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2周目 1




 誰かの視線を感じた。


 とてもそばにいるのに、とても遠くにいる。


 そんな矛盾した眼差し。


 だけど間違いなく、見ている。こっちを見ている。


 そのことを、強く感じた。


「鉄真はどう思う?」


「……あ?」


 途切れたはずの意識が再浮上すると、高宮鉄真はそこにいた。


 見慣れた校舎の廊下だ。並んだ窓ガラスからは、朝の穏やかな光が差し込んできている。校庭を越えた向こう側には、緑色の平原がひろがり、古城や遺跡といった、現実ではありえないファンタジーな景色がある。


 体に着ているのは破損した黒色の鎧……ではなく、学生用の制服になっている。


 隣には、秀麗な容姿をした少年が立っている。


 少し長めに切りそろえた黒髪に、理知的な光のある瞳が鉄真を見つめている。


 制服越しでも、その肉体が程よく鍛えられていることがわかる。


 鉄真の数少ない友人である遠藤友則えんどうとものりが、当たり前のようにそこにいた。


 死んだはずの友達が、なぜか話しかけてきている。


「……は? いや、なんだこれ? いや、本気で意味わからん」


 何がどうなっているのか、混乱する。


 さっきまで夜の平原にいたはずだ。そこで闇の眷属とかいう魔物たちに襲われて重傷を負った。


 それでHPが底をついて、力尽きた。


 だというのに、気づいたら校舎のなかにいる。そもそも結界が崩壊したので、学校の外に出ていたはずだ。


 それに空は真っ暗な夜だったのに、いつの間にか朝になっている。


 ……わけがわからない。


「なんだ? まさか俺の話をちゃんと聞いていなかったのか? まったく、呆れたヤツだな」


 困惑する鉄真を見ると、友則は不審げな目を向けつつ、首を左右に振ってくる。


「シロサキスミレちゃんは、ホラーゲーム配信で絶叫しているときと、死にゲー配信で絶叫しているとき、どっちが輝いてるんだろうね、っていう話をしていたんだ。こっちは真剣なんだぞ。ちゃんと人の話は聞きなさい」


 フンスと鼻息を荒くしながら、友則が説教をかましてくる。


 シロサキスミレちゃんというのは、友則がこまめに動画を視聴しているVチューバーのことだ。スミレちゃんが動画をアップするたびに、頼んでもいないのに友則はそのことを鉄真に報告してくる。

 

 そして今の友則の発言は、鉄真の混乱をますます深いものにした。


 というのも、二日前にもこれと全く同じ会話をした記憶があるからだ。


 そもそも、なぜ友則は生きているのか?


 友則だけじゃない。鉄真も死んでいたような気がする。


「あ~」


 頭を掻きながら、なぜか生きているトモダチをまじまじと見つめる。


 どこかどう見ても友則だ。偽者じゃない。シロサキスミレちゃんのことで、あそこまで熱弁を振るえる男が偽者なわけがない。


「なぁ友則。おまえ、なんで生きてんの?」


「俺がなぜ生きているか……だと? そんなの決まっている。スミレたんの動画を視聴し、応援コメントを書き続けることに帰結する」


「どう生きるかは人それぞれだから好きにすればいいが、そういう意味じゃねぇよ。死んでただろ、おまえ? 物理的に」


 そう尋ねると、友則は目を見開いた。


 しばらく固まったまま鉄真を見てくると、友則は眉尻を下げて、かわいそうな生き物でも見るような哀れみの眼差しを向けてくる。


「……鉄真、頭大丈夫か?」


「真面目に心配してくれているんだろうが、その言い方だとなんか腹立つな」


 夢ではない。夢にしてはリアルだった。闇の眷属たちから殴られて骨が折れたり、内臓が潰れたりした痛みは忘れられない。思い出しただけで、体のあちこちが疼く。


「俺たちはロストスカイ・メモリーの世界に転移した。それは間違いないよな?」


「あぁ。いわゆるゲーム世界のなかに転移するというやつだな」


 友則との間に情報の齟齬があるようなので確認する。


 ロストスカイ・メモリー。略称はロススカ。複数のプレイヤーと共に攻略を行う協力型アクションRPGだ。


 プレイヤーである来訪者は、天の地と呼ばれる天空に浮遊している広大な島を舞台に冒険を繰り広げる。 

 

