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3周目 終




「どうすればいい? どうすれば、俺たちはこの三日目の夜を乗り越えることができる?」


 レベルを上げて闇の眷属たちを倒すだけでいいのなら、話は簡単だ。けど、それだけじゃ足りないのだとしら……。


 少しでも手がかりがほしくて、鉄真はヨゼッタから話を聞き出す。


「魔女の森を抜けたこの先に、巫女の秘境があります。あなた達がそこを訪れることができてさえいれば、あるいは……。でも王剣を抜いたら英雄が……」


 言葉が途切れる。ヨゼッタは後ろを振り返って、金色の瞳を暗闇のなかに向けた。


「来やがったか……」


 ガラスの楽器を奏でたような奇妙な叫び声が無数に重なり合って聞こえてくる。


 泥水を被ったみたいに全身が真っ黒で、粘液状にぬらついたモノ。


 数え切れないほどの赤い目が、暗闇のなかで灯っている。


 遠目にだが、あふれかえる闇の眷属たちの姿が見えた。


 鉄真は戦意を高める。近づいてきたヤツから殺す。とっくにその準備はできている。


 ……だが、ヨゼッタは闇の眷属たちを見ていなかった。


 その金色の瞳は、呆然と夜空を仰いでいる。


 もっと別のナニカを見ている。


「……時間切れです。アレが目覚めてしまいました」


 どういう意味だと、追及することはしなかった。


 鉄真が尋ねなくても、ソレはやって来た。


 夜空が、割れる。


 ナイフで空間に切れ込みを入れたみたいに、宙に裂け目が生じた。そこから黒い泥が吹き出してきた。滝のように流れ落ちてきて、黒々とした泥溜まりが地面にひろがっていく。


 できあがった真っ黒な泥溜まりに、小さな波紋が起きる。 


 ズズズズズズズズズズズズ……。


 泥溜まりのなかから、浮かびあがってくる。


 黒くて長い艶やかな髪に、端整なつくりをした青白い顔が生える。ほのかに光っている赤い瞳は宝石のように美しい。


 首から下が生えてくると、プロポーションのいい華奢な体が姿勢良く立っていて、夜会に出向く淑女のような黒いドレスを着ていた。


 泥溜まりのなかから浮かびあがってきた女は、まるで生気が感じられない。あらゆる負の感情を凝縮したような禍々しい気配をまとっている。


「かすかな神意を感じ取って、ここに現れたけど……」


 赤い瞳が鉄真たちを見てくる。


 それだけで硬直する。動けなくなる。本能がアレを恐れている。


「……来訪者か。がっかりかな」


 ――規格外。この世界で出会ってきたどんな生き物よりも、危ない存在。


 静音は固まったまま、声を発することができなくなっていた。


 ヨゼッタは悔しそうに唇を噛みしめている。


 赤い瞳の女は、鉄真たちに興味を失うと、夜空を見あげる。


 すると星空が歪んでいく。目には見えない力によって、夜景がねじまげられる。


 ぽっかりと大きな穴があけられた。満月を黒く塗り潰したような真円の空洞が、夜空の高いところに穿たれる。


 そこから半透明の光の階段が浮かびあがり、地上に向かって伸びてくる。


 黒い穴と光の階段が出現した。鉄真にとっては、最後の夜になると必ず目にする光景だ。


「愛しいあの人を、早くわたしだけのモノにしてあげないと」


 天へと通じる光の階段を見つめながら、赤い瞳の女は小さな笑みを唇に乗せる。その声音には女の足元から湧き出す黒い泥水と同じように、ドロドロとした濃厚な感情が込められている。


 そして赤い瞳が、ヨゼッタを捉えてきた。


「最後の巫女。欠片を取り戻しにきたんだね? 残念だけど、あなたの望みはかなわないかな。これはわたしとあの人の間にある特別なつながり。他の有象無象とは違うんだよ。わたしだけが持つ絆。誰にもあげないよ」


