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最後の騎士  作者: 槍の人。


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第四幕:「風と村と外交官」


第四幕:「風と村と外交官」



サンカニア王国の王都バロアーゾサンカニアが封鎖されて30日ほど、ランテベルメナムを出発した馬車の中ではモニカ、ルドガー、リムナリアの3人が青い顔をしていた。

勿論馬車の揺れによるものなどでは無く、その緊張からである。

王都までは馬車で5日ほど掛かるため王との謁見はまだまだ先の話なのだが、思いもよらずベルメナムに向けられた期待値が凄い事になり、計画を思い立った当初の勢いなど吹き飛んでしまっていた。

ぐったりと壁に身を預けるモニカの目は虚ろでただただ揺れる空を眺めており、身を縮めて固まっているリムナリアの手はぎゅっと組まれその口からは祖先に助けを求める祈りが漏れている。


「ああ…この馬車途中で迷子にならないかしら、そのせいで到着がほんのだいぶ遅れましたって」

「それ、御者さんの首が飛びますって」

「まーまー…それでは御者さんごと他国へ行ってしまうというのはどうかしら?いいんじゃないかしら?」

「それ、ベルメナム家がひっくり返りますって」


珍しくルドガーが一番落ち着いているという状況が、場の雰囲気の異様さを物語っている。

明るく、前向きで、行動力がある、それが彼女たちの評判だったはずだが、それがここまで後ろ向きになってしまっているのには当然訳があった。


「はあぁぁぁ…どうしてこんな事に」

「まあぁぁぁ…どうしましょうねお姉様」

「ああぁぁぁ…二人ともしっかりして下さいよ」



臨時領主補佐官に就任したモニカが最初に進言したのは、ベルメナム家が調停に乗り出す事を方々に知らせる事であった。

幸いにも王都が封鎖された事によりロトナム卿とケンラシア卿の両軍は郊外に陣を張ったまま身動きが取れなくなっており、そもそも戦う事が目的では無かった事から衝突も発生していないという。

だが封鎖と軍による街道上での陣取りにより物流は停滞し、更に行軍そのままに王都へと入る予定であった両軍は足りなくなった糧食を確保する為に街道を移動中であった隊商から直接買い付けを行っていて、結果王都では食料の値が高騰しているらしい。

商人たちはここぞとばかりに儲けを出しているが、苦しんでいるのは王都の民たちである。


「ロトナム卿もケンラシア卿も王に自分たちの軍を正規軍として選ぶよう要請しているようですが、王はいずれかを選べず両方を採用しようとして臣下に止められたとか」

「ん、それは何故でしょう執事殿?それで解決しそうに思えますが」

「どうにも両軍ともに規模が大きいようで、物理的な人数の面でも宝物庫の内容的にもそれは難しいようです」

「まあサンカニア王国の規模と産業を考えりゃそうなるだろうな、この国の富がどんなもんかなんてのはみんな知ってるこったし」

「えーえーえーえー、そうね、そうよね、残念ながらサンカニアは古来よりこれといった産業の発展が無かった土地ですもの、国庫に余裕なんてないはずだわ」

「…じゃあなんで正規軍なんて募集したのかしら」

「帝国の影に怯えての早計だったと言わざるを得ません、それに自国を守る為だからと義勇兵が集まる事を期待したのではないでしょうか」


義勇兵と言えば聞こえはいいが、要するに報酬を求めずに命を張ってくれる民たちの事である。

王の嘆きに民が応えた時、国が困難な状況にある時、自分たちの土地が侵略者に奪われそうになった時、歴史上の様々な地で義勇兵が起った例は確かにあった、かの銀の乙女の行動も義勇兵と言えるかもしれない。

だがいずれにも共通して言えるのが、王や国への信頼や愛国心が自分たちがやらなければという感情を掻き立て自発的に起こったという点である。

残念ながら噂に聞く今のサンカニア王にそれだけの求心力があるとは思えず、また特別豊かでもない土地を追われたとてその地を死守しよう取り返そうと考える民は多くないだろう。


「へっ、俺が言うのも何だが傭兵は高ぇからな。勿論正規軍を望む奴らなら多少は実入りが減っても安定した生活をって思ってるんだろうけどよ、それでも他国と比べて極端に安い給金でやる奴はいねぇだろうさ」

「ロトナム卿もケンラシア卿も、今更軍の中核になっているであろう傭兵たちを何の成果も無いまま揃って解雇する事など出来ないでしょう」

「だったらこのまま睨み合いを続けてもらえばそのうちどっちかの領主のコインか食料が尽きて自然と瓦解するんじゃないですか?」

「ルドガー…そんな事になれば疲弊した領主は自領の統治もままならなくなるわ、それで苦労するのは領民よ、それに給金が出せなくなるという理由で突然現地解散で解雇された傭兵団はどうなるかしら?」

「まーまーまーまー、そうなってしまったら王と領主たちの間にも禍根を残す事になってしまいますわ、それは下策よルドガーさん」


モニカとリムナリアにハッキリと否定され、執事とダンゲラにも残念なものを見るような顔をされ、若き騎士の心は千々に砕け散った。

だがそうなのだ、今の状況において最大の問題はそもそもサンカニアという国を帝国から守る事が主目的であり、国庫に耐えきれぬほどの負担を掛ける訳にも、王国内に不和を撒き散らす訳にも、新たな火種を抱え込む訳にもいかないのだ。

如何にして現状を平和的に解決するか、その先に帝国に備える展望を描けるか、マイナスからのスタートとなった臨時領主補佐官の仕事は前途多難であった。


「ベルメナム家まで争いに加わっていたずらに富を減らす必要は無いわね」

「えーえーえーえー、そうですね、その通りですわ。でもそうすると灰色狼傭兵団の皆さんにはどうしてもらいましょう」

「おいおい、俺たちはここでお役御免か?まぁ元々契約の内容がベルメナム家の領内での警備と兵の訓練だからな、期限も決まってねぇし一緒に王都を目指すなんて話でも無かったんだ、文句は言うのは筋違い何だろうけどよ」

「ふむ、ダンゲラ殿たちには引き続き領内で働いてもらいましょう、傭兵団一つであればベルメナム家の富で賄えますし、実際のところ戦力など無いに等しい我らには臨時の戦力と訓練教官が居て損はありません」

「良かったわね灰色狼さん。で、問題はその傭兵団をいくつも抱えて今もコインを減らし続けている領主さんたちの方ね」


ロトナム、ケンラシア、そしてベルメナム。

この3家が実質的なサンカニアの重臣であり大領主、他の小領主たちは王と3家の何れかを支持する立場を取っていて、サンカニア王国はこの4勢力の均衡によって成り立っていると言って過言ではない。

そして他国と大きく異なる点は、どの領地にも目立った産業や名産品が無く、どの土地も民の数は多くなく、どの領主も大きな富を溜め込むだけの収入を得てはいない事だろう。

それはつまり、何れかの領主が倒れても他の領主に残された土地を治めるだけの余裕は無く、治めるメリットも少なく、管理する範囲だけが増えて場合によっては苦労を背負い込む事になりかねないという事だ。

自領の拡大や廃領の後釜を虎視眈々と狙う者が居ないサンカニア王国において、領主が倒れるという事は土地の更なる貧困と荒廃化を招き延いては共倒れになる可能性すら秘めている事態なのである。


「えーえーえーえー、そうですね、それに封鎖で王都の空気も荒んでいる事でしょう、やはりここはベルメナム家が何とかしなければいけませんわ」

「その意気よリムナリア!サンカニアの歴史を紐解いてみてもベルメナム家は王の知恵袋で助言者…なのよね?だったら今こそ出番じゃない!」

「はい!お姉様!」

「リムナリア!」


こうしてリムナリア、モニカ、ルドガーの三者が王都へ赴く事が正式に決まった訳だが、無策で向かう訳にも行かず。

王宮デビューを果たしていないリムナリアに対する宮廷儀礼の指導や、リムナリアの知識の再確認を兼ねたモニカとルドガーへのサンカニアにおける勢力分布の講義、予想される各領の富や食料供給の限界、雇用されている傭兵団に関する情報の収集などが急ピッチで進められた。

そしてその間にも状況が大きく悪化してしまう事が無いよう、ベルメナム家による調停の用意がある事が王都と各領に先触れとして伝えられたのだが。



王都へと向かい街道を進む馬車の揺れは町を離れると更に悪化し、時にお尻が浮くほどの乗り心地となった。

旅人は少なく民が他の村や町に行く事も稀で定期的に街道を使うのは主に隊商くらい、その隊商の数や規模も他国に比べれば少ないのだろう。

そうなると街道の整備は必然的に頻度が低くなり、街道と言いながら場所によっては盛り土が崩れて草木に侵食されていたり雨水が溜まってぬかるんでいたり、はたまた地面から大きな石が顔を出していてデコボコしていたりと見事な悪路だ。

身軽な者は避けて通れるし、隊商は頑丈で揺れに強い荷馬車を使っているので余程の事が無ければ立ち往生する事も無いらしく、結果的に移動用の軽馬車が一番相性が悪いようである。


「しかし、これはなかなかの揺れですね、これならば馬の背に直接乗った方がマシなのではないですか」

「貴方は騎乗しての移動に慣れてるでしょうけど、私やリムナリアは数日ずっと馬での移動なんてしたら王都に着く頃には色々とボロボロよ」

「まーまーまッ…まーまー、ごめんなさいね、この街道もまだベルメッ!ナム家の管轄だけれども、正直ここまで手が回っていないのです」

「なに女の子に謝らせてるのよ、貴方本当に騎士なの?」

「そ、そこは男女関係無い問題でしょう!?」


緊張に加えて今度は本当に揺れによる影響もあって青い顔をしていた面々に笑顔が戻るが、勿論それで事態が解決する訳ではない。

時に舌を噛みそうになるのを耐え、胃からせり上がるモヤモヤを下し、こぼしそうになりながら水を流し込む。

まるでこういう遊戯なのではないかとすら思える程の揺れに手足を踏ん張り必死に耐えながら、まだまだ先の長い道程に嫌な汗が額を伝う。


「それにしてもリムナリア、継続的な街道の整備にお金が掛かるのは間違いないけれど、地面から顔を出してる石とか水捌けの悪そうな窪地とかは一度手を打てばだいぶ違うんじゃない?」

「えーえーえーえー、そうなんですけれども…今残っている石はッ地面の下に大きな塊が埋まっているのです、つるはしで砕いて掘り出さないといけないような。それに水溜まりが出来ている場所は付近に湧き水があったり、土が粘土のようッな地質で大地が水を吸わないのだとか」

