1周目 終
ループものになります。
戦闘シーンが長く感じられるところがあるかもしれません。
……みんなで楽しく、冒険していたかった。
幻想的な世界を、どこまでも自由に駆けまわって。
剣を振って、立ちはだかる敵を倒したかった。
そんな夢を見ていたんだと思う。
高宮鉄真は、傷だらけの体を引きずるようにして歩いていた。
黒い髪を夜風に揺らしながら、野獣のような精悍な顔をしかめて、ギラついた目で月光に照らされた平原を見据える。
鍛えられた体には黒色の軽装鎧を身につけて、右手には大きな肉断ち包丁を握りしめる。
呼吸が乱れる。一歩進むごとに、足元から気力が抜けていく。それでもまとった鋭い空気を衰えさせることはしない。
学校から、ずいぶん離れたところまで来た。
校内は安全地帯だと思っていたが、結界が壊れてしまった。
泥水のなかから這い出てきたような全身が真っ黒の魔物たちに襲撃されて、死にかけた。
闇の眷属……それが黒い魔物たちの名だ。【鑑定】したら、そう表示された。
だけど妙な点もあった。普通はどの魔物も種族によってレベルが統一されているのに、あの黒い魔物だけは個体によってレベルが異なっていた。アイツらは普通の魔物とは違う。別のナニカだ。
「……HPは、あとどれくらい残ってんだ?」
ステータスを表示するように念じると、頭のなかに自分の能力値が映し出される。
【高宮鉄真】
レベル:30
HP:500/3400
MP:3300/3300
攻撃力:800
耐久力:750
敏捷:600
体力:700
知力:500
このゲーム世界に迷い込んでから見えるようになった数値。高宮鉄真の強さが、そこに書き出される。
天空に浮遊する島での十三日間の冒険で、ここまでしか強くなることができなかった。
「……やっぱライフが減ってんな」
HPの数字が0になった瞬間、鉄真の命は尽きる。
学校を飛び出してからここに到るまでの道中でも、何度か黒い魔物たちと遭遇した。その度にダメージをもらってしまった。鎧を装着していたとはいえ、完全にダメージを防ぐわけじゃない。今だって体中のあちこちが痛い。
ステータスを閉じると、重たい足を前に進める。
思い浮かぶのは、一緒にこの世界にやって来た友人たちのことだ。
静音は学校を出る前に、力尽きてしまった。自分たちのなかで唯一、回復魔術を使える仲間だった。静音が生きていたなら、鉄真の傷ついた肉体も癒やしてもらえたはずだ。
けど回復魔術を使えるかどうかは、この際どうでもいい。静音は大切な友達だった。生きてさえいてくれれば、それだけでよかった。
ユイナはどこで何をしているのかわからない。無事だといいが……。あいつのことだから、簡単には死なないだろう。
そして、もう一人の友人は……。
「悪い、ここまでのようだ……」
友則が、かすれた声で呼びかけてくる。
鈍色の重装鎧は破損が酷く、血塗れになっている。その身に受けた傷は出血が止まらない。手にした戦鎚で体を支えながら、鉄真の少し後ろを必死についてきていたが、そろそろ限界のようだ。
「あぁ、先に逝っててくれ。心配しなくても、目の前にいるヤツらはきっちり息の根を止めてやる」
前方、距離をあけたところにいくつもの赤い光が点灯している。黒い魔物の群れ。新たな闇の眷属たちが集っていた。
友則は、最後に笑ったのだろう。背中を向けているので顔は見えないが、そんな気がした。
重たい金属が崩れていくような音がする。ここまでついてきてくれた友人が倒れたようだ。
鉄真は振り返らない。目の前にいる敵を始末する。その一点に専念する。
泥水を被ったように真っ黒に染まり、粘液状にぬらついている闇の眷属たちが赤い双眸を光らせている。
ガラスの楽器を奏でたような奇妙な咆哮をあげてくると、鉄真へと殺到してきた。
鉄真は肉断ち包丁を握り直して、火を灯す。肉体を駆け巡る血液が沸騰する感覚。自分のなかを殺意が塗り潰していく。
「殺せるものなら殺してみろ! 俺の猛りは簡単には鎮まらんぞっ!」
押し寄せてくる闇の眷属たちの猛攻を、身体能力を駆使してよける。隙を見て肉断ち包丁を振るい、真っ黒な粘り気のある体に叩き込んでいく。
しかし敵の攻撃を全てかわしきることはできない。何発が殴られると軽装鎧に亀裂が生じて破壊された。激しい痛み。血が流れるが、かまわずに肉断ち包丁をブチ込んで敵を黙らせていく。
