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32.「無尽」

 






「無尽」。

 かつてそう呼ばれた傑物が存在した。

 デアデリング大陸の北西部。かつて五大強国の1つに数えられ、大陸の5分の1を占めたセルジニア帝国。その頂点に君臨していた輝ける女帝。

 無限にも等しいエーテルを有した彼女はそれゆえに「不老」「不死」であり、他を寄せ付けぬほど凌駕するその一点をもって、いつしか「無尽」と呼ばれるようになった。

 そんな彼女もまた「末裔たちの終わりグランドイシュカ」を経て歴史の波にさらわれ、暗礁にうずもれてしまった───かといえばそうではない。


「おっちゃん、これちょっとたかくなーい?」


 冒険者アマネと呼ばれる人物。

 別名「邪竜狩り」。

 バンカー協会がまだ冒険者ギルドだったころ、彼女が邪竜ばかり討伐していたがゆえにつけられた二つ名である。


「邪竜狩り」アマネ、もとい「無尽」のアマネアレイユ。

 彼女は今も変わらず、セルジニア帝国の女帝として君臨している。

 かつてはハルモニア神明国と相対し、一度は滅ぼされかけた国家がなぜ存続しているのか。




 ───いやハルモニア神明国という名は、まだその頃にはなかったかもしれぬ。

 突如として巻き起こった戦乱。

 海を渡り、空を支配し、地を埋め尽くしながら襲い来る「神」の軍勢と名乗る者ども。

 ゲネア皇国、エルバーン教国、セプテムグレイ王国、ノーザリン貿易都市。大陸の半分を占めるほどの強国たちが、わずか半年のうちに陥落したなど誰が信じようか。 

 それを陥落させたのが、ハルモニアをつくり上げた軍勢である。


 南方のアルスランド洋から進軍してきたそれら軍勢の手は、じわじわと北方へと攻め上がり、ついにはセルジニア帝国にも及ぶ。

 戦況は圧倒的だったといえる。

 一日、一日と日を追うごとに国土が蝕まれていき、帝国軍のなかにも不安と恐慌が芽生えようとしていた折、「女帝」アマネアレイユは一国の長として軍勢の将との一騎打ちを申し込んだ。

 自身の、ひいては国家の命を賭けた一戦である。


「───おもしろい余興じゃのう。なあ、稀有な娘よ」


 将として姿を現したのは、年端もいかぬように見える少女であった。

 目を惹くのはほのかに光り輝く黄金色の髪。

 アマネアレイユも少女然としているがそれよりも幼い。


「「無尽」じゃったか。尽きることは無い……良き、字面じゃな」


 そのあどけなさに自分の目を疑った瞬間。

 少女がその足を一歩を踏み出した瞬間に場の空気が一変する。

 ズシリと。重力が何倍にもなったかのような底知れぬ圧力が場を支配した。


「試してみたいと思わぬか? おぬし───本当に「無尽」なのかのう?」


 その一戦は実に、見るに堪えないものであったといえる。

 無尽のエーテルがもたらす疑似的な「不死」。それを逆手に取られたむごたらしい惨劇であった。

 頭部を弾き飛ばされても不死しなず。四肢をもがれても不死しなず。原形をとどめることなく潰されても不死しなず。

 何度、不死しななかったのかわかりもしない。


「本当に無尽か? 愉快愉快。はて、おぬしをただのエーテル塊にしてみるのも面白そうじゃな」


 それがとどめの一言であったように思う。

 地に伏したアマネアレイユ。

 呟いた少女が魔法を行使しようとした次の瞬間のこと。

 バキリと大地がひび割れ、その裂け目から幾本もの青い奔流が少女の体を貫く。


 ───アマネアレイユを救ったのは文字通りの、「星の女神の一撃」であった。




「うるせぇよ、ガキンチョ。仕入れ値も知らねえでなに言ってんだ。適正価格だよ適正価格」

「そこを安く仕入れるのがしごとでしょー」

「そういう首を絞める真似はしねえの。こういうのはウィンウィンなんだよ」

「お客とのウィンウィンはどうしたのさ」

「おめー、いつきてもリンゴしか買っていかねえじゃねーか!」


 ハルモニアの西部都市、グレースパーム。

 もともとはノーザリン貿易都市だった場所であるが、500年も経てばそんなことを覚えている人間もそうそういない。

 海岸沿いにつくられたこの街はハルモニアの西の玄関口であり、ノーザリンだった頃から長らく、海洋貿易とそれに付随する商売によって栄えてきた。


 ここはアマネアレイユ───アマネのお気に入りの街でもある。

 はるかな水平線はのびやかでどこまでも見通せるし、吹いてくる潮風は情緒豊かな香りを運んでくれる。






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