「それはそもそも街道を作るのに向かない場所じゃないですか、どうして昔のサンカニアの人々はそんな場所に街道を引いてしまったのでしょう」

「うーんそうね、今からでもそういった場所を迂回するような道を作り直す価値はあるかもしれないわね」


至極真っ当な事を言ったはずなのだが、リムナリアの顔が沈んでしまったのを見てモニカもルドガーも首を傾げる、わざわざ傾げずとも揺れのせいで真っ直ぐではいられないのだが。

そしてとても悔しそうにするリムナリアから返ってきた答えは、今度は二人に先ほどの発言を後悔させ表情を暗くさせるに十分な内容であった。


「えーえーえーえー、えー。それが出来ると良かったのですが。お姉様、古来よりサンカニア王国が貧しく産業が発展しなかった理由はご存知ですか?いいえご存知無いからこそのお話よね、そうよね。誰も何もしなかった訳では無いのですよ?」


サンカニア王国は国土のほどんどが平野であり、一見すると農耕や牧畜に向いている土地が広がっている様に見えるのだが…。

その実、地面の下には巨石が広く埋没しており、その隙間を縫うように染み出す湧き水が局所的な湿地を形成し、雪解けの水が流れる道筋は毎年変化し、土壌はバラバラで草木は一部にしか定着せず、生息する動物たちを見かけるのも稀である。


「国土のほとんどが悪地悪路…」

「ちょっとやそっとの開拓ではどうにもならないという事か…」

「サンカニア三世王は広く農地の開墾を奨励したそうです、それにより多くの場所で作物が植えられましたが収穫出来た土地はごく僅か、その土地すらも数年後には雪解け水の流れにより苗を失い、そして土壌の変化によって作物が育たなくなりました」

「リムナリア…」

「サンカニア四世王は国庫を空にする覚悟で他国から牛や馬、羊など多くの動物を購入し国民に与えました、各地でその動物たちは大事に育てられましたが放牧のみでは餌となる植物が足りず、民は餌の確保に頭を悩ませ、やがて餓死するものや餌を求めて村を遠く離れ野生に返るものが出ました。その後、湿地や荒れ地で多くの骨が見つかったといいます」

「リムナリア…!」

「サンカニア七世王は北方諸国のほぼ中央に位置するこの国を交易の中継地として発展させるべく、新たな土地に宿と貸倉庫を多数建造して町を作り方々に宣伝して利益を上げようとされました、それが近年における悪夢の始まりでした。知識も技術も無くただ王都に近い平らな場所という理由で選ばれたその土地では、宿客が体調を崩し倉庫に預けられた品はすぐに劣化してしまったのです、温度や湿度の問題でしょうか?七世王は王家に伝わる品も売り払い賠償の責任を果たされました」

「もういいわリムナリア!」


淡々と語られるサンカニア王家の歴史は暗く、滔々と流れる涙を拭おうにもリムナリアの手は今なお揺れに耐える為に力が込められており、流れ落ちた涙は小雨の様に膝や床を濡らした。


「今のサンカニア八世王はそのご子息、身の回りの品も人の数も減っていく王宮で育たれたお方、共に学ばれたお父様は全てにおいて慎重で何事も変わらぬ事を望む王様と評していました」

「きっと、何かを変えようとしてより悪い方向へ行ってしまう事を恐れているのね」

「だから私は…そんな王様のお力になって差し上げたい」


最初の印象は世間知らずな名家の箱入り娘だった、話してみて分かったのはとても個性的な少女だという事だった、共に学んで見えたのはまだまだ浅学ながらその志は本物だという強い芯であった。

そして…国を想う気持ちはこの国全体を覆うほどに大きい。

流れ落ちたその涙に含まれるのはただの悲哀では無い、そこには決意が、そこには覚悟が、そこには未来がある。

今は膝と足元を濡らすばかりの小雨が、いつかリムナリアの想いを乗せた温かくも激しい雨となってサンカニア中に降り注ぎ、大地と人の心に澱んだものを押し流せばいいなと、そうモニカは思った。


「貴女なら大丈夫、きっとサンカニア王とこの国を良い方向へと導けるわ」

「えー、えーえー、やってみせますお姉様!でも今はまだ知識も時間も足りません、だからどうか一緒に戦って下さいお姉様!とルドガーさん!」

「やれるだけの事はやりましょう、俺も全力で挑みますから。…まずは調停の主導権を握る所からですね」

「う…どうしましょうおねーさまー!」


決意も空しくさっそくまた萎れてしまうリムナリア。

それと言うのも調停の先触れを出した際に使者が持ち帰った返答に大きな問題があったからなのだ。

リムナリアもモニカもこの国の悲惨な現状を思えば他の大抵の問題など今更驚くべき事も無い、と思っていたのだが。


「そのお姉様たちはリムナリアよりも…何て言うか、ベルメナム家の方々なのよね?」

「お父様も執事も、私よりもより濃くベルメナム家の血を引いているだろうと言っていましたわ」


王からの返答はベルメナム家の調停を歓迎する、王都にて会談の場を設ける用意があるというものだった。

それだけならば良かったのだが、ロトナム、ケンラシアの両陣営にもその旨を伝えに行った使者はその場で驚き、その上驚きの返答を受け取ったのだ。


「うーむ、ケンラシア卿の代理として調停にはケンラシア夫人のリリスティアニア・ケンラシア様が、ロトナム卿の代理として卿の第二夫人のリンデルシア・ロトナム様がいらっしゃるのですよね…その会談の場に」

「あーあー、胃が…胃が痛いですお姉様、お姉様!?モニカお姉様!」

「会った事も無いのに何故か色々と予想出来てしまう上に間違いなく強敵な気がするのは本当に何故かしらね…」


ロトナム、ケンラシア共に領主が直々に軍を率いて来ているのだが、王都での調停には領主たちでは無くその夫人が代理としてやって来るらしい。

あくまでも王都への行軍であり戦場に向かっていた訳では無いのだから、その軍に領主夫人が加わっていてもそこまでおかしな話では無い。

だがロトナム卿が選んだのが第一夫人では無く本来はあまり表舞台に出て来ないはずの第二夫人で、しかも両卿揃ってその夫人を大事な会談の場に送るというのだ、本人たちが王都のすぐ近くに布陣しているというのに。


「まあ、帰ってきた使者の言った通りならば、両陣営共に夫人の方が領主より発言力が強そうだったって事だものね…」

「えーえーえーえー、きっとその通りなのだと思います。リリスティアニアお姉様も、リンデルシアお姉様も、私なんて比較にならないほど雄弁だもの」


ケンラシア家に嫁いだ長女リリスティアニア・ベルメナム、ロトナム家に嫁いだ次女リンデルシア・ベルメナム、そしてベルメナム家の代理領主を務める三女リムナリア・ベルメナム。

期せずして王都での会談にベルメナム家の三姉妹が揃う、それも三者三様の立場を背負って。

果たしてどの様な話し合いになるのか、想像は出来ないと言うよりは想像も出来ないと言うべきであり、そしてその出来ない想像をも超える事態となる可能性を多分に秘めているのである。

何も分からないがとんでもない会談になる、これこそが正直な感想であり、同時にサンカニア4勢力の残る1つ、サンカニア王が窮地に立たされるであろう事だけは容易に想像出来た。



4日後、王都バロアーゾサンカニア。

会談の進行方法について散々悩んでも決定打を見出せないままに到着した一行は、その頭もお尻もズキズキと痛むのを我慢しながら門の前で入都の順番を待っていた。

元来、人の往来の少ない王都ではあるが封鎖によってその門での確認は厳重になっており、主に国内の商会の隊商を中心に積み荷の確認を待つ列が出来ていたのだ。

王都で物価が高騰しているのを知った商会が近隣の町や村から何でもかんでも持ち込んでいるようで、その常とは異なる雑多な商品の山を相手に確認を行う役人も悪戦苦闘しているようである。


「これは、列自体は長くありませんが時間が掛かりそうですね、やれやれ」

「えっと、ベルメナム家の来訪である旨を告げれば先に通してもらえるのではないかしら」

「えーえーえーえー、そうなんですけれども、到着を告げに行った御者さん曰く前の隊商が確認してもらう商品を荷解きして道に広げていて、迂回して前に出るのが難しいのだとか」

「…それ、王都側から出て来る隊商がいたらすれ違えずに身動きが取れなくなってしまうのでは?」

「えーえーえーえー、そうですわね。…きっとそこまで考えていないのだと思います、サンカニア国内の小さな商会は他国まで行っての商売はしていないのできっとこんな事は初めてなのでしょう、普段の王都はもっと隊商の移動もゆったりとしていて混み合う事も無いと聞きますし」


平和は続いてこそ意味がある、勿論それは平和である事に越したことはないのだから当たり前なのだが、いざ何か起こった際にこういう事になるからという面もあるのだろう。

経験したことの無い事態に対して予想や想像で対処するのには限界があり、結局のところ一度経験してみなければ確かな事など何も分からないのである。

軍を持つという経験も、他国からの侵略に備えるという経験も、そのような時代において生活がどう変化するのかすらも未知数のサンカニアにおいて、正に今は激動の時代と言える。

そのような時代の変換点に、期せずしてその震源地ともいえる王都で、それも中心人物たる王とその重臣たちを相手にうまく話をまとめる役目を担わされたリムナリアの心中はいかほどか。


「あの、お嬢様方、城の衛兵が馬を連れて参りました、王城までそれで移動してくれという事のようですが…」

「まーまーまーまー、お城からという事は王様も私たちの到着をご承知なのね、ああ緊張していたはずなのにもっともっと緊張してきました…」

「ま、流石にベルメナム家の旗付きの、如何にも要人を乗せてますって馬車の姿が見えれば嫌でも気付かれるわよね。御者さんありがとう、先に行くので後ろの使用人たちを乗せた馬車と一緒に後から城まで来て下さいな」

「へい、お気を付けて」


流石に王都の門の前ともなれば、悪路は改善され地面はしっかりとならされて平らであった。

王城から馬を連れて来た衛兵たちに手綱を引いてもらい、馬上の人となった3人はゆっくりと王都への門をくぐる。

その門壁の上にはサンカニアの紋章旗と共に、ロトナム旗、ケンラシア旗がはためいており、既に両家の代表が王都に到着している事を示していた。

門を抜けた先で城の衛兵が門衛に何事か告げ、門衛が壁の上に合図を送れば、周囲を見渡していた兵たちが慌ただしく動きベルメナム旗もそこに肩を並べた。

本来であれば4家が王都に揃っている事を示す慶兆であるはずだが、掲げられた4本の旗を見上げる王都の民の顔に浮かぶのは不安の色であり、これを取り除く為にも弁を振るわねばなるまいと馬の鞍を掴む手にも鐙に掛ける足にも自然と力が入る。