 ヨゼッタは背筋を震わせている。脇腹を負傷していたときよりも苦しそうだ。


 それでもヨゼッタは金色の瞳で見つめ返す。その身にふりかかる恐怖を振り払うように、戦うべき相手と反目する。


「わたしでは、あなたに到底およばないことはわかっています。こうしてあなたと対峙したところで、何もできないでしょう。それでも、わたしは巫女としての責務を――――」


「――――ざぶん――――」


 真っ暗になる。一面が黒に埋めつくされる。波が押し寄せてくる。


 反射的に走った。理解するよりも先に体が動いていた。


 そうしないと、呑み込まれる。


「……一体なにが?」


 我に返ると、鉄真は呼吸を乱して立っていた。水分がなくなったように喉がカラカラになっている。背中が冷たい汗でぬれている。


 ……一人だ。


 静音がいない。ヨゼッタがいない。


 さっきまでいた二人の姿がどこにもない。こつぜんと消えてしまった。


 鉄真と、あの赤い瞳をした女だけがいる。


 二人は、どこにいってしまったのか?


「へぇ。きみ、すごいんだ。一口でぜんぶ食べるつもりだったのに。まさか食べ残しちゃうなんて」


 なんの感情もない顔をしながら、赤い瞳の女が微笑んでくる。


 そうだ。さっきこの女が「ざぶん」と言った。


 そしたら、波が起きた。黒い泥水が大きな波となって押し寄せてきた。


 咄嗟に鉄真は側面に向かって走り、間一髪のところでよけることができた。


 だけど、静音とヨゼッタは……。


 ブクブク。泡立つ。さっきまで静音とヨゼッタが立っていた場所に、波になって飛んできた黒い泥がひろがっている。ブクブク。泡が立っている。


 泥溜まりからは、死臭した。


「テメェ……!」


 理解するよりも先に殺意が発火する。 


 目の前で大切な友達を奪われて、ヨゼッタという少女も失った。


 許せない。生かしてはおけない。この女を殺す。


「活きがいいね」


 赤い瞳の女は後ろ手を組むと、小首をかしげて笑ってくる。


 辺りにある地面が不自然に波打ちはじめる。複数の地点で揺らぎが生じると、そこから真っ黒でドロドロとしたモノが、赤い目を光らせる闇の眷属たちが出現した。


 そこらじゅうの到るところから、闇の眷属たちが這い出てくる。


 その現象を目にして、鉄真は理解する。


「テメェが元凶か」


 三日目の夜になると、無数に現れる闇の眷属たち。


 それを生み出しているのは、この女だ。


 コイツこそが、三日目の夜に天の地を地獄に変貌させていた原因。


 女を睨みつけて【鑑定】する。


【夜闇の王ロゼ】

 レベル:測定不能

 天空の王との決戦によって、封じられていた存在。

 再び目覚めたとき、天の地に終焉をもたらす。


 ……レベルが読み取れない。計り知れないほどの強大な存在。説明文を読むかぎり、この女には天の地を滅ぼせるだけの力がある。


 そしてコイツが、アーネルが恐れていた夜闇の王。天の地が地上にあった古い時代に、多くの英雄や勇者、大国を滅ぼしたという厄災。


 設定から推察するに、ロストスカイ・メモリーのラスボスだと見ていい。


 ゲームクリアにつながる、鉄真たちが倒すべき敵だ。


 この女を打倒しないかぎり、エンディングにたどり着くことはできない。


「犬は好きかな?」


「あ? なに言ってやがる?」


 とっくに殺し合いは始まっている。にも関わらず、意図の読めない質問をしてくる。


「わたしは好きだよ。従順な犬はね、特に好き。ちゃんと上下関係を理解していて賢いから」


 くすり。微笑むと赤い瞳に鉄真が映り込む。


「気に入った相手がいたら、飼うようにしてるんだ。きみのことも少しは気に入ったから、周りにいる子たちみたいに飼ってあげてもいいよ。そうすれば、楽に死なせてあげる」


 周りにいる子たち……ドロドロとした闇の眷属たちがうごめいている。鉄真もそうなれと、夜闇の王は言っていた。


「人形使いといい、テメェといい、やばい女ばっかりだな。力を持ったやばい女ほど厄介なものはない」


「わたしに飼われるのはイヤかな?」


「当たり前だろ。オマエみたいな不気味な女の下になんかつけるかよ。だいたい、あんなドロドロになった連中が幸せだとは思えねぇ。俺の目には、闇の眷属どもは自分の姿を嘆いているように見えるぜ」


