3周目 8
鉄真は左手を伸ばす。地面に落ちている鉄塊を拾いあげる。
獣王ガブスが使っていた灰色の大剣だ。見た目どおり、かなり重量がある。
ガブスは霧散して消滅したが、この大剣だけは残された。撃破したことでドロップしたということだ。
『獣王の大剣』
必要能力値:攻撃力7000以上
獣王が愛用していた大剣。
獣王は争いを好まなかったが、その剣の威力は絶大だった。
今の鉄真なら、この鉄塊を使うことができる。必要能力値が高いぶん、それだけ火力を期待していい。
ゲームとかでは脳筋武器はあまり使用しないが、ここは遠慮なく高火力の武器を使わせてもらう。
右手に握っていた血塗れの剣を【アイテムボックス】に収納して、新たに入手した獣王の大剣を両手で支えるようにして握り締める。
獣王を討ち取ることができたのは、友則がいてくれたからだ。友則がいてくれなかったら、この勝利はなかった。
地面に倒れている友則は、もう動かない。命の火が消えている。静音の回復魔術でも復活させることはできない。
友則は今回の冒険を終えてしまった。
「おまえのおかげで、先に進むことができる」
友に対して多くを語ることはしない。後のことは行動でもって示す。
殺意を込めた眼差しで、もう一体の不滅の三王、人形使いアーネルを射抜く。
「残すはオマエだけだ」
「ひっ……!」
アーネルがおびえる。最強の手駒を失った。死ぬはずのない獣王が倒れてしまった。
「来ないで! 来ないでちょうだい! なんなの? アナタは一体なんなのっ!」
振るわれる左手。複数の糸が鉄真にからみつこうと伸びてくる。
鉄真は腰を入れて獣王の大剣を横薙ぎに振るう。激しい剣風が巻き起こり、伸びてきた糸が全て吹き飛んでいく。
「すげぇな、この剣」
一振りで、その威力の高さを感じ取る。伊達にデカイわけではない。
鉄真はわずかに膝を曲げると、すべらかな足取りで走り出す。草地を蹴立てて、アーネルとの間合いを狭めていく。
「こわい人がこっちに来る! わたしを虐める!」
アーネルは泣き叫びながら逃げる。少しでも鉄真から遠ざかろうとする。
「あっ!」
アーネルが間の抜けた声をもらした。
手を離してしまった。ずっと手をつないでいた小さな女の子との結びつきをほどいてしまった。
アーネルは愕然としながら置き去りにしてしまった少女に向けて右手を伸ばす。
鉄真は走りながら、佇んでいる少女を注視する。子供だろうが邪魔するのなら容赦はしない。そう判断する。
そのつもりだったが、きらきらと光るものが見えた。
……糸。たくさんの細い糸が、少女の体から生えている。
「その子に触らないでぇぇぇぇ!」
アーネルの叫び声。それを気にも留めず大剣を振るい、少女にからみついた糸を断ち切る。
ばたり。少女が倒れた。目を開いたまま、動かない。魂のない骸。子供の死体を糸で操って人形にしていた。
「ああああぁぁぁ! わたしのかわいい娘が! どうしてぇ! どうしてそんなひどいことするのぉぉぉぉぉぉ!」
アーネルは自分の顔に爪を立てて掻きむしりながら慟哭する。
ザワザワザワ。音が鳴る。アーネルの背後にある草木がさざめく。
夕陽を受けて茜色に染まった木立の間から、たくさんの人形たちが現れる。巨大なアリや蜘蛛といった魔物。そのなかには獣人もいる。主人の危機を察知して、アーネルのコレクションが集まってくる。
森の人形たち。それらが一斉に牙を剥き、鉄真に襲いかかってきた。
多勢に無勢。だけど臆することなく鉄真は前進する。
使用可能になった『爪』を使わせてもらう。
【幻想再現】
この世界のあらゆる幻想を再現する。
強くなることで、新たな幻想を手にすることができる。
頭のなかにスキルの説明が表示される。
