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3周目 5




 灰色のドレスを着た少女を追いかけていくと、ひらけた場所にたどりつく。これまでの道に比べて立ち木が少なく、差し込んでくる夕日が草木を茜色に照らしている。

 

 うっすらと霧が漂っているなかで、鉄真たちを待っている人物がいた。


 先ほど見かけた少女だ。


 でも少女は一人ではない。誰かと手をつないでいる。


 真冬に吹きつける雪のような白い女性だ。長い髪も、大きな瞳も、その肌も透き通るように白い。夕陽を受けて溶けてしまいそうなほどに。


 豊満な体には黒地に赤いストライプが入ったローブを着ており、あでやかな雰囲気をまとっている。


 そんな女性が、少女と手をつないで立っていた。


 ――ゾッとする。


 白い瞳に見つめられるだけで、生きた心地がしない。

  

 友則と静音も、あの女から危険な香りを感じ取って戦慄していた。


「……さない」


「あ?」


 女が、何かつぶやいた。


「……許さない。許さない。わたしから大切なあの人を奪った英雄を。わたしとあの人の幸せを奪ったこの世界を……」


 ブツブツブツブツ。何か言っている。まるで理解できない言葉の羅列。それを聞かされているだけで鳥肌が立つ。


 鉄真は白髪の女を視界に収めたまま【鑑定】を行う。

 

【人形使いアーネル】

 レベル:600

 天界の大戦を生き延びた不滅の三王の一人。

 最愛の夫を亡くして悲嘆に暮れている。

 それ以来、人形を家族とするようになった。


 表示された説明文を読むと、鉄真たちの緊張はより一層高まる。


「あの白髪の女が、人形使い。ロストスカイ・メモリーの代表格である不滅の三王の一体か」


「レベルが600もある……」


 今までレベル差のある強敵と戦ってきたこともあるが、ここまで差がある相手とは出会ったことがない。


 それに一目見た瞬間から、この女は他の魔物よりも警戒すべき相手だと、あわ立つ肉体が主張していた。


「ようやく見つけたぜ。こんな大ボスがいるってことは、出口が近い証拠だ」


 鉄真は不敵に笑う。血塗れの剣を握り直して、鋭い眼差しで人形使いを睨みつける。


「この状況で笑えるとは、大した男だよ、おまえは」


 友則は呆れたように言うと、かすかな笑みを浮かべる。いささかも臆さない鉄真を見て、安堵していた。


 それは静音も同じで、強張っていた肩の力を抜き、冷静さを取り戻していた。


「……あなたたちは、お客さま?」


 ブツブツブツと独り言をつぶやいていたかと思えば、アーネルは微笑みながら鉄真たちに語りかけてくる。


 いきなり襲いかかってはこない。会話イベントでもあるのだろうか?


 友則と静音に視線をよこす。


 二人は沈黙したまま頷いた。


 鉄真はアーネルに視線を戻して、応答する。


「別に客じゃない。俺たちは、ただこの森を通りたいだけだ」


 下手にウソはつかないほうがいいと判断して正直に答える。ついでに自分たちの目的も示しておいた。


「あなたたちも森のなかを通りたいのね。このまえ巫女が来たから、通してあげたわ。彼女たちは、英雄を眠らせてくれたから」


「英雄……」


 それも聞き覚えがある。不滅の三王のなかにあった単語だ。


「そう、英雄。憎き英雄。わたしのことを虐めてきた。大戦のとき、わたしを殺そうとしてきたのよ。酷いと思わない?」


「あぁ、確かにそんなことをするヤツは酷いな」


 肯定的な意見を口にすると、アーネルの白い頬が朱色に染まる。微笑みもやわらかいものになった。


 確かな手応えを感じる。好感度が上昇する音とか鳴ってほしい。


「でも大変なの。もう何もかも、おしまいなのよ。神意の力の一部を授かっているから、わかってしまうの。こわいわ。この世界で最も恐ろしいモノがもうすぐやって来る」


 さっきまで微笑んでいたアーネルは表情を暗くすると、目を見開きながら震え出した。


 こんなにおびえているなんて、ただごとではない。


「恐ろしいモノって、なんのことだ?」


「――夜闇の王が起きてしまうの」


 頭のなかに電流が走る。ロススカの設定のなかに、その言葉が散りばめられていたことを思い出す。


「夜闇の王って?」


「まだ天の地が地上にあった古い時代に、多くの英雄や勇者、大国を滅ぼしたとされる存在だ。断片的にだが、ロススカの設定のなかにソレについての情報があったな。しかしソレは天の地の王と対峙して、封じられたと伝えられている」


 友則が記憶を掘り起こして、夜闇の王についての情報を静音に教える。


「その夜闇の王っていうやばいヤツが復活するってことか? もしかしてソイツは、闇の眷属と何か関係があるのか?」


「ああああああああああああああああああああっ! やめてぇぇぇ! そんな怖いこと言わないでぇぇぇぇ! この子が怖がってしまうじゃないっ!」


 とつぜん発狂したようにわめき散らすと、アーネルはしゃがみこみ、手をつないでいた少女をギュッと抱き寄せる。


 アーネルの腕のなかにいる少女は相変わらず無表情のままだ。


 いきなりどうしたこの女? わけがわからない。


 感情の振れ幅が理解不能なアーネルに鉄真は戸惑う。友則と静音もドン引きしていた。


「あ~っと、変なこと言って悪かったよ。別にアンタとその子を怖がらせたかったわけじゃないんだ」


「……や、やさしい。やさしい人は好きよ」


 アーネルは目尻に涙を溜めると、淡い笑みを浮かべる。 


 すると抱きしめられた少女が、小さな口をアーネルの耳元に寄せていき、こしょこしょと耳打ちをした。


「え? どうしたの? ……うん。うん。えぇ、そうね、そうしましょう。それがいいわ」


 アーネルは少女から手を離して立ちあがる。ニッコリと好意的な笑みを向けてくる。


 よし。どうやら会話イベントは成功したみたいだ。どんなメリットがあるのかは不明だが、鉄真たちにとってマイナスに働くことはないだろう。


「あなた達は良い人ね。だから特別よ。わたしの家族を紹介してあげる」


 アーネルが左手を前に突き出してくる。


 森がざわめいた。


 木々が揺れる。カサカサ。這いまわるような音。それがたくさん。ここに集まってきている。


 鉄真は周囲に目を配る。何かがこちらにやって来る。


 そして木立の間から見覚えがあるものが姿を見せた。巨大なアリや蜘蛛といった、森の魔物たちだ。


 魔女の森のなかで何度も戦ってきた虫系の魔物。だけど、違う。


 これまでエンカウントした虫たちには、野性味や凶暴さが感じられた。鉄真たちを発見したら、本能に従って攻撃してきた。


 しかし、いま周りを取り囲んでいる虫たちにはそれがない。まるで統制の取れた兵士のように並び立って鉄真たちを観察している。


 それに、糸がついている。巨大な虫たちからは細い糸が何本も生えていて、全身にからみついていた。まるで糸に吊された操り人形のように。




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