闘志と熱と激痛。それだけが鉄真を突き動かす。目の前の魔物たちを皆殺しにすることだけに意識を傾ける。
そんななかで、頭に冷たい水を流し込まれたような感覚がひろがっていった。熱風に晒されていた心が凪いでいき、それとは真逆の静けさが訪れる。
意識が真っ白になる。
まるで時間が止まったかのように、全ての動きが遅く感じられた。
自分自身が世界のなかに溶けていくかのような。
そんな不思議な心境に……。
『【静寂世界】――――発動失敗しました』
頭のなかで声がする。奇妙な感覚は薄れていき、痛みと熱がある現実に引き戻される。
ゲーム世界に来てから聞こえるようになったシステム音。男とも女ともつかない無機質な声が、スキルの不発を知らせてくる。
「殺し尽くしてやるっ!」
再び己を殺意で塗り潰す。どれだけ痛めつけられても、不屈の意志で、目の前のバケモノどもを殲滅する。
そうやって戦い続けて、残っている最後の闇の眷属を肉断ち包丁で叩き斬った。粘ついた黒い死体が霧状になって散っていく。どうにか難局を乗り越えることができた。
装着した鎧は破損が著しい。鉄真自身も深手を負ってしまった。どこかの骨が砕けて、体の内側の何かが潰れている。傷口からあふれる血が止まらない。
一秒ごとにHPが減り続けている。
それでも膝をつくことはせずに、足を前へと繰り出す。流れ落ちる血によって地面が赤く染まっても、進んでいく。
視界が何度か途切れて、目がかすむ。鼻と口のなかは血が詰まっていて、うまく呼吸ができない。
うっぷ、吐き気がする。黒い血溜まりが口からこぼれた。
だけど、足だけは動かす。
「……あ?」
その足が止まった。
鉄真の瞳に、ソレが映り込む。
手を伸ばしても届くことのない夜空の高い位置に、ぽっかりと穴が穿たれている。満月を黒く塗ったような真円が浮かんでいた。
その穴に向かって伸びていくように、半透明な光の階段が形成されている。地上から天へと到るための道だ。
だけど鉄真が足を止めたのは、夜空にあいた穴を目にしたからではない。
……人影があった。
夜空に伸びる光の階段の前に、白いローブを揺らめかせて佇む姿がある。
銀色のウェーブがかかった長い髪をなびかせながら、金色のつぶらな二つの瞳で夜空の穴を見あげている。
幻想的な雰囲気は近寄りがたく、端整な顔立ちは神秘的で作り物めいている。
もはや天の地は黒い魔物があふれる地獄と化しているのに、その状況とは不釣り合いなほどに、その少女は美しい。
そして金色の瞳が夜空を見あげるのをやめる。
「四人……いえ、五人いたようですね」
感情の乏しい声。金色の目が細まり、鉄真を捉えてくる。
「あなたでは、この夜を乗り越えることはできませんでしたか」
告げられる言葉。ここで終わりだという結末。あらゆる要素が不足だったことを突きつけてくる。
ブチリ。頭の片隅で音が鳴った。腹の底が熱くなる。
勝手に落胆して、見下してくるような態度に腹が立つ。
視界が明滅する。HPが残りわずかしかない。意識が希薄になる。
それでも敵意を剥き出しにする。銀髪の女を睨む。仕掛けてくるなら、いつでも反撃できるように右手に力を行きわたらせる。
闘志をみなぎらせるが……。
――唐突に意識が暗転。残り少なかったHPが底をつく。
抗い続けた。諦めることはなかった。
だが、高宮鉄真の冒険はここで終わる。
敵意を剥き出しにしたまま、死を迎える。戦場にいるような鋭い気迫を漂わせているが、もはや動くことはかなわない。
その体は、最後まで倒れることはなかった。
『HPが0になりました』
『高宮鉄真の死亡を確認しました』
『続行は不可能。ゲームオーバババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババガガガガガガガガガガガガガガガガがガガガガガガガガガガギギギギギギギギギギ――――――――――――――』
『――――――――【??????????????】を獲得しました』
『【??????????????】を発動します』
『???との■■を確認――――――』
『【レベルループ】を獲得しました』
『ゲームオーバーを強制的にキャンセルします』
『【レベルループ】を発動します』
『『人食い殺人鬼を撃破』『隻眼の騎士を発見』『始祖竜の末裔との戦闘で生き残る』『復活の夜に到達』』
『以上の項目を達成しました。報酬として経験値が与えられます』
『――――コンテニューします』