そんな背中の客の様子を少し気にする馬に揺られて辿り着いた城の門は、開け放たれているのに非常に堅固であった。


「まーまーまーまー、リムナリア!本当にリムナリアが来たわ!あの子ったら全然変わってないわ!」

「えーえーえーえー、本当にベルメナム家の代表はお父様ではなくてリムナリアが務めるのね」

「まーまーまーまー、お姉様!どうしてここに?まさか私たちの出迎えに?でもわざわざそんなはずないわよね、そうよね?」

「まーまーまーまー!どうして姉が妹を出迎える事に疑問を持つのかしらこの子ったら!おかしな子ね!」

「えーえーえーえー、そうよ、お父様が来るにせよ貴女が来るにせよ出迎えない理由なんて無いわ」

「まーまーまーまー、こんなにも早く顔が見られるなんて…そのとても驚いています、驚いていますけれども嬉しいです!」

「「まーまーまーまー!!」」


思わずモニカとルドガーを見た衛兵に、二人はただゆっくりと頷き返し、微笑む。

それは状況への理解を示すものではなく、私たちも同じ気持ちですよという同情の笑みであり、達観であった。

揺れる馬の尾は気持ち良さげで元気な人間が鳴いてるなぁくらいに思っているのだろうか、今だけは馬が馬である事を羨む衛兵たちであった。



こちらが皆さまのお部屋でございます、と通された王城の一室は、何と言うかこう、とても質素だった。

決して狭い訳でも手入れが行き届いていない訳でも無いのだが、何と言うか…


「何もありませんね…」

「いやベッドがあるじゃない、テーブルも椅子もあるわ」

「いやそれはそうなんですが、こう、城の客室な訳ですし…」

「ルドガー、そこまで。それ以上言ってはいけないわ」


おおよそ王都の王城の一室と言われて想像する様な飾り付けや調度品の類が存在しない部屋であった。

サンカニアが小国である事を考えれば、外壁が石造りの城の内部が木造で整備されていても、それ自体は驚く事では無い、のだが。

例えばカーペットやテーブルクロスといった織物であったり、壁を彩る絵画や棚に飾られる置物の様な美術品や工芸品、水差しやそれを注ぐ器などに多い金属製品や陶芸品、それらがこの部屋には存在せず、あるのは木製のベッド、木製のテーブルと椅子、木製の水差しと器、そして木製の床、壁、天井。

唯一目に入るのは、綺麗な白を保つ清潔そうなベッドシーツと、その上に畳まれた北国で重宝される厚手の毛皮のみ。


「とても目に優しい部屋ですね?」

「えーえーえーえー、そうですわね、でもそこまで気を使わなくても大丈夫ですよ?昔はもっと色々あったはずなのです、ここに来るまでの廊下には絵や飾りも…少しはあったでしょう?」

「普段使われていない部屋にまで置いておく物は無いって事ですかね」

「もうルドガー!でもそうですね、今のこの姿に移り行く王宮で、今の王は育たれたのですね…」


王都の郊外には今も廃墟となった宿場町が残っているという、ほぼ空の国庫をひっくり返して行われた投資の跡形である。

実際のところ、現在のサンカニア王家の富はロトナム家に及ばず、ケンラシア家とほぼ一緒、ベルメナム家にはやや勝るといったところで、実質的な権威は失われているに等しい。

それでも国がひっくり返る事が無いのは、そんな王家に取って代わっても何も良い事が無いうえに恨みや誹りだけは受ける事になるからだ。


「えーえーえーえー、それにこの王城だけでなく、王都に入ってからずっと空気が重たく感じました。皆さんの顔に明るさが無くて、まるでこの土地全てが澱んでしまっているよう…」

「それについては同感なんですが、どうにも本当に澱んでいませんか?この…バロアーゾサンカニアのある一帯が」

「ううん、詳しくは分からないけれど、確かに馬車を降りてからここに至るまで、これだけ開けている土地なのに風を感じないわね、こんなものなのかしら?」

「えーえー、え?風、ですか?どうなんでしょう、私も王都に来たのは初めてなのでいつもと同じなのかどうか…、ですがベルメナムの領地でも風はいつもとても穏やかで、そうそのせいで風車小屋を作ってもほとんど動かないのだとお父様が嘆いていましたわ」

「ふむ。この雪解けの後の時期ならば、パルデニアでは西の雪山から気持ちの良い風が吹き下ろされて来ていましたね、それが冬籠りで溜まったものを押し流して春を呼ぶのだと教わりましたが」

「そうね、それにそういった風が新たな命を運ぶのだとか、花や草木、時には渡り鳥の群れも」

「まーまーまーまー、それは素敵ですね!私も見てみたいです、渡り鳥の群れ!」

「…サンカニアでは、渡り鳥を見る事が、無い?」


モニカの頭の中で小さく光るモノがあったが、それに手を伸ばす前にダンダンダンとしっかりとしたノック音が響き、慌てて返事をしようとすればその間もなくドアが外側から開け放たれた。

そのままズカズカと入ってきたのは身なりの整った執事風の服装の男で、ベルメナム家の執事に比べると体格も雰囲気もまるで違う、どちらかと言えば騎士が似合いそうな男である。

王の使いかと思い背筋を伸ばせば、男はニヤリと笑ってぬけぬけとこう言った。


「ほう、互いの格の違いを良く心得ているようだ、リリスティアニア様も心配性が過ぎる。さてベルメナム家よ、ケンラシア夫人がお呼びである、支度を整えすぐに来るように」


言葉通り嵐の様に現れて言葉を吹き付け過ぎ去って行った男を、嵐で家を失った民の様に茫然と見送る一同。

つい先ほど王都に到着し、今しがた手配された部屋に入ったばかりである、支度どころかまだ後から来る使用人たちも荷物も到着していないのだ。

これがまだ王からの呼び出しと言うのであれば、衛兵と馬を寄こしてまで到着を急がせた意味も分かろうというものだが、何故かのケンラシア家からの呼び出しとは一体何事か。

訝しみながらも既に嵐の男の背は消え問いかける事も叶わず、あえて拒否する理由も無い、というだけの理由で取り急ぎの身支度をするのであった。


ケンラシア夫人の部屋はすぐに分かった、部屋の前には美しい花瓶と大輪の花が飾られ、ケンラシア家の紋章が刺繍された服を着る使用人が立っていたからだ。

そして部屋の内外にいる使用人による来客の報告とそれを確認する声が響き、入室の許可が下りるのを待たされた末に部屋に足を踏み入れればそこは…何と言うかこう、とても豪華だった。

部屋自体はベルメナム家に用意されたものと同等で特別大きい訳でも造りが異なる訳でも無いのだが、何と言うか…


「目に…眩しいですね」


やっと出た感想がこうなるほどに煌びやかな物で溢れていたのだ。

その一方で意外だったのは、その中央に座するケンラシア夫人リリスティアニアは先ほど城門で出迎えた時と変わらず洗練されていながらも動きやすそうな服装のままで、違うのは頭に乗せたティアラと胸元で輝く首飾りの存在だろうか。

豪奢なドレスの方が本人にも場にも似合いそうなものだが、何故かそうしていないリリスティアニアはとても物憂げで、リムナリアと目が合えば苦笑いをしてみせた。

どうにも状況が読めないが先ほど城門で出迎えてくれた際の雰囲気とは全くの別人であり、今目の前にいるリリスティアニアという女性はどちらかと言えば物静かな人に見えた。


「何をしておる、膝をつき挨拶をせぬか」

「その必要はありません」

「しかしですな、それに持参の品も無い様子、これを許しては」

「それも必要ありません」

「リリスティアニア様!それでは示しがつきませんぞ!」

「何を示すのです、何を示させるのです、我が盟友たるベルメナム家に、我が妹リムナリアに」


ぐぬぬ、と拳を握る騎士執事と睨み合うリリスティアニアは一言で言ってしまえばとても面倒くさそうである。

気安い言い合いの様子を見れば本当の意味で仲が悪いという訳では無いのだろうが、その性格や考えは水と油のように混ざり合うのを拒否している様に見える。


「まーまー、そうね、とりあえずよく来てくれましたリムナリア、それとベルメナム家の方々」

「あのあの、お姉様、時間が無くてその、何も準備が出来ておらず申し訳…」

「謝る必要はございませんリムナリア様、そうですねリリスティアニア様?」

「えーえー、そうねその人の言う通りだわ。私もたった今、貴女が訪ねて来ていると聞いて何事かと確認をしていたところです。貴女たちが膝を折る必要も何かを差し出す必要もありません」


リリスティアニアが「椅子を」と呼びかければ慌てて侍女たちが動くもすぐにピタリと動きを止めてしまった、どうしたのかと思えば元々この部屋にあったであろう木の椅子と、装飾が施された布張りの椅子のどちらを運ぶべきかで迷っているようだ。

片手で顔を覆いため息をつきながら“豪華な方”を指差せば、緊張した面持ちで椅子が3脚用意されその流れで飲み物などの準備も進められる。

その様子を苦々しい表情で見ているのはリリスティアニアの斜め後ろに控える騎士執事である。


「どうやらうちの執事が少しばかり焦って行動をしてしまったようです、ケンラシア家を代表してベルメナム家にお詫びを。ベルメナム家はこのサンカニアを支える大事な柱の一つ、共に国を支える立場にあるのにその長さが違っては上に立つ王が落ち着かないわ、そうでしょう?」


最後の問い掛けはリムナリアたちにではなく、部屋に多数いるケンラシア家の者たちに向けての言葉であった。

それによってこの突然の訪問客に対する立場と扱いを明確にし、その様に対応するようにと言外に命じたのである。

厳密に言えばケンラシア家とベルメナム家を比較した場合、その領土の広さも人口も、保有する富も、ケンラシア家の方が少しだけ大きい。

その為あの騎士執事の様に両家が対等では無いと考える者も皆無では無いのだが、そういった考えを早々に否定し同格の客人として迎えると宣言したのだ。

それは一見すると話の分かる、良心的な対応であった。

だがモニカは内心で冷や汗をかいていた、何故ならその言葉は同時に、今回の調停を取り仕切る立場にあるベルメナム家に対して抜け駆けは許さないわよと暗に釘を刺したのではないかと、そう思えたからだ。


