体育祭その2
午前の部が終わり、昼休憩中は各自好きなところで弁当を食べる事になっている。
教室は締め切られているが、中庭やトラックの外のテント、特別に屋上も開放されている。
そんな彼らが選んだ場所は本部席のテント内だった。
そこは湊の妖気により涼しくなっており、先生たちにとっての天国となっていた。
湊本人は翔のついでだと言うように妖気を使っているが、長時間ではあるために翔も少し妖気を使っている。
「おぉ、2人の今日の弁当は唐揚げが入っているのだな。貰うぞ」
「はぁ⁉︎おい取るなよ!」
「隙あり!」
「星夏てめぇは配布された弁当に入ってるだろうが!」
本部テントは賑やかで、楽しそうにしている。
静かな翔や美春はそれを見ながらもぐもぐと食べた。
内心、自分のも取られるんじゃないかと警戒しながら。
「ほら湊、ボクの唐揚げあげる。あー」
「ん、」
「ここであーんが出来るの流石ですね…」
翔による唐揚げのあーんは先生の注目の的となっていた。
来賓として来た人もその光景に驚いた表情でお箸を落とした者もいたし、微笑ましいと見守る者もいた。
2人にとってはよくする事で、仲の良い3人にとっても見慣れた光景ではあったが、まさかひと目が多いところでするとは思ってはいなかった。
そこからもおしゃべりをしながら食べて行き、弁当が空になった。
「星夏、少しの間湊お願いしてもいい?」
「ん?どうしたんだ?」
「トイレ」
「りょーかい」
湊は自分もついて行きたかったが、弁当を食べ終わった後、鏡花が疲れたようで、じゃれている時に湊の膝の上に頭を乗せて仮眠を取ってしまったがために動けなくなっていた。
美春も1人にはさせたくないと思ったが、流石にトイレとなると着いていくのはやめておいた方がいいかと思い立とうとした足をまた休めた。
しかし、そんな美春のそばに星夏は近寄り、誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「つけるぞ」
人が少ない体育倉庫の裏。
そこにはトイレはなく、あるのは静かに流れる水路の水と少々の草。
翔は深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのはNo.03であった。
「やっぱり気づいてた」
「どうしてここに?」
「襲いに来たんじゃない事は確か。ただ、2人がどんな生活をしてるのか気になって」
翔は今、過去の事を思い出している状態にある。
しかしそれを見ている星夏、美春は翔の発作に近い状態にあるのではと考える。
翔は「そっか」と返し、近くにあるボロい長椅子に座り、No.03を招く。
自然とNo.03は椅子に座り、先ほど鏡花が湊にしていたように翔の膝に頭を預ける。
「どう感じた?」
「記憶のないお兄様は幸せなんだろうけど、今みたいに思い出してる時のお兄様は辛そうだ」
No.03の発言により、2人はようやく今の翔の状況がどんなものなのか理解した。
子供らしくない行動を時々する理由、急に取り乱したり、逆に冷たいほど冷静になる理由は過去の事を思い出しているだけなのだと。
優しくNo.03の頭を撫でる翔の姿は兄弟というよりも親子のように見えてくる。
「ゼロスリーが来てくれたから今は辛くないさ」
「嘘だ。本当は僕もNo.3もいない方がお兄様は楽になられるはずだから」
「そんな事言わないで」
No.03の発言に翔は怒った表情を見せる。
そして陰で聞いていた2人も驚いていた。
星夏はNo.03の目的は翔を解放するために湊を殺し、自分自身を消そうとしているのではないかと考える。
あんなに親しそうな2人だ。
No.03は翔を誰よりも大切に思っている。
「……ごめんなさい」
「反省したならよろしい。でも、最近思い出すことが増えて、記憶のある状態が長くなって来たんだ」
「それって、」
「ゼロスリー、僕は君と湊、どっちの近くにいたらいいんだろうね」
傷ついた表情。
