3周目 6
「俺としては、上手にトークできていたつもりだったんだが……どうしてこうなった?」
「何かしらのミスを犯して地雷を踏んでしまったんだろう」
「鉄真。もっとコミュニケーションの勉強をして」
出現した魔物たちを警戒。友人たちからは非難される。
鉄真は問題が発生したら殴って解決を基本としているので、もっとコミュ力を磨いておくべきだったと反省する。
「家族は多ければ多いほど幸せよ。あなた達も家族に迎えてあげる。怖がらなくても大丈夫よ。夜闇の王が復活しても、家族みんなで滅びれば怖くはないわ」
白い瞳を限界まで見開いて、フフフと笑いかけてくる。それが幸福なのだと信じきっている。
「どうやら俺の会話がミスってたわけじゃないみたいだ。あの女、完全に頭がイッてる」
「そのようだな」
どんな会話をしようとも、最終的にこうなっていた。人形使いと出会った時点で、戦闘は避けられなかった。
アーネルがタクトを振って指揮をするように左手を動かす。それに連動して、糸にからめられた虫たちが一斉に鉄真たちに突っ込んでくる。
アーネルが人形使いと呼ばれている意味を知る。あの糸で他の生き物を人形にして、操っているんだ。
「やることはいつもと変わらない。いくぞ」
とっくに意識は切り替わっている。殺す準備は済ませてある。
鉄真が声をかけると、友則と静音も臨戦態勢になった。
静音が杖を構えて、牽制として【氷の槍】を放つ。虫たちを貫いていき氷漬けにする。
【氷の槍】をよけた虫は、友則が巨人の戦鎚を叩き込んで潰していく。
鉄真も血塗れの剣を振るい、近づいてくる操り人形を斬っていった。
殺せる。糸で操られていても強化されているわけじゃない。森で出会った虫と戦闘力は同じ。これなら苦もなく殺せる。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ! ひどい! なんでこんな! こんなことをっ! わたしの家族を傷つけるだなんて! どうしてそんなひどいことができるの! あなた達には人の心というものがないのっ!」
「あ? なに言ってんだ? 先に仕掛けてきたのはそっちだろうが?」
号泣しながら訴えてくるアーネルを無視する。鉄真たちは虫どもを始末していく。
それから三十秒とかからないうちに、集まってきた虫どもを殲滅できた。
「あぁ……。ひどい。こんな……。こんなことって……。よくもわたしの大切な家族を……」
霧状になって散っていた操り人形たちを、アーネルは白い瞳を揺らしながら見つめる。悲しみと怒りに唇を震わせて、不安定な声でブツブツとつぶやく。
鉄真はアーネルのほうに向き直る。虫たちは始末できたが、この女は高レベルの強敵だ。何をしてくるかわからない。
警戒心を強めるが……。
――――ニッコリと微笑んでいた。
先ほどまで泣き叫んでいた女と同一人物とは思えないほどの朗らかな笑顔。感情をどこかに置き忘れてきたかのように一貫性がなく、ちぐはぐで壊れている。
「……増やさなきゃ」
「あ?」
「家族が減っちゃったから、増やさなきゃ」
振るわれる左手。そこから何本もの糸。急速に伸びてくる。
まずい。そう感じたときには右に向かって跳んでいた。糸をかわす。
「友則っ!」
友則は重装鎧を着込んでいることもあって、鉄真ほど素早く動けなかった。反応が遅れてしまう。
友則の頬に細い糸が突き刺さる。皮膚のなかに食い込んでいく。鎧の隙間にも糸は入り込んでいき、全身をからめとる。
「がっ、ぎっ……」
頬に糸が食い込んだことで、皮膚上の血管が浮きあがる。まともに口が動かせないのか、友則は途切れ途切れの言葉をもらしていた。
「友則。おまえ、まさか……」
胸騒ぎがする。さっき殺した虫たちを思い返す。糸にからめ取られて操られていた人形たちを。
「よけ……ろ……」
まともに喋ることさえままならないのに、かろうじて、それだけは伝えてくれた。
おかげで瞬時に後ろに跳ぶことができた。
轟音。土埃が噴き上がる。特大サイズの戦鎚が振るわれる。
友則が鉄真を狙って、戦鎚を叩きつけてきた。
友則が必死に警告してくれたこともあって、直撃をまぬがれる。
「その人はわたしの新しい家族になったのよ。だからわたしのために戦ってくれるの」
アーネルはうっとりと微笑みながら、友則が傀儡になったことを告げてくる。