「まーまーまーまー、ありがとうございますリリアお姉様、もうどうしたらいいのかといっぱい緊張してしまいましたわ」

「まーまーまーまー、本当に驚かせてしまってごめんなさいね。“貴女”も、ね?そうだわ紹介してちょうだいリーナ、以前のベルメナムの館では見かけなかった顔だわ、いったいどこのどなたなのかしら?先ほどの言といい…元は民という訳では無いのでしょう?」

「えーえーえーえー、そう、そうなんです!少し前から領主代行となった私を領主補佐官として助けて下さっているモニカおねえ…モニカさんとルドガーさんです!」

「領主補佐官のモニカと申します、旅の途中でベルメナム家に良くしていただき、そのご恩返しが出来ればと。…パルデニアの出身でそこで様々学ぶ機会がございました」

「現在はリムナリア様の護衛として同行しております、元パルデニア騎士のルドガーです。モニカと同じく旅の途中でした」

「まーまーまーまー。そう、そうなのね、そう、パルデニアの…。二人とも若いのにとても優秀そうだわ。リムナリアの側にそういった方々が居てくれる事を姉としてとても嬉しく思います。それにしても、いったいどのような旅路を経てベルメナムに至ったのか、どのような目的があってここに居るのか、どのような考えをお持ちなのか…なんて、そんな野暮な事を聞くものじゃないわね、そう、パルデニアの事についても」


ベルメナム家の三姉妹の長女、リリスティアニア・ケンラシアは間違いなく賢女であった、それも爪を隠せるタイプの。

ケンラシア家の中にあってその発言力は強そうであったというが、それはただ領主夫人という立場であるからというだけではなく、実力とその発言内容によって得たものであろう。

これから調停を行うにあたってこれほど手強い相手が出て来るのは、その道程がまるで国内の街道のごとき悪路であることを予感させた。


「ところでベルメナム家も傭兵団を雇ったと聞いていますが、確か灰色狼傭兵団だったかしら?その人たちは連れて来なかったのですね」

「えーえーえーえー、今回ベルメナム家はあくまでも調停役ですもの、いたずらに彼らを連れて来て余計な諍いを起こしたくはありませんもの」

「まーまーまーまー、それは賢明な判断ね、とても、ええとても。それで、もう“どちら”を王国の正規軍として採用すべきか、王に助言する内容は決めているのかしら?」


途端に和やかになっていた周囲の空気に緊張が走る。

元々今の状況は王国の正規軍として採用する兵員の募集に端を発し、大領主2名がそれぞれに大規模な兵員を引き連れて王都を目指した事による睨み合いである。

当然ながら正規軍として採用された兵員を提供した領主は、王に対し大きな貢献と貸しを作り、その後の王国内での立場や発言力にも決して小さくない影響を及ぼす事だろう。

逆に敗れた方は立場や発言力自体を奪われる訳では無いが、王が勝者への借りを返す為にその言を優先するならば、それは実質的に発言力を失うに等しい。

そして両家共に既に大金を投じてしまっているのだから、今更無かった事にして解散などという訳にも行かないのである。


「それは、いいえ、いいえ。この王都に着いてから、しっかりと王様と、それにケンラシア、ロトナムの代表ともお話をしてから調停案をまとめる予定でしたから」

「まーまー、そうなのね、そう。ねえリーナ?ロトナム家は今やサンカニア家よりも多くの私財を保有しているわ、それは王国内のバランスを考えた時にとても、とても良くないと思うの、そうでしょう?」

「まー…、ええと、そう、なのかもしれません」

「だから、ね、ね?まずはその不均衡を取り除く為にも、私たちケンラシア家とベルメナム家は協力してロトナム家に立ち向かう必要があるとは思わない?そうすれば私たちが協力して王を助ける事が出来ると思うの」

「えーえー、えーえー、王様のお力になる事が第一です、ものね?だから…えーえー」

「その必要はございませんリムナリア様、そうですねリリスティアニア様?きっとリリスティアニア様はリムナリア様を試しておいでなのだわ」

「え…試して?」


リリスティアニアの視線に射貫かれ、騎士執事をはじめとするケンラシア家一同の視線にも囲まれて、リムナリアは知らず知らずのうちに自分が委縮してしまっていた事に気付く。

王を助ける為に全力を尽くすと意気込んでいたのに、いつの間にかリリスティアニアの言う通りにすればそれで良いように感じてしまっていた。

少し年の離れた姉はとても頼りがいのある人で、いつでもリムナリアの心に寄り添ってくれる存在で、ケンラシア家に嫁ぐ事が決まった際には行って欲しくないと大泣きした恥ずかしい記憶も蘇ってきた。

それくらい大好きな姉と、自分はベルメナム家の代表として相対さねばならないのだ。

憧れていたその知性と話術に立ち向かい、ベルメナム家の勝利ではなくサンカニア王国としての勝利を勝ち取る為にここにやって来た事を思い出し、生半可な気持ちでは簡単に呑まれ流されるぞと決意を新たにする。


「えー、えーえー、そうですわ、そうでしたわ。リリアお姉様、確かに今のサンカニア王国の“バランス”は良くないのかもしれません、ですがそれは臣下たる我らが王より力を持つ事を指しておいででしょう?今のロトナム家がそうだとして、それは結果に過ぎません、サンカニア七世王の治世にサンカニア家の富が減少した事による。ですからそれはロトナム家の富を減らす事では無くサンカニア家の富を増やす事で解決すべき問題なのだと思います。そしてバランスを考えるのであれば、ケンラシア、ベルメナム両家が手を組む事で王より大きな発言力を得る事もまた避けるべきです」


胸を上下させ、体から失われた空気を取り戻すように深く大きく呼吸をするリムナリアの姿は洗練された淑女とは言い難い、が、ベルメナム家の代表としては満点であった。

後ろで控えるモニカとルドガーはとても誇らしげであり、それを見るリリスティアニアもまた誇らしげに残念がった。


「まーまー…そうね、バランスが大事だものね?ふふ、そうね、そうよね、分かったわ。ベルメナム家の考えは確かに聞かせていただきました。それでは改めてこの調停話が良い形でまとまる事を願いましょう、期待していますよ、ベルメナム卿代理」

「えーえー、サンカニア王国の為に微力を尽くしますわ、共に王国を盛り上げましょう、ケンラシア夫人」


初戦は引き分けといったところか、だが経験の差や地の利を考えればリムナリアは善戦したと言っていいだろう。

そんな自信と自覚もあるのか、リムナリアの頬が紅潮したままなのは先ほどの息切れの影響ばかりではあるまい。

圧倒的に経験は足りないし、良くも悪くも極めてのどかなベルメナムの地で生まれ育った世間知らずの少女だが、脈々と受け継がれた血のなせる業だろうか、彼女はとても聡く頭の回転が速い事を自ら示して見せたのだ。


「このタイミングで正式にお話出来て良かったわ、突然の事で驚かせてしまったと思いますけど。次に会うのは王の御前かしらね、勿論姉妹として個人的に訪ねて来てくれてもいいのよ?」

「まーまー!リンダお姉様もお呼びして3人でお茶会でもしたいですわ!…でも、それは調停後の楽しみに取っておくことにします、今はなすべき事に集中したいので」

「まーまー、どうしてかしらね、今の貴女を見ていると嬉しくなってくるわ。こんなにも上手くいかないのに、うふふ」

「上手く…?お姉様が?」


首を傾げるリムナリアに、リリスティアニアはただ微笑むばかりであった。

突然の呼び出しから急遽始まったケンラシア家とベルメナム家の会談は双方の立場や考えを明確にし、互いに得る物のある内容となった。

そんな達成感と共にその場を辞して自室へと戻ろうとする3人に声が掛かる、何気なく、たった今良い事を思い付いたといった雰囲気で。


「ああそうだわ、そちらの部屋も少し寂しいのではなくて?敷物に使える織物を譲りましょう、ケンラシアから沢山持って来ているの、気にせずとも高価な物では無いわ、突然の声掛けに対するお詫びの品という事でどうかしら、だって貴女たちが過ごす部屋が快適であってほしいもの、ね?」

「えっと、えーえー、そういう事であれば。有難く使わせていただきますお姉様」

「それではわたくしがお預かり致しましょう、力仕事ならこのルドガーにお任せ下さい!」

「…いいえ、どの品が丁度良いか少し相談をして見繕わせていただきたいわ、ですから侍女を残していってもらえるかしら。あらそういえば侍女は連れていないのだったわね、それではモニカさんをお借り出来るかしら?」

「わ、わたくしが残り、決まり次第受け取って戻りますよ!力仕事ならこのル…」

「貴方はリムナリアの護衛なのでしょう?貴方がここに残って女の子二人だけで部屋へと帰すのですか?安心なさいな、モニカさんにはどの織物が良いか一緒に選んでもらって、帰りにはうちの執事を一緒に行かせるわ、力持ちの、ね?」

「む、むむ…」


言われた内容は理に適っていて否と言う理由も見当たらない。

ここまで力仕事担当のルドガーは出番が無く、今こそ自分の活躍の場だと意気込んだもののリリスティアニアの言葉には隙が無い。

3人が部屋に残ればそれだけケンラシア家の侍女たちの仕事を増やす事になり、それが彼女たちの役目だとしてもあえて残る選択肢を選ぶ事に良い印象は持たれないだろう。

結局、若干の逡巡もモニカの「護衛の仕事をしなさい」の一言で消し飛び、リムナリアと共に自室へと帰っていくルドガーの背中には若干の哀愁を感じたがこれは必要な犠牲だろう。



「うまく誘導しましたね」

「まーまー、貴女こそ今の誘導は見事だったわよ?」


ケンラシア家に与えられた部屋に残ったモニカは開口一番に仕掛けてみるも、あっさりと受け流された。

リリスティアニアは優雅に構えたままで驚く様子も慌てる様子も無く、むしろ自分の思い通りになった今の状況を楽しんでいる様に見える。

この女性(ひと)は手強い、元々そうであろうと思われていた人物だが、その想定を超える難敵である可能性が高まり鼓動が早くなる。


「それで、私にどのようなご用でしょうか」

「話が早くて助かるわ、でもどうしてそう思ったのかしら?」


リリスティアニアは質問をしながらも侍女に織物のロールを指差し、「深い青の物があったでしょうアレでいいわ」とモニカを引き留める理由として言っていた用事をあっさりと終わらせた。

