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20/42

3周目 9




 ロストスカイ・メモリーのネットワークテストでは、魔女の森を抜けたプレイヤーは一人もいない。


 ここからは未知の領域になる。


 ようやく森を抜けると、どことなく空気がやわらかくなったような気がする。夜の暗さで辺りの景色はよく見えないが、穏やかな風が吹いてて、草木の揺れる音は心地よくてやさしい。


 森の向こう側を、鉄真は静音と二人で歩いていく。とりあえず行けるところまで行ってみる。探索を進める。


 どこかにもう闇の眷属が出現しているかもしれない。学校から離れているこの辺りにも現れるのだろうか?


 出くわすことがあれば、戦うだけだ。前回よりも、前々回よりも、レベルアップして強くなっている。生き延びるために死力をつくす。


「……鉄真、あれ」


 隣にいる静音が立ち止まる。前方を見ている。


 鉄真もそれに気づいていた。


 こちらに近づいてくるモノがある。かすかな人影が、ぼんやりと映る。


 銀色のウェーブがかかった長い髪。金色の瞳。月光に照らされて白いローブが揺れている。


 警戒心を引き上げる。【アイテムボックス】から獣王の大剣を取り出す。

 

 いつも死に際に見かけていた銀髪の少女。鉄真にとっては死そのものだ。


「ひょっとして、あの子が例の?」


「あぁ。一周目と二周目の最後に見かけた女だ」


 三日目の夜になると、闇の眷属たちがあふれ出す元凶かもしれない。


 ロススカのラスボスなのだとしたら、あの少女を倒せばゲームクリアになる。元の世界に戻れる手がかりだ。


 鉄真の返事を聞くと、静音も氷魔術師の杖を取り出して身構えた。


「……どうしたんだ、アイツ?」


「なにかおかしいよ」


 違和感があった。


 動きが遅い。歩き方が妙だ。細い体をふらつかせている。


「怪我しているみたいだね」


 銀髪の少女は脇腹を押さえている。そこから流れる血が白いローブを赤く染めていた。


 静音に目配せすると、こくんと頷いてきた。


 警戒を解くことなく、細心の注意を払いながら銀髪の少女に歩み寄っていく。


 そばまで近づくと、銀髪の少女はきれいな顔をしかめながら語りかけてきた。


「魔女の森の様子がおかしいので近寄らないようにしていたのですが……霧が消えている。あなたたちが彼女を倒したのですね」


 息づかいが乱れていて、唇からもれる声には余裕がない。脇腹の負傷が辛いようだ。


 その痛々しい姿にほだされることなく、鉄真は銀髪の少女を【鑑定】する。  


【最後の巫女ヨゼッタ】

 レベル:500

 世界の神意を崇める巫女の一族。


 表示された説明文には、世界の神意という言葉があった。あまり情報がないので詳しいことはわからないが、友則は神様的なものじゃないかと推察していた。


 人形使いのように正気を失っているようには見えない。会話が成立する相手だ。


「その怪我は、どうしたんだ? 大丈夫なのか?」


「恐ろしい人ですね、あなたは。手負いのわたしを見ても油断せずに、いつでも殺せる準備をしているなんて」


 銀髪の少女、ヨゼッタは額に汗を浮かべながら皮肉げに笑ってくる。


 それを鉄真は表情を変えずに、冷たい視線で見つめる。ヨゼッタの言ったように、いつでも殺す準備はできている。少しでも不審な動きを見せれば、大剣をブチ込むつもりだ。


 傍らにいる静音も表情を引きしめて、緊張感を保っていた。


「この怪我はわき出てきた闇の眷属にやられたものです。ですが、これは予兆に過ぎません」


 ヨゼッタはため息まじりに負傷した理由を語ってくる。


 どうやら闇の眷属は、もう既に出現しはじめているらしい。


「あなたたちは、来訪者ですね」


「どうしてわかる? ……って、この西洋ファンタジーっぽい世界の連中とは見た目からして違うから判断つくよな」


「えぇ、その通りです」


 ヨゼッタはかすかに口元を崩した。脇腹の痛みを堪えながら、無理をして笑っている。


「ねぇ、鉄真」


「あぁ、そうだな。何か有益な情報を聞き出せるかもしれない。それに近くにいて感じたが、この子からは人形使いのような嫌な気配はしない」


 一周目と二周目の死に際に見かけていたこともあって疑っていたが、面と向かって話してみてわかった。


 ヨゼッタには、鉄真たちと敵対する意思はない。


 鉄真が了承すると、静音は持っていた杖の先をヨゼッタに向ける。【慈愛の光】を発動させて、ヨゼッタの傷を癒やす。


 脇腹の傷がふさがっていき出血が止まると、ヨゼッタは胸の前で両手を組んで頭を下げてくる。


「ありがとうございます。痛みがなくなりました」