始祖竜の末裔との鬼ごっこで生き延びて、入手したものだ。ずっと死蔵されていたが、ようやくこれを使えるレベルに到達できた。
前方、大挙して押し寄せてくる人形の群れを視界に収める。
「まとめて息の根を止めてやるっ!」
頭のなかに浮かんだ【幻想再現】から、使用できるスキルを選択する。
【聖魔竜の竜爪】
必要能力値:知力7000以上
消費MP:50000
大地の時代、聖竜でありながら魔を喰らい続けた竜の爪を具現化する。
表示された消費MPが大きい。一発しか使えない。出し惜しみはしない。その一発で蹴散らす。
『【幻想再現】――――【聖魔竜の竜爪】を使用します』
スキル発動。鉄真のなかにある魔力が一気に持っていかれる。
そして、ソレが起きた。
鉄真の右側面、巨大なモノが具現化されていく。
腕。それも途方もなく巨大なもの。
漆黒の鱗におおわれた四本指の腕が、宙に浮かびあがる。
その指先には大地を切り裂く鋭利な爪が備わっていた。
地上にいた最強種。そのなかの頂点に君臨した者の腕。伝説の一部が顕現する。
「ぶっとばせ!」
鉄真が叫ぶ。
それに応えるように、具現化した竜の巨腕が横薙ぎに振るわれた。竜爪が全てを一掃する。
嵐が巻き起こる。森の木々がなぎ倒されて粉々に吹っ飛び、前方にいた人形たちをまとめて粉砕する。そこにあるもの全てを蹂躙し尽くす。
天災さながらの理不尽な暴力でもって敵を滅した。
強烈な一撃を繰り出すと、聖魔竜の巨腕が消えていく。具現化できるのは、ほんの一時だけ。ワンモーションを終えたら形を維持できなくなるようだ。
『しばらく【幻想再現】は使用できません』
どうやらクールタイムがあるらしい。消費MPだって半端ない。使いどころの難しいスキルだ。
だが、十分にその役目を果たしてくれた。
「ぐっ……うぅ……!」
数多の木々がなぎ倒されて、凄絶な爪痕が刻み込まれた大地。たくさんいた人形たちは吹き飛ばされて粉々になった。
そのなかで、まだアーネルは生きている。
竜爪をくらったので全身は血塗れだ。黒地に赤のストライプが入ったローブは大量の出血を吸い込んでいる。
まともに立っていられないようで、地面に膝をついていた。
「また、新しい家族をつくらないと……」
血にぬれた左手を持ちあげる。そこから糸を伸ばす。鉄真をからめとろうとしてくる。
これまで森を訪れた多くの生き物を人形にしてきた。人形にできないものなんて何もなかった。
……だけど、このニンゲンは違う。これまで出会ってきた生き物とは異なる。森のなかにあるルールを壊して、理を覆してくる。
決して、手を出しはいけない相手だった。
恐怖。後悔。だけどもう手遅れ。
獣王の大剣が振るわれる。人形使いの糸が断ち切られる。
高宮鉄真は人形になることなく、アーネルの目の前までやって来た。
その鋭い瞳が冷たい殺意をたたえて、人形使いを見下ろす。
「わたしは……家族がほしかっただけなの……。家族と静かに暮らしていたかっただけ……。もう一度、大切なあの人と過ごしていたときのように……」
目から涙をあふれさせて、語りかけてくる。
そうやってこの女は、これまで他人を思うままに操ってきた。多くの生き物を人形に変えてきた。娘だと呼んでいたあの女の子も、おそらく本物の娘ではない。
ずっと他者の自由を奪うことで、自分一人だけの楽園を築いてきたんだ。
その夢も、これで終わる。
「どれだけ他人を人形にしたところで、おまえの大切な人の代わりにはならないだろ」
大剣を振り下ろす。宣言どおりに殺す。人形使いを真っ二つに叩き斬る。
最後まで悲しい顔をしたまま、人形使いアーネルは霧となって散っていった。
これでもう、この森のなかで誰かが人形にされることはない。