その上で改めてモニカの目を見て、それで?とばかりに首を傾げ話の先を促すのだ。


「城門への出迎えの時の私たちの状況、そこからの時間の経過と先ほどの会談でのリムナリア様とのやり取りを考えれば、今の時点でベルメナム家の侍女らが到着しておらずすぐに呼べない事はリリスティアニア様ならお分かりのはずです、にも関わらず侍女に任せる様な用事を言い出したのは他の意図があったからでしょう」

「まーまー、ええそうね、それで?」

「リリスティアニア様がリムナリア様を見る目は、とても温かく愛情に溢れていました。…ですが、失礼ながらケンラシア夫人の見る目は違っていた様に思います」

「ふふ、そうね、でもそれは公私を混同しなかっただけよ?」

「はい、ですからケンラシア夫人におかれましては、調停の場にて対峙する事になるベルメナム家の力量を測る目的がおありであり、その結果として今のうちにベルメナム家に対し何等かの対処が必要であると考えられたのではありませんか」


モニカの言葉を微笑みながら聞いていたその口角が、クッと引き上がり深くなる。

同時にモニカの後方、壁を背に立っていた侍女がヒッと小さく悲鳴を上げたのは、その笑顔が別の意味を持つ事を知っているからだろう。

リリスティアニアは、見つけてしまったのだ、獲物を。


「ああ、ランテ…!貴女素晴らしいわ、これ程心躍る会話が出来るのはいつぶりかしら。先ほどのリーナも見事だったけれども、まだまだ洗練されていないもの、でもまだまだあの子は子供なのだから仕方ないわよね、これから多くの場を経験して成長するのが楽しみだわ。そして、あの子の背中を押したのは間違いなく貴女。あの子の懐きっぷり、いいえ信頼と言った方がいいかしら?それは貴女の役職に対するものでは無く貴女自身に対するもの、姉の私が言うのだから間違い無いわ。そしてベルメナム家の人間はね、そういった聡い人間に惹かれるのよ」


今のリリスティアニアの姿を何も知らない人が見れば、淑女が仲の良いお話相手と久しぶりに出会って少しだけ興奮気味にそれでもなお優雅に会話を楽しんでいる、そんな場面に映る事だろう。

だがモニカの目には彼女から圧倒的なオーラが発せられている様に見えたし、周囲の侍女からすれば微笑むその口からは二股に分かれた蛇の様な舌がシュルシュルと伸ばされているように見えている事だろう。

なるほど彼女も元はベルメナム、歴代の王たちを“言葉で支えた”血筋の一族なのだ。


「…それで、私に何をお求めですか」

「何も。と言うと語弊があるかしら?でもそうね、どうしようかしら?正直に言ってしまえば彼が独断でベルメナム家を呼び出したのは想定内ね、それならそれで、その時はその状況を利用すれば良いというだけで」

「遅かれ早かれ、リムナリア様を呼び出す気はあったのですね」

「ええそうよ、それに先ほど私が提案した内容も、その通りに話が進んでくれるならそれはそれで良かったのです。ロトナムの専横を許さず、ケンラシアの不利となるような結果だけは避ける。これが夫から言われた内容だもの、後は全て私に任せる、ともね?」

「ケンラシア卿から信頼されているのですね」

「まーまー、ええそうね、そうよね、私たちの間に愛はあるわ、間違いなくね。それに夫は私に逆らえないもの、あの程度では私を言い負かす事など出来ないわ、うふふふふ」


リリスティアニアの後ろに控える騎士執事が苦々しい表情をしながらも何も言わないのは、彼女の言う内容が本当だからなのだろう。

実際、ケンラシア卿とその夫人の仲は良好と巷で評判であり不仲という話は聞かない、仲睦まじいが夫人の方が弁に勝り卿が尻に敷かれがち、それをケンラシア家の古参である騎士執事が快く思っていない、と言ったところか。

そして同じく元々ケンラシア家に仕えている侍女たちも、古くからの上司である騎士執事の意向と、新たにベルメナム家から来た夫人の言のどちらに従うべきか、板挟みの状態なのだろう。


「ですから、今は何も。ベルメナム家の調停がロトナムに傾く事だけは避けるつもりだったけれど、先ほどのリムナリアを見ればその様な結論を出す事は無いでしょう。安心しました、それは貴女がリムナリアの味方である事にもです。リムナリアの意思と力量が、そしてあの子を支える貴女の人柄と力量が測れた事が最大の成果です」

「私はリリスティアニア様の力量が恐ろしいです、ですが…私も安心しました」

「まーまー、それは、なぜ?」

「だって、貴女は良い人だもの」


数瞬の静寂の後、リリスティアニアの楽し気な、本当に心の底から楽し気な笑い声が響き、いつも使用人たちの前で見せる上品な姿とはかけ離れたその笑い声に、金縛りから解き放たれた侍女たちも釣られて笑うのだった。

リリスティアニアは動かない、少なくともリムナリアがサンカニア王家の為に動く限りは。

その事が分かったのはモニカにとっても大きな収穫となった、味方では無くとも、その大きな存在が中立を明示してくれたのは非常に大きい。

深い青の織物ロールを軽々と持つ少しバツの悪そうな騎士執事がやって来て、送っていきますと後ろの扉を顎で示せばひとまずの安堵に包まれた。

だから、少しだけ油断していたのかもしれない。

モニカの頭の中にはさあ次はロトナム家がどう出て来るかと、そんな事が浮かんでいた、目の前で未だ優雅に座るこの部屋の主に対し、自然と“丁寧な”礼儀作法で挨拶をしたのはそれがこの場の雰囲気に合うものだと思ったからだ。


「本日は有意義なお話が出来嬉しく思います、主に代わりケンラシア夫人のご厚意と素敵な贈り物に感謝いたします」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方だわ、本日はお会い出来て光栄でした、レモニカ王女(・・)

「…あ、え?」


茫然とするモニカを前に、頬に片手を当てて「やだ困ったわ、本当に否定しないなんて」などとさして困っているようには聞こえない声で言ってのけるリリスティアニア。

少し俯き表情を無くすモニカに近づくと続けてこう言った。


「駆け引きはまだまだね、でも年相応と言うにはやはり優秀過ぎるわ」

「いつ…から?」

「まーまー、たった今よ?それに、まだ確かな事は何も分からないわ。貴女が私を惑わすくらいの演技をしている可能性だって否定出来ないもの」

「く、貴女という人は…それで?」

「…それで?」


今度は本当に困ったわといった表情で改めて片手を頬に当てて考え込む、そのちょっとした仕草も姿も優雅である。

貴族としての社交に慣れている者の姿だが、それこそ彼女の言葉を借りるなら「年相応と言うには優秀過ぎる」だ。

ベルメナムの三姉妹はリムナリアだけ少し歳が離れていて、姉は7つ上と5つ上らしい、リムナリアが18歳だからリリスティアニアが25歳、リンデルシアが23歳だろうか。

モニカから見ても6つ年上という事になるが、その落ち着きっぷりと手腕は宮廷で長い時を重ねた列侯の夫人たちにも引けを取らないように見える。


「ああ、そうね、なるほどそういう事、かしら?だとしたら…貴女は自ら王女だなどとは名乗っていない、そうでしょう?」

「そう、ですね」

「ね、そうよね、であれば貴女はやはりリムナリアの補佐官、モニカだわ。でもモニカさんはなぜ、モニカさんなのかしら」

「レモニカと名乗るべき証となるものを失いました、そして現在の成長した私の顔を知る者もほとんどおりません…でも、だからなぜリリスティアニア様は私だと?」

「一つはパルデニアの騎士より明らかに上の立場にある貴女の言動、そしてもう一つは先ほどの礼儀作法ね。あれは貴族同士でしか行わないものよ?隠す気なら気を付けなさいな」

「返す言葉もございません…ですが、それで分かるのは私がパルデニアの貴族出身という事だけでは?」

「そうね、確かにそうね。だから言ったでしょう?確かな事は何も分からないと。でも、その名前に少し引っかかった、と言うべきかしら」


リリスティアニアはモニカに椅子を指し示すと、自らもまた優雅に戻って腰かける。

織物ロールを担いだまま待っていた騎士執事も仕方なく元の位置、リリスティアニアの斜め後ろに戻るが少しだけ不機嫌そうで、その雰囲気も相まってまるで大剣を肩に担ぐ騎士の様である。

いっそ本当に騎士になった方が似合うのでは、とも思ったがそもそもサンカニア王国には騎士など存在しなかった事を思い出した、職業騎士も職業兵士もいないから今こんな事になっているのだ。


「リムナリアはとても勉強熱心でしょう?特にあの子の歴史に関する知識には敵わないわ。ベルメナムの人間はね、知識と言葉にとてもとても興味を惹かれる性質(たち)なのよ。だから私も同じ、知識を得てそれでどうすればこの国の為になるかを考えたの。でも風土と王を変える事は難しいわ、だから私は外交によってこの国を豊かに出来ないかと考えたの。いずれは国の外交を担う人物になるべく多くを求めたわ、社交や儀礼の作法、他国の情勢や要人に関する知識、存在する多くの紋章や旗印、他にも色々と、ね」


この人は天才などでは無く、不断の努力と知識欲によって今ここにあるのだと思い知った、それはベルメナムの血のなせる業かもしれないが、それを生かすも殺すも人それぞれなのだから。

リムナリアの国と王を想う気持ちが本物であるように、リリスティアニアの国の未来を想う気持ちもまた本物である、それぞれに見出した道は異なるかもしれないが最後に行きつく場所、それは豊かなサンカニア王国の姿なのだ。


「調べた情報には当然パルデニア王国の事もありました、優しき王、優しき民、穏やかな風土、活発な産業と交易。正直に言って羨ましい限り…でした。そんな王国との取引をするに当たって知っておくべき人物は誰か、両国の交流を深めるに当たって近づくべき人物は誰か。当時社交界デビューしたばかりであったレモニカ王女の名は、きっと今後多くの場で出て来るだろうと思い、強く記憶に残っています。だから…ふとその名の響きに惹かれたのかもしれませんね、モニカさん」

「昔のままの私で貴女と会えなかった事を残念に思いますし、同時に貴女のような方と社交界で対峙する事なく済んだと安堵も覚えてしまいます」

「まーまー、私も残念よ、ええ残念ね、ふふふ。それにケンラシアに嫁いだ今となっては王国の外交官として各国を飛び回る事も叶わないわ、残念ね。だからリムナリアには期待しているのよ?それはつまり、貴女にも期待しているのです。ね?」


