3周目 2
学食の入り口で静音にぶつかってオレンジジュースが制服にかかるのを回避し、屋上で必殺技の名前を考えているユイナと話をした。
多少の差異はあったが、前回と同じ手順で学食に仲間たちを集めると、【レベルループ】について説明する。
仲間たちに各々のステータスを確認してもらうと、鉄真と同じく三人とも二周目よりも大幅なレベルアップを果たしていたようだ。【アイテムボックス】のなかの装備品も引き継がれている。
それから鉄真にとっては今回が三周目であることも伝えておく。
「わたしはソロプレイを堪能させてもらうわ」
話題がユイナもパーティとして行動を共にしてほしいという部分になると、前回や前々回と同じくユイナは集団行動を拒否してくる。
「一周目と二周目は、ユイナが不在の状態で全滅した。できれば違うパターンを試してみたい。ユイナが俺たちと一緒にいれば、結末が変わるかもしれない」
鉄真は前回よりも食い下がる。
ユイナなら一人でも生き延びることができるかもしれないが、鉄真たちは違う。
三人だけでは、三日目の夜は越えられなかった。ユイナがそばにいれば、何かが変わるかもしれない。その何かは、ゲーム世界をクリアすることにつながる可能性だってある。
「聞こえなかったのかしら? わたしは一人で楽しみたいと言ったのよ?」
「それを承知の上で、一緒に行動してくれって頼んでるんだ」
テーブルを挟んだ向こう側に座っているユイナの両目が細まり、瞳のなかに氷のような冷たさが映り込む。
「そんなにわたしの手を貸りたいなら、力づくで従わせてみせたらどうかしら? 対人戦をやるのも悪くはないわ。もっとも、わたしが敗北することは万に一つもありえないけれど」
「……それでユイナが協力してくれるなら、俺は構わないぜ」
戦意を燃やす。鉄真の目つきが鋭くなっていく。
二人の視線がかち合うと、今にも窓ガラスが割れそうなほど空気が張りつめていった。
同席している友則と静音は息を飲み、うなじがチリチリと痛む。
「そうなったらおもしろいわね。高宮くんなら、わたしの退屈をまぎらわせてくれそうだもの」
ユイナは優雅な手つきで後ろ髪を撫で上げると、余裕のある微笑みを見せてくる。亜麻色の髪が舞って、かぐわしい香りが散りばめられた。
艶やかな笑みを浮かべたまま、ユイナは席を立つ。三人に一瞥をよこすと、長い後ろ髪を揺らしながら学食の出入り口に歩いていった。
鉄真は……引き止めようとはしなかった。
鋭さを帯びた静かな眼差しで、その背中を見送る。
「……まったく、肝を冷やしたぞ」
「友達同士で争うのはよくない」
友則と静音は、体中の酸素を抜くように長い吐息をこぼす。緊張させてしまったらしい。
「友達を傷つけたりはしないさ。俺が息の根を止めるのは、敵と認識した相手だけだよ」
先ほどまでの鋭さがウソだったように鉄真はアハハッとさわやかに笑う。
なぜか友則と静音がドン引きしていた。まるで情緒不安定な殺人鬼に出会ってしまったような反応だ。実際二人はそれに近い感情を抱いている。
「ユイナがそばにいることで、どういう変化が起きるのか見ておきたかったが、仕方ない。今回も俺たち三人だけで天の地を攻略しよう」
おそらくこの三周目で、もうユイナと合流することはない。さっきのやりとりが最後の会話になる。
「そう言うからには、何か目星がついているのか?」
「あぁ。人形使いを討つようにって言われた」
「言われた? 誰にだ?」
「夢のなかで、知らないジジイにそう言われたんだ」
「……それ、信用したらダメなやつじゃないの?」
静音は眠たそうな目を向けてくると、呆れながら注意してくる。
言われてみれば、その通りだ。初対面の人をおいそれと信用してはいけない。
「でも俺を騙そうとしているようには見えなかった。あの老人は、俺が今以上に強くなることを望んでいたように思う」
その点については、確信している。間近であの老人を見て、疑う必要のないことだと感じた。