 プレイヤー同士で協力して島を探索していき、制限時間になるとボスが出現するので、ソイツを倒すのがゲームの目的だ。


 だけど開発元のクオリアエンドという会社は、高難度のゲームを作ることで有名だ。初見殺しや、ありえないほど強い敵のオンパレードで、プレイヤーを容赦なく殺しにかかってくる。


 ネットワークテストが行われていたが、内容が事前情報と全然違っていて、誰一人としてクリアできなかったそうだ。アホだ。


 リリース前のゲームなので、とにかくわからない情報が多い。考察サイトでは、世界観やキャラのことで、いろいろな推測が飛び交っていた。


 夏休みになったら、友人たちとロススカをプレイする約束をしていたので、楽しみにしていたが……まさかロススカの世界に四人で迷い込んでしまうとは、思いもしていなかった。


 最初は困惑したが、鉄真は異世界転生、転移系のアニメや漫画はよく嗜んでいたので、すぐに状況を把握できた。

 

 この世界の言葉を理解できたり、本や石版に書かれたアルファベットっぽい文字が読めるのも、そういうものなんだと納得した。


 ちなみに転移する直前の記憶は、四人とも曖昧だ。覚えているのは暑い日差しが照りつけてくる、夏休みだったことくらい。


「ロススカの世界に転移して、今日で何日目になるのか覚えているか?」


「十日目だろ? それがどうかしたのか?」


 さも当然のように答えてくる友則に、鉄真は面食らう。


 ズレている。鉄真と友則とでは、認識が違う。


 なぜなら鉄真にとって、十日目はとっくに過ぎているからだ。


「……そういや、システム音がなんか言っていたな」


 死ぬ直前。もしくは死んだ後に聞こえてきた音声。


 声が割れてて聞き取れない部分がいくつかあった。それに知らない単語も。


 経験値が与えられます、とそう言っていた気がする。


 頭のなかで念じて、ステータスを確認してみると……。


【高宮鉄真】

 レベル:150

 HP:15400/15400

 MP:15300/15300

 攻撃力:2000

 耐久力:1950

 敏捷:1800

 体力:1900

 知力:1700


「……どうなってんだ、これ?」


 表示されたステータスの数値が、ありえないほど上昇している。


 死ぬ直前に確認したとき、鉄真のレベルは30だった。それが知らない間に上がっている。


 見間違いかと思ったが、何度見直しても数値はそのままだ。今の高宮鉄真はレベル150という能力値を有している。


「鉄真。さっきからどうしたんだ? 何かあったのか?」


「ちょい待ってくれ。いろいろ整理がつかなくて、俺も混乱している」


 ステータスがおかしい。なぜこんなことになっているのか?


 困惑をぬぐえないまま、【アイテムボックス】を見てみると、またしても目を白黒させる。そこにはないはずのモノが入っていた。


 獲得しているスキルもチェック。最後に聞いたシステム音が、何かを獲得したと言っていた記憶がある。


 ……予感は的中。見知らぬスキルがあった。それも二つも。


 片方に関しては、意味不明すぎて理解できない。なんだこれ、と首を傾げる。


 だけどもう片方のスキルを読むと……この状況の説明がつくものだった。


 どうやらこの新たなスキルのおかげで、鉄真はやり直すことができたらしい。


 まだ友人たちが生きている時間に戻ってくることができた。


「……そういうことかよ」


 口の端に笑みが浮かぶ。


 気づいたら、右手は握り拳になっていた。


 一度は終わってしまった冒険。


 友の死を見て、胸が痛んだ。


 鉄真も力尽きてしまった。


 でも、まだ終わりじゃない。


 まだ冒険を続けることができる。


 新たなスキル【レベルループ】。


 これさえあれば、友を失うことなく、命を落とした最後の夜を乗り越えることができるかもしれない。


 元の世界に戻れる光明が見えてきた。




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