やはり先ほどの虫たちのように操られている。アーネルの左手から伸びてきた糸が突き刺さって、人形にされてしまった。
友則は苦しそうに表情を歪めて、うめき声をあげている。必死に抗っているが、からみついた糸が自由を奪い取っている。
「さぁ。他の人たちもおとなしくさせないと」
アーネルが左手を振るうと、友則が地面を蹴って走り出した。狙いは静音だ。
静音は杖を構えるが、何もできない。友則に向かって攻撃魔術を放つことができなかった。
「させねぇよ!」
鉄真は疾走する。
戦鎚で静音を傷つけてしまったら、友則は自分を許さないだろう。そんなことは絶対にさせない。
静音の前まで全速力で駆けつけると、叩きつけられる戦鎚を血塗れの剣で受け止める。
重たい金属音。凄まじい衝撃が手元から体中にのしかかってくる。
だが一歩も引きはしない。踏みとどまり、友則の攻撃を防ぐ。
「静音。友則に【浄化】を使ってみてくれ」
「……っ、わかった!」
鉄真の真後ろに立つ静音は杖を正面に向けると、毒や麻痺といった状態異常を癒やせる【浄化】の魔術を発動させる。
杖の先が黄金の光を放ち、友則に浴びせられた。
「……だめ。治せない」
静音は悔しそうに効果がないことを述べてくる。
【浄化】では操り人形になってしまった友則を元に戻すことはできないようだ。
「面倒なことしてきやがって!」
腰の踏ん張りを強めると、両腕を力ませて鍔迫り合いになっている友則を押し返す。重量のある装備で固めているだけあって、とてつもなく重たい。
弾かれるように後退させられた友則はよろめいていた。
鉄真は一定の距離をあけて友則と向き合いつつ、遠くで静観しているアーネルにも注意を払う。
そしたらアーネルと手をつないでいる少女がまたしても、こしょこしょと耳打ちをしていた。
「えぇ、そうね。そうしましょう。ここは彼にも協力してもらいましょう」
うんうんとアーネルは笑顔で頷くと、左手の指をパチンと鳴らした。
「……なに? 地面が揺れてる?」
静音は身を竦ませて、足元に目をやる。
地震のような激しい振動が大地を揺さぶっている。草木が震えている。
遠くで木々がなぎ倒されていく荒々しい破壊音。それが段々と大きくなっていく。
「また何か来やがるのか?」
次にやって来るのは虫たちとは違う。それよりも遙かに恐ろしいものだ。
数メートル先にある立ち木が、まとめて吹っ飛ぶ。森の奥からそれは躍り出てくると、砂煙をあげながら鉄真たちの前に姿を見せた。
獣人。だけどサイズが巨大。鉄真たちよりも頭三つは大きい。
灰色の体毛が筋骨隆々の肉体をおおい、荒々しい息づかいをする口からは杭のような牙が生えている。
丸太みたいにぶっとい右手には、灰色の大剣を逆手に握っていて、威圧感を放っている。
「なんだよ、このデケェ獣は?」
巨大な獣を前にして、鉄真は声を上擦らせる。相当ヤバい敵だと心臓が早鐘を打つ。
静音も獣の存在感に圧倒されて、狼狽していた。
鉄真はすぐに【鑑定】を行う。
【獣王ガブス】
レベル:580
天界の大戦を生き延びた不滅の三王の一人。
夜闇の王の復活を感じ取って、絶望していた。
アーネルの人形になることで、家族として迎え入れられた。
表示された説明文を目にすると、自分が窮地に立たされていることを理解する。
「もう一体の、不滅の三王……」
静音が消え入りそうな声でつぶやく。
なぜ獣人たちが魔女の森にいたのかがわかった。あの獣人たちは、主人であるこの巨大な獣を探していたんだ。
「大ボスが二体同時とか、そんなんありかよ」
アーネルだけでも、とんでもなくレベル差があるのに、そこにもう一体強力なボスが現れた。
ゲームなら、まちがいなく初見殺しだ。対策もなしに挑めば詰む。
よく見れば、灰色の体毛からは細い糸が何本も伸びている。【鑑定】の説明にもあったように、獣王ガブスは人形使いの傀儡となっている。
「彼はとても怖がっていたの。わたしと同じで神意の力の一部を授かっているから、夜闇の王の復活を感じ取っていたみたい。だからわたし、彼を家族にしてあげたのよ。そうすれば、もう怖いことだって怖くなくなるもの」
クスクス。アーネルが笑ってくる。
確かに今のガブスからは、恐怖というものが感じられない。でもそれ以外の感情も感じられなかった。人形になるというのは肉体だけでなく、心の自由まで奪われてしまうということなんだ。