「三日目の夜のことを考慮するなら、どんな情報でも確かめておいたほうがいいだろうな。しかし人形使いか……おそらくそれは不滅の三王のことだな?」
「たぶんな」
友則の問いかけに、鉄真は首肯する。
「なにそれ?」
「静音。まさかロススカのトレーラーを見ていないのか? 不滅の三王については、情報が流れていただろ?」
「わたし、楽しみにしてるゲームの事前情報は、あえて見ない派だから」
「バカな! そんなんで生きてて楽しいのか?」
「それなりに楽しいけど」
静音の発言に、友則は信じられないと慄いている。
発売前に楽しみにしているゲームの事前情報を集めて、紹介動画を小まめにチェックする友則からすれば、静音の行動は理解できないのだろう。
鉄真も事前に情報を見る派なので、驚愕する友則の気持ちがよくわかる。
友則は「やれやれ」と首を振ると、ロススカの設定について説明する。
「不滅の三王というのは、新しい王を決めるための殺し合いを生き残った者たちのことだ」
「そんなことがあった設定なの?」
「あぁ。かつて天の地には王がいた。しかしその王が逝去したので、次の王を決めるための争いが起きた。それが天界の大戦だ。世界の神意によって、名のある英雄や凶暴な獣など、天の地にいる多くの実力者たちが王候補として選定された」
記憶の本棚から情報を引き出しながら、友則はスラスラと話してくる。
「候補者たちは選ばれた時点で神意の力の一部を授かっており、超常の存在と化している。公式ホームページの情報によると、普通ではありえないほどの年月を生きられるようになったそうだ。だが長生きできるというだけで、死なないわけじゃない。天界の大戦では、王候補たちが殺し合って、多くの血が流れたようだ」
「それで、誰が勝ったの?」
「勝者はいない。詳しいことはわからないが、誰も新たな王にはなれなかった。この天の地は、ずっと王が不在のまま浮遊している」
友則はまぶたを閉じて一息つくと、話を続ける。
「そして天界の大戦を生き延びたのが、不滅の三王と呼ばれる者たちだ。三王については、人形使い、獣、英雄という単語しか情報がない。おそらくロススカでの、大ボスに当たる存在なんだろう。クオリアエンドのゲームは、設定や世界観の歴史にからめて代表的なボスを登場させることが多いからな」
人形使いが三王の一体だとするなら、この世界に来てはじめて出会う大ボスということになる。これまで戦ってきた強敵とは、比べ物にならないだろう。
強くなってゲームクリアを目指していれば、いずれは倒さないといけない相手だ。逃げるわけにはいかない。
よっぽど危険な敵であることを静音も察したようで、不安げに眉尻を下げていた。
「ところで今の友則の説明のなかで、世界の神意って言葉が出てきたけど、それってなんなの?」
「世界の神意については、設定の端々にそういう単語が載っていただけだ。詳しくはわからない。俺はこの世界の神様的なモノだと解釈している」
「がっつり教えてはくれないんだね」
その公式の不親切さのおかげで妄想がふくらみ、考察がはかどるという面もある。友則のような考察好きプレイヤーにとってはご褒美だ。
「人形使いのもとに行く前に、前の周で倒した強敵たちともう一度戦っておきたい。今の自分がどれだけ動けるのか確認したいし、ちょっとでもレベルを上げておきたいからな」
前回と比べてどれほど強くなっているのか、強敵たちには実験台になってもらう。
「それと夢のなかで老人が言っていたが、人形使いがいるのは魔女の森だそうだ」
「……よりにもよって魔女の森か。プレイヤーたちからも、あそこにいるのではないかと推察されていたな」
「すっごい嫌そうな顔だけど、その森に何かあるの?」
発売前のゲーム情報を見ない派の静音には、友則が表情を曇らせている理由がわからないようだ。
魔女の森はネットワークテストで多くのプレイヤーを苦しめた場所として話題になっていた。
老人が言っていたように、森を抜けるには骨が折れそうだ。