ケンラシア家に嫁いだ事を残念に思っている、とも取れる発言に騎士執事が口を挟もうとしたが「主人に出会えた事は私の幸せだわ、本当よ?ね?」などと言う言葉をするりと発し黙らせる光景はきっとこの人たちの日常なのだろう。

それにさっきのレモニカ王女と呼んだあの時も、その目はモニカを捉えていたがその手はスッと侍女たちを制していた。

もしリリスティアニアが女王であったなら、きっと歴史に名を残す名君になっていた事だろう。


「そうだわ、貴女に贈り物をしましょう、それがいいわ。ふふ、ベルメナムの贈り物は愛でも物でも無いの、受け取った方がそれをどう扱うかも相手次第、そんな、ちょっとだけ意地悪な贈り物よ」

「え、えええ?それはその、受け取らないという選択肢は…」

「無いわ、だって私が貴女を気に入ったから、それに私と貴女では格が違うのよ?ね、そうでしょう?モニカさん?」


領主の夫人と領主補佐官とでは確かに格が違う、そう考えれば拒否など出来ようもないが、内心でモニカが亡国の王女であろうと確信をしていながらこの扱いである。

そしてきっとリリスティアニアは、いつかモニカがレモニカの名と王女の地位を取り戻した時、何事も無かったかのように目上の者に対する挨拶を行い敬意を示す事だろう、それも完璧に。

「初めましてレモニカ王女、お会い出来て光栄です」今からそんな台詞が聞こえてくるかのようだ。


「あ、ありがたく頂戴致します、ケンラシア夫人」

「まーまーまーまー、ふふふ。先ほども言った通り、リムナリアの歴史に関する知識には私は及びません。同様に、リンデルシアの人の心や物事の状況の未来を予測する思考にも私は及びません。あの子は魔法が使える訳では無いわ、でも勘が鋭いとでも言うべきかしら?その指摘は的確でその予測は正確よ。…気を付けなさい」


情報と言う名の贈り物、活かせるかは受け取った者次第、そしてベルメナムは見ているのだ、その後の動向を、その者の資質を、なるほどちょっとだけ意地悪だ。

だがベルメナムは人を見る、人を選ぶ、間違いなく価値のある情報を必要としている者に渡す、期待していない者に渡す情報も価値の無い情報を渡す事も無い、実にベルメナムらしいと言うべきか。

そしてベルメナム家は代々サンカニア王家に仕えて来たのだ、そこに期待が無かったはずなど有り得ない。


「まーまーまーまー、おかえりなさいモニカおねえ…あら、んん、おかえりなさいモニカ、それから運んで下さってありがとうございます、執事さん。ルドガーさん、受け取って差し上げて?」

「はいもちろんです!さあ後は私が、さあ、力仕事なら私の方が適任です!」

「…そのようだ、では力自慢の元騎士殿にお任せしよう、私は力だけでなく知恵も社交にも秀で忙しいのでな、力仕事ばかりしてもいられぬのだ」

「ぬ、ぬぐぐ…」


織物ロールをルドガーに押し付けた騎士執事はニヤリと笑うと優雅に礼をして去って行った、少々面倒臭い人物だが地位や権力を盾に威張るタイプでは無く、地位や権力を使いこなす実力を持って威張り散らすタイプらしい。

完敗した騎士を慰めようとするリムナリアを遮り、悔しかったら成長して見返しなさいと言って追い払ったのはモニカ、だがその顔はいつもと違い真剣であった。


「リムナリア…私も完敗して来ました、リリスティアニア様に。私達には圧倒的に経験が、特に実戦経験が足りません、それを思い知らされました」

「まーまー、モニカお姉様が?でも、そうね、リリアお姉様は早くからお父様と一緒に他家へ行ったりしてたもの、経験の密度もきっと全然違うのよね」

「そうね、でもそんな方に私たちは年相応以上だと言って頂きました、リムナリア、貴女もです。ならば私たちはその期待に応えるまでです!」

「まー!リリアお姉様の期待、絶対に絶対に裏切れませんわ!」


「ええ!」「まー!」と気合を入れる二人、と、その“年相応以上”の期待とやらに含まれていなかった事に改めて落胆するルドガー、彼の活躍の場たる戦場は未だ遠かった。

そうこうしている内に王都の外門で足止めを食っていた侍女や馬車の御者などの使用人たちも到着し、調停という戦いに挑む“ベルメナム陣営”の陣容も整って来た。

王の前にて行われる調停の為に格式高いドレスや礼装が持ち込まれ、王や他家への儀礼的な贈り物も用意されている、後は王からの通達を待つのみである。


「…そういえば、まだ王様にご挨拶が出来ていませんね、調停の場までお会いする機会は無いのでしょうか?てっきり王城に着いたらまずは王様の前で到着の挨拶だけでもするものかと思っていたのですけど」

「あ、お姉様それなんですけれど…実は今しがた王家の使いの方がいらっしゃって、ここ数日王様は体調が優れないそうなのです、心配です、ええとても心配です。それで、調停の場は明日以降、恐らくは明後日になるだろうからそのつもりで、との事でした。晩餐もそれぞれの部屋へ運んでくださるそうですわ」

「それは本当に心配ね、大事ないと良いのだけれど。そうなると、明日はどうしましょうか」

「どうせロトナム家からも呼び出されるんじゃないですか?ロトナム家も言わば“格上”なのでしょう?まったく貴族と言うものは面倒なものです」

「!、ルドガー、最後の発言は最低ですが良い事を言いました!」

「ロトナム家…確かにリンデルシアお姉様とも話さないといけませんね、既に私たちがケンラシア家に呼ばれてリリスティアニアお姉様の元を訪れた事も耳に入っている事でしょう」

「最…ぬぅ。それならば先んじてこちらから面会を求めてはいかがでしょうか、どうせ呼び出されるなら少しでも早く予定が分かった方が動きやす…」

「!、ルドガー!それです!不敬ですがそれです!リムナリア、こちらから申し込む形にすれば印象も良くなりますし、ベルメナム家がケンラシア家寄りと思われる可能性を減らせます、今すぐにロトナム家に使者を送りましょう!」


慌ただしく服や贈答品が用意され、その間にリムナリアはロトナム家宛ての書状をしたためた。

それを届けさせた者が帰って来て、さぁいつだ今からでも準備万端行けるぞと意気込んでみれば、長々とした挨拶の文面の最後に書かれていたのは明日の晩餐を共にしましょう、というものだった。

長い長いため息と脱力感の後、良い感じに気の抜けた一同はゆっくりとこの日の晩餐を楽しみ、明日に備えて早めに寝る事にした。

悪路を急ぎ来た馬車旅の疲れと、リリスティアニアとの舌戦による脳疲労も相まって、寝台に横たわってから寝息が聞こえてくるまでそう時間は掛からなかった。



明けて翌日、運ばれて来た朝食をありがたくいただき、昼食はいつ頃が良いかと聞かれたリムナリアはその申し出を丁重に断った。

夜にはロトナム家との晩餐という名の会談が予定されているが、このような場合の晩餐は食べる事に重きは置かれず、場合によっては形ばかりでほとんど食事をしない事も考えられる。

きっとお腹がすいてしまうと心配するルドガーにクスリと笑い、リムナリアは行きたい場所があるのだと言った。


「今日は王都の城下街の様子を見て回って、そこで何か買いましょう。それで、その後は少し遠出になりますが例の宿場町…の跡を、見に行きたいと思っています」

「確かに街の様子も気になるわね、それに例のってアレよね、前の代の王様が作ってその後問題が起きた場所よね?」

「えーえー、その通りです。サンカニア七世王の治世に築かれ腐敗と病をもたらした…。その場所に行って初めて分かる事、学ぶべき事があるのではないかと思いまして」

「あー、であればですよ?その、昼食は少し早めになってもいいんで城下街で済ませましょう?流石にそんな場所でピクニックと言う訳にも…」

「もうルドガーったら!そんなに昼食の事が心配?」

「そうは言いますがモニカ様、ロストアではあんなにも食べ物の事で苦労したじゃないですか、冬の間だって廃坑組は大変だったんですよ?」

「ううん、そうね、それは確かにそうなんだけど…でも、そうよね。民にとっては国の大事や外国との戦争よりも今日の食事の方が大事だなんて話も聞きますし、その辺りの事も城下街で聞けるといいわね」


急遽、モニカたちの元々の荷物として持って来ていた旅装束を引っ張り出し、リムナリアにも合いそうなものを選んでお揃いの恰好になれば、城の使用人に「ん?出入りの商人か?」と誰何されるくらいには貴族らしさが隠せた。

それでもフードを下ろせば驚きと共に背筋が伸び、それでいて昨日のお客人でしたかとその相好は崩れ、のほほんと振られる手に見送られて城下街へと至る。

昨日急いで通り過ぎたサンカニア王国の王都バロアーゾサンカニアの城下街は、それなりの規模こそあるものの背の高い建物は少なく、木造の建造物を中心とする民家や商店が建ち並ぶ長閑な雰囲気が広がっていた。

その規模は敢えて言うならば隣国の地方都市と同程度だろうか、例えば西のアルタニア王国の南部を代表する都市であったロストアの町、比べて見れば規模こそ同じくらいだが全体が石造りで大型の建造物も多かったかの町の方が立派に見えるくらいだ。

そんな街中を歩けば人通りこそあるものの、商店の店先に並ぶ商品は少なく店を閉めている場所もあり、やはり活気は少ないように思えた。


「うーん、肉料理を売ってる店が見当たらないな、そもそも商人の呼び込みの声も聞こえない、なっとらんなぁここの商人たちは」

「まーまー、あの、ランテベルメナムでもお店と言うのはこの様な感じでしたし、待っていればいつもの時間にいつものお客さんが来ますよきっと。それにその…サンカニアではお肉はとても貴重なので…今は王都の封鎖の影響もありますし…」

「ル・ド・ガー?」


リムナリアのとてもとても申し訳なさそうな顔と、モニカの一部の隙も無く完璧に整えられた笑顔、対するはどんな顔をするのが正解なのかも分からなくなったルドガーの引きつった困り笑い顔。

その滑稽な姿を見て笑い合う“姉妹”は、どうやらルドガーという男の扱い方が日増しに上手くなっているようである。

楽し気に歩を進める二人とその後ろからトボトボと付き従うガタイの良い男、そんな一行に「お嬢さん方見ない顔だね、どうだいオマケしとくよ!」と商人から声が掛かったのはなかなかに良い皮肉だった。