『レベルが上がりました』
二体目の不滅の三王を狩ったことで、レベルが580になる。ステータスの数値も上昇した。
『人形使いアーネルを撃破しました。【支配の糸】を獲得できます。どちらが獲得しますか?』
頭のなかに『高宮鉄真』と『雨野静音』という名前が並んで表示される。
静音にも同じ表示が見えているようで、戸惑った顔をしていた。
どちらが報酬を受け取るのか、選ばないといけないらしい。
「あのメンヘラ女が使っていた糸か。あれは魔術系っぽいから、静音にゆずるよ」
「鉄真がそれでいいのなら、構わないけど」
「あぁ。他人を操作するのは性に合わない。自分でブン殴るほうがスカッとする」
「理由がやばくて、鉄真らしい」
合意が取れたので、頭のなかで念じて表示された『雨野静音』のほうを選ぶ。
『選択を確認しました。『雨野静音』が【支配の糸】を獲得します』
アーネルを倒した戦利品が静音に与えられる。
『人形使いを撃破したことで、魔女の森の霧が消滅します』
続けてシステム音が聞こえてくると、森のなかに立ちこめていた白い霧が徐々に薄まっていき、消えていった。不気味な空気がなくなり、森のなかの見通しがよくなる。
「もしかして、これで森を抜けられるようになったのか?」
「たぶんそう。霧がなくなって、ギミックが解除されたんだと思う。これでもう道を間違えても、スタート地点に戻される心配はないみたい」
ここからまたスタート地点に戻されたらどうしようと懸念していたが、アーネルが死亡したことで、楽に森を抜けられるようになったようだ。
だけど手放しで喜ぶことはできない。勝利のために、犠牲を出してしまった。
鉄真と静音は、倒れている友則のもとに歩み寄っていく。
【破滅の鎧】のスキルは解除されていて、真紅の鎧は消えていた。生身の姿のまま、友則は眠りについている。
「悪いな。丁重に葬ってやれる時間はない。だけど助かった」
夕陽が沈んでいる。もうすぐ三日目の夜が訪れる。最後の夜が。
丁重に葬ってやることはできないが、せめて格好だけでもよくしようと、友則を近くの樹木にもたれさせる。
「友則……」
眠っている友則を見つめながら、静音は涙のにじんだ声をもらす。
やり直している鉄真とは違う。いつだって静音にとって友達との死別は初めてのことで、一度きりのことだ。それに慣れるなんてことはない。
「わたし、鉄真たちと知り合うまでは、友達なんていらないと思ってた。昔からずっと一人でいたから。学校での友達関係なんて、お互い利用できるかどうかを考えてて、メリットがなかったら付き合ったりしない、かりそめのものだって。社会に出たら会わなくなるし、意味のないものだって思ってた」
ずいぶんと偏った考え方な気もするが、鉄真も長いこと一人だったので、静音の言い分にはなんとなく共感できる。
「だけど、鉄真たちといたら楽しくて、ずっと一緒にいたいって思えた。みんなとは本当の意味での友達でいたい。利用できるからとか、メリットがあるからとか、そういうのは関係なくて、ただ楽しいから一緒にいたい」
静音は手の甲で目こすると、もう一度友則を見つめていた。
「俺も、そういう関係であれたらいいと思っているよ」
鉄真は友則の寝顔を見つめながら、隣の友人に伝える。
鉄真にとって、友則も静音もユイナも、大切な存在であることを。
「先に進ませてもらうぞ」
冒険を終えた友則に、そう語りかける。さよならを伝える。
静音と視線を見交わすと、きびすを返して歩き出した。
二人で一緒に、長かった森のなかを抜けていく。
もう夕陽はない。辺りは薄暗くなりはじめている。
夜が来た。
これで三度目。
今回の三日目の夜を、鉄真は迎える。