉄真を殺すというのなら、全力でもってそれに応えるまでだ。


 生き残るのは自分で、死ぬのはオマエだ。


 闘志を滾らせる。そのときが来たら決着をつける。


 意識が地面の底に引きずり込まれていくが、それでも鉄真は最後まで老人のことを睨み続けた。


 徐々に意識が溶けていき、深いところへと沈んでいってしまう。


「もう一人のお主も、いずれまた会おうぞ。小僧の冒険がどのような結末を迎えるのか、最後まで見守ってやるがよい」


 最後に、そんな声が聞こえた。


 消えていく鉄真に対しての言葉ではない。


 老人は、どこにもいない誰かにむけて語りかけていた。



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