盗み見ている2人は見ていられなくなって聞くだけになっていた。
なんの会話をしているのか全くわからないが、ただ、2人が今苦しそうなことだけはわかっている。
鏡花のお題である神秘的、そんなの出会った時から翔の方が神秘的だった。
なぜなら翔は出会った当初、冷妖気と潤妖気の2つの妖気を使い、湊を本能的に守っていたから。
そして、その時の翔はまるで人間ではなかった。
妖気適正97%の翔だから見えたものかもしれないが、あれは、“最上級妖魔”に見えた。
「そんなの僕に聞いても、僕を選んでとしか言えない。僕は研究所で唯一お兄様を選んだんだから」
「そうだったね」
「でもさ、No.3もつれて逃げよう。人間は妖魔以上に危険だ。まだどこに研究者がいるかわからない」
「君と湊が一緒にいる方が危険だ。いつワンとフォーみたいになるか、」
「僕の幸せはお兄様の幸せだ」
声を震わせて言うNo.03を優しく撫でる翔の体操ズボンは生ぬるく湿る。
それを感じ取った翔は静かに青空を見上げる。
星夏は信じ切っていた。
研究者は全員死んだと。
No.03の思い込みか、それとも逃してしまった人がいるのか。
「僕の幸せは湊が持ってる。でも、奪いたくなんてない」
そこから先、美春は聞きたくないと足音を立てないようにその場を去った。
あまりにも2人が辛そうで。
しかし星夏はあの研究所で何があったのか聞けるのではないかと胸を痛めながらも耳をすました。
【No.__の__に___N___が関わ___いると____、こ_____者を______ために、No.0_の記__去を行う】
爪で消された文字。
2人の会話からして予想される事は
【No.03の脱走にNo.0_が関わっていると推測、これ以上脱走者を出さないために、No.0_の記憶消去を行う】
ここのナンバーは翔のもので、No.03を研究所から逃げさせたのは翔であるという予想。
「それに、君たちスリーが消えたらまた僕は孤独になるだけじゃないか。どっちを選んでも不幸なら、選ばず選択肢を残してなんとなく救いを感じるだけで充分なんだ」
星夏の胸の痛みはより強くなる。
やはり、翔は星夏や美幸、鏡花も美春も傷を分け合う仲間だと認識していないと知ってしまったから。
なんとなく気づいてはいたが、本人の口で言われると視界が歪む。
それと同時にこの場に美春がいないことに対して安堵した。
これを知った時、美春はどれだけ心に傷を負ったのだろう。
「あいつらは?お兄様を守ってた人たち。その人たちはお兄様を孤独にしないんじゃないの?」
「みんな信用できる人だとは思う。けど、僕は人が怖い。ゼロスリーや湊みたいに小さい頃から見てたらわかんないけど」
翔の人への恐怖は消えたわけでも薄れたわけでもなかった。
我慢しているだけ。
翔にとって、今の環境はどれだけきついものなのだろうか。
どこが一日中平気になった、だ。
全然良くなっていない、苦しめていただけじゃないか。
そう星夏は自身への怒りを隠せないと言うように、強く拳を使った。
そしていっその事、一緒にいるNo.03に翔を連れて行ってほしいとまで考え始める。
その時湊は怒るだろうし、会話的に事情は言わない方がいい。
それでも、今の翔があまりにも可哀想に思えてくる。
星夏はまだ翔についてよく知らないし、湊もNo.03の事も知らない。
自分にできる事といえば、支えてやる事だが支えようとする姿勢すら傷つけてしまったらどうしようかと、そう考えるだけで脳までもが痛くなってくる。
「…そろそろ記憶が消えそうだ。所々思い出せなくなってきた」
「ねぇ、また、思い出したら昔話でもしない?1分でもいい、だから…」
「もちろん。僕が弟と話したくないなんてことありえないだろ?」
幸せそうだが弱々しい声。
初めて聞く響きに星夏は聞いていたことがバレないようにその場をすぐさま離れるべきなのに、なかなかその場から離れられなかった。
ゆっくり、ゆっくりと足を動かしてテントへと戻って行った。