 感謝を口にしてくる表情に、もう苦しみはない。静音の回復魔術が功を奏したようだ。


「わたしはヨゼッタ。世界の神意を崇める巫女の一族です」


「それ、さっき【鑑定】で見たけど」


「いや、あれは俺たちにしか見えないから、この子にはわかんないだろ?」


「……よくわかりませんが、無礼な人たちですね」


 金色の瞳を細めて、眉根を寄せてくる。ちょっぴり不機嫌そうだ。


 こういうとき友則がいてくれたら、もっと円滑にコミュニケーションを取れていたはずだ。友則のありがたさを痛感させられる。


 鉄真はボリボリと頭を掻くと、自己紹介をする。


「俺は高宮鉄真。そっちは雨野静音だ」


 鉄真が口早に名乗ると、ヨゼッタは静かに頷いた。


 もう闇の眷属たちも出始めているので、あまり悠長に話している時間はない。


 鉄真は聞きたいことを率直に尋ねる。


「あんた、どうして俺たちがこの世界に迷い込んだのか、理由を知っているのか?」


「えぇ、それならわかっています。五人の来訪者。あなた達が天の地に降り立ったのは、あなた達の誰かがそう願ったからです」


「俺たちの誰かが願った……? いや、ちょっと待て。あんたいま五人って言ったか? 俺たちは四人だぞ。四人でこの世界にやって来た」


 五人目なんていない。天の地に建てられていた学校のなかでも、ずっと四人で過ごしてきた。


「いいえ、五人です。神意を通して、わたしはそれを感じ取っています。それがどのような人物なのかはわかりませんが、今回の来訪者が五人であることは間違いありません」


 ヨゼッタは断言する。来訪者が五人であることを。


 もしもヨゼッタの言葉が事実だとしたら、鉄真たち以外にも、あと一人、このロストスカイ・メモリーの世界に来ているヤツがいるということだ。


 明かされた五人目の存在に、鉄真は困惑する。静音も動揺していて、しきりにまばたきをしていた。


「そしてあなた達の誰かの願いを神意がくみ取り叶えたことで、あなた達は天の地へと招かれた」


 神様的なものが、願いを叶えて鉄真たちを召喚したのだと解釈する。漫画やアニメの異世界転生や転移もので聞いたことがある設定だ。


「誰がそんなことを?」


 五人目も気にかかるが、そもそもこんなことを引き起こした原因は誰なのか? 神様にお願いしたのはその五人目かもしれないが。


「あなた達のなかに、妙な動きをする人はいませんでしたか? 例えば元いた世界に戻ることを拒んで、協力的ではない人などは?」


「……あ」


 ヨゼッタの問いかけに、鉄真はハッとなる。


 静音も同じ考えに到ったようで目を見張っていた。


 二人とも同じ人物の顔が、頭のなかに思い浮かぶ。


「ユイナがわたしたちとパーティを組もうとしなかったのって……」


「ソロプレイを楽しみたいと、それらしいことを言っていたが、もしかしたらあいつは……」


 元の世界に戻りたくないから、ゲームクリアしてエンディングに到達しないために、鉄真たちに協力しようとしなかった。


 なぜなら、このゲーム世界に来ることが、ユイナの願いだったから。


「ユイナ? それは亜麻色の長い髪をした、偉そうな少女でしょうか?」


「そうだけど。なんであんたがそのことを知っているんだ?」


 ヨゼッタが言った特徴は、まごうことなくユイナのものだ。


「わたしは魔女の森を迷わずに抜けることができます。数日前にも森を抜けて、あなた達がいた平原のほうに足を運びました。そこで来訪者の一人である少女と話をしました。それが亜麻色の長い髪をした少女……あなた達がユイナと呼ぶ人です」


「……あんた、俺たちよりも先にユイナと会っていたのか?」


「えぇ。その際に、いま鉄真さんたちに話したのと同じようなことをユイナさんにも教えました」


 おそらくヨゼッタが平原でユイナと会ったのは、ループで戻れる一日目よりも以前のことだろう。


 五人目の来訪者。誰かの願いでこのゲーム世界に連れてこられた。そのことをユイナは、既に知っていたことになる。


 どうしてそれを黙っていたのか?


 この世界に来たいと願ったのがユイナだとしたら、合点がいく。


 ……元の世界に戻りたくないから。ずっとゲームみたいなこの世界のなかにいたいから。


 鉄真たちにゲームクリアさせないために、元の世界に戻さないために、情報を与えなかった。


「……そういうことか」


 二周目と三周目に学食に集まってヨゼッタの話をしたとき、決まってユイナは顔をそむけて唇をきつく結んでいた。


 なんであんな表情をしていたのか? あのときの違和感の正体にも納得がいく。



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