「ほら良かったじゃないルドガー、お肉料理が手に入って」

「えーえー、それにこんなにもオマケしてもらって、本当に良かったのかしら?少しもらい過ぎだと思うのだけれど」

「いいんですよ、美人にいっぱいオマケするの何てどこも同じですって、あの店主だってモニカ様たちの顔を見てそれこそ顔色変えてたじゃないですか」

「そうなの?でも少し大げさじゃなかった?とても驚いていたようにも見えたけど」


モニカたちに声を掛けた店主は最初その手に持つ乱切りにされた芋を串に刺して焼いた料理をアピールして来た、塩もまぶされていてシンプルだが美味しい、手軽で安価な旅人にも人気の串焼きである。

揃って旅装束のモニカたちを見てこれならば売れると踏んだのだろう、興味を示した一行にオマケとして芋の間に他の野菜も挟まったもう少しだけ上等な串も付けると言って火で炙り始めた。

こういう料理は1本2本買ってその場で食べるか歩きながら食べるような物だったから、どうせ食べる時に邪魔になるだろうとフードを下ろす、串の表面を撫でて良い匂いをさせている火の熱さもあって手櫛で髪をすくい上げそのまとわりつく熱を払えば、店主の顔つきが変わって是非こちらもと更に肉の串が出て来たのである。

流石に芋の串数本の値段で全部を貰う訳にも行かなかったので多めに払ったが、それでも店主が次々に焼き上げた串の本数と内容を考えれば破格で、今ルドガーが抱えている木の皮の上に乗せられた串は肉の串を含めて十数本だろうか。


「そういえばお城の(かた)もフードを取った時に驚いていたわね、顔を覚えていたみたいだけどあの様子だと私たちが誰なのかまでは分かっていなかったように思うわ」

「えーえー、まあそうだわ、そうね、そうだわ。たぶん皆さん、私たちの髪を見て判断したのだと思います。その、髪にまで気を使っているのは貴族か余程裕福な家の人たちくらいだから…」

「なふほど…んぐ、確かにモニカ様たちの髪の艶は民とは違いますね、綺麗に整えられていますし。そういえば昨日のケンラシア家の執事や侍女たちも随分と綺麗にしてましたね、それだけケンラシア家は裕福って事なのかな」

「まーまーまーまー、そこに気付くのは素敵ですよルドガーさん。えーえー、ケンラシア家は美術や芸術に秀でた家系で、身だしなみや身の回りの品にも随分と気を使っているそうよ。領内でも絵画や彫刻、服や調度品の職人が多いのだそうよ?多いとは言っても、それはあくまでも他領に比べてというお話で、ケンラシア家の趣味の範囲ね。それらはケンラシア調と呼ばれる事もあって、ベルメナムや王都でもその品を見る事があるけれど、サンカニア王国の名産品と呼べるほどの数は作られていないみたいね。実際、民の生活に無くてはならない物では無いから…」


なるほど髪を整える香油はサンカニア国内では生産されておらず、わざわざ国外からそれらを買い求めるのはごく一部の人間のみ。

王都ですらどこか長閑さを感じさせるサンカニア王国において、貴族と民との違いはより分かりやすい形で現れるようだ。

北方諸国の中でも比較的裕福なアルタニア王国などでは民でも香油を入手する機会があり、それこそロストアのホルド商会ではそこで働く人間もそこに商談に来る人間も香油を使っていたように思う、用心棒たちは流石に違ったが。


「なるほどね、如何に優れた技術や品があっても、需要が無ければ大量に作られる事は無い、か」

「えーえー、それがケンラシア卿のお悩みなんですって。以前にもリリアお姉様からベルメナムの家に大量に調度品が届いた事がありました。ケンラシアで作られた自慢の品だけど、倉庫にしまい込まれているばかりで誰にも見ても使ってももらえないのが残念だ、と。それでお姉様が一部をベルメナムで使って下さいなと贈って下さったのです」

「そのケンラシア卿の気持ち少し分かりますよ、騎士だって日頃の訓練で身に付けた剣技なんかを披露する場、活躍の場を求めるものですから」

「あーと言う事はあのケンラシア家の部屋に大量にあった品、あれらは日用品として使う為ではなく、贈り物として使う為にケンラシアから持ち込んだ品だったのかしら」

「えーえー、きっとそうだわ。贈り物として活用出来て、贈り先で使って貰えばケンラシアの存在感も示せて卿も嬉しいでしょう」

「しかも元々倉庫に眠ってた物だから懐も痛まない、と。きっとリリスティアニア様の発案ね、卿の代理としてとても上手い外交手段だし、それに…妻としても夫が喜ぶ顔が見られるわ」


「私もリリアお姉様の様になりたい」と呟いたリムナリアに、素敵な考えだと微笑ましく思う反面、あんな人物が何人もいたら相手をする方は大変だなぁと、漠然とした不安も覚えるのであった。

その後も城下街で最近の様子や噂話などを聞いて回り、集まった情報をまとめるとやはり民が一番に気にしているのは物流が滞っている事に関する心配事だと分かった。

元々経済が活発に回っている国では無いものの、食品や日用品の類が手に入りにくくなれば生活に大きな影響が出て来るから当然だろう。

そしてもう一つ分かった事、それはサンカニア王家のお膝元である王都城下街であるにも関わらず、王家に対する興味や期待が薄いという事だった。


「何と言うか、良くも悪くも王様の話が出て来ませんでしたね…聞かれても“王様が何とかしてくれるならそりゃ嬉しいが…”って感じでしたし」

「そうね、王様を責める人もいないけど王様にすがる人もいない、そんな感じ。申し訳ないけどパルデニアの王都とはまるで違ったわ」

「まーまーまーまー、モニカお姉様たちはパルデニアの王都の様子にもお詳しいのですか?私も聞いた話でしか知りませんが、とてもお優しい王様なのだと、そう聞きました」

「ああ、ええと、そうね。とっても優しい王で、王都の民たちとの距離もとても近い方、でした。ふふ、パルデニアの自慢の王様だったんですよ?」

「まーまー、それはとても素敵な事ですね!国民から自慢の王様と呼ばれる、そんな王様に…サンカニア八世王陛下にもなっていただきたいわ。その為にも、まずは」


目指す宿場町の跡地は、王都の南門を出れば視界の奥に捉える事が出来る距離にあった。

だがその場所まで繋がっていた街道は放棄されて久しく、ほとんど自然に返ってしまっているという。

馬車で行くには悪路を越える道なき道であり、馬を借りようと思えばそもそも馬貸しも存在していないのがサンカニアであった。

結局、頑丈さが売りの足の遅い馬車馬に鞍を取り付けて平野を駆け抜けたが、その速すぎずどっしりと安定した移動は多少の時間と引き換えにモニカたちのお尻を守ってくれたので結果的には良かったのかもしれない。


「遠くから見たら確かに町だったのに…こうして近づいて見ると見事な廃墟ですね」

「んー、ですが何だかこう、私の知っている廃墟とは少し雰囲気が違うんですよね、なんでだろう。…ああそうか、別に戦災に見舞われた訳でも放棄後にゴロツキ共のねぐらなんかにされた訳でも無いから建物の形そのものは荒れてないんだ」

「なるほどそうね、町並み自体はそのまま綺麗に残っていて…でも建材が至る所でぶよぶよと膨らんでしまっていたり、突き出した柱なんかが重さに耐えきれずに腐り落ちてしまっていたり…」

「えーえー…とても、ここを再建して住める場所にしましょうとは、言えませんね。何か問題点を見出して、今一度ここを何らかの形で活用出来ればと思ったのですが、難しいでしょうか」


王都からここに至る道が悪路過ぎて地形がどのようになっているのか判断しづらかったが、どうにもここは平らな土地が広がっているものの、俯瞰的に見れば浅い窪地になっている可能性があった。

と言うのもこの場所を目指す事を外門の門番に告げた時、土地の一部が明け方や日が暮れた後の寒くなる時間には白いモヤに包まれるから早めに帰って来るようにと忠告を受けていたからだ。


「朝霧や夕霧が風に流されずに滞留して、そして少し低い土地に長く残る。そんな霧に包まれた町が長い時間をかけてこうして建材を腐らせてしまったのね」

「霧の中の町か、言葉だけ聞いたら少し格好良くも聞こえますが。霧の中に沈む砦なんてものも実在して、そこは天然の要害として大活躍したなんて逸話もありますしね」

「まーまー、そういったお話にもとても興味があります!ですが、そんな場所にいる兵士さんたちは大変ね?」

「はっはっは、確かに霧の向こうから声が聞こえたとか、ほんの数秒前にはそこに居たはずの仲間の姿が見えなくなるとか、恐怖話の類も聞きますね」

「まー!!」

「もうルドガー?でも本当にそんな環境の砦だなんて維持するのも大変そうだわ、足場が腐って落っこちちゃったりしそうだもの、逃げ出す兵士さんがいてもおかしくないわね」

「ああいえ、その砦は石造りだったからそういった話は無かったと思いますよ?それに日が暮れる頃には霧だけじゃなく旗なんかまで吹き飛ばすような強風が吹いて、まぁそんな霧と強風のせいで逃げ出す事もままならないなんて嘘か本当かも分からない皮肉もあったみたいですが、はっはっは」


久しぶりに自分だけが知っているモニカたちの知らない知識を披露出来て上機嫌なルドガーは、そのまま笑いながら歩を進めようとしてつまずいて転んで馬に笑われた。

湿った地面で服も顔も汚しぐぬぬぬぬと唸る騎士に苦笑しながら姉妹が手を貸そうとすると、その手が微かに風に撫でられた気がして驚く。

思わず手を引っ込め背を伸ばし、風を受け止めようと空へと手を広げてしばらく待ってみたが再び風が握手を求めてくる事は無かった。

なんだ気のせいだったかと落胆しかけたその時。


「モニカ様?何ですかそれは…太陽の光を全身に浴びるポーズか何かで…ぶぇっくしょん!おー寒っ、あーあ服が濡れたせいで風が冷たく感じる、着替えなんて持ってないのにツイて無…」