「そう。じゃあ、いらないかな」


 商品棚にあった品物を手に取ってみたけど、よく見たらそんなにほしいものじゃなかった。それくらいの気軽さで、夜闇の王は鉄真を不要なものと判断してくる。


 対話が終わる。言葉を交わしたところで、友好的な関係が築ける相手ではない。ならばやることは一つだ。


 獣王の大剣を構えると、鉄真は直進する。全速力で夜闇の王のもとに迫る。


 夜闇の王は赤い瞳で鉄真を見ながら、唇を笑みの形にしていた。その足元、真っ黒な泥溜まりが泡立つ。そこから飛び出してきた。細長い管。黒い泥が脅威的な速度で伸びてくる。


 立ち止まりはしない。左斜め前に向かって前進――


「ぐっ……!」


 視界が傾く。体中の力が一気に抜ける。膝から崩れそうになる。


 右脚が痛む。伸びてきた泥の管がかすめた。膝当てを通してダメージを与えてくる。それはいい。


 わからないのは、なぜか一瞬だけ意識を失いかけたこと。どういった効果があるのかは不明だが、あの泥には触れないほうがいい。静音とヨゼッタは、アレに食われてしまった。


 足を止めずに疾走する。夜闇の王のもとまで駆け抜ける。間合いに踏み込んでいき、大剣を叩き込む。


「はい、おしまい」


 ごぼっと出る。血の塊が口からあふれた。


 装着した白銀の鎧が赤く染まる。


 夜闇の王の足元から伸びた複数の管が、鎧を貫通して腹部を貫いた。白銀の鎧が穴だらけになる。鉄真が大剣を叩き込むよりも速く、夜闇の王は迎撃を行った。


 猛烈な痛み。意識が飛びそう。HPがほとんど残っていない。


 目に見える世界が黒く濁っていく。命の灯火が消えて、まもなく死を迎える。


 三周目の冒険が終わる。


 ――それでも鉄真は止まらない。倒れることだけはしない。


「まだ終わりじゃねぇよ!」


 反撃。瀕死の肉体から死力を振りしぼり、握りしめた大剣を叩きつける。


 狙うは首元。頭さえ斬り飛ばせば、殺せる。


 振るわれた大剣が、夜闇の王の細い首に直撃する。


「……っ! どうなってんだ、テメェ……!」


 妙な手応え。斬ったという感じがしない。間違いなく大剣は夜闇の王の首元に直撃した。


 だというのに、女の首はつながったままだ。


 夜闇の王の首の側面に太い刃が触れているはずなのに、当たっているという手応えがなかった。間に何か硬い物が挟まれているように、斬撃が効いていない。


『攻撃が無効化されました。ダメージを与えることができません』


 鉄真の反撃が無意味であることを、システム音が告げてくる。


 攻撃が無効化された。とんでもない能力だ。これでは殺したくても、殺しようがない。


「ほんとすごいね、きみ。完全に終わらせたつもりだったのに。その傷で動けるとか、もう人間やめてるでしょ」


 目の前にいる夜闇の王が感心している。


 おもむろに右手をあげてくると、その指先が鉄真の額に触れてきた。冷たい。体温が感じられない。死人のようにぬくりもりのない指だ。


「でもわたし、懐いてくれない猛犬は好きじゃないかな。噛みつかれるのは嫌だから、さよならだね」


 残りわずかだったHPが減っていき、0に近づいていく。

 

 高宮鉄真の生命が失われていく。


 それでも。


「殺したくらいじゃ俺の猛りは鎮まらんぞ! 絶対にその息の根を止めてやるっ!」


 死んでも魂が失われることはない。灯った熱は消えることなく燃え続ける。


 鉄真の咆哮に、夜闇の王は唇を持ちあげて空虚な微笑みを浮かべていた。


 ……何も見えなくなって、真っ暗になる。


『ゲームオーバーを強制的にキャンセルします』


『【レベルループ】を発動します』


『『人形使いアーネルとの遭遇』『人形使いアーネルを撃破』『獣王ガブスとの遭遇』『獣王ガブスを撃破』『不滅の三王の二体を撃破』『魔女の森を抜ける』『最後の巫女から話を聞く』『夜闇の王ロゼと遭遇』』


『以上の項目を達成しました。報酬として経験値が与えられます』


『――――コンテニューします』



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