「風!?ルドガー寒いのね?風が当たって寒いのね?風を感じてる?今も感じてる?ナイスよルドガーよく転びました!」


なるほどと地面に手のひらを着き、湿った泥土を擦り付けて見れば微かだが冷たさと共に風の流れを感じた。

そのささやかな風の流れは地面を舐めるように北の王都方面から来て南へと抜けているようで、風の流れる先に目をやれば不思議な光景があった。

一度は宿場町として整備されたその場所は地面が平らにならされており、今でこそ荒れてはいるがそれでも他の場所に比べれば凹凸や岩などの障害物が無い地形となっている。

そんな元々は町中の道であった部分に不自然な板が並べられて道が細くなっており、その先の広場、恐らくは町の中央と思われる井戸が設置されたその場所だけ、辺りに草花が生え緑の大玉や赤い実が垂れ下がっているのが見えるではないか。


「あれは…畑?あれって、トマトよね?」

「えーえー、それにキャベツも。他にもあるかしら?あそこだけまるで別世界、凄いです、素敵です、美味しそうです!」

「これは本当に、何なんだどうしてこんな場所にこんな…ハッ、気を付けて下さい!これは間違いなく人の手が加わっています、もしかしたら賊の類が潜んでいるのかもしれません!」


賊と聞き慌てて身を低くして周囲を警戒するが幸いにも矢や石が飛んでくる事は無く、辺りには廃墟と静寂が広がるのみ。

が、(くだん)の広場を囲むようにして建っている比較的大きな建物のいくつかに、明らかに板や木材で補強された修理跡が見えた。

やはりそう遠くない時期に何かしら人の手が加わっているのは間違い無さそうだ。


「どう致しましょう、引き返して王に報告しましょうか、それとももう少し探ってみますか?相手が大人数である可能性も考えれば前者をオススメしますが」

「いえ、行きましょう。サンカニア王国で盗賊団が活動しているという話は聞かないのでしょう?」

「えーえー、国境沿いで盗みを働く人たちが出たという話も数年に一度くらいはあるみたいですけど、結局盗むような物も食料くらいしか無いので…すぐに噂も聞かなくなってそれっきりなのだそうです」

「まぁ大々的な襲撃略奪って訳じゃないなら、こそ泥が盗って行ける食料なんて物量的にも重さ的にもたかが知れてますしね、それだけで生活する事も出来ないでしょうし、換金するような物が無いならこういう言い方はアレですが盗賊的にも商売あがったりでしょう」


意を決して不自然に並べられた板を通り抜けようとすれば再び微かな風を感じた。

その風に背を押されるようにゆっくりと歩を進めれば、広場ではやはり食用の野菜などが明らかに計画的に育てられており、その瑞々しさを支える井戸も生きているようである。

かつてここが町の中央広場であったことを考えればとんでもないことだが、確かにそこは畑であった。


「これは確かに美味しそうに出来てる、実も葉も大ぶりでとても丁寧に育てられているようです。とても賊の仕事とは思えな…いや食い詰めて賊になった元農民という可能性も…」

「うう…そんな事言われたら食べてみたくなってしまうじゃないの!」

「えーえー、本当に!こんなにも大きなお野菜は初めて見ました、サンカニアの市場でこんなお野菜が並んでいるのは見た事がありません」


「それは儂らが代々種を選んで大切に育てて来た野菜たちだからのぅ…旅の方、少し分ける故どうか儂らの事は見逃して欲しい」


広場を囲む建物、その中でも特に立派な造りの恐らくは町を管理する役人の家だったであろう建物の玄関にはいつの間にか一人の老人が立っていた。

言葉に驚いてそちらを向けば老人の背後、建物の中の陰や窓辺にも人影が見え隠れしている、それは同様に広場を囲むいくつかの応急的な修繕が施された家でも同様であった。


「双方動くな!ああいえ動かないで下さい、モニカ様たちも。ご老人、こちらに争う意思はありません、どうか穏便に」

「いえ穏便に済まそうとしてくれてるのを刺激してるの貴方の方でしょう」

「しかし私は騎士としてこの状況に対し安易に構える事など出来ません、最大限に警戒すべきです」

「まー、まーまー、この場所にこんなにも大勢の人が?どうして?どこから?王都の方々なのかしら?」

「騎士…という事はお役人か、ふむ…やはり面倒な事になってしもうたか」


周囲からは微かな嘆きが聞こえて来た、ここも諦めて他へ行くしかないのか、どこまで行けば安住の地は見つかるのか、などと。

声の数は思いのほか多く、そして老若男女問わず様々な人がここに居る事が分かる。

それを聞いたルドガーは剣の柄に添えていた手を下ろし、低く足幅広く構えていた体勢をゆっくりと起こすと額の汗を拭いふぅとため息を吐いた。


「…どうやら賊の類では無いようですね。この構成、流民か」

「もう、動くなと言ったりダラけたり忙しいですねルドガー、説明しなさいよ」

「ああすみません、賊の類ならわざわざ…あー、こう言っては何ですが戦えないのに物資を消費する子供や老人と一緒に行動してる事は無いんですよ。まぁどこかの村をまるまる乗っ取ったとか、村単位で食い詰めて賊になったって話なら別かもしれませんが」

「んもう嫌な話ね」

「まーまー、それで、ええと。私たちは王都の役人とは少し違うのですが、旅人では無く役人だと困るというのは、税の支払いでお困り、などでしょうか?それならばちゃんと状況を伝えれば王も無理は…」

「税、ですか。確かに税を納める余裕など無い状況です、ですがそもそも税を納める権利は無く、むしろ支払わねばならぬのは罰金でしょうな…」


モニカとルドガーは罰金という言葉に反応を示したが、リムナリアが気になったのはそこでは無かった。

民が納める税とは義務であると同時に庇護の対価である、民が税を納められない場合、それが天災や戦災であれば領主は税を免除するし、民に余程の怠慢が無い限り税が納められない状況に陥るという事は領主の統治にも責任があるのだ。

その税を納める権利が無いというのは彼らが領主を持たぬ民である事を意味した。


「まー、あの、皆さんは王に庇護を求めなかったのですか?王都はすぐ目と鼻の先ではありませんか。それともどこかの領主との間で何か問題でも抱えているのでしょうか?もし領主から逃げて来たのであればそれもきっと王が…」

「問題、問題ですか…そうですな、頼るべき領主はもう居りませんし、頼るべき王ももう居りません、そして…目の前の門は閉じられたのです」

「お、王はそこに居ります!確かに、王は変化を嫌ったのかもしれません、ですが守るべき民を迎え入れぬはずなど…!」

「いえ、リムナリア…これは、貴方たちはもしや!」


面倒な事になったと口では言いながら終始落ち着いた様子のその老人からは余裕すら感じられたが、その実そこにあるのは諦めにも似た諦観なのだろう。

嘆く民たちにもそこに怒りや憤りは無く、ただただ境遇を悲観する弱気な言葉ばかりが並ぶ。

考えてみればサンカニアという国は古来より土地に恵まれず、国内のどこへ行こうとも状況が好転する事など無い、そんな事が分かり切っている国だ。

今更大きな変化など起こる事は無く、起こした結果が先王の例であり、領主が動けば王都の封鎖という異常事態に発展するのがサンカニアである。

そんな国で期待すべき結果も思い描けぬままに今を捨て新天地を求めて国内を移動しようとする民がいるだろうか、居たとして、目指すべきは国の中央では無く国外、隣国への逃避ではないだろうか。

だが彼らは王都までやって来た、そして自国の民を守るべき王は彼らを迎え入れる事を拒んだのである。


既にルドガーの所持品であった紋章入りの盾は失われて久しい。

だが、モニカが旅装束の外套の下に着こんだ従者服には、多少のほつれや汚れでは消える事の無い印が、祖国の紋章が描かれている。


「ご老人、ご出身を伺っても…?」

「ふむ?出身か、小さな村で名も知られておらぬ、サンカニアの人は知るまいよ…」

「どうかその村の事をお聞かせ下さい」

「…ここより南、辺境の森の中にあった静かな村じゃ。…じゃが、稲穂が風に揺れ村を囲む木々も畑の野菜も青々と空に手を伸ばす、そんな穏やかで平和な村じゃった。…儂らの自慢の村、正しき領主、優しき王、今は亡き我らが故郷」


揃って稲穂のように(こうべ)を垂れ地を見つめる者、地に雨を降らせる者、地に感情をぶつける者…その中にあって若芽たる子供のみが元気に前を向き、“村の外からやって来た”少女たちを見ていた。

そしてそこに年に数回だけ見かける、しかし見慣れた印を見つけたのである。


「あ、りょうしゅさまのとこのひとだ!」


息を飲む音、驚きの声、思わず駆け寄ろうとする子供と慌てて止める親、目を見開いた老人。

互いに先ほど出会ったばかりの名も知らぬ他人のはずなのに、どうしてこうも涙が溢れ出るのか。


「…ご老人」

「…もうこの名を口に出す事も無いかと思っておりましたが…もしやご存知か」

「ええ、きっと」

「パルデニア王国、ラタンドア領、パンザニット村、それが儂らの故郷ですじゃ」

「やっと、お会い出来ました…!」




りーすてぃあにゃ・けんあしゃさま、風の宿場町パンザニットを走り回る元気な子供たちは彼女を指差しこう呼んだ。

公務で訪れたリリスティアニアは、目の前で必要以上にかしこまる村の代表を務める者、子供たちの無礼を詫びるかつての子供たちにこう言って場を和ませたという。

「まーまー、最近は耳が遠くなってしまって困ったわ、どこへ行って誰から呼ばれてもりーすてぃあにゃ・けんあしゃ様って聞こえるのよ?本当よ?歳は取りたくないわね、うふふ」

どこへ行っても誰からも愛された北方諸国を代表する外交官、その晩年は昔馴染みの騎士を護衛として公務の旅を続けその腕の中で息を引き取った、“貴女はきっと死後も外交官を続けている”その言葉に頷き、その魂は空へと旅立ったのだ。



第四幕:「風と村と外交官」 了


…隔月くらいで更新出来たらいいなと言ったな、あれは嘘だ!(ごめんなさい

と言う訳で3か月ぶりくらいの更新になります。

とは言え(?)次のお話も半分くらい書いてたりします。


ついにサンカニア王国の王都へとやって来てしまったモニカたち一行。

クセ強ベルメナム姉妹に翻弄されながらも少しずつサンカニア王国の未来への活路を見出しつつある、のか?

大勢の故国の民にも出会え、廃墟には何やら不思議な仕掛けも施されていて?

次話、次女リンデルシアと王様襲来!(嘘


他にはええと…皆様体もお金もメルティな夏、いかがお過ごしでしょうか…?

私は空元気です!

それでは次回もなるべく